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なぜ北朝鮮は日本の漁場で密漁を繰り返すのか

プレジデントオンライン / 2019年10月12日 11時15分

2019年10月7日、石川県・能登半島沖で発見された北朝鮮漁船(水産庁提供) - 写真=時事通信フォト

■EEZ内での無許可操業には、拿捕や立ち入り検査が可能

石川県能登半島沖の日本のEEZ(排他的経済水域)内で10月7日午前、水産庁の漁業取締船「おおくに」(1300トン)と北朝鮮の漁船が衝突した。漁船は沈没したが、乗員約60人は取締船の救命いかだに助けられ、別の北朝鮮の漁船に乗り移った。取締船の乗組員にけがはなく、漁船乗員にもけが人はでなかった模様だ。

排他的経済水域とは沿岸から約370キロ以内の範囲にある海域で、沿岸国には漁業などの天然資源を優先的に開発する権利が国際的に認められている。日本の排他的経済水域内での無許可操業は漁業主権法で禁止され、水産庁の取締船や海上保安庁の巡視船は、拿捕(だほ)や立ち入り検査ができる。

北朝鮮漁船が衝突事故を起こしたのはまさにこの水域で、北朝鮮漁船は違法な操業、つまり密漁を行っていたとみられる。

■近年の「スルメイカ」の不漁の一因か

それではなぜ、北朝鮮漁船は違法操業を行うのか。

衝突事故が起きた海域は寒流と暖流が交わり、魚類のエサとなるプランクトンが豊富な大和堆と呼ばれる好漁場だ。とくに6月から1月にかけては美味なスルメイカがよくとれる。

北朝鮮は大和堆の豊かな水産資源に目を付け、違法操業を続けている。水産庁のまとめによると、2016年に3681件だった警告件数が、2017年に1.4倍の5191件に急増し、さらに2018年には5315件と増加している。

北朝鮮の密漁漁船の増加に日本の漁業関係者からはこんな話を聞いた。

「日本の漁船と衝突する危険性もある」
「北朝鮮漁船が無造作に捨てた網がスクリューに絡まる事故も起きている」
「北朝鮮の乱獲は近年のスルメイカの不漁の一因だ」

■日本の甘い対応が北朝鮮に付け入る隙を与える

ところで拿捕や立ち入り検査ができると前述したが、日本は大和堆周辺の海域から北朝鮮漁船を退去させるだけで、強行な手段に出たことは一度もない。この日本の甘い対応が、北朝鮮に付け入る隙を与え、その結果、北朝鮮漁船が頻繁に出没するようになっているのだ。

水産庁は沈没後に乗組員の身柄を確保しなかった理由について、「結果的に迎えの漁船が来て退去させることができ、目的は達成された」という見解を示した。水産庁は監視するだけなのだ。

今回の衝突はこれまでの対応のまずさが起因しているのではないか。日本はこのまま甘い対応を続けていく気なのか。

ここで衝突を振り返ってみよう。

■漁船を装った不審船は重火器類で武装している可能性も

取締船が北朝鮮の漁船を見つけ、音声と放水によって退去するよう求めた。しかし漁船は急に向きを変えて取締船に接近して左旋回し、取締船の船首と漁船の左舷中央が衝突した。

漁船は全長20メートル以上の鋼船だった。約60人を乗せていただけにそれなりに大きく、しっかりとした船だった。日本海を十分に航海できる船舶だった。水産庁は衝突の直前にこの漁船を撮影し、写真を公開している。

今回は衝突20分後に沈没したというが、北朝鮮漁船のなかには故意に取締船に接触させたり、石を投げつけたりして逃走するケースがある。狂暴化している。

漁船を装った不審船は重火器類で武装している可能性が高く、武器のない取締船では危険で対応できない。水産庁では海保の武装した巡視船に対応を求めるなど慎重に警戒している。

■「漁船拿捕は北朝鮮の態度硬化につながる」と安倍政権

かつて北朝鮮の漁船はロシアのEEZ(排他的経済水域)内で密漁していた。

今年9月、ロシア連邦保安局は日本海のロシアEEZ内で密漁していた北朝鮮のイカ釣り漁船の乗組員の身柄を数多く拘束した。

北朝鮮は「ロシアは危ない」と悟り、対応の緩い日本のEEZ内で密漁するようになったのだろう。北朝鮮漁船が大和堆に頻繁に出没する原因は、やはり日本の対応のまずさにある。

安倍晋三首相は10月7日の衆院本会議で「毅然(きぜん)と対応していく」と述べた。だが北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は安倍首相の足元を見ている。

いま日朝関係は微妙な状況だ。このため安倍政権内には「仮に北朝鮮の漁船を拿捕すれば、北朝鮮の態度が硬化しかねない」という見方が出ている。しかも安倍首相は金正恩氏に対し、無条件での首脳会談を強く望んでいる。日本は北朝鮮に毅然とした態度を示し難くなっているのではないか。

沙鴎一歩は、北朝鮮の違法操業は今後も増えるだろうとみている。

■2年前の経済制裁で水産業奨励がさらに強化

大和堆で北朝鮮の漁船が増加しているのは、国連の経済制裁が強まる中、金正恩政権が外貨獲得の手段として漁業を奨励しているからである。

報道によれば、金正恩氏は水産業の施設を何度も視察し、水産業を奨励している。直截的には肉類が少ない北朝鮮にとって水産資源は貴重なタンパク源だからだが、2年前の経済制裁で水産物が入ってこなくなると、水産業奨励はさらに強化された。北朝鮮の政府紙「民主朝鮮」によると、北朝鮮の副首相兼国家計画委員長は政府大会で漁業の奨励策を宣言している。

繰り返すが、金正恩氏は日本の大和堆でとれた海産物を友好関係にある中国に密輸して外貨を稼ぎ出そうとしているのだ。

■問題は「経済制裁」ではなく、核・ミサイル開発にある

国際社会が制裁を続けるから北朝鮮の経済が立ち行かなくなり、その結果、漁民が小型船を操って大波で沈没の危険がある遠い日本海にまで操業に出ている。弱者の漁民たちがかわいそうだ。こうした見方もあるようだが、これでは本末転倒である。

問題は経済制裁ではない。国際世論を無視し、国として国民の生活の向上を考えず、巨額な費用を投じて核・ミサイル開発を続ける金正恩政権こそ、問題なのである。

軍事に割く国家予算があるなら、それを餓死寸前の国民のために使うべきだ。

なぜ金正恩氏は軍事力を求めるのか。核兵器によって欧米を抑え込み、その勢いで経済力を伸ばそうと考えているのだろう。国が経済的に潤えば、国民も付き従うとみているのだ。独裁主義国家のトップが考えそうなことである。

■国民の骨までしゃぶり尽くす金正恩政権のやり方

報道によれば、密漁は北朝鮮軍が運営している。北朝鮮の漁業は富裕層が一般の市民に募集し、中国製の大型の鋼鉄船で10~20隻の船団を組んで密漁に出ることが多い。漁に出るには軍の許可が必要で、しかも漁獲の一定量を軍に納めなければならない。

また金正恩政権は北朝鮮の沿岸海域での漁業権を一部、中国に売却している。その結果、中国の漁業者が過剰な操業を続け、北朝鮮海域の水産資源に大きなダメージを与えた。

国民の骨までしゃぶり尽くすのが、金正恩政権のやり方である。

10月9日付産経新聞の社説(主張)は「漁船の乗組員約60人は海に投げ出されたが、取締船の救命いかだで全員救助された」と書き、「取締船が全員の救助救命を果たしたことは立派である。海難救助は人道上当然だ」と指摘する。

このまま日本側の救難救助を褒めたたえていくのかと思ったが、違った。

■助けられたにもかかわらず、謝礼すらしない無礼

「その一方で乗組員を現場で北朝鮮側に引き渡し、事情聴取や身柄拘束を行わなかった対応は疑問である」と水産庁の対応を批判する。見出しも「北朝鮮漁船の沈没 『大和堆の守り』練り直せ」である。

産経社説はこうも指摘する。

「北朝鮮のような無法な国は抗議など何の痛痒も感じまい。乗組員全員を易々と帰すようでは毅然とした対応とはいえない」
「日本は他の海域では、外国漁船がEEZで違法操業すれば漁業主権法違反の容疑で拿捕し、船長を逮捕したこともある。なぜこの海域では摘発しないのか」

沙鴎一歩も事情聴取や身柄拘束を行うべきだったと思う。このままでは金正恩氏になめられるばかりだ。

北朝鮮側は助けられたにもかかわらず、正式な謝礼の言葉はない。無礼な国だ。

さらに産経社説は書く。

「自民党の水産関連会合では『こんな対応ではなめられる』と懸念の声があがった。中国や韓国も日本の弱腰を注視していよう。ロシアは自国のEEZで違法操業する北朝鮮漁船を摘発し、9月以降800人以上を拘束した」

「中国や韓国も日本の弱腰を注視」とはその通りである。主張すべきときにはきちんと言う。そうでなければ外交上の国益は生まれないし、これが外交の基本でもある。

■「警戒監視の態勢を強めることが重要」との指摘は弱い

次に10月10日付の読売新聞の社説を読んでみよう。

冒頭で「海洋の権益を脅かす行為が、危険な衝突事故に発展した。政府は毅然と対処せねばならない」と訴え、続いてこう指摘する。

「日本の権利を害する振る舞いは看過できない。政府が北朝鮮に抗議したのは当然である」
「8月には、武装した北朝鮮の高速艇が水産庁の取締船を威嚇し、周辺海域にいた日本漁船が退避したこともあった」
「日本の漁船の安全にも影響が及びかねない。政府は警戒監視の態勢を強めることが重要だ」

「日本の権利を害する振る舞いは看過できない」という主張はいい。だが「政府は警戒監視の態勢を強めることが重要だ」との指摘はどうだろうか。産経社説の主張に比べると、弱い。格段の差がある。

■「日朝関係への影響を総合的に考慮した」

見出しも「北朝鮮漁船衝突 監視態勢を強化し権益守れ」である。監視だけでは北朝鮮という、ずるく、したたかな国家を相手にするには作戦不足である。

読売社説は「政府は今回の漁船について、違法操業が確認されなかったとして、乗組員の身柄を拘束しなかった。今後の日朝関係への影響を総合的に考慮したのではないか」とも書くが、「総合的に考慮した」などと評価している。読売社説はやはり安倍政権擁護から抜け出すことができないようだ。

読者のひとりとして沙鴎一歩はそれが悲しくてならない。ジャーナリズムである以上、政権を正面から批判する精神が必要である。

最後に読売社説は主張する。

「非核化を巡る米朝実務者協議は、膠着状態にある。米国が協議の継続を求めたのに対し、北朝鮮は『決裂した』と主張している。完全な非核化を回避しようとする姿勢は、相変わらずだ」
「北朝鮮が経済を再建するには、核を放棄し、制裁の解除につなげるしか道はない。金正恩政権はその現実を自覚するべきだ」

沙鴎一歩も金正恩氏にこう言いたい。核・ミサイルの開発中止が国を潤す、と。幼い頃から海外で高度な教育を受けてきた金正恩氏には、それが分かっているはずだ。

■「自国の食糧事情を直視し、非核化の道を進むべきだ」

東京新聞(10月8日付)の社説は「北漁船が衝突 生活向上には非核化を」との見出しを掲げ、こう指摘する。

「食糧問題解決のためには、国際社会からの支援を受けることも重要だ。しかし、北朝鮮への支援は逆に先細っている」
「これは、核開発やミサイルの発射実験によって、国連安全保障理事会から厳しい経済制裁を科せられていることが影響している」

北朝鮮がいまの経済難から脱出すには核・ミサイル開発を止めて国際社会からの制裁を解く以外に道はない。

東京社説の「自国の食糧事情を直視し、非核化の道を進むべきだ」という最後の訴えはよく分かる。金正恩政権は国民の生活を直視すべきだろう。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)

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