「働き方改革」は生産性の向上につながらない
プレジデントオンライン / 2019年10月17日 6時15分
※本稿は、林 總『ドラッカーと生産性の話をしよう』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■会計からみた「働き方改革」に欠落している大きな問題
さまざまな分野で偉大な功績を残してきたドラッカーは、生産性の研究においても超一流でした。数々の論文は、驚くべきことに21世紀を生きる私たちに必須の内容となっています。
巷間、日本の企業はホワイトカラーの労働生産性が低く、それゆえ休みを取とらずに長時間働かなくては仕事が回らないと言われてきました。このことが、労働者に精神的、肉体的な無視できない悪影響を及ぼすに至ったことで、「働き方改革関連法」が成立しました。
主な内容は、
(2)年次有給休暇の確実な取得
(3)正規・非正規雇用労働者間の不合理な待遇差の禁止
です。
そして、この有給休暇の取得義務に違反した場合には「30万円以下の罰金」という罰則が定められました。いささか乱暴な表現になりますが、この法律は、働く時間を短縮せよ、同一労働には同一賃金を支払え、さもなくば罰金をとる、というものです。
私が『ドラッカーと生産性の話をしよう』の執筆を思い立ったきっかけは、この「働き方改革関連法」に強烈な違和感を覚えたからでした。働く時間を短縮すれば労働生産性は向上するはずにちがいない、との考えが見え隠れするからです。しかしながら、「関連法」が労働生産性の向上の解決策にはなり得ません。事実、いまでも隠れ残業が行われています。そして、なによりもドラッカーのいう「知識労働」の概念が欠落しています。
■働き方改革の生産性は19世紀の発想だ
ドラッカーは生産性を広くとらえ、そのうち労働生産性を「知識労働生産性」と「肉体労働生産性」にわけて整理します。世間一般に論じられている労働生産性は「肉体労働生産性」です。それは19世紀の産業を前提とした肉体労働生産性であって、有効な設備投資によって高めることができます。たとえば、1900年代の初頭、フォードが小型飛行機並みだった自動車の売値を大幅に引き下げることができたのは、機械化とオートメーション化を推し進めることで、肉体労働生産性を大きく向上させたからでした。
ところが、現代の企業では、設備投資はそのまま労働生産性の向上に繋がりません。いい例が病院です。高額な医療機器を導入したため経営が悪化した病院は珍しくはありません。その理由は、設備投資が医師の労働生産性の向上に貢献しないからです。
ドラッカーはこの点に注目しました。そして、今後は知識労働生産性の向上に努めるべきだ、と訴えます。
「ブルーカラーが担ってきた『労働集約的』な仕事が重みを失い、ホワイトカラーが中心をなす『頭脳労働』的な仕事、すなわち知識労働がますます重要性を増してきた」(『ドラッカーの遺言』講談社)
つまり、肉体労働生産性を向上させる手法では、知識労働生産性は向上しないのです。では、知識労働とは何か。ドラッカーの説明はこうです。
「もっぱら仕事の質で勝負することに特徴がある。肉体労働はしない。彼らはきわめて高度の専門知識を有して、組織の中で他の専門家と共同して仕事をおこなう」(同上)
■「知識労働者の生産性」とは何か
そして「知識労働者」はさらに「純粋な知識労働」「テクノロジスト」「サービス労働」に分類し、それぞれの生産性について持論を展開します。
「純粋な知識労働」はもっぱら仕事の質で勝負することに特徴があります。「肉体労働はしない。彼らはきわめて高度の専門知識を有して、組織の中で他の専門家と共同して仕事をおこなう」仕事です。これには、先端医療や新薬の研究員、自動運転やAIの技術者、大学の教授、経営戦略や事業計画の策定する経営者や経営企画担当、アパレル企業なら独創的なデザインをおこなうチーフデザイナーが該当します。
■「サービス労働」の生産性を問う
「テクノロジスト」は知識労働者でありながら知識労働と肉体労働を同時におこなう労働のことです。彼らは、自らの専門的知識を自らの専門技能に生かして仕事を進める労働者で、具体的には、医師、理学療法士、歯科医師、看護師、弁護士、公認会計士、税理士など専門的知識を活かして働く人たちです。
そして、ホワイトカラーの相当部分を占めるのが「サービス労働」です。サービス労働者は知識労働者ではあるけれど、純粋な知識労働者やテクノロジストと比べて知識労働の割合が少ないのが大きく異なる点です。
日本企業のホワイトカラーの生産性の低さは、実は「サービス労働」の生産性の低さに由来します。
■ドラッカーが突いた生産性の本質
働き方改革を進める場合、最初に「テクノロジスト」と「サービス労働」の生産性の向上の処方箋を考えるです。ところが、情報技術が高度に発達し、広い分野をAIが席巻しようとしている現在、わたしたちは相変わらず19世紀の「肉体労働生産性向上」の発想から抜けきれず、「自分の仕事は10年後にAIにとって代わられる」と怯えているのです。
私たちの心配事であるAIとの戦いに勝つには、一人一人が知識労働の生産性をよく理解し、しっかりと知識を磨く以外ありません。ドラッカーは20世紀において、問題が噴出し続けている知識労働生産性の本質を突いていたのです。
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公認会計士、税理士、明治大学大学院特任教授(管理会計)
外資系会計事務所、監査法人勤務を経て独立。現在、経営コンサルティング、執筆、講演を行っている。45万部超のベストセラーとなった『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』シリーズ(ダイヤモンド社)、シリーズ10万部突破の『ドラッカーと会計の話をしよう』(KADOKAWA)、『正しい家計管理』(WAVE出版)ほか著書多数。
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(公認会計士、税理士、明治大学大学院特任教授(管理会計) 林 總)
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