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こち亀・秋本治の時間術「計算とズボラさの間」

プレジデントオンライン / 2019年10月23日 15時15分

漫画家の秋本治氏 - 撮影=小野田 陽一

『週刊少年ジャンプ』に40年間無休で連載していたマンガ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』。全200巻という前人未踏の記録を打ち立てられたのは、なぜだったのか。そのノウハウを『秋本治の仕事術』(集英社)にまとめたばかりの秋本治氏に聞いた——。(第1回)

■両さんとは正反対で、時間にキッチリ

『こち亀』の連載が終わった時、みなさんからよく聞かれた質問があります。それは「40年間、よく一度も休まずに続けられましたね。いったいどんな仕事のやり方をしていたのですか?」というものです。

主人公の両さんはいい加減な性格ですから、僕がサボらずにコツコツ書き続けたことが不思議でならないようです。どうやら世間のみなさんは僕に両さんのキャラクターを被(かぶ)せているらしい。

『こち亀』主人公の両津勘吉。愛称は「両さん」©秋本治・アトリエびーだま/集英社

実際に仕事ぶりをお話しすると、さらに驚かれます。漫画家は朝ゆっくり起きて、あとは終わるまで不眠不休で書き続けるという不規則な生活をしている印象があるかもしれません。でも、僕が机に向かう時間は毎日きっちり朝9時から夜7時まで。アシスタントも含めて残業はなしで、タイムカードで管理しています。昼と夕には1時間ずつの休憩も取りますし、約2週間の夏休みもあります。普通の会社と同じです。

もともとは、こんなにきちんと規則正しく動くタイプではなかったんですよ。子どもの頃は、夏休みの宿題を8月の末になってからやっと手をつけるほう。9月になって学校が始まっても、「授業は木曜日だから、まだ大丈夫」とギリギリまでサボっていました。

漫画家も、その延長でルーズに仕事をしているイメージを持っていました。ところがいざプロになると締め切りがあって、自由気ままにやるのは難しいと思いました。そこでスケジュールを組んで、毎日決まった時間に動くようにしました。やってみると、定時に始めて定時にやめるやり方のほうがやりやすかった。デビュー前に会社勤めしていた経験もあるから、抵抗もなかったです。

■気持ちはいつもピリピリで、毎日コツコツ貯金する感覚

スケジュールを組むといっても、調子が良ければどんどん先に進めて、次の週のネームを書くこともあります。明日やる仕事が今日できれば明日は空くことになりますが、明日は明日できちんと仕事をして、できればさらに先に進めて、スケジュールを前に詰めていく。毎日コツコツ時間を貯金している感覚です。

撮影=小野田 陽一

このやり方を身に付けたのは、読み切りに取り組んだことがきっかけでした。僕は『こち亀』の連載以外の読み切りの作品も描きたかった。でも普通にスケジュールに沿って仕事するだけでは、読み切りを描く時間が捻出できません。そこでふだんから仕事を詰めていく習慣が身に付きました。

当時、月刊誌の読み切りは40ページありました。週刊誌の連載は20ページなので、単純計算で連載2本分を先に終わらせれば読み切りを描く時間が生まれます。ただ、実際は最低でも8本分、約2カ月は詰めて読み切りに取り掛かりました。読み切りはキャラクターや絵がどれもちがうし、僕自身、楽しいからついつい描き込んでしまう。だからどうしても連載の何倍もの時間がかかるんです。

連載しながら別に2カ月の時間をつくるとなると、とにかく早い段階から仕事を詰め続けるしかありません。ですから、僕の気持ちの中ではほぼいつもピリピリしながら仕事をしていました。といっても自分でやりたくてやっていること。「大変だ大変だ」というより、「早く読み切りが描きたい」と楽しく詰めている感じです。

■読み切りでテストして、『こち亀』に取り込む

実際、読み切りを描くのは楽しかったですね。少年誌の連載では描きにくいことってあるんです。たとえば警察官の銃撃戦とかね。『こち亀』は下町が舞台だから、美女がたくさん出てくるという場面も当初は描けませんでした。一方、読み切りなら普段描きにくいことにも挑戦できる。これが楽しくないはずがないじゃないですか。

たとえるなら、読み切りはリフレッシュ休暇のようなものです。いつもとちがうところで思い切り羽を伸ばして、またホームグラウンドの連載に戻ってくきます。もちろん連載は連載でいいんですよ。海外旅行から日本に帰ってくると、「円が使えるっていいな」「日本語が通じて安心」とホッとするでしょ。あれと一緒です。

月刊の読み切りで新しいことを試して、それを週刊連載にフィードバックすることもあります。あるときイタリアのベニスを舞台にした読み切りを描きました(編集部注:『Mr.clice(ミスタークリス)』)。これが面白かったので、『こち亀』のほうでも両さんと部長2人でベニスに旅行させました。

©秋本治・アトリエびーだま/集英社
東京・下町をはじめ精緻な背景も魅力。上は水の都・ベニスを舞台にした回。イタリア人に扮した両さんがゴンドラに部長を乗せて遊覧した(46巻「ゴンドラのうたの巻」) - ©秋本治・アトリエびーだま/集英社

■「僕はもともと体力がない」

ベニスの街は、石でできています。石垣を描くのは時間がかかるから、最初は連載でやるのは難しいと思っていました。でも読み切りで試したら案外早く描けました。一回描けば、次はもっと早く描けます。こうやって読み切りで実験しながら、連載にも活かすことは多かったですね。

スケジュールを詰めるやり方は、『こち亀』が一話完結だからできた面もあります。ストーリーものは、「先週このキャラクターが人気だったから、もっと登場させよう」「ちょっと人気が落ちてきたから、流れをガラッと変えよう」と、読者の反応を見ながらストーリーを変えることが珍しくありません。1カ月先はどうなっているかわからないから、描きためることができないんです。その点、一話完結は有利でした。

仕事のやり方は40年間、ほぼ変わりませんでした。年齢を重ねて体力が落ちたら無理ができなくなるという人もいますが、僕はもともと体力がないから無理しなかった。最初から体力がないから落ちようがないし、そもそも漫画家は座っているだけだから体力も使わない。そう考えると、本当に僕に向いた職業です。

©秋本治・アトリエびーだま/集英社
40年間の連載を一度も休まなかった秋本先生と両さん(200巻「40周年だよ全員集合の巻」) - ©秋本治・アトリエびーだま/集英社

■ズボラさがないと、大ピンチはしのげない

時間管理しながらマイペースで仕事をやってきた僕でも、大ピンチだったことが一度だけあります。連載35周年で、記念として漫画13誌に『こち亀』を同時掲載する企画が持ち上がりました。これはさすがに常識はずれ。迷いつつも、ありがたい話なので「落ちても文句は言わないくださいね」と言って引き受けました。僕は自分でスケジュールを決めてきっちりやっていく一方で、わが身に降りかかってきた事柄は受け入れてしまうところがあるんです。

ただ、やっぱりすぐに後悔ですよ。同時掲載の予定は3カ月後。連載をやりながら、それとは別に週に1本描かないと間に合いません。ひとまずいつものようにスケジュールを組んでみましたが、どう考えても無理。計算していて、吐き気がしました(笑)。

こういうときは開き直りも大切です。先のことを考えると頭が痛くなるので、スケジュールを見ないで、なすがままで描くことにしました。

13誌同時掲載というムチャな仕事を引き受けたこともそうですが、僕にはいい加減な面もあります。たとえば漫画家の中には、人気が出るにつれてプレッシャーを感じて描けなくなる人もいます。頭がよくて責任感の強い人ほど、考えすぎちゃうんですよね。でも僕は「人気があるなら、そのままいけばいいじゃん」とのんきに構えていられます。

このときも、「まあ、いいか。なるようにしかならない」と開き直りました。そうでもしなければ、きっと途中で逃げていたはず。楽観的に考えるズボラさが僕を助けてくれたのです。

■極力、自分のペースで仕事できる状態をつくる

とはいえ、最低限の計算はしました。漫画はまずネームを描き、担当者に見せてOKをもらってから作画に取りかかります。人からOKをもらって完了する仕事は不確定要素が大きく、時間が読みにくい。そこでまずネーム13本すべて担当者と打ち合わせして、同時に取り掛かりました。先にネームさえ終わらせておけば、手を動かす作業はアシスタントに任せられるし、後はこちらのペースでできます。

秋本治『秋本治の仕事術』集英社

仕事は定時まで、というやり方も貫きました。ただ、残業なしでは終わらないので、朝5時に起きて描き始めました。労働時間としては残業しているのと変わりませんが、終わりが決まっていると、コーヒーを飲んだり、必要以上に考え込むといったムダなことをしなくなります。おかげでいつもより密に作業ができたのではないでしょうか。最終的には、13本すべて無事に落とすことなく描き終えることができました。

『こち亀』は連載40年、単行本200巻で幕を下ろしました。100巻を越えたあたりから「どこまでいくのかな」という思いがあって、僕も読者も納得できるキリのいいところで区切りをつけさせてもらいました。

区切りをつけた理由の一つは、『こち亀』の連載中にもアイデアが次々に湧いてきて、早くそれらを形にしたいという思いがあったから。いままでも読み切りで別のものを描いてきましたが、時間の制限なく思う存分描いてみたかったのです。

『こち亀』終了後、僕は新たに連載を4本始めました。描きたいことが本当にたくさんあったので、これでも絞り込んだんですよ。いきなり4本同時は無理だろうと言われましたが、僕にとっては奇抜でも何でもなく、実際に余裕でやることができました。いま好きなことを好きなだけ描けるのも、40年間続けてきた時間術があるからかもしれませんね。

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秋本 治(あきもと・おさむ)
漫画家
1952年東京都葛飾区亀有生まれ。1976年、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(週刊少年ジャンプ)で連載デビュー。2016年、40年間、全200巻に及ぶ連載が終了。同作は「最も発行巻数が多い単一漫画シリーズ」として、ギネス世界記録に認定された。現在、『BLACK TIGER ブラックティガー』(グランドジャンプ)、『Mr.Clice ミスタークリス』(ジャンプSQ.RISE)の2作品を連載中。

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(漫画家 秋本 治 構成=村上 敬)

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