なぜ中国政府は香港を「武力」で鎮圧しないのか
プレジデントオンライン / 2019年10月18日 11時15分
■香港は大陸が国際貿易を行う“抜け道”
香港の混乱が収まらない。現地ではデモ隊による過激な破壊行動が続いており、香港政府の背後に控える中国政府が、事態収拾のために軍事力を行使することも危惧されていた。だが、国慶節(建国記念日)の10月1日を過ぎてもその気配はない。
それはなぜか。この理由を探るには、中国政府にとっての香港の地位と役割を再点検する必要がある。
目下、中国大陸の対外貿易相手国・地域の中で第1位は米国であり、中米貿易額は中国輸出入総額の19%を占めている。それでは第2位はどこかといえば、日本でも、EUでもない中国「香港」である。
大陸と香港の貿易額は中国輸出入総額の14%を占めている。これは対日、対韓、対独の3カ国の貿易の合計に匹敵する。輸出について、一つ例を挙げよう。2018年、大陸の331億ドル相当の通信設備、258億ドル相当の集積回路設備、167億ドル相当のコンピューター設備が香港に輸出された。
香港は人口700万人余、面積1000平方キロに過ぎず、大陸の14%もの輸出入を消化し切れるはずがない。なぜ大陸は毎年香港からこれほど大量の貨物を輸出入しているのか。簡単に言えば、香港は大陸の対外貿易の中継点だからである。
中国は世界貿易機関(WTO)に加盟しているが、世界的な貿易組織に加盟しているのはわずかにこれだけだ。世界にはもっと多くのさらに自由で、さらに開放された貿易協定があるが、中国大陸(中華人民共和国)は未加盟である。WTOにおいても、中国大陸の関税は依然として比較的に高い。一方、多くの先進国が中国に対して最恵国並みの待遇を付与していない。
しかし、香港の国際的な位置づけは異なる。中国大陸の貨物が香港に輸出されると、個別の産品を除いて、全て無関税であり、通関も迅速に行われる。1986年4月23日、WTOの前身であるGATT(関税貿易一般協定)は、香港を独立した関税区であると確認した。独立関税区は、主権国家ではないが、自らの関税の基準を決定できる。香港の場合、関税はほとんどゼロだ。また、独立関税区として、ASEANやオーストラリアなどと国際自由貿易協定を結んでおり、香港の輸出貨物はその多くの目的地で優遇関税を享受できた。
そこで、中国大陸の製品はまず香港に持ち込まれ、ラベルを張り変え、「香港」の衣に着替えて、世界各地に輸出されると、一部、先進国の中国大陸に対する制限を回避できる。このため中国大陸から直接輸出した場合とくらべ、関税を軽減できた。
その一部は米国にまで輸出され、巧妙に貿易摩擦を回避してきた。世界第2の経済大国である中国の7分の1の産品が、香港を通じて全世界に販売されてきた。香港は中国大陸の合法的、合理的な各種貿易障壁の抜け道だとも言える。
中米貿易戦争によって、もし中国の多くの対外貿易が中止に追い込まれたとしても、中国は香港というパイプを通して多くのことができるのだ。
■香港は大陸企業に国際資本を供給する資金のプール
昨年には次のようなうわさが流された。米国政府は中国企業のニューヨーク証券取引所での新規公開株(IPO)を禁止する構えであり、中国企業が全世界から資本を獲得するパイプを遮断しようとしている。
世界に目を向けると、欧米の証券取引センターであるニューヨーク、シカゴ、ロンドンの3巨頭と競うことができるのは、東アジアの香港、東京、シンガポールだけである。しかも香港金融システムの中核をなすのは香港交易および決算所有限公司(香港証券取引所、Hong Kong Exchanges and Clearing Limited)であり、後者の略称は港交所(HKEx)である。
企業がどの取引所で上場し、資金をいくら調達するか、これはその取引所の市場間の競争力を反映する。IPOで調達した資金総額では、港交所は過去10年の間に6年も世界一となった。2018年、港交所での新規公開企業は218社、調達総額は2880億香港ドル(約3兆9567億円)で、世界IPO市場では、並ぶもののないトップであった。
中国最大のインターネット企業である騰訊(テンセント)は、株式を香港市場に上場した。2018年には、小米、美団、映客、海底撈、中国鉄塔等の中国内地企業がこぞって香港で上場し、港交所で8社が同時にドラを打ち鳴らす盛況ぶりだった。おかげで、現場でドラが足りず、カメラマンが足りず、記者が足りないほどだった。
なぜ港交所はこれほど大きなパワーを発揮しているのか?
香港は国際的なビジネスセンターであり、国際的なプロジェクトが組成される中枢都市であるからだ。外資から見て、香港の金融システムは中国大陸市場に参入する際に最も重要で、最も信頼できるプラットフォームである。これは中国大陸の目と鼻の先に資金プール(=香港)があり、大陸企業に汲めども尽きずに提供される良質な国際資本があることを意味している。
中米貿易戦争はきっと多くの優秀な企業にダメージを与えるだろうが、これらの優秀な企業は香港というパイプを通して国際資本を獲得することができる。
■香港は大陸が最先端の技術・知識を吸収する窓口
米国は貿易戦争の対象を次第に他の分野にも広げている。最もひどい手は科技、教育等の分野での中国を封じ込めることである。最近、米国は中国からの留学生と訪問学者に対する制限政策を取り、さらにハイテク企業に対する規制を強化している。こうした場合にこそ、香港の国際自由港の地位はより重要になる。もし米国側が全面制裁に踏み切った場合に、香港は大陸側と密接な関係のある唯一の国際都市となる。
香港の大学は世界的に名が知られ、香港大学、香港中文大学、香港科技大学、香港城市大学、香港理工大学等は文学、歴史学、哲学、数学、物理学、化学はもちろん、コンピューターや人工知能の研究水準は世界最高レベルである。
香港はだれにも邪魔されずに国際学術交流に参加し、全世界の最新科技を吸収できる。いかなる状況下でも、封鎖されても、大陸は絶えず学生を香港に派遣して学習させ、また香港から各種の人材を吸収することができる。
同時に、先端科技の導入について、大陸は香港で登記されている第三国企業から目的を達成することができる。
中米貿易戦争の影響で、先進国からの有形、無形を問わず、希少な経営資源を直接手に入れるルートは縮小しているが、香港という「飛び地」は大陸の足らざる部分を補ってくれる。
■香港は人民元国際化の先兵役
世界の経済大国の通貨は当然、全世界で通用する世界通貨である。自国の通貨が世界通貨になるということは、印刷された自国貨幣で、外国製品やサービスを直接購入でき、米ドルを使わずに、直接、外国の国際企業と取引でき、米国の監督・管理システムを回避できることを意味している。
中国が世界の大国になるためには、人民元の国際化の助けが欠かせないのである。もともと自国通貨を国際化することは非常に難しく、決して国外に銀行を開設して元を売買しやすくするぐらいでは実現しない。元が国際化するには、誰かがあえて元を支払いに使い、誰かがそれを受け取る、つまり決済通貨として使われるようになって初めて成り立つのである。それではどのようにして、企業や投資家に元を使ってもらうようにするのか。
2004年、中国大陸は香港を人民元国際化の「橋頭堡」にすべく、香港で人民元オフショアセンターの建設を試みた。2007年、初の人民元債券が香港で発行された。また2009年、クロスボーダー元決済が香港で試験的に行われた。中国財政部(財政省)が香港で元国債を発行。2010年、クロスボーダー元決済を簡素化。2014年、「滬港通(上海・香港ストック・コネクト)」が始まり、実際に上海(中国大陸)と香港の株式を自由に買うことができるようになった。
香港の金融機関が次々に人民元業務に着手し、ここ数年はますます多くの銀行窓口、現金自動預け払い機(ATM)が元サービスを提供するようになり、元は香港を通じて大量に海外に流れている。今日の香港は元を完全に兌換できる国際通貨に換える集散センターの役割を担っている。トランプ政権が中国の銀行に対して、直接、名指しでコントロールを強化し始めた状況下で、香港は元の国際決済センターとして大きな存在意義を持っている。
■香港のもたらす「物」と「マネー」は中国大陸に欠かせない
香港は自由貿易港として物(貿易)の面でも、マネー(金融)の面でも、中国大陸にとってプラスとなる特別な役割を果たしている。もし、直接間接を問わず中国大陸側が武力を行使して、事態を収束させた場合、香港を含む中国政府に対して、さまざまな経済制裁が科される恐れがある。
そうなると中国経済に与えるマイナスの影響は計り知れない。中国政府が強硬策を採らないのは、このことを理解しているからだ。それは一方で、事態の収拾まで、まだ時間を要することを意味している。
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在北京ジャーナリスト
1960年、中国・北京生まれ。82年南京大学卒業。「経済日報」勤務を経て、89年より日本へ留学。1998年年慶應義塾大学経済学研究科博士課程修了。萩国際大学教授を経て2003年に帰国。月刊「経済」主筆を務める。2010年から北京で日本企業研究院を設立、執行院長。2019年1月から月刊『人民中国』副総編集長。
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(在北京ジャーナリスト 陳 言)
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