"年収700万が当たり前"大阪の非常識な理容室

プレジデントオンライン / 2019年10月21日 11時15分

大阪市の理容室「Barber the GM」 - 提供=Barber the GM

平均年収が296万円の理美容業界で、「年収700万を当たり前にする」という目標に挑戦している理容室がある。どうやって高い報酬を支払っているのか。大阪市内で理容室を展開する「ギークマン」の田中社長に聞いた――。

■1カ月の平均報酬額は53万2528円

「こんなにもらっていいんですか?」「働かせてくれてありがとう」。スタッフがそう言って喜んでくれるのが、何よりもうれしい――。そう話すのは、大阪市中央区本町で理容室「Barber the GM(以下、GM)」を運営するギークマン代表取締役CEO・田中慎也氏だ。

厚生労働省の調査によると、理容師の平均年収は約296万円。同社は「700万円を当たり前の年収にする」という目標を掲げている。

近年、美容業界では、サロンが美容師を正社員として雇用する代わりに業務委託契約を結び、必要な場所や施術設備を貸し出して対価をもらう「面貸し」がはやっている。同社はこれを参考に理容師と業務委託契約を結んでいるのだ。

1号店オープンから1年半後の2019年8月、GMで働く理容師の1カ月の平均報酬額は53万2528円、最高報酬額は70万3454円だった。このペースでいくと平均年収の2.6倍、年収780万円のスタッフが誕生するという。

いったいなぜこのような高い報酬を支払うことができるのか? 田中氏に成功の秘密を聞いた。

■予約も会話も要らない散髪屋がいいのに……

田中氏は大学を卒業後、不動産会社に営業として5年間勤務。飲食店経営や複数の企業の経営を経て、2018年2月にGMをオープンした。現在は2社の代表を務めるほか、他1社の取締役も兼務する。

提供=Barber the GM
GMの外看板 - 提供=Barber the GM

——業界未経験にも関わらず、なぜ理容室を始めたのですか。

これまでたくさんの散髪屋や美容室に行きましたが、自分が本当に行きたいと思う散髪屋がなかったからです。

予約が必要だったり、店員さんと話をしないといけなかったり、思う髪型にしてもらえなかったり。「散髪したいときに、今すぐ切ってほしい。話はしなくていいから、髪だけ切って早く帰りたい」という望みをかなえてくれるお店がありませんでした。

僕の求める散髪屋の本質は、「自分が思う通り、もしくはそれ以上の髪型にしてくれる」こと。その上で、“早くて安くて居心地がよくて、丁寧に散髪してくれる”というプラスアルファで求める部分も満たせるお店を作りたいと思いました。

とはいえ、業界未経験で分からないことばかりだったので、長年美容師として活躍し、自分で美容室も経営している業界のプロである友人に相談しました。

2人で話しているうちに、これからは理容室が伸びるだろうと意見が一致しました。

■サイドを刈り上げるなら理容師が有利

最近、男性の多くは美容室に行っていますし、美容室も男性客を取り込もうとしています。しかし、なかなかうまくいっていません。実際、友人の美容室でも男性客はあまり増えず、女性客ばかりが増えている状況でした。その理由は、美容師と理容師の技術の違いです。

男性の髪型はあまりはやりがないとはいえ、ここ数年はサイドを刈り上げる髪型が人気です。刈り上げるためにはバリカンを使いますが、バリカンは使い方が難しい。理容師は学校でバリカンの使い方を習いますが、美容師は習わないんです。

そういった理由から、男性のカットに対しては理容師の方が技術的にも有利だし、男性の求める髪型を提供できるのではないかと思ったんです。

理容室をする前提で試算をしてみたら利益が出せる感覚もあったので、店を始めることにしました。

提供=Barber the GM
来店客を散髪する様子 - 提供=Barber the GM

——年収700万円というと、平均年収の倍以上です。なぜそのような高い目標を立てたのですか。

人が辞めないお店を作りたかったからです。もともとこの業界は、他の業界に比べて給料が安い傾向があります。安い給料で働き、ある程度育つと独立するために自分のお客さまを連れて辞め、お店とモメる……そんな話を聞いたことはありませんか?

それって結局、スタッフが給料面や雇用条件面で満足していないから起こるんですよね。だったら、独立しても1000万円稼げるかどうか分からない中で、700万円を安定して稼げるお店を作ればスタッフは辞めないのではないかと思ったんです。

■売り上げの60%がスタッフの報酬に

——どうすればそれほど高い報酬を支払えるのでしょうか。

今この業界では、「面貸し」がはやっています。オーナーが理美容師と業務委託契約を結び、施術する席(場所)や設備を貸す代わりに、売り上げの何割かを払ってもらうという仕組みです。これを参考に、当社も理容師と業務委託契約を結び、自分で稼いでもらうスタイルにすることに決めました。

次に、一般的な利益配分がどうなっているのか調べてみたところ、割合はさまざまですが、1番スタッフの取り分が高かったのが「美容師70%、お店30%」というもの。しかし、この場合は美容師が備品の準備から集客まで自己負担ですべてを行うという条件だったため、美容師の負担が多いと感じました。

僕は、スタッフには本来の仕事である「散髪する」ことに専念してもらいたかったので、場所や設備・備品の準備、集客などの煩わしいことはすべて会社で行おうと思ったんです。

そのポリシーをもとに、スタッフに最大限利益を還元するためには当社の取り分をどれくらいにすれば利益を出せるのか……家賃や光熱費・材料代などを計算してみると、売り上げの40%が残れば大丈夫だということが分かりました。

そこで、一般的な理美容室の面貸しの還元率は売り上げの30~50%ですが、当社では60%をスタッフに還元することにしたのです。スタッフにやりがいを持ち、安定した生活を送ってもらえるよう当社の負担をより多くしています。

さらに、万が一売り上げがなくても安心して生活していけるように、月額30万円を保障しています。

——業務委託を嫌がる理容師もいるのでは。

いないですね。「前の店は社会保険があったので少し不安です」という人はたまにいますが。

国民健康保険や国民年金は自分で支払わないといけませんが、それらを差し引いても今まで以上に手元に残っているようです。実際スタッフからは「生活が変わりました」とよく言われます。

当社のスタッフは理容師という「職人」なので、いい髪型を作りたいとか、お客さまに喜んでもらってまた来てもらいたい、という気持ちが根底にある人たちばかりです。

GMはお店の雰囲気を含め、お客さまにすべての面で満足していただき喜んでもらうことを徹底しているので、スタッフは金銭面だけではなく、仕事のやりがいも感じてくれているようです。

■オープン初日は“ゼロ人”だったが……

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「本町店」の外観 - 提供=Barber the GM

——本町店、肥後橋店に続き、2019年8月には梅田店をオープンしました。順調に事業を拡大していますが、業績は最初から好調だったのでしょうか。

最初の半年間はずっと赤字でした。1号店のオープン前は、何もしなくてもお客さまに来ていただけるだろうと思っていたんですが、ふたを開けてみたら、オープン初日の新規のお客さまはゼロ。慌ててホームページを作り、リスティング広告をかけて、Facebookも始めて……それでもお客さまはなかなか増えなかったです。

イケるかなという感覚がでてきたのは、オープンしてから4カ月くらい後のこと。その間は、毎月の売り上げ表を見るのもイヤでした(笑)

当時は経営陣も手探りだし、店は暇だし。スタッフのモチベーションも下がり、店の雰囲気がダラけたものになっていました。先の展望も見えないし、何もかもがめちゃくちゃな状態だったので、正直、いつ店を閉めようかと思っていたんです。

でも、そんなときに入ってきた1人のスタッフが、店の雰囲気をガラッと変えてくれました。彼は店のコンセプトに誰よりも共感し、「この店もっといけますよ! お客さまは絶対に来てくれます」と言ってくれて。オープニングスタッフが全員辞めていくなか、人が足りない時は1人でも営業を続け、来てくれたお客さまに真摯(しんし)に対応し、リピーターを増やしていってくれました。

■他業界にいたからこそ経験が生きている

そんな姿を見て、彼がいてくれる間は店を続けようと決めたんです。その後に入ってくれたスタッフたちも同じように誠実に熱心に仕事をしてくれ、そこから店が上向きはじめました。

「全ては人だな」と思いましたね。なので、会社の利益は後回しにしても、彼らに最大限還元しようと思っています。

——どの業界・職種にも共通する真理ですね。来店のきっかけづくりや集客方法について教えてください。

ご来店いただくきっかけは、ウェブでの集客が50%、通りがかりが40%、ちらしやご紹介が10%です。集客方法は、Google検索・Facebook・Instagram・看板。ホットペッパーなどの美容系広告は利用していません。

ウェブでの集客は、無料のGoogle検索と有料広告に分かれます。

「バーバー 本町」「散髪 本町」などで検索するとほぼ1位に出てくるので、そこからお店のことを知ったという方が多いですね。上位表示させることができた理由は、これまでの仕事で培ったSEO(検索エンジン最適化)の知識や経験を生かし、基本的な対策をしているからです。

とはいえ、特別なことはしていないので、競合のお店の多くがそういった知識や経験をあまり持っていないのかもしれません。

有料広告はリスティング広告やSNS広告を社内で運用しています。一般的な理美容室の広告宣伝費は売上比率で10%程度と言われていますが、当社は約3~4%。店舗数が増えても、金額はほとんど変わらずに集客できているので、今後もこの方針を続けていくつもりです。

■客とスタッフ双方の利益を追求した結果

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会計時の様子。万が一決済できない場合は、振り込み先を書いて渡している - 提供=Barber the GM

——GMは「会計はキャッシュレス決済のみ」や「予約制度なし」という、理美容業界では珍しい取り組みをしていますね。なぜ決済方法を限定したのですか。

最大の理由は、業務委託であるスタッフの仕事を減らしたいと思ったからです。

現金を取り扱うと、レジ業務や締め作業など、彼らの仕事が増えます。彼らは髪を切るプロなので、僕としては一番大事な「お客さまの髪を切る」という仕事をして、最低限の掃除をしたら早く帰ってほしいと思っているんです。その思いを姿勢として表したのが、キャッシュレスです。

——導入するにあたって不安はありませんでしたか。

全然なかったですね。「みんなに来てほしい」ではなくて「現金しか払えない人は来なくていいよ」という感覚でした。SuicaやICOCA、Edyやクレジットカードのうち、最近はほとんどの人はどれかひとつは持っているので。

キャッシュレスにすることで10%のお客さまを失ったとしても、得られるものの方が大きいと思っています。例えば、社内の経理がすごく楽になることもキャッシュレスによって得られるメリットです。

■予約制をやめたのは「自分が面倒だった」

デメリットは、売り上げに対し3%程度の手数料がかかることと、「現金で支払えないなら帰ります」というお客さまが少なからずいることです。開店当初は、ひと月に10人程度はこうした方がいましたが、この1年半でキャッシュレスが浸透してきたのか、今はそんなにはいないですね。

——キャッシュレス対応で困ったことはありましたか。

ネットの環境が悪いとつながらないことや、月に5件程度ですがカードが通らないことがあります。

そのときは振り込みカードをお渡しして「ごめんなさい。手数料をひいて振り込んでください」とお願いしています。僕としては振り込んでもらえなくても仕方ないと思っているんですが、皆さんきちんと振り込んでくれますよ。

——予約制度をなくしたことも画期的ですね。

僕がもともと、客として予約を入れるのが面倒くさかったことが発端なんですけど、予約制をやめたいいところは、スタッフの稼働率が上がることです。

例えば15時30分に予約があると、15時15分や20分に予約をしていないお客さまに来ていただいても対応できないですよね。そうすると、その間のスタッフの時間が無駄になってしまいます。でも予約なしにすることによって、スタッフの「遊びの時間」を減らすことができるんです。

■混雑状況をリアルタイムで配信

ただ、予約ができないということは、お客さまを待たせてしまうということでもあります。その問題を解消するために、YouTubeでリアルタイムの店内映像を配信しています。

プライバシーに配慮して画像の解像度は低くしていますが、ひと目で待ち人数が分かります。施術までの時間をある程度把握できるので、お客さまのご都合に合わせて来店いただくことが可能です。

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YouTubeで確認できるリアルタイム画像。混雑状況がひと目で分かる - 提供=Barber the GM

リアルタイム画像を見るたびにお客さまがたくさん待っていたら「はやってるな」、たまたま人が少なかったら「ラッキー」と思ってもらえるようで、お店の宣伝にもなっているのはうれしい誤算ですね。

——これから取り入れたい新しいアイデアはありますか。

今一番やりたいことは、施術後に撮影した写真やアンケートを、お客さまがお店を出た10分後くらいにSNSで送れるようにすることです。

施術の評価や次回のご希望など、お客さまとクローズなやりとりができるシステムを作りたいんです。お店ではなかなか言えない本音を教えてもらって、そのままフィードバックできれば、お客さまにとっても施術した理容師にとってもプラスになると思うからです。

欲を言えば、自宅でも理容室と同じスタイリングができるように、理容師がお客さまをセットしているときの動画も送りたいですね。

システム開発はまだこれからですが、実現できれば今後のGMの成長を決定づけるサービスのひとつになると考えています。

■サラリーマンの生涯年収よりも稼げるように

——今後の展開や目標について教えてください。

今後10年のうちに100店舗を持つことです。2019年の目標は3店舗でしたが、8月に梅田店をオープンしたのでクリアできました。2020年の目標は、5店舗にすること。4店舗目以降の出店場所は、東京か地方都市か、シンガポールや台湾などの海外か……まだ決めかねているので、これから決めていくところです。

あとは、今すぐではなく20~30店舗を展開してからになりますが、専門学校を作りたいと思っています。

理容師になる人の多くは、18歳で高校を出たあと専門学校に行きますよね。僕はGMで働くための専門学校を作りたいんです。卒業後にそのまま当社で働けば、20歳で確実に600万円は稼げます。仮に20歳から70歳まで50年間稼ぎ続けたら、3億円。ということは、普通のサラリーマンになるよりも多くの生涯年収を稼ぐことができるんです。

理容師になる人は減っています。平成30年度の合格者は美容師が1万5956人に対して、理容師は923人。美容師の17分の1以下しかいません。

若い人たちが「理容師ってかっこいい」「理容師になりたい」と思うくらいに理容師が魅力的な仕事になれば、理容師をもっと増やすことができますよね。だから、当社のスタッフには、「常に向上心を持ちながら成長し続ける、かっこいい理容師」でいてほしいと思っています。そのためには、新人の教育や個人の技術・サービス向上が必要なため、2019年8月に当社専用の研修施設「GMアカデミー」を作りました。

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「GMアカデミー」の施設内の様子 - 提供=Barber the GM

理容師を、しっかり稼げてやりがいのある憧れの職業にすること。それが僕たちの最終目標です。年収も、700万円を当たり前にしたら、次は1000万円を目指します。そのためにも今できることを考え実行し、成長し続けていかなければ。まだまだ道はこれからです。

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貝淵 あゆみ(かいぶち・あゆみ)
フリーライター
関西大学社会学部卒業。フォトエージェンシーやIT企業での勤務を経て、2019年3月にライターとして独立。IT企業在職中は、複数の求人系サービスの立ち上げに携わり、コンテンツ部門や営業部門の責任者を務める。ビジネス・転職・人・工芸・美容・食などを中心に執筆活動中。

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(フリーライター 貝淵 あゆみ)

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