牛丼屋で釣り銭詐欺「73歳男性」の悲しき脳みそ
プレジデントオンライン / 2019年10月19日 6時15分
■犯行に計画も感情もない“何も考えていない”被告人たち
2001年に裁判傍聴をはじめたので、傍聴件数はゆうに数百を越えている。そこでは実にさまざまな被告人のタイプを目の当たりするわけだが、心底、理解不能なタイプに遭遇することもある。
わかりやすいのは、綿密な計画を立てて犯罪を遂行する事件だ。また、直情型の暴力的な事件や、目先の欲望に忠実すぎて後先考えず起こした事件など、理性が働かずに犯罪に手を染めるケースもよくある。そうした裁判がある一方、感情の起伏に乏しい、“何も考えていない”被告人が起こした事件も少なくないのだ。
前者は聞いていても犯行に至る動機が理路整然としている。ひどい事件だとしても、被告人になったつもりで事件の内容を想像することくらいはできる。
困るのは、何も考えていない後者だ。一見、被告人に特別変わったところはないのに、傍聴していてもわけがわからず、途方に暮れてしまう。
例えば、窃盗未遂事件を起こした73歳の老人や、詐欺未遂&詐欺事件を起こした22歳の若者である。被告人はいずれも男性だった。
■牛丼屋で釣り銭詐欺「73歳男性」の悲しき思考停止
73歳の窃盗未遂犯は前科6犯、前歴15件の犯罪常習者。今回の容疑は、牛丼屋の券売機の釣り銭が出てくるところにガムを貼り付けてコインをくっつけ、お釣りの一部をかすめようとした疑いが持たれている。
なんかもう、古典的というか、ちっちゃいというか、成功したとしても100円くらいしか稼げないと思われる詐欺行為。成功の確率も高いとはいえず、どう考えても割に合わない。事実、被告人は過去にも同じような手口で捕まっている。
10歳のとき、女手一つで被告人を育てていた母が他界すると、被告人はきょうだいたちとともに養護施設に入り、中学卒業後、塗装店やクリーニング店で働き出す。その後上京してからは新聞配達員を長く務め、やがて日雇い労働者として飯場を転々とする。仕事を選ぶときの条件は、いつも「住み込み可」であることだった。
60代になり、日雇いで使ってもらえなくなると、被告人はホームレスに。暴行や窃盗で捕まることが急速に増えていく。今回の幼稚な釣り銭詐欺も、住むところや仕事がなく、他に金を得る手段を思いつかないことから思いついた。
■生活保護を受給していたのに、他者とのつながりも断つ
ただ、首をかしげることもある。被告人はかつて、保護司の尽力で生活保護を受給していた時期があるのだ。ひとり部屋ではなかったものの住居もあり、仕事がなくてもなんとか暮らしていける状態のはずだった。しかし……。
「私は人とすぐぶつかる性格で、同室だった男と気が合わずに短期間で保護施設を出てホームレスに戻ってしまいました。バツが悪くて保護司さんと連絡を取らなくなり、生活保護もそれきりです」
生活保護で受け取る金が惜しいと思わなかったのか、と質問されても、そのときは気にしなかったと答える。
福祉の充実は日本社会に欠かせない。それによって救われる人も多数いる。だが、被告人のような人を目の当たりにすると、いったいどうすれば良いのだろうと考え込んでしまう。恵まれない境遇で育ったとしても、犯罪者になることなく人生を切り開いていく人は大勢いるのだ。いったい何が違うのだろう。
“何も考えようとしない”ことではないだろうか。想像力を働かせることをやめているために、感情に身を任せ、後先考えない行動を取るのではないだろうか。
思考を停止し、人生を立て直すことをあきらめる。計画性を捨て、目先のことのみを追いかける。職を得る努力をやめる。他者とのつながりを断つ……。この事件、高齢で家も仕事もないから起こしたように見えるけれど、根本には“思考停止”があると僕は思う。
■簡単なのに「報酬1日6万円」のバイトを疑わない22歳
そんなことを考えながら法廷を移動し、つぎの裁判を見た。
被告人は22歳のどこにでもいそうな若者。やったことは、老人を騙(だま)して金を巻き上げる詐欺グループの受け子で、検察によれば手口は以下のようなものである。
「詐欺グループは被害者宅に架空請求のハガキを出し、弁護士を装って電話をかけ、未納金の200万円を支払えば民事訴訟を避けることができると持ちかけました。そして、現金200万円を指定の住所に宅配便で送らせ、騙しとろうとしました」
被告人の役割は、届いた宅配便を受け取って詐欺グループに渡すこと。バイト代は一日につき3万円で、計6万円を受け取ったという。届け先は空き家で、被告人は勝手に家へ上がり込み、荷物が届くのを待っていたが、近所の人が空き家のはずなのに人の出入りがあると通報し、駆けつけた警察官によって逮捕された。
証人として被告人の母親が出廷。息子は優しい性格で、今回の件を聞いて驚いていると話した。高卒後、職を転々としていたが、実家暮らしで生活に窮していたわけでも借金を抱えていたわけでもなかった。前科や前歴もない。今回の件は、友人に誘われ、割の良いアルバイトだと思って引き受けた。荷物を受け取るだけでお金がもらえると聞いて怪しいとは思ったが、それ以上は考えなかったそうだ。
なぜ考えない?
■「(犯行時は)悪いことを悪いと思えなかった」
被告人はこのアルバイトが犯罪の片棒をかつぐ案件だと見抜いていたはずだ。小遣いに不自由したとしても家も食事も確保できている身。捕まるリスクを冒す意味はどこにもないではないか。
「犯罪と知りながら、金を騙し取ってしまった。(あのときは)悪いことを悪いと思えなかった」
そうではなく、何も考えようとしなかったのだろう。もちろん覚悟もない。被害者のことだけではなく、捕まる可能性のある自分自身のことにも、ひたすら無関心だったのだろう。捕まれば刑務所に入るかもしれない。執行猶予がついても犯罪歴が残り今後の人生に不利に働くかもしれない。親は悲しみ、知人・友人の見る目も変わる。そうした一切合財を”何も考えない”ことでスルー。
その結果、
〈捕まったら人生に大きな傷を残しかねない犯罪の共犯者で1日6万円=どう考えても割に合わないバイト〉
のはずなのに、
〈指定された部屋で待ち、ハンコを押すだけで1日6万円=ラクでおいしいバイト〉
へと価値の変換を行ったのだ。
■「俺はツイてない」社会や人のせいにする人は思考停止しがち
考えることを放棄した73歳と22歳の被告人の話から、心から反省したり後悔したりしている様子はうかがえなかった。拘置所の中で自己と向き合い、どうすれば犯罪と無縁に過ごせるか真剣に考えた感じがまったくしない。被告人質問の答えもおざなりで、なんだか考えることが面倒くさくて仕方がない人たちのようにも見えた。
たとえいま、仕事や家庭に恵まれているとしても、われわれが立っている場所の地盤はそれほど固くはない。犯罪者になるケースはまれだとしても、なにかの拍子でバランスを崩したとき、想像力を働かすことのできない人は対応が遅れ、次善の策が打てず、悪い流れに飲み込まれてしまいがちなのかな、と思う。
“何も考えない”でいると、本当にシビアな状況に陥ったとき、目先のことに気を奪われ大局観を失いやすい。「運がいい」とか「ツイてない」とか、物事を流れのせいにして片付けがちな僕も偉そうなことを言える人間ではない。考えることが面倒なときこそよく考えよ。自戒を込めてそう思う。
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ノンフィクション作家
1958(昭和33)年、福岡県生まれ。法政大学卒。フリーターなどを経て、ライターとなる。主な著書に『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』『裁判長! おもいっきり悩んでもいいすか』などの「裁判長!」シリーズ(文春文庫)、『ブラ男の気持ちがわかるかい?』(文春文庫)、『怪しいお仕事!』(新潮文庫)、『もいちど修学旅行をしてみたいと思ったのだ』(小学館)など。最新刊は『町中華探検隊がゆく!』(共著・交通新聞社)。公式ブログ「全力でスローボールを投げる」。
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(ノンフィクション作家 北尾 トロ)
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