「大阪のおばちゃん」は中国人向けの観光資源だ
プレジデントオンライン / 2019年10月21日 15時15分
※本稿は、袁静『中国「草食セレブ」はなぜ日本が好きか』(日本経済新聞出版社)の一部を再編集したものです。
■中国―関空の就航数は“羽田の3倍”と圧倒的
観光客や旅行会社に「なぜ大阪に行くのですか?」とたずねると、まず間違いなく「便利だし、安いし、ほかに考えられないよ。逆に、どうしてそんなこと聞く必要があるの?」という反応が返ってきます。
実際、中国からのLCC就航数は、関西国際空港までが週36便、成田空港までが週22便、羽田空港までが週11便と、圧倒的に関空が多い。
そんな訪日中国人の悩みは、旅の「足」です。レンタカーを借りて、好きなように移動することができない。
中国で個人保有されている自動車は1.8億台。私がプチ富裕層と名づけた人たちは、だいたい運転免許証をもっていると考えていい。まあ、運転手を雇っても月10万円はかからないので、日常的に自分で運転しているかどうかは別ですが。しかし、中国の運転免許証では、日本での運転が許されていないのです。
では、日本に来たとき、どうするのか? 東京は交通機関が発達していて、さほど不便を感じることはありません。でも、地方に行くと、電車が1時間に1本、バスが2時間に1本だったりして、ものすごく苦労する。団体旅行者は大型バスが送迎してくれますが、個人旅行者はタクシーをチャーターすることが多い。
■“京阪神”の周遊コースは車移動がお得
家族で来る場合、運転手(兼ガイド)ごとワンボックスカーをチャーターすれば、大阪に泊まって、京都や神戸へ遊びにいくのも楽になります。もちろん京阪神は交通機関が発達していますが、小さな子供を連れての電車移動も大変ですから。
たとえば大阪で車をチャーターして、大阪城、黒門市場、住吉大社、桜之宮公園をまわるコースの場合、一人374元(約6000円)。たくさんある配車アプリの中のひとつは4人乗りの車しかなかったので、5~6人で来た場合は2台頼む必要がありますが。
ちょっと足をのばすとしても、それほど高くないのです。同じく大阪で車をチャーターして、奈良の東大寺、奈良公園、京都の平等院、嵐山をまわるコースでも、一人650元(約1万円)ですから、子連れであれば使う人は多いと思います。
チャーターした車に、空港まで迎えにきてもらうことも多い。でも、成田~東京は距離が離れすぎていて、高くつく。羽田は逆に便利すぎて、電車でも不便を感じない。そういう意味で、関空は適度な距離にあるわけです。
■“足”を確保しないと白タクは増えるばかり
こうした中国人向けタクシーには、国から営業許可を得ていない「白タク」も少なくないはずです。でも、支払いは中国にいるあいだにアリペイやウィーチャットペイですませているので、空港で取り締まろうにも、「親戚を迎えにきただけだ」と言い張られてしまっては、それ以上、追及できないのです。
この「足」の問題を放置したまま、地方にインバウンド需要を呼びこもうとしても、無理があると思います。地方には車でしか行けないような旅館も多いので、このままだと白タクもはびこるままです。
なんらかの条件付きであっても、レンタカーの使用を認めるようにするとか、解決策を考える必要があると思います。アメリカでは中国の運転免許証で運転できますが、特に問題は起きていないのですから。
■「もっとも日本らしくない都市」と紹介される
人民日報系列の新聞で、海外ニュースを中心に報道している「環球時報」が、大阪を「もっとも日本らしくない都市」と紹介したことがあります。「東京人が他人行儀でクールなのに対し、大阪人は率直で情熱的。東京の電車内は静かだが、大阪の電車内は笑い声がよく聞かれる」と。
たしかに、私自身、こんな声を聞いたことがあります。
「東京の地下鉄は話もしちゃいけない雰囲気だけど、大阪の地下鉄は大声で話している日本人がいるので安心する」
「東京へ行くときは、きちんとした格好をするとか、少し身がまえちゃう。大阪へ行くときはちょっとラフになる」
中国人に大阪のイメージをたずねると、必ず出てくるのが「熱情」というキーワード。情熱的でフレンドリー。世話好きで、親しみやすい。東京を歩いていて声をかけられることはないのに、大阪を歩いていると、普通に話しかけられたりする。
居酒屋に入っても、中国語のできない日本人店員が、カタコトの英語で盛り上げてくれるので、退屈しない。「楽しく飲めるのは、圧倒的に大阪だ」と。
■ガチャガチャした無秩序さが居心地いい
日本の色彩感覚はおさえめで、中国人にはもの足りない感じがすることがあります。中国人はもう少し派手なものを好む。
しかし、大阪の街は派手です。巨大なグリコの看板や、巨大なフグ、巨大な動くカニといったデコレーションは、大阪でしか見られないもので、すごく面白く感じられる。派手好みの中国人からすると、「こんなものが日本にも存在したんだ」とうれしくなる。無国籍で、無秩序な感じが楽しい。
しかも、街を歩けば、あちこちからおいしそうな匂いがただよってきます。店員さんたちもオープンで、外国人相手でも平気で声をかけてくる。静けさよりも喧騒に慣れた中国人には、なんとも居心地のいい空間なのです。だから、同じ大阪でも、すましたキタ(梅田)より、ガチャガチャしたミナミ(難波)のほうが人気です。
日本人は職人的、中国人は商人的。そんなイメージは、日本でも中国でも共通してもたれているのではないでしょうか。そういう意味で、中国人は商売上手な人を高く評価するところがあります。「おぬし、なかなかやるな」と。そういう点でも、大阪人の商売のうまさについて評価する声が少なくありません。
■野暮なことを言わない商売上手さ
たとえば、大阪に来たからには、誰しもグリコの巨大看板をバックにして写真が撮りたい。あるドラッグストアの2階に絶好の撮影ポイントがあるのですが、つねに窓が開けられており、「ご自由に撮影してください」と中国語で書いてあるそうです。決して「買い物しない方はお断りします」なんて野暮をいわない。
そうなると、かえって「この店で買い物してあげよう」という気分になる。だから自撮りしたあと、お店で商品を物色する中国人が多い。こういうサービスを見て「大阪人は商売がうまいなあ」と感心するわけです。
日本人は真面目に品質の高いものを作るけれど、商売はうまくない。そんな評価が一般的ななかで、大阪だけは別格のあつかいを受けている。値切り交渉がやりやすい、という声もあります。
■「大阪のおばちゃん」に既視感を覚えるワケ
ネット上でよく見かける言葉が「大阪大媽」。大媽とは、おばさんのこと。いわゆる「大阪のおばちゃん」です。大阪のおばちゃんも、ちゃんと大阪名物として認識されているのが面白い。
大阪大媽の4点セットは、パーマをあてた髪の毛、ヒョウ柄の服、UVカットのサンバイザー、カバンに入れた「飴ちゃん」。一方、中国の大媽の4点セットは、つば広の帽子、サングラス、花柄のスカーフ、自撮り棒。そんな比較記事も見つけました。
おばちゃんの派手さが中国と似ている、という指摘がけっこう多いのです。中国で大媽と呼ばれる人はだいたい60代~70代。いわゆる文化大革命世代ですから、文革中は地味な格好しか許されなかった。その反動で、派手なファッションを好むのです。大媽と聞いて誰しも連想するのが、あざやかな色のスカーフです。
七〇後八〇後(1970~80年代生まれ)が子供時代に派手な格好をさせられた反動で、いまは無印良品のような「性冷淡」なファッションに惹かれる、という分析を以前(『日本人は知らない中国セレブ消費』参照)しました。そもそも派手な格好をさせられたのは、親の世代がそういう服を好むからなのです。
大阪のおばちゃんは話題にされやすい存在ですが、中国の大媽も同様です。マナーの悪さでひんしゅくを買っている。
■IKEAを占領、街角でダンスとやりたい放題
リタイアして時間のたっぷりある世代です。だから、きれいなIKEAで時間をつぶす。暑さ寒さを避けられるし、眠くなったらベッドもある。友達と集まって時間をつぶすのに、こんな快適な場所はないのです。
IKEAのレストランは安い。ホットドッグは1元(約16円)です。しかも、会員になれば(すぐになれます)コーヒーが無料なのです。そこで、大媽たちはヒマワリの種をもちこんで、それを食べながら、無料のコーヒーを飲み、談笑する。座席を長時間、占領し、ヒマワリの食べかすを床に落とす。さすがのIKEAも「レストランを利用される際は、何か1品、ご注文ください」と張り紙を出すようになった。
老人の集会の場は、IKEAだけではありません。いま社会問題化しているのが、20~30人でやる「広場ダンス」。公園でも、街角でも、ちょっとしたスペースを見つけては、大音響で音楽を鳴らしてダンスをやる。
みんなが寝ている朝6時から踊ったり、子供が宿題をやる夕方の時間帯に踊ったりするので、各地でトラブルを起こしています。子供たちがバスケットボールをやっているのを追い出してダンスを始めたときはニュースになりました。誰かから注意されて、喧嘩になることもしょっちゅうです。
■文革時代の“ぶってない女”を引きずっている
大媽たちの子供は七〇後や八〇後で、エリートなら海外勤務になったりします。すると大媽もニューヨークまでついていき、グリーンカードをとって住む。で、アメリカの街角で広場ダンスをやったりするのです。ヨーロッパでもやっています。ネット上には「中国人の恥だ」という批判があふれている。
大媽たちは文革世代なのでちゃんとした教育を受けられなかったし、荒々しいところがあるのです。人と争うことにも、あまり抵抗がない。教育レベルが高くおとなしい「仏系」九〇後(1990年代生まれ)の対極にある。
文革前の上海にも上流階級がいました。たとえば上海ガニを食べるなら、食べ終わったあとの甲羅や足を組み合わせて1匹に復元できるぐらい、きれいに食べる訓練をした。上品な所作が身につくよう、きびしくしつけられたわけです。
しかし、文革時代になると、そうしたお嬢様文化はブルジョワ的だと批判されます。むしろ汚く食べ散らかして、専用器具を使わず口でべいべいしたほうが、「ぶってない女性」だと評価されるようになった。大媽たちは、そんな文化を引きずっている。
■「マナーの悪い中国人」とよく言われるのは……
そんな大媽たちも、時間とお金に余裕はあるので、海外旅行には行きます。
この世代は、ポーズをとって写真を撮る。文革時代に流行したダンスの名残りです。そのために旅行先で、撮影ポイントを長時間、占領することになる。日本へ花見に来て桜の木にのぼったり、枝を折ったりするのも、この世代です。
旅館のアメニティでも、ドラッグストアの試供品でも、もらえるものは全部もらっていく。男性用化粧品もスリッパも根こそぎです。「盗むならともかく、タダであげるといわれているものを、もらわないなんてバカだ」という感覚なのです。
おそらく日本で「マナーの悪い訪日中国人」といわれる人の多くが、この世代ではないかと思います。でも、八〇後九〇後といった若い世代とはまったく別人種だということは強調しておきたいと思います。
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行楽ジャパン代表取締役社長
上海市生まれ。北京第二外国語大学卒業。早稲田大学アジア太平洋研究科修了後、日経BP社に入社し日本で10年間を過ごす。帰国後、中国人富裕層向けに日本の魅力を伝える雑誌『行楽』を創刊、15年行楽ジャパンを設立する。現在、上海と東京にオフィスを構え、中国での日本の観光PRに活躍する。著書に『日本人は知らない中国セレブ消費』。
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(行楽ジャパン代表取締役社長 袁 静)
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