いつ誰が「日本人は集団主義」と言い始めたのか
プレジデントオンライン / 2019年10月23日 15時15分
※本稿は、髙野陽太郎『日本人論の危険なあやまち 文化ステレオタイプの誘惑と罠』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の第6章「なぜ『集団主義的な日本人』は常識になったのか?」の一部を再編集したものです。
■通説の源は、ローウェルというアメリカ人
「日本人は集団主義的だ」という通説の源を探っていくと、パーシヴァル・ローウェルというアメリカ人に行き着きます。日本でいえば明治時代の人です。ボストンの裕福な名家の出身で、グランドキャニオンの近くに私設の天文台をつくってしまうほど、財力をもっていました。
この人は、「火星の表面に見える縞模様は、火星人がつくった運河だ」という説を唱えて、有名になりました。本も出版しています。私が子どものころは、まだこの説が少年雑誌に載っていたような気がします。
もちろん、火星人はいませんでした。ローウェルが望遠鏡で見たという「縞模様」も、のちの天体観測者は確認することができませんでした。
ローウェルは、火星人の前には、日本人に興味をもっていました。大森貝塚の発見で有名なアメリカの動物学者エドワード・モースの講演に触発されて、明治16年(1883年)、はじめて日本を訪れました。以後、10年間に5回ほど日本に出入りしています。
ローウェルは、日本について、3冊の本を出版していますが、「集団主義」論と関係が深いのは、最初の本『極東の魂(※1)』です。この本は、明治21年(1888年)にアメリカで出版されました。
■「日本人には個性がない」
この『極東の魂』のなかで、ローウェルは、「日本人の特徴は、個性がないことだ」と何度も何度も強調しています。「個性がない」というのは、原語では“impersonal”です。邦訳では「没個性」と訳されています。
ローウェルの意見によれば、「人間は進化するにしたがって個性的になっていく」のですが、日本人は、その進化が途中で止まっているというのです。ここには、イギリスの哲学者ハーバート・スペンサーの影響が見てとれます。ローウェルが日本を訪れた時期、アメリカでは、スペンサーの社会進化論が最盛期を迎えていました。社会進化論は、人間の社会が、集団主義的な「軍事型社会」から、個人主義的な「産業型社会」へと「進化する」と主張していました。
ローウェルは、「民族は、西から東へといくにしたがって、アメリカ、ヨーロッパ、中近東、インド、日本の順で、次第に没個性的になっていく」と記しています。「アメリカ人がいちばん個性的で、日本人がいちばん没個性的」というわけです。「フランスはヨーロッパの中で最も没個性的国家である」(邦訳85頁)などと書いているところからみると、ローウェルは、いわば「アメリカ・ファースト思想」の持ち主だったようです。
この「西から東へと」というところは、ドイツの哲学者ヘーゲルの『歴史哲学(※2)』を思い起こさせます。ヘーゲルは、「東から西へといくにしたがって、自由の精神が発達していく」と説きました。「自由」を「個性」に置きかえれば、そっくり同じ議論になります。ローウェルは、ハーバード大学を出ていますから、そこでヘーゲルの思想に触れていたのかもしれません。
■「没個性」論の根拠
では、何を根拠に、ローウェルは「日本人には個性がない」と断じたのでしょうか? じつは、根拠はまことに薄弱で、ごく表面的な観察でしかなかったのです。たとえば、「日本語では人称代名詞が欠落している」(邦訳79頁)とか、「年齢を数えるとき、個人の誕生日から数えるのではなく、一律に元日から数える」とかいった観察です。
ローウェルが『極東の魂』を書いたのは、はじめて日本を訪れてから、滞在期間が合わせて1年ほどにしかならない時期でした。ローウェルは、日本に来てから日本語を学び始めましたから、日本語の学習期間も1年ほどでしかなかったことになります(※3)。
たとえば、ラオスの言語であるラオ語を知らない日本人が、はじめてラオスに行って1年たったときのことを想像してみてください。ラオス人ひとりひとりの個性をはっきり認識することができるでしょうか?
人の個性は、主に言葉をつうじて感得(かんとく)されます。どんな場面で、何を言われたとき、どういう言葉を返すのか――そういうところに人柄がよく表れるからです。言葉がよくわからなければ、個性を感得することも、個性の違いを見分けることも困難です。日本語を学びはじめて1年にしかならなかったローウェルには、そもそも、日本人の個性を認識することは難しかったはずなのです。
■「アメリカとは逆」という印象
じっさい、ローウェルは、日本人について、ずいぶん見当はずれなことを書いています。たとえば、彼は「日本人には恋愛感情がない」と断言します。「運命の女神は節約し過ぎて、彼らに恋心を与えなかった」(邦訳51頁)というのです。同じアメリカ人でも、『源氏物語』を英訳したエドワード・サイデンステッカーなら、この意見には同意しなかったでしょう。むろん、日本人のなかに同意する人がいるとは思えません。読者はどうでしょう?
『極東の魂』は、「日本では、何もかもが逆さまだ」という話から始まっています。「言葉の順序を全く逆にしてしゃべること、書く時には筆を右から左に動かすこと、本は一番最後の頁から読むこと」(邦訳10頁)。この「アメリカとは逆」という印象をベースに、日本人の個性を感得できなかったという実体験、アメリカ人の個性を誇りとする「アメリカ・ファースト思想」、スペンサーの社会進化論、それに、ヘーゲルの歴史観などがないまぜになって、「日本人には個性がないはずだ」という先入観ができあがり、その先入観にもとづいて、日本で見聞きした事物を解釈したのでしょう。「日本人には個性がない」という主張は、事実の正確な観察にもとづく帰納的思考の産物ではなく、先入観にもとづく演繹的思考の産物だったということになります。
■『極東の魂』の影響力
しかし、アメリカ人の先入観に発した主張だけに、ローウェルの没個性論は、欧米人にとっては、むしろ説得力があったのかもしれません。近年、アメリカの人類学者デイヴィド・プラースは、こんなことを書いています(※4)。「日本人は個性に欠ける、あるいは西洋の基準からみて性格的に弱いと考えることは、西洋人にとって、おそらく非常に気持ちのよいことだったのであろう」(邦訳319頁)。
そうしたことも手伝ってか、『極東の魂』は、アメリカでは、かなり広く読まれたようです。ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、アメリカでこの本を読んで感激し、日本への渡航を決意しました(※5)。ハーンは、友人に書き送った手紙のなかで、この本を「神の手になったような一冊だ」(39頁)とまで絶賛しています。
『極東の魂』には、戦後の日本人論でよく耳にした話がいくつも出てきます。
たとえば、「個我が共同体の精神に溶け込んでしまう」(邦訳35頁)という記述。ここで「個我」と訳されているのは、原文では「個人のアイデンティティー」(the identity of the individual)です。「個人性」(individuality)という言葉も「個我」と訳されています。日本人論には、耳慣れない「個我」という言葉がよく出てくるのですが、このあたりに由来しているのかもしれません。
■日本人は「手先が器用」なのか
日本語については、「代名詞がなく、我、汝、彼の区別をしない」という指摘のほかに、おなじみの「文に主語がない」という指摘もあります。
「日本人は自尊心が強くない」とも言っていますが、最近の心理学では、第1章で紹介した自己観理論との関係で、この点について賛否の議論が闘わされています。
天才もいないが、「野蛮で無知な人物」も少なく、「ほとんどの人々が中間の領域にいる」(邦訳200頁)という日本人評も、戦後の日本人論では、似たような議論をよく耳にしたものでした。ローウェルは、「日本人は、インドや中国から文化を輸入し、模倣してきたが、自分で新しい考えを生み出すことはできず、独創性に欠けている」とも主張しています。
「日本人は子どもの段階で止まっている」という指摘は、ダグラス・マッカーサーがアメリカ議会で述べた「日本人は12歳の少年のようだ」という見解のなかに谺(こだま)しています。「手先が器用」という形容も、日本人論の定番です。
このように、『極東の魂』には、日本人論の主な主張が既に出揃っている感があります。日本人論は、ローウェルの独断を延々とオウム返しにしてきたわけです。まさに、「一犬影に吠ゆれば、百犬声に吠ゆ」です。
■プロパガンダ映画の余波
アメリカでは、ローウェルの「没個性」論が土台になって、「日本人」のイメージができあがっていきました。
第二次世界大戦が始まったころに書かれて、アメリカで出版された『敵国日本(※6)』という本があります。著者は、戦前、「タイムズ」や「ニューヨーク・タイムズ」に日本から記事を送っていたヒュー・バイアスというジャーナリストです。この本のなかで、バイアスはこう書いています。「独裁者が出現しないのは、政治的に日本は個人から成り立つ国家ではなく、比喩をもって表現すれば、巣箱の防衛のために集団で活動し、騒ぎ立て、戦う、ひと箱のミツバチだからだ」(邦訳12頁)。
やはり第二次世界大戦のさなか、アメリカは『汝の敵を知れ――日本』というプロパガンダ映画をつくりました。監督は、アカデミー賞の監督賞を3回も受賞したフランク・キャプラでした。
この映画は、日本人は、「同じネガから焼きつけた写真プリント」のように、個性のない人間たちだと説明します。そして、小学校の教室で、生徒が一斉に手を上げ、「本」という字を空中に書いているシーンを映しだします。いかにも「個性のない人間たちの集団行動」に見えるシーンです。
■結局は日本の近代化を説明する材料にすぎない
また、工場で働いている日本人の姿には、「日本人は、義務教育のなかで、みな同じように考えるように教育されるので、たとえ命を縮めることになっても、従順に長時間労働を続けるのだ」というナレーションをかぶせます。
「日本人には個我がない」というローウェルの主張が、「個我をもたない日本人は、自分を犠牲にして集団に尽くす」という主張に発展してきたことが分かります。
こういう形の集団主義論になった理由は、おそらく、日本の近代化がうまく説明できたからでしょう。これなら、「アジア・アフリカ諸国のなかで、なぜ日本だけが近代化できたのか?」という疑問にうまく答えられるように見えます。「たくさんの人が力を結集すれば、大きなことを成し遂げられる」という知識は誰もがもっているので、「日本人は自分を犠牲にして、集団のために力を結集したので、日本は近代化に成功したのだ」という説明は、誰にとっても納得のいく説明だったにちがいありません。
第二次世界大戦の末期(1944年)、「日本人の精神構造」を解明するための会議がニューヨークで開催されました。この会議には、社会学者のタルコット・パーソンズ、歴史学者のフランク・タンネンバウム、人類学者のマーガレット・ミードといった、当時のアメリカを代表する社会科学者40名以上が集まりました。彼らは次の点で意見が一致していたといいます(※7)。「日本人は、集団に順応していないと安心感を得られないが、この点で、アメリカの未熟な少年、特に不良少年とよく似ている。」
この時期、「集団主義的な日本人」というイメージは、アメリカの学者たちのあいだでは、既に支配的になっていたことが分かります。
引用文献
※1 ローウェル、パーシヴァル(川西瑛子訳)1977『極東の魂』公論社
Lowell, P. 1888 The soul of the Far East. Houghton Mifflin.
※2 ヘーゲル,ゲオルグ・ヴイルヘルム・フリードリヒ(1954)(武市健人訳)『ヘーゲル全集10 改譚 歴史哲學(上・下)』岩波書店Hegel, G. W. F.(1938,1940)Vorlesungen über die Philosophie der Geschichte.
※3 宮崎正明 1995『知られざるジャパノロジスト ― ローエルの生涯』丸善
※4 プラース、D・W(井上俊・杉野目康子訳)1985『日本人の生き方 現代における成熟のドラマ』岩波書店
Plath, D. W. 1980 Long engagements: Maturity in modern Japan.
Stanford University Press.
※5 宮崎正明 1995『知られざるジャパノロジスト ローエルの生涯』丸善
※6 バイアス,ヒュー(2001)(内山秀夫・増田修代訳)『敵国日本 太平洋戦争時,アメリカは日本をどう見たか?』刀水書房Byas, H.(1942)The Japanese enemy: His power and his vulnerability. New York: Alfred A. Knopf.
※7 ダワー, ジョン・W(斎藤元訳)1987『人種偏見 太平洋戦争に見る日米摩擦の底流』TBSブリタニカ
Dower, J. W. 1986 War without mercy: Race and power in the
Pacific War. New York: Pantheon Books.
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認知心理学者
1950年東京生まれ。フルブライト奨学生としてアメリカに留学、Cornell大学で博士号を取得。Virginia大学専任講師、早稲田大学専任講師、東京大学教授を経て、現在、東京大学名誉教授・明治大学サービス創新研究所客員研究員。著書に、『認知心理学』(放送大学教育振興会)、『鏡映反転 紀元前からの難問を解く』(岩波書店)など。
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(認知心理学者 髙野 陽太郎)
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