なぜ英国はEU離脱でいつまでも揉めているのか
プレジデントオンライン / 2019年10月21日 18時15分
10月19日、ロンドンの英下院で、欧州連合(EU)離脱案承認を見合わせる動議を可決された後、それでも今月末の離脱実現を主張するジョンソン首相。ときおり笑みを浮かべる場面もあった。=議会提供 - 写真=AFP/時事通信フォト
■「10月中の離脱」はジョンソン首相のアピールにすぎない
英国とEU(欧州連合)は10月17日のEU首脳会議(サミット)で、英国のEU離脱に関する新たな協定(新協定)案で合意に達した。昨年11月にテリーザ・メイ前政権がEUと結んだ旧協定案に比べると、懸念となっていた北アイルランド国境問題で双方が一定の歩み寄りを見せたことが新協定案の特徴であった。
しかしながら英議会はかたくなであった。19日に英下院はEU離脱に関する関連法が成立しない限り新協定案の審議を延期する動議を可決したのである。これによってボリス・ジョンソン首相は、9月上旬に成立した離脱延期法に基づき、来年1月31日まで交渉を延期したい旨をEUに対して書簡で申請せざるを得なくなった。
EUのトゥスク大統領によると、ジョンソン首相は未署名で書簡を送付したようだ。同時に首相は、個人的な見解としては今月中の離脱を目指すという書簡も送付した模様である。本気で離脱を目指しているという識者の観測もあるが、筆者個人としては、首相の支持者に対するアピールにすぎないと考えている。
フランスのマクロン大統領は英国による離脱延期要請に対して厳しい立場を採っているが、11月に新執行部に体制が移行するEUとしては、事態の混乱を回避するために10月末までに臨時サミットを開催して、英国の要請を容認する見通しである。結局、離脱交渉は再び延期される可能性が高いと見る。
■煮え切らない態度の裏側にある議会と首相の対立
そもそも19日に開催される国会では、新協定案が僅差で否決されるという観測が高まっていた。今回、下院は審議そのものを延期するという動議を可決したが、このことは実態として下院が新協定案を否決したことと同じ意味を持つ。そうであるからこそ、首相はEUに対して書簡を送らざるを得なくなった。
また未署名とはいえ首相が書簡をEUに送った事実は、首相にとっても10月末の「合意なき離脱(ノーディール)」が真意ではなく、EUや英議会から譲歩を引き出すための方便であったことを物語っていると言えよう。なし崩し的にノーディールが生じるリスクはまだあるが、その可能性は低下したと考えられる。
政権が協定を締結しては議会がそれを否定する。メイ前首相の時と変わらない光景が今回も見られたことになる。英国が煮え切らない態度に終始するのは、首相と議会の対立が先鋭化しているからに他ならない。強権的なジョンソン首相を擁立することで保守党はまとまりを回復したが、議会の過半を失った事実は変わらない。
■保守党執行部がジョンソン首相という劇薬を飲んだ背景
保守党はまとまったが、議会を軽視するジョンソン首相の強権的な手法は、かえって最大野党の労働党やその他の勢力との対立を先鋭化させてしまった。今回の新協定案をめぐっては閣外協力関係にある北アイルランドの地域政党、DUP(民主統一党)も反対の立場を示しており、今や保守党は孤立無援の状態となっている。
そもそも保守党執行部がジョンソン首相という劇薬を飲んだ背景には、離脱交渉の膠着(こうちゃく)を巡って保守党の支持率が急低下し、代わってナイジェル・ファラージ氏率いる離脱党の支持率が急上昇したことに対する危機感があった。強硬派のジョンソン首相を擁することで、離反した有権者の支持を取り戻そうとしたわけである。
世論調査会社ユーガブによると、最新10月15日時点で保守党の支持率は37%と1月10日に記録した直近の最低水準(17%)から回復が著しい。一方で一時26%まで上昇した離脱党の支持率は11%に沈み、保守党への対決姿勢を強くする労働党の支持率は22%と第三勢力への躍進が予想される自民党(18%)とほぼ拮抗している。
■EU側にはいつまでも事態を放置する余裕はない
下院選挙で小選挙区制を採用している英国の場合、野党の支持が割れることは与党への追い風となる。分配を重視する労働党と成長を重視する自民党では選挙協力が成立する展望も描けず、保守党が単独与党に復する素地は整いつつある。そして保守党が過半数を回復すれば、DUPという「ノイズ」も取り去ることができる。
ジョンソン首相としても、選挙に勝利して新協定に基づく離脱を円滑に実現することは非常にきれいな筋書きとなる。いつまでもこの問題を放置するわけにはいかないEUとしても、保守党一強体制が成立することのほうが望ましい展開といえるだろう。早期総選挙は英国とEUの両方にとって望ましいシナリオといえそうだ。
EUは11月から新執行体制に移行する。新たに欧州委員長に就任するフォン・デア・ライエン氏は7月半ば、英国のEU離脱に関する交渉期間について、一定の延長を容認すると発言した。EUもまた英国の離脱に伴う混乱を回避したい意向であるが、いつまでも事態を放置するだけの余裕などない。
■EUから英国が切り離される日が近づいている
EUは今年春に離脱の交渉期限を10月末まで延期することを容認した際、10月末に再延期を要請するに当たっては、その具体的な理由を明言するように英国に対して注文をつけている。現状では早期の総選挙を行い、英国の国民に新協定受入の是非を問うことは、最も説明責任がある再延期の理由となるだろう。
「会議は踊る、されど進まず」は、ナポレオン戦争後の国際秩序を決める際に開催されたウィーン会議(1814~15年)で、各国の利害対立のために交渉が遅々として進まない状況を揶揄(やゆ)した言葉である。EU離脱に当たり英国でもまた、そうした状況が長期化している。英国もまた欧州の勢力均衡の伝統を引きずっていると言えよう。
とはいえ、繰り返しとなるが、EUが踊り続ける英国にいつまで付き合うか定かではない。しびれを切らしたEUから英国を切り離す日が近づいているというのが筆者の認識だ。EUが英国に対する「最後通牒」を突き付けるタイミングは、すぐそこまで来ているのかもしれない。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員 土田 陽介)
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