「雷がなぜ起こるか」そのメカニズムがついに!
プレジデントオンライン / 2019年11月5日 17時15分
■きっかけは96年のもんじゅでの観測
身近な自然現象である雷。しかし意外なことに、「なぜ雷が起こるのか」はいまだに解明されておらず、地球物理学における重大な未解決問題の1つとされていた。これまではプラズマや絶縁破壊(ガスコンロを点けたときに火花が発生する現象)など、さまざまな現象が雷の発生原因だという仮説が湧いては否定されてきた。
そんななか、2018年1月、日本の研究チームが雷から発生する“放射線バースト”という現象の観測に世界で初めて成功し、雷発生の謎に迫るのではないか? という期待を世界に抱かせている。その放射線バーストを実際に観測した共同研究グループの東京大学大学院物理学専攻の博士課程3年生、和田有希研究員に聞いた。
「我々は雷から発生する放射線を観測する、GROWTHという実験を行う研究チームで、その歴史は1996年まで遡ります。そもそも雷が放射線を放っていることに科学者は長らく気づいておらず、それを知るきっかけになったのは、福井県の高速炉もんじゅや柏崎刈羽原子力発電所のモニタリングポストで、雷が鳴ったときにアラートが発報したことで、『雷の発生と放射線には関係があるのでは?』と仮説が立ったのです」
つまり、放射線観測による雷の研究はここ30年で生まれた新しい研究ということだ。
「その後、東京電力と協力体制を組み、研究が始まりました。そもそもガンマ線という高エネルギー放射を出す条件というのは、通常の自然原理の中ではなかなか発生しえません。なぜ雷が鳴るとガンマ線が発生するのかという部分が、とても興味深かったんですね」
そして、観測を開始したのが2006年。早速、翌07年には雷雲の中の放射線の観測に成功する。
■鍵を握る2つの放射線
「07年の観測が我々のチームの最初の成果でした。そしてここ10年の間で、どうやら雷が鳴ったときに発せられる放射線と、雷雲の中で発生している放射線の2種類があることが判明しました。それが、雷が鳴ったときのコンマ数ミリ秒という短い時間に発生する大量のガンマ線である“ショートバースト”と、雷雲の中の電子が動くことによって観測される“ロングバースト”の2つです。それを、18年の1月に、世界で初めて同時観測することに成功したのです」
この観測は石川県金沢市の複数の高校で行われた。日本海沿岸の冬季雷は世界的に見ても雷雲が地上から近い距離に発生し、大きな電流が流れやすいという特徴を持つため、雷観測に適した場所なのである。
「観測は研究チームで製作した観測装置を金沢市の複数の高校に設置し、そこから送られてくるデータを遠隔で分析します。今回は、石川県金沢市の上空を通過中の雷雲から、1分間ほど発生し続ける微弱なロングバーストと呼ばれる放射線バーストを観測し、雷放電が発生した後でロングバーストが消失しました。続いて、原子核反応に由来する1秒未満の短くて明るいショートバーストの観測に成功したのです。今回の観測では、ロングバーストが消失したと同時に、ショートバーストと雷放電が発生しており、ロングバーストがショートバーストや雷放電そのものの発生を促進した可能性を見出すことができました」
そもそも、ガンマ線が、雷から観測されたこと自体、不思議な現象なのだという。
「本来、ガンマ線が自然界で発生する原因は非常に限られています。1つは太陽光からの高エネルギー粒子が、地球の大気中で化学反応を起こし、最終生成物としてガンマ線が生まれるパターン。簡単に言えば、地球外からの高エネルギーによるものです。もう1つは、一定の確率で壊れるときに放射線を出す、放射性同位体という元素が存在します。これらが地球内部でのガンマ線の発生源になっているのですが、これらの元素は地球が誕生するはるか昔につくられている物質なんですね。
■ガンマ線が自然現象から観測
地球は50億年前ぐらいにつくられたさまざまな物質の寄せ集めでできているような状態なので、ガンマ線を発する放射性同位体は、地球内部ではつくられていないんです。ですからこれまで、自然界が生成するガンマ線は、地球内部でできた物質からは発生しないと考えられていたんです。しかし、この研究で雷から発生するガンマ線を観測できた。まず、雷よりもガンマ線が自然現象から観測されたことが、物理学者としてはなんとも興味深かったのです」
この雷雲からガンマ線が発生する過程を研究することで、雷が発生する原理を解明できるかもしれないというのが、今回打ち立てられた仮説だ。
「今回観測できたロングバーストとショートバーストの同時観測ですが、まず、雷が発生したときに放射されるガンマ線を“地球ガンマ線フラッシュ(TGF)”と呼びます。人工衛星が最初に観測したガンマ線がこれに該当します。そして、雷によるガンマ線フラッシュが起きた後、光核反応と原子核反応が起こることは、16年、17年の研究で検証することができました。
そしてやはり、ガンマ線から発展して起こる原子核反応というのは、基本的には自然界では起きないと考えられていたんです。ところが、その現象が雷から観測された。雷雲の中で放射線バーストが発生するという原理が解明できれば、雷の発生原理を解明できるかもしれないという仮説を、今回新たに提示できたのです」
だが、雷が発生した後に原子核反応が起こる現象、そして雷によって発生する放射線バーストの観測はこれまでに成功したが、なぜ「雷雲の中でガンマ線が発生するのか?」という現象については、いまだに解明されておらず、研究チームの次なる課題だという。
そして、この雷からガンマ線が発生する原理を解明するための研究は、ガンマ線が飛ぶ方向と同じようにさまざまな方向性から進める必要があると和田研究員は話す。
「まずは、我々が発生する現象を見過ごさないために、検出器を増やしていくことです。これまで観測できていた現象が、どれくらいの頻度で起こるのかを系統的に調べられるくらいまでに、検出器を増やす必要があります。そしてもう1つは難しいのですが、地球ガンマ線フラッシュ自体の解明です。なぜこれが難しいのかと言えば、これまではたまに人工衛星が勝手に観測するくらいで、観測すること自体が困難だったからです。
■雷の発生の謎にさらに迫る
しかし、最近の研究で、下向きの地球ガンマ線フラッシュが発生することがわかったので、専門の検出器を設置すれば、この現象自体も捉えられるのではないかと思います。また、宇宙からの観測ももちろん重要です。20年には地球ガンマ線フラッシュを観測するための人工衛星がフランスから打ち上げられます。地上、宇宙の両方からガンマ線を観測することで、雷の発生の謎にさらに迫ることができるかもしれません」
和田研究員は、これまでの研究を「民間の方々のご協力がなければ、ここまで来ることはできませんでした」と振り返る。
「我々の研究チームは誕生してから19年で14年目になりますが、この研究の立ち上げ時には、学術系のクラウドファンディングサイト“academist”で、『カミナリ雲からの謎のガンマ線ビームを追え!』というプロジェクトで、一般の方々から資金を募りました。結果的に、150人以上の方からご賛同をいただき、目標金額であった100万円を大幅に上回る、160万円以上の支援をいただくことができました。
また、検出器の設置場所に関しても、石川県の金沢大学附属高等学校をはじめ、数多くの施設や自治体にご協力いただいています。『自然現象の謎を解明したい』という我々の熱意を応援してくださる方がいらっしゃること、そんな同じ熱意を共有する方々から協力をいただいて私たちが実験を行えていることは、非常にありがたいことです。今後も温かいご協力を賜って、成果に繋げていきたいと考えています」
今後も実験を続け、雷の謎を解明するためには、民間の協力は必要不可欠なものだといえるだろう。
古くから我々人類のそばにあり、私たちに神秘的な興味を抱かせ続けた雷の謎を、日本人が解明する日が来るかもしれない。
(施倶 童)
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