「憲政史上最長」の安倍首相がこだわる改憲解散

プレジデントオンライン / 2019年10月23日 18時15分

「即位礼正殿の儀」で、天皇陛下の前で万歳三唱する安倍晋三首相(左端)=2019年10月22日午後、皇居・宮殿「松の間」 - 写真=時事通信フォト

■急浮上して直ちに消えた「年内解散」のうわさ

台風19号の日本列島直撃、ラグビー・ワールドカップでの日本の大健闘、そして天皇陛下の即位礼……。大きなニュースが続いたことにより、国内政局について、ほとんど報道されない日が続く。

しかし実は、今月に入ってから、衆院解散を巡って永田町は大きく動いた。参院選の余韻がまださめない状態なのに、衆院解散・総選挙説が高まっていたのだ。結局、台風被害の影響で解散説は沈静化しているが、国民不在の党利党略で浮上した年内解散説の舞台裏を紹介しよう。

■いかにもありそうな「11月20日解散、12月15日投票」説

衆院解散説は、10月上旬、にわかに高まった。臨時国会が4日に召集され与野党の論戦が始まった。今国会での最大の焦点は安倍晋三首相が執念を燃やす憲法改正に向けての環境整備。自民党側は「開かずの間」となっている衆参両院の憲法審査会を開催して議論を一歩でも進めようとしているが、野党側はテコでも動かない。膠着(こうちゃく)状態が続く。

そういう状況下で解散説が駆け巡り始めた。改憲の是非の前に改憲の議論をすることさえも応じようとしない野党を問題視し、国民に直接信を問う、というのが自民党側の理屈。野党を、議論すら応じない抵抗勢力と決めつけた「改憲解散」だ。

この情報は野党側にも流れ、緊張が走った。具体的に「11月20日解散、12月15日投票」という日程までささやかれた。中には、この日程が記された極秘文書が首相官邸の廊下に落ちていた、といううわさまで流れた。それほど重要なメモが、やすやすと落ちているとは思えないが「11月20日解散、12月15日投票」という日程は「いかにも、ありそう」な日程であるのも事実だ。

■11月20日に「憲政史上最長」の偉大な宰相となる安倍氏

安倍氏は11月19日、首相在任日数が2886日となり、桂太郎氏と並ぶ。もし20日に衆院解散すれば「憲政史上最長」の偉大な宰相として国民に信を問う形になる。

さらに解散直後に愛知県で行われる20カ国・地域(G20)外相会議やローマ法王の来日などが控えており、得意の外交でポイントを稼ぐ機会がある。おまけに12月15日は大安だ。

安倍氏は2014年にも「年末選挙」を仕掛けているが、この時は11月21日解散、12月14日投票。今回ささやかれた時期とほぼ同じ。そして自公両党を勝利に導いた。だから「いかにも、ありそう」なのだ。

この時期に衆院解散するメリットは何だろうか。そもそも安倍氏は衆院任期よりも、はるか前に衆院解散を打つ傾向にある。最終的には見送ったが、ことし7月の参院選にあわせて衆院を解散して同日選に持ち込むことも検討していたことは本人も認めるところだ。

■山本太郎氏が率いる「れいわ新選組」の動きを警戒

野党が選挙準備が整わない間に奇襲選挙になだれ込んだ方が有利だという判断があるのに加え、任期途中に解散することで前回の衆院選での公約が守られたのか、守られたのか検証されにくい状態で選挙を行った方が争点をぼかして戦いやすいという発想もあるのだという。

今、野党は長い低迷を抜けきっていないが、国会では立憲民主党と国民民主党らが統一会派を組むなど、再結集の動きがある。そして安倍氏は、山本太郎氏が率いるれいわ新選組の動きを警戒している。

参院選では2議席確保にとどまったが、街頭演説などでは圧倒的な注目度だった。このまま準備が進めば無視できない勢力になる。その芽を摘むために、年内衆院解散を仕掛けることを考えたようだ。

7月の同日選を安倍氏が見送った主要因の1つは連立のパートナーである公明党が反対したからだ。公明党は「参院選と衆院選は最低でも3カ月間を開けてほしい」と要望。安倍氏も了解したといわれる。年末選挙は、ぎりぎり公明党側の顔を立てることになる。

■「台風19号」で解散断念へ 3年前と同じ展開に

しかし、この年内解散説は10月中旬になって急速にしぼんだ。台風19号の被害が広がり、衆院解散で政治空白をつくるわけにいかなくなった。解散を強行すれば、国民の生活よりも党利党略を優先したという非難を受けるのは目に見えている。

安倍氏は、過去にも似たような経験をしている。3年前の2016年、安倍氏は7月の参院選にあわせて衆院を解散する同日選を画策した。しかし、この年4月、熊本県を中心とした大地震が発生。復旧、復興を優先せざるを得なくなり、同日選を断念した。

自民党幹部の1人は「安倍氏が今回、どこまで本気で解散を考えていたのかは分からないが、3年前の前例をみれば、年内解散説はほぼ消えたと考えていいだろう」と語る。

■来年1月の通常国会冒頭に、国民に信を問う可能性は残る

結局、今回の解散説は10月初旬に急浮上して中旬に消える「超短命」に終わった。永田町では「次の衆院解散のタイミングは来年夏の東京五輪後、秋以降になる」との見方がもっぱらだ。

しかし、そこは少し待ってほしい。確かに年内解散はほぼ消えた。しかし、年が変われば台風被害への復旧もある程度形がつく。そうなれば、来年の1月、通常国会冒頭に国民に信を問う可能性は十分に残る。

憲政史上最長の在任期間を誇るようになる安倍氏にとって、あとはレガシーとなる功績を残したい。それは言うまでもなく憲法改正だ。その流れをつくるために、来年早々に勝負をかける。安倍氏はそんな選択肢を残しながら2020年を迎えることになる。

(プレジデントオンライン編集部)

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