実の母から10万円のために売られた息子の絶望
プレジデントオンライン / 2019年10月30日 11時15分
※本稿は、秋山千佳『実像 広島の「ばっちゃん」中本忠子の真実』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■孫のような存在だった男の子が暴力団員に
2017年5月最初の公民館での食事会。力さんは一人でやってきて、端のテーブルに着くと、黙々と揚げたてのメンチカツやスパゲッティサラダを食べていた。何度もおかわりはするが、見知った間柄のはずの周囲に話しかけようとはしない。
力さんは1年あまり会わないうちに、暴力団員になっていた。
中本さんさえ、しばらくはその事実を知らなかったという。
同年2月、力さんは広島県警に逮捕された。容疑は大麻取締法違反で、所属する組名も表に出たことで、彼が正式な組員になったことを悟ったのだ。
中本さんは力さんが留置されていた警察署から「面会してやってくれませんか」と連絡を受け、駆けつけた。力さんは署員から「ばっちゃんが来たで」と促され、面会室のアクリル板ごしに中本さんと向き合ったが、しばらくは無言だった。限られた面会時間が過ぎていく中で、ようやく発した一言は「俺は悪くない」だった。
裁判を経て、4月半ばに執行猶予つきの有罪判決となって釈放された力さんは、基町の家に姿を現した。中本さんは、なんでこうなったん、と尋ねた。
組員になった理由は、罰金を肩代わりしてもらうためだった。
■罰金75万円を肩代わりしてもらうため組員になった
力さんは20歳の時の暴走行為で、罰金75万円の刑事処分を受けていた。
中本さんからは労役場留置を勧められていた。これは罰金を完納できない場合、裁判所で定められた1日あたりの金額が罰金の総額に達するまでの日数、刑務所などに収監されて封筒の糊づけなどの軽作業を行うことを意味する。1日あたり5000円で計算されることが多いので、力さんの罰金ならおよそ5カ月間の拘束となる。
しかし、両親の友人で小学生の頃から見知っていた暴力団員からは「そんなことで労役に行ったら恥ずかしい」と言い含められ、立て替えの提案を受けた。その話がまとまり、半年後には組員として登録したのだった。
そこから逮捕までの5カ月ほど、力さんは基町の家に来ても、身分を隠していたことになる。後に本人は、中本さんに申し訳なくて言えなかった、だから釈放されてすぐ謝りに行ったのだ、と説明している。
謝られた中本さんは、組から抜けられるなら何でもしてあげる、と力さんを説得したという。だが力さんは「入ってすぐにやめられる世界でもないし、今の親分がいる以上は……。ばっちゃん、わかって」と繰り返した。
■力さんはたった10万円のために母親に利用された
中本さんは力さんに対する以上に、母親の麻子さんに怒りを覚えていた。
力さんが大麻を所持していると警察に通報したのは、麻子さんだった。逮捕前の力さんは、組員になったことでアパートを強制退去になり、麻子さんの元に戻って一緒に暮らしていたのだ。力さんは大麻を含め、違法薬物を使ったことはこれまで一度もないと主張している。この時は預かっていたというのが力さんの言い分だ。
麻子さんによる通報はしかし、息子の更生を願ってのものではなかった。力さんの裁判に姿を現した麻子さんは、傍聴に来ていた組長に掴(つか)みかかったのだという。
その時のことを、中本さんはこう強調した。
「力がこがいになったのはお前らのせいじゃ、10万円よこせって、力の入っとる組長に脅しをかけていったわけ。要は、10万円のために息子を売ったんよ」
組長をゆする材料にするための通報だったのだ。そもそも力さんが組に入るきっかけとなった罰金についても、麻子さんは助けようとはしなかった。息子が自分の勝手知ったる暴力団関係者とつながってくれれば、利益になりうるという思惑が麻子さんにあったのかもしれない。
75万円にしても、10万円にしても、まだ若い力さんの長い人生を左右する額としてはあまりに小さい。
■「食べさせることで罪を犯さんようにする」
そして中本さんが憤るのは、力さんが母親に売られたという絶望を深めるほど、親身にしてくれる暴力団組織への帰属意識が高まり、引き返しにくくなるからだ。その萌芽はすでにあった。母親のせいで組長に迷惑をかけて縮こまる力さんに対し、組員たちは「お前も大変じゃろうけど母さんも一人なんじゃけ、できることはしてあげえや」と優しかったそうだ。
もっとも、力さんに現実が見えていないわけではない。中本さんには「何かあれば、俺が真っ先に消されるじゃろうね」と暗い表情も見せていた。
基町の家の関係者の中には、中本さんが昔から面倒を見てきた若者とはいえ、現役暴力団員を基町の家で受け入れることへの反対もあった。ただ警察や裁判所は、力さんが基町の家に通っていることを把握しており、中本さんならさらなる犯罪に走るのを食い止めてくれるのではないかと期待をかけていた。
中本さんは、「悪さをせんと食うていけん」と話す力さんが実際十分に食べていけていないようなのもあって、基町の家に来てもいいと認めた。スタッフには「誰彼いう差別なしに、食べさせることで罪を犯さんようにするのがうちの目的じゃけん」と自身の方針を話していた。
■「力、悪さすんな」中本さんの切なる願い
とはいえ力さんにしても、皆から手放しで歓迎される立場でないのは理解しており、最初の1カ月ほどは訪問も遠慮がちだった。だが、空腹とばっちゃん恋しさにはかなわなかったのだろう。だいたい昼食と夕食の間の時間帯に姿を見せるようになった。
「帰ろう、帰ろうと思っても、ここに来るとくつろいでしまう」
胃袋をたっぷり満たした力さんは、表情をゆるめてつぶやく。
もう帰ると宣言してから10分、20分と経っても立ち上がらないことも。「帰ると現実に戻らにゃいけん」と真顔で言う。力さんは組事務所に住み込みの身だ。「じゃあ、ここは何なん?」と田村さんがからかい半分に聞けば、力さんは「家」と即答した。
力さんの帰りがけには、必ず中本さんが一言注意する。
「力、絶対にケンカするな」
「シラフなら」と答える力さん。はい、とは立場上言えない彼なりに、嘘(うそ)をつきたくないという葛藤が滲(にじ)む。
帰っていく力さんの背中に、中本さんは毎回、声をかけ続ける。
「力、力、悪さすんな」
力さんは何も答えず、いつもならきちんと閉じていく玄関ドアを開け放して出ていった。自転車に乗って去っていく姿が部屋の中からでも見えた。
■中本さんの料理で一番好きなのは卵焼き
こうして毎日のように「家」に里帰りする力さんの日常は、暴力団員として考えると奇異にも映る。
組長からこんなことを言われた、と本人が話していたのは、「お前、行くところがあってええのう」と笑いながら声をかけられたこと。基町の家から持ち帰る弁当をのぞきこまれ、卵焼きなどをつまんで「お前のばあちゃんは料理がうまいのう」と感心されたこと。まるで自分が褒められたかのように、力さんは喜んで報告するのだった。
力さんが中本さんの料理で一番好きなのは、やはり組長も褒めた卵焼きなのだという。
組長が食べたのは美々さん(ボランティアの女性)が作った方だったかもしれないよ、といじわるに聞けば、「いや、ばっちゃんの方だと思う」と否定し、「昨日も食いよったよ。俺が帰ったらすぐ、おい、卵焼きくれ、って」と続けた。
■組長にも平然と接する中本さん
![](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/9/200/img_a91d16fb29ac0044b18f0b604722c715200236.jpg)
そんな奇妙な行き来の中で、ある時、基町の家でくつろいでいる力さんの携帯電話が鳴った。力さんは敬語でその電話を受けたが、怪訝(けげん)な顔をして携帯を耳から話すと、「ばっちゃん、親分から」と中本さんに差し出した。何の前触れもなく起こった出来事に、その場にいた誰もが目を丸くしたが、中本さんだけはまったく動じることがなかった。
「もしもし? まー、うちの息子がお世話になって」
中本さんの声だけ聞いたら、子どもの担任と接する保護者のようだった。先方からは「力のことをよろしくお願いいたします」と丁重に挨拶(あいさつ)されたらしい。
手短に会話を終えた中本さんは、やはり平然としていた。「若い頃は、うちに関連したのが組に出入りしよるのがわかると、組長のところにでも行きよったよ」と言う。そして、相手に心を開いていたら怖さは感じない、結局差別が一番の問題だと思うよ、といつものように語るのだった。(続く)
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ジャーナリスト
1980年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、朝日新聞社に入社。記者として主に事件や教育などを担当した。2013年に退社し、フリージャーナリストに。九州女子短期大学特別客員教授。著書に、『戸籍のない日本人』(双葉新書)、『ルポ 保健室 子どもの貧困・虐待・性のリアル』(朝日新書)。
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(ジャーナリスト 秋山 千佳)
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