起業志向ゼロの会社員がなぜ社長になったか
プレジデントオンライン / 2019年10月28日 6時15分
■起業なんて夢にも考えていなかった
大学時代にSNSにハマり、インターネットサービスに興味を持ったという道村さん。新しいサービスをゼロからつくりたい、チームの中でリーダーシップを発揮したいという思いもあり、当時急成長を続けていたサイバーエージェントに就職した。
「仕事内容も会社のカルチャーも自分にぴったりで、新事業の立ち上げから子会社経営、人事までたくさんの業務を経験させてもらいました。忙しい毎日でしたが、勤務していた8年半のほとんどは、業務にも環境にも何の不満もなかったんですよ」
はたから見れば理想的な会社員生活。なぜ、それを捨てて起業に至ったのだろうか。
■どうしてもやりたいことがあった
理由は、教育事業への強い思いだった。明るく社交的な印象の道村さんだが、幼少期はアレルギー体質だったこともあってコンプレックスが強く、かなり引っ込み思案だったそう。今があるのは、教員だった両親がいろいろなことに興味を持たせようと工夫してくれたおかげなのだという。
さらに、人事部で採用面接を担当していた時には、夢や目標を持っている学生と持っていない学生との差に疑問を感じた。人生を意欲的に生きていくには、子どものうちに知的好奇心を育むことが大切なのかも──。そう思った時、自分にできることとして真っ先に浮かんだのが教育事業だった。とはいえ、当初は「起業なんて夢にも考えていなかった」と振り返る。
■社内で立ち上げた事業は資金ショート
「実は一度、社内で教育事業を立ち上げたんです。でも1年半ほどで資金が尽きて、『これ以上の出資は無理』と言われてしまいました。選択肢は、教育事業をあきらめて会社に残るか、退社して起業するかの2つ。悩みましたが、やっぱりあきらめたくないという気持ちが勝ちました」
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そこから暗中模索の日々が始まった。IT企業での経験を生かそうと、子ども向けの“オンラインでの習いごと”に的を絞ったものの、どんなニーズがあるのかは未知の世界。道村さんはまず数十人のママたちにインタビューを行い、そこからオンライン英会話というアイデアを導き出した。
続いて取りかかったのは、バイリンガルの講師やWebサイトをつくる技術者、機能検証用のモニター探し。SNSで声をかけまくり、人材を確保してホッとしたのもつかの間、今度は資金調達のための投資家探しや事業計画書づくりが待っていた。
■4年間で一番つらかった時期
「一番つらかったのは、機能検証と資金調達が同時に動いていた3カ月間。もう記憶がないぐらい猛烈に働きました。事業計画書をつくるのも初めてだったし、これで生活が成り立つのかどうかもわからないし、本当に不安だらけで。経営者ってこんなに孤独なんだと痛感しました」
創立から4年がたった今でも、あの時が一番つらかったという道村さん。それでもあきらめなかったのは、オンライン英会話の意義と、事業としての将来性を確信していたから。「ここで頑張らないと私の事業がなくなっちゃう」という焦燥感も、逆に力になった。
「やりたいと思ったことに対しては、割とタフみたいです(笑)。今やれることは全部やらないと、きっと後で後悔するぞって自分に言い聞かせていました」
■1年間の無給生活
2015年11月、道村さんは子ども向けオンライン英会話サービス「GLOBAL CROWN(グローバルクラウン)」をローンチ。孤独と不安を乗り越えてようやく夢をかなえたわけだが、すぐにビジネスの厳しさを知ることになる。サービス開始はゴールではなく、スタートラインにすぎなかった。
まだ知名度がないこともあり、会員登録は1日に1件あるかないか。最初に調達した資金は、スタッフへの給与であっという間に底をついた。そこで道村さんは自分をいったん無給にし、その分をすべて宣伝費につぎ込む。効果が現れるまで約1年、貯金を崩しながら食いつなぐ生活が続いた。
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この間、精神的な支えになってくれたのは夫だったという。思い通りにならないつらさから救ってくれたほか、一貫して応援する姿勢をとり続けてくれたおかげで「安心して仕事に集中できた」と道村さん。心強い味方を得て、無給生活に入ってから半年後には徐々に宣伝の効果が表れ始めたが、事業の安定にはまだほど遠かった。
■「夏休みは生徒が増えない」意外な盲点
「2016年の6月ごろかな。生徒さんが増え始めて喜んでいたら、7月に入って新規登録がピタッと止まってしまいました。夏休み時期って、習い事を始める家庭がほとんどないんですよ。しまった、と思った時にはまた資金がなくなりかけていました」
資金ショート寸前の大ピンチだったが、資金繰りに駆け回って何とか立て直しに成功。事業は首の皮1枚でつながった。この時も苦しかったものの、ローンチ前に比べたらつらさは少なかったという。ハグカムにはすでにCTO(最高技術責任者)をはじめ頼れるメンバーたちがいて、手が回らない部分を補うと同時に、よき相談相手になってくれた。「もう1人じゃない」という安心感は、さぞ大きな支えになったに違いない。
■人材と費用をつぎ込んだキャンペーンで大失敗
今、ハグカムはアルバイトを含めて10人ほどになった。講師は海外在住の人も含めて累計800人以上。生徒数も増えているそうで、はたから見ると順調のようだが、道村さんは「まだスムーズじゃないんですよ」と笑う。
「中国ではオンラインでの習い事がとてもはやっていますが、日本ではまだオフラインの教室が根強いですね。当初の予想より伸びが遅くて、この先、事業を成長させるにはどうしたらいいのか、メンバーと相談しているところです」
そこで出たアイデアが、GLOBAL CROWNのサービスを学童保育や塾などの法人にも提供すること。家庭向けのサービスはこれまで通り維持しつつ、法人にも販路を広げることで事業拡大を図る。すでに数件の契約がとれているそうだが、「年内にあと数件とりたい」と自らアポ電に精を出す。
もちろん断られることもあるが、挑戦してみなければ何も始まらない。これまでも、何度もトライアル&エラーを繰り返してきた。人材と費用をつぎ込んで打ったキャンペーンが、反応ゼロに終わったことも1度や2度ではない。心が折れそうな出来事にも、なぜそれほどタフに立ち向かえるのだろうか。
■忙しい毎日こそ、理想の生活
「この事業には価値があると信じているから。ピンチの時も、『子どもの好奇心を育む』というビジョンを変える気はまったくありませんでした。私の原動力は、ビジョンを実現したいという思いなんです。心から好きな事業だからこそ、悩み抜けるし苦労もできるのかなと思います」
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プライベートでは2歳の女の子のママ。若い頃から、働きながら子育てをする生活に憧れていたそうで、両立の忙しさも苦にならない様子だ。夫と家事育児を分担し、互いのスケジュールを調整しながら両立する日々。時間の余裕はないだろうが、道村さんは「この忙しい毎日こそ理想の生活」とうれしそうだ。
今後の夢は、ハグカムを総合的な教育プラットフォームに育てていくこと。英会話だけでなく、恐竜や乗り物、職業体験など、子どもの興味にすぐ応えられるよう、幅広いオンライン教室と質の高い教師をそろえていきたいという。こうした事業は、在宅ワークや副業を望む人、専門知識があるのにそれを生かす場がない人への機会提供にもつながる。道村さんの事業は、子どもの好奇心だけでなく、大人の意欲も刺激してくれるものになっていきそうだ。
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ハグカム 代表取締役
明治大学商学部卒業後、サイバーエージェント入社。子会社経営や新規事業開発などに従事したのち退社し、2015年に子ども向けの教育事業を行う「ハグカム」を設立。子ども向けオンライン英会話サービス「GLOBAL CROWN(グローバルクラウン)」を中心に、好奇心を育む教育を目指している。1女の母。
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(ハグカム 代表取締役 道村 弥生 構成=辻村 洋子)
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