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地方を滅ぼす「顧客を見ない」という深刻な病気

プレジデントオンライン / 2019年10月25日 7時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tramino

奈良県が45億円を投じて今年4月に新設したバスターミナルがつまずいている。利用が見込みより大幅に少ないうえ、想定外の場所に渋滞を引き起こしている。まちづくりの専門家である木下斉氏は「ダメな行政事業には『顧客を見ない』という共通点がある。奈良公園バスターミナルはその典型だ。こうしたムダが地方を苦しめている」という——。

■奈良県の誤算

奈良県は今年4月、約45億円をかけて奈良公園バスターミナルを新設しました。開業直後の5、6月の利用見込み数を約2万台としていましたが、実利用数は7000台。なぜ予想を大きく下回ったのでしょうか。

そもそもホールや商業施設も併設した新たなターミナルを開設したのは、奈良公園を訪れる観光バスが、公園付近の狭い県営駐車場で客を降ろして待機し、渋滞が発生していたから。しかし開業しても、バスが来ない。では来ないバスはどこにいったかといえば、近隣にある春日大社や興福寺などに併設された駐車場でした。

バス事業者の目線から、奈良公園バスターミナルと春日大社の駐車場を開業当初の条件で比較すると、図表1のようになります。

奈良公園バスターミナルと春日大社の駐車場
(報道資料を基に木下氏作成)

奈良県としては渋滞の温床であった奈良公園の乗り降りを変えて、バス事業者を新たなバスターミナルに誘導しようとしたものの、利便性の高い民間駐車場のほうに行ってしまったわけです。

バス事業者の利用が急増した春日大社、興福寺などは大混雑となり、これらに接続する道路も渋滞が発生。渋滞緩和のためのはずが、別のところに新たに渋滞を発生させるという笑えない結果となりました。

■土日祝日のみ現金支払いが可能になるが……

さらに春日大社や興福寺は通常の利用客に迷惑がかかってしまうということで、行楽シーズンの10、11月の土日祝日は観光バスの受け入れをやめることを決定しました。この措置に対応するかたちで奈良公園バスターミナルは10月から土日祝日のみ当日予約と当日現金支払いが可能になり、挽回が期待されています。

しかしながら、奈良県はこれで安堵(あんど)できる状況にありません。来年には、宿泊施設不足と言われてきた奈良県の目玉事業となる「奈良県コンベンションセンター」が開業します。「JWマリオットホテル奈良」や「奈良蔦屋書店」、巨大な会議場設備が入るこの施設にも、新たなバスターミナルが併設される予定になっており、どれだけの効果が出るかはまだ読めないところです。

地域でどんなにいい名目の事業であっても、それを利用する顧客が必ず存在します。今回であればバス事業者が顧客であり、彼らの利用ニーズに即したサービスでなければ利用されないのは当然です。

顧客調査は具体的にしなければならず、実際に奈良に乗り入れているバス事業者の上位企業などを個別にあたる必要があります。そこでつかんだ具体的な需要にもとづいて利用料などを逆算し、金融機関とも調整した上で開発規模や利用条件をあわせていくのが、事業の正攻法のやり方です。

■政策型事業における「顧客調査」と「競争戦略」の不在

しかし、予算をつけて入札するという形式ばかりで民間と付き合ってきた行政は、個別企業に細かなコンタクトを取ると議会から癒着を疑われるなどを理由に民間を避けます。結果、事業責任を持たないコンサルなどに丸投げしてしまうことが多くあります。

また、自分たちの思いや考え方ばかりで、地域内に類似する競合サービスがあることを無視しがちです。

行政サービスの多くは、競争に晒されていることを前提に行われません。むしろ隣の自治体にあるものを自分たちの自治体にも作りたいという横並びの計画が多く、競争戦略のない場合がほとんどです。行政計画に競合分析が細かく行われ、そこに打ち勝つという狙いが書かれているものはほぼありません。

奈良公園バスターミナルの場合も類似する駐車場サービスが地元にあったわけです。にもかかわらず、そこより良いサービスを作らなければ利用されないというあたり前のことが、踏まえられていなかったからこそ、出だしの失敗を招きました。

とはいえ、競争戦略がそこになかったという問題の背後には、民間施設で代替可能なのであれば、そもそも役所がターミナル事業を巨額の予算をかけてまで取り組む必要があったのかという根本原因も出てきてしまう側面もあります。

■20年たっても治らない深刻な病

20年ほど前、岡山県津山市に中心部活性化のために開発された「アルネ・津山」という複合施設の高層階と地下に巨大な駐車場が開発されました。中心部には駐車場が少ないため、大型商業施設と駐車場を整備すれば人が集まるだろうという、よくある仮説をもとに作られましたが、開業後すぐに経営が傾いて市が救済に出る羽目になりました。

商業施設を主体とするために、建物の5階から屋上にかけて作られた駐車場まで自走式で上がるのが利用者には不便であり、そもそも商業施設の魅力がないために長時間の買い物をする必要もないという顧客調査のなさ。さらに中心部が衰退したことで施設周辺にある時間貸し駐車場なども多く供給され、それらの利便性が高いために競争にも負けたという実態がありました。

駐車場のみならず、この商業施設自体が過剰に高コストで開発され、その近隣の大手商業モールと比較して商業物件としての競争力がありません。結果、家賃と維持費が釣り合わず、第三セクターの運営会社が経営難に陥ってしまいます。いまだ百貨店などが一部残ってはいるものの、多くのフロアは自治体が税金で維持する公共施設ばかりになっています。

このように政策型事業では顧客調査が乏しく、競争戦略を持たないがために計画から大きく乖離(かいり)した実績になることが後を絶ちません。

■行政の向き合うべきは「規制強化」

民間がやれることを行政がやる必要はなく、行政は行政にしかできないことと向き合うのが本筋です。今回のような都市交通問題で、行政のできる最も有効な打ち手は「規制強化」です。

具体的に言えば、奈良公園周辺を含めた中心部への一般車両乗り入れを制限し、制限区域周辺に集合駐車場を作ることを検討すべきです。これは欧州において都市中心部や観光地に自動車乗り入れ制限をする際によく行われる政策です。

私が最も驚いたのは、ドイツの有力自動車メーカー・メルセデスやポルシェの本社のある「自動車の町」シュツットガルトでさえ、かつて自動車が行き交っていた中心部は今や一般車両立ち入り禁止へと変化し、その周辺に集合駐車場を備える方式を採用していたことです。

歩き回る人が増加して路面店舗が繁盛したり、日々さまざまなマーケットが開催されたり、広い公園と道路に人々が集まる風景を見ることができます。最近ではニューヨークのど真ん中にあるブロードウェーでさえ片側車線がオープンカフェなどに転換し、通行量が大幅に伸びています。

奈良の場合にも膨大な観光客が来る中心部への一般車両立ち入りを規制すれば、まとまった駐車場需要が生まれるため、必要な駐車場整備については民間資本を誘導することも可能になるでしょう。さらに中心部を多くの人が歩行する時間が長くなるため、消費にもプラスに働き、単に公園に行って帰るだけという動きも変わる可能性が高いです。

■顧客を民間と食い合うのは、あまりにもナンセンスだ

そもそも奈良公園だけのために来る日帰り観光客が、本当に奈良に必要なのかという話です。予算は、滞在時間を伸ばすための制約を増やす、つまり宿泊客などの一人あたり観光消費額の高い顧客だけを呼び寄せることに費やすべきです。

そういう意味では、バスターミナルを多額の税金で整備し、お金にならない顧客を呼び寄せ、さらには民間施設と駐車場事業で食い合うというのはナンセンスすぎるわけです。

『地元がヤバい…と思ったら読む 凡人のための地域再生入門』(ダイヤモンド社)

地方では民間のような事業を行政が行い、失敗することをくり返しています。背景には、規制強化などの法律や条例に関連することは利害関係者も多く、議会で新たなルールを通すのが難しいことが挙げられます。

一方で、施設開発事業は予算をつければ比較的かんたんに実行できてしまうからどんどん進んでしまいます。

言い換えれば「やるべきこと」ではなく「やれること」をやってしまった結果、行政にはなじみの薄い顧客調査や競争戦略が必要な領域に税金を費やし、成果を出せていないのです。

行政は行政にしかできない仕事をするべきです。つまりは法律や条例によってできることが求められます。

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木下 斉(きのした・ひとし)
まちビジネス事業家
1982年生まれ。高校在学中の2000年に全国商店街合同出資会社の社長に就任。05年早稲田大学政治経済学部卒業後、一橋大学大学院商学研究科修士課程へ進学。07年より全国各地でまち会社へ投資、経営を行う。09年全国のまち会社による事業連携・政策立案組織である一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンスを設立、代表理事就任。著書に『地元がヤバい…と思ったら読む 凡人のための地域再生入門』『福岡市が地方最強の都市になった理由』『地方創生大全』『稼ぐまちが地方を変える』など著書多数。有料noteコンテンツ「狂犬の本音」も絶賛更新中。

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(まちビジネス事業家 木下 斉)

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