日本一のリンゴの産地は「コーヒーの街」だった
プレジデントオンライン / 2019年10月29日 15時15分
■日本一の生産量を誇る「リンゴのまち」だが…
青森県弘前市(人口約17万人)は2位以下に大差をつける日本一のリンゴ生産地だ。市内には道路の両脇にリンゴの木が立ち並ぶ「アップルロード」があるほか、JR弘前駅前には公園や広場にもリンゴの木があり、袋がけした実が育っていた。
また「弘前公園の桜」も全国的に有名だ。園内にそびえる弘前城は、天守・櫓(やぐら)・城門が重要文化財に指定されており、約2600本の桜と古城を楽しむことができる。
だが、今回紹介したいのは、城下町・弘前に根付く「コーヒー文化」についてだ。青森県内の喫茶店数(※1)は、東北では宮城県(県庁所在地は人口約109万人の仙台市)に次いで多いという。
県庁所在地・青森市(人口約28万人)を、コーヒー関連データ(※2)で見ると興味深い。
・「コーヒー飲料への支出」=全国1位 (2位は富山市)
・「コーヒー豆への支出」=全国13位 (1位は京都市)
・「コーヒーへの支出」=全国24位 (1位は京都市)
(※1)統計資料に従い、今回は「カフェ」でなく「喫茶店」に用語を統一
(※2)総務省統計局「家計調査」飲料データ:都道府県庁所在地・政令指定都市、2016年(平成28年)~2018年(平成30年)の平均
コーヒー飲料の支出額は全国トップだが、それ以外は上位ではない。缶コーヒーやペットボトルなどの加工飲料が好きなのだ。手軽さを好む市民性かと思い、現地の関係者に聞いたが、解明できなかった。また、青森市は弘前市に比べると「太平洋戦争で『青森大空襲』を受けたのもあり、情緒のある老舗喫茶店が少ない」(現地の複数の喫茶関係者)という。ちなみに県庁所在地・政令指定都市でない弘前市は、同調査には出てこない。
青森市も弘前市も人口はじわじわと減っている。「弘前の街も私の子ども時代に比べると、個人経営の店が減り、少し寂しくなった」(市内で育った30代の喫茶店店長)と聞いた。それでも弘前には、喫茶店やコーヒーに情熱を傾け、地域文化を発展させた店主もいる。
■病院や学校の多い土地柄が喫茶店を育てた
「弘前コーヒースクール」という会社がある。喫茶店の運営会社で、現在は「北の珈琲工房」「成田専蔵珈琲店」「弘大カフェ成田専蔵珈琲店」(いずれも弘前市)、2019年4月末に開業した「白神焙煎舎」(西目屋(にしめや)村)という店舗ブランドを運営する。
創業者は、店名にもある成田専蔵さん(弘前コーヒースクール社長。1951年生まれ)。一般の人がイメージする寡黙な東北人タイプではなく、明るく笑顔を絶やさない。取材時も、若い店舗スタッフに気さくに話しかけていた。
「あえて『弘前コーヒースクール』の社名にしたのは、商売を前面に出すよりもコーヒーが集まる場所にしたかったから。創業は1975年で、当時の喫茶店は人気ビジネスでした。でも最初から軌道に乗ったわけではなく、コーヒーを探究しながらコーヒー豆を自家焙煎し、喫茶店運営と豆の卸販売で、徐々に支持されるようになりました」(同)
成田さんは、「弘前のコーヒー文化復活」の立役者だ。十数年前、後述する「藩士の珈琲」といった地元ゆかりの商品を開発し、地域の各店とも連携してきた。
「青森県は津軽地方を中心に、コーヒーを受け入れる土壌があります。理由のひとつが寒さ。海外でも1人当たりのコーヒー支出量が多い国は、北欧のフィンランドやノルウェーが上位にきます。そして津軽弁で『えふりこぎ』と呼ぶ、見栄っ張り気質の土地柄でもある。弘前には病院や学校も多く、昭和の喫茶店ブームの時代も、医師や教師などのホワイトカラーに支えられた。その気風が受け継がれています」(同)
■豆をすり鉢でゴリゴリ粉砕して飲む新体験
「藩士の珈琲」とは、史実をもとに開発した「温故知新のコーヒー」だ。
成田専蔵珈琲店によると、1807(文化4)年、江戸幕府の命令で弘前藩の武士が北方警備のために蝦夷地(現在の北海道)に赴任した。厳寒の土地とビタミン不足による浮腫(ふしゅ)病(原因菌は大腸菌で、発症する皮膚の下に水が溜まる)で亡くなる藩士が多かった。その4年前には、蘭学医の著書の中で「浮腫病に珈琲が効く」と書かれてあった。
1855(安政2)年の北方警備では、予防薬に珈琲が支給されたという。そうした史実を知った成田さんが当時の仕様書(レシピ)をもとに味を再現。市内の喫茶店に広めた。
取材陣も成田専蔵珈琲店(本店)で、「藩士の珈琲体験」をした。すり鉢でコーヒー豆を粉砕し、土瓶に入れて飲む。店のスタッフ手づくりの説明書もある。現在のコーヒーとは違うが、ネルドリップで抽出したコーヒーも出してくれて、味の違いも楽しめた。
娘の志穂さん(弘前コーヒースクール常務。白神焙煎舎社長)によれば、自宅での成田さんは「あまり語らず、本を読んでいることが多い」という。かつては喫茶店主の傍ら、青森県紙の「東奥日報」と契約しルポライターも兼任。コーヒーの開発だけではなく、北海道の宗谷岬には私費を投じて藩士を悼むための「旬難津軽藩兵詰合記念碑」という、コーヒー豆をかたどった碑も建立した。
また、秋田県と青森県にまたがる世界遺産・白神山地のある西目屋村には、体験施設を兼ねた焙煎コーヒーの店「白神焙煎舎」(前述)を開業。ここではリンゴの剪定(せんてい)枝を使った炭で、コーヒーの炭焼き焙煎体験(4000円。生豆500グラム付き)もできる。
興味を持つと、とことん突き詰める“文人経営者”といえよう。
■スターバックスも出店した「文化財の喫茶店」
太平洋戦争で空襲を免れた弘前市には、昔ながらの建物も点在する。
2015年4月には「スターバックス弘前公園前店」が開業した。建物は1917(大正6)年に陸軍第八師団長の官舎として建てられた木造建築で、歴代師団長が太平洋戦争時まで入居。敗戦後は米軍接収の後、日本に戻され、以後、弘前市長公舎として使われた歴史を持つ。
スターバックスは、市の要請もあり、建築自体をそのまま残し、内部の改装も最小限にとどめた。国内に1458店(※3)を持つ同社でも、25店(※4)しかない「リージョナル ランドマーク ストア」(地域の景観に合った店)のひとつだ。弘前公園前店のくわしい内容は、後日紹介したい。
弘前コーヒースクールも対抗するように、翌2016年6月19日に「弘大カフェ」を開業。
こちらは国登録有形文化財の「旧制弘前高等学校外国人教師館」(1925年建築、木造2階建て洋館)で2004年に現在地に移築復元され、2015年度まで資料館として公開されていた。
「コンビニで100円コーヒーが簡単に飲める時代に、心を込めて淹れる味を、コーヒーを飲み始める大学生をはじめ、近隣住民の方にも改めて知っていただきたく出店しました」と成田さんは話す。大学内の出店らしく学生割引もある。大手チェーン店と個人店が文化財の建物に喫茶店を出すのも、ある意味で弘前らしい。
(※3)2019年6月末現在
(※4)同年9月末現在
■アップルパイの食べ歩きは有名だが……
現地に滞在中、10月1日のNHKニュース(地域版)で「青森県産りんご販売額 5年連続1000億円超」が報道された。それによれば2018年度に、国内外で販売された県産リンゴが約1008億円だったという。
2018年産の生産量も、青森県が他の都道府県を圧倒する。約44万5500トンと2位の長野県(約14万2200トン)の3倍以上。全国の生産量が約75万6100トンなので全国の6割弱(約59%)を青森県産が占めている。その中でも弘前市の生産量は多く、記録が残る2006年の生産量では2位の長野市の4.5倍もの生産を誇っていた。
筆者は、今後はこのリンゴのさらなる深掘りが、より一層の地域振興になると思う。
弘前には、弘前観光コンベンション協会が作成する「弘前アップルパイガイドマップ」と「弘前タルトタタンガイドマップ」がある。いずれもリンゴを使ったスイーツを市内で食べられる喫茶店やパン店を紹介している。
■「コーヒーとリンゴのマリアージュ」はいかが
一方で、「青森県民は、リンゴは買うより、もらうことが多い」「リンゴは生食がもっともおいしい」という声も聞いた。その通りだろうが、そうした地元意識はひとまず横に置き、例えば「コーヒーとリンゴスイーツのマリアージュ」(飲み物と食べ物の組み合わせ)を、さらに訴求してはいかがだろう。
スターバックス弘前公園前店の入口には、手書き文字とイラストで「アップルクランブルパイ」(480円+税)の黒板が置かれていた。店内には手書き文字・イラスト・写真で「おいしいアップルパイが届けられるまで……」の板書もあった。
こうした宣伝上手な手法に学ぶのも、ひとつの方法だろう。地産地消をモノづくりとコトづくりで融合させた先に、弘前のコーヒー文化の未来志向があるように感じた。
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経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)
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