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若者の車離れに立ち向かう「Anyca」のクルマ愛

プレジデントオンライン / 2019年10月31日 15時15分

Anyca開業4周年記念パーティに集まった会員たち、笑顔が印象的だ - 写真提供=Anyca

個人間カーシェアで国内最大手の「Anyca(エニカ)」。会員数は25万人と限定的だが、そこに集まる人たちの熱量は高い。クルマを愛するユーザーとドライバーをつなぐビジネスは、いかにして生まれ、拡大してきたのか。神戸大学大学院の栗木契教授がその手法に迫る——。

■国内最大25万人の会員を集める

「若者のクルマ離れ」が指摘されて久しい。だが、それは本当だろうか。ハイエンドのクルマに対して、「いつかハンドルを握りたい」と憧れを抱く若者は相当数いるのではないか。そしてシェアリングエコノミーを活用すれば、それはビジネスになるのではないか。

こうした仮説に基づき、DeNAが個人間カーシェアのプラットフォームを立ち上げている。その試行錯誤のプロセスとそこから広がる可能性を紹介したい。

Anyca(エニカ)は、DeNAが立ち上げたカーシェアのプラットフォーム事業である。2019年にDeNAとSOMPOホールディングスの合弁会社であるDeNA SOMPO Mobility(ディー・エヌ・エー ソンポ モビリティ)が設立され、エニカの運営にあたっている。

現在、国内には、大別すると2つのタイプのカーシェア・サービスがある。第1は、企業が所有する車を貸し出すタイプで、タイムズカーシェアやオリックスカーシェアなどが代表的である。第2は、個人間で自家用車を共同利用するシェアリングである。エニカは後者のタイプであり、自家用車の有効活用を考えるオーナーと、利用したいドライバーとのマッチングを行う。

とはいえ、この第2のタイプのカーシェアは、日本ではまだマイナーな存在である。そのなかにあってエニカは、個人間のカーシェアでは国内最大のプラットフォームとなっており、25万人の会員を擁する。だが、そこにいたる道のりは平坦ではなかった。

■道路運送法改正で新事業が可能に

個人間カーシェアアプリ「エニカ」

DeNAがエニカをリリースしたのは、2015年のことである。同社は主力のゲームに次ぐ新規事業を育てる必要を見すえていた。この時期には、インターネットを活用した各種のシェアリング・サービスが広がっており、さらに規制緩和によって個人の自家用車の利用に新たな可能性が生まれていた。

エニカの利用方法はこうだ。エニカでは個人オーナーがシェアの条件を決めて登録した自家用車に、ドライバーが予約を申し込み、これをオーナーが承認すると予約が確定する。この予約確定時にドライバーは24時間単位の自動車保険に加入することが必須である。決済はエニカに登録したクレジットカードで行われる。予約当日は、待ち合わせ場所で車の受け渡しを行い、返却後はオーナーとドライバーの双方が相互のレビューを行う。

日本においては長らく、個人が自家用車を、国土交通大臣の許可なく有償で貸し出すことは禁じられていた。しかし2006年の道路運送法改正により、自家用車の共同使用に関する規制は廃止された。非営利という制限はあるものの、車にかかわる実費と見なせる範囲内であれば、個人間の金銭の授受についての許可は不必要となっていた。

「自家用車を、使わない時間帯に遊ばせておくのはもったいない。有効活用はできないものか」

このように考える個人オーナーにとって、規制緩和による新しい機会が生まれていた。そこにインターネット利用の拡大を背景とした「シェアリングエコノミー」の波が到来する。エニカの設立は、この時代の変化を受けて行われた。

■新たなライフスタイル構築から始める

とはいえ日本では、そもそも先の法規制の問題などもあったわけで、自家用車の共同使用を、個人間で料金を決めて行う習慣は広がっていなかった。

つまりエニカとしては、従前にはない消費行動を新たに日本に定着させることから、活動を開始しなければならなかった。これはたとえば、eコマースの事業者がフリーマーケットなど、すでにリアルでなじみがある行動を、ウェブ上でより便利に提供する場合などとは、マーケティング上の前提が大きく異なる。今までにない個人間のカーシェアというライフスタイルから、新たに広めていかないといけないのである。

それだけではない。個人間で自家用車を共同利用しようとすると、待ち合わせ場所を決めて、そこで会って鍵の受け渡しを行う必要がある。一方の企業が所有する車を貸し出すシェアリングでは一般に、鍵の受け渡しは不要である。あらかじめ駐車場に用意されている車に、ドライバーは会員カードなどを操作して乗り込む。これは貸し出す車の開錠システムなどに、事業者による改修が行われているからである。

しかし企業とは違い、個人オーナーは、自家用車のこうした改修には尻込みしがちである。費用や時間の問題があるわけで、それは当然だといえる。だがそうなると、シェアリングにおいては、鍵の受け渡しが不可欠となる。時間を決めてオーナーが車を運転して待ち合わせの場所へ行く、あるいはドライバーがオーナーのもとを訪れるといった必要が生じる。利便性という点で、個人間のカーシェアはハンディキャップをかかえる。

■突破口はブランド・コミュニティ

現在のエニカの事業本部マーケティング部部長である宮本昌尚氏がDeNAに転職し、エニカの運営に携わることになったのは2017年からである。この時点でエニカのリリースから、2年ほどが経過していた。

個人間のカーシェアという、日本人にはなじみのない新しいライフスタイル。これを、利便性という点ではハンディキャップをかかえながら、いかに広め定着させていくか。前途が見えていたわけではない。

宮本氏は試行錯誤のなかで、突破口をブランド・コミュニティに見いだしていった。

宮本氏が担当となった当時において、すでにエニカは渋谷などの会場で、50~70人規模の交流イベントを活発に行っていた。このコミュニティ型のイベントのねらいは、新しく会員になったオーナーたちに、古参オーナーたちから利用体験を聞く機会を提供することにあった。

自家用車を初めて他人とシェアするオーナーの不安は少なくない。個人間のシェアリングならではの楽しさを、十分に理解できていない新オーナーも少なくない。こうした問題を解消し、魅力のアピールを行う場として、エニカのコミュニティは運営されていた。

宮本氏が出かけてみると、そこには小人数のコミュニティならではの熱気あふれるやり取り交わされていた。

「ドライブ先で買ったお土産と一緒に、車を返しに来てくれたドライバーさんがいた」
「カーシェアから仲よくなり、近所のお祭りなどに一緒に出かけたりするようになった」
「愛車が、結婚式の入退場で利用されることになり、感激した」
「カーシェアをきっかけに、ドライバーさんの会社に転職した」

思いもかけないエピソードが飛び交っていた。熱い雰囲気に、宮本氏は気持ちを揺さぶられた。エニカによって、車を愛するオーナーとドライバーが出会うことで、新しい交流の機会が生まれていると感じたからだ。

■コミュニケーションのツールをミックスし効果を増幅

宮本氏は、このエニカのコミュニティを生かそうと考えた。交流イベントの開催場所や回数を増やし、その内容の充実につとめることは当然として、こうした少人数のイベントを繰り返すだけでは、会員拡大のプロモーションという点では限界がある。

そこで宮本氏は、エニカの公式ブランド・サイトに「Anyca・ストーリーズ」というオーナーへのインタビュー記事を掲載することにした。コミュニティで得たエピソードを取材して、オウンドメディアの記事とすることにしたのである。

オーナーへのインタビュー記事
公式ブランド・サイトにオーナーへのインタビュー記事を掲載

このようにエニカでは、コミュニティ単体で成果をだすのではなく、他のコミュニケーションのツールとも組み合わせることで、価値を増幅している。

エニカの新規会員が、個人間のカーシェアという新しいスタイルのシェアリングを知るきかっけは、各種のインターネット広告やパブリシティ、そして既存利用者からの口コミなどである。そこから興味をもち、エニカのサイトを訪れた人たちに、個人間のカーシェアの楽しさを伝え、不安を払拭することにストーリーズは役立っている。

たとえばカーシェアには、事故などのトラブルもある。ストーリーズには、事故に遭ったオーナーの体験談も掲載されている。この高級車をシェアして傷をつけられたオーナーの場合は、ドライバーは礼儀正しく謝ってくれたし、エニカの担当者のサポートもあり、車の修理は順調に進んでいるという。

そしてエニカは愛車を通じて自分と誰かをつなげてくれる存在であり、事故に遭ったことでやめるつもりはないと語られている。新規のオーナー、ドライバーの双方の不安を払拭するとともに、エニカとは何かを伝えるエピソードとなっている。

さらに宮本氏は、コミュニティからのエピソードを、次のような展開にも活用してきた。テレビ番組からの取材を受けた際に宮本氏がストーリーズを案内したところ、番組制作者の興味をひき、当初予定の放送時間を拡大してエニカの紹介が行われることになったという。広告換算するとその効果は2億円ほどになるとエニカでは推定している。

エニカのコミュニケーション・モデル

■教科書マーケティングは捨てよ

エニカは、個人間のカーシェアという新しいライフスタイルの価値を、利用者とともに見いだしながら、より多くの人たちへと広めることに成功している。その結果が現在の25万人の会員である。このプロモーションにかかわった宮本氏は、こうした相互作用のなかから新しい何かを生み出す創発には、教科書的なマーケティングのアプローチは捨てた方がよいという。

教科書的にはマーケティングは、戦略立案からはじまる。しかし戦略とはゴールにいたる道筋を示すものであって、当初のエニカのように、マーケティングのどのようなゴールに結びつけていけばよいかが、そもそも見えていないような場合には、他にやるべきことがある。

こういうときは、戦略からはじめず、コミュニティに参加し、ユーザーと飲みに行くことを優先するほうがよいと宮本氏はいう。マスプロモーションに頼るのではなく、個人間のカーシェアを楽しむ人たちが、何を求めているのかを理解し、手触り感から仮説をつくることからはじめなければならない。

エニカという個人間のカーシェアの価値は、利便性か、経済性か、同好の士の交流か。その解はエニカにも利用者にも、当初は十分に見えていなかった。

宮本氏は、戦略立案は後回しにし、手中の鳥ともいえるコミュニティに注目し、その活用の仕方をパッチワーキングのように、新たに発想で柔軟につなぎ、「Anyca・ストーリーズ」をはじめとする低予算でテストできる許容可能な活動を進めていった。さらに宮本氏は、デジタルコミュニケーションの特性を活かして、数字で利用者の反応を素早くとらえるようにし、短期間での修正を繰り返してきたという。

■価値のイノベーションの実験台に

日本では個人間のカーシェアは、今のところ発展途上にある。そのなかにあってエニカが25万人の会員を獲得していることの事業戦略上の意味を、最後に確認しておこう。

先述した鍵の受け渡しの問題についていえば、オーナーが自家用車を改修しなくても、シェアリングの際にドライバーがスマホのアプリなどを使って開錠し、エンジンを始動できるシステムがあがれば解決する。2019年9月には国土交通省が、スマホを自動車の鍵に使えるように、規定を変更することを発表した。

そのためのシステムの開発投資をDeNA SOMPO Mobilityはすでに進めている。そして、個人間のカーシェアに欠かせない自動車保険についても、エニカへの出資に2019年から加わったSOMPOホールディングスが、利用データを解析しながら、個人間のカーシェアに適した新型保険商品の開発を進めている。

これらの開発の成果が、近い未来において、エニカが獲得した会員のネットワークと結びついていく。ライバル企業は同様のシステムやツールはつくることはできても、個人間カーシェアの利用者を先に囲い込まれていると、顧客の獲得は難しくなる。

人はなぜ自家用車をシェアするか。これは単純な経済合理性を超える問題なのかもしれない。この価値のイノベーションをめぐる探索を、エニカは実践的なアクションリサーチを通じて進めている。急速に進むデジタル・イノベーションのなかで、目が離せない動きである。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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