大事な商談で「特別な場所」を選ぶと失敗する
プレジデントオンライン / 2019年10月31日 15時15分
※本稿はプリヤ・パーカー著・関美和訳『最高の集い方 記憶に残る体験をデザインする』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■参加者の振る舞いを変えてしまう「場」の力
「フランス人と古城で会議を開くな。フランス人が図に乗って、自分たちが万能だと勘違いしてしまうから」
これがいわゆる「古城の法則」といわれるものだ。目的がはっきりと決まった集まりでは、望ましい振る舞いを増やし、望ましくない振る舞いを減らす必要がある。グループの絆を強めることが目的なら、相手の意見を聞く姿勢を増やし、批判的な態度は減らした方がいい。
古くさいアイデアや考え方から抜け出すことが目的なら、逆の方がいいかもしれない。参加者の振る舞いに大きな影響を与えるのが、会場の選択だ。
![](https://president.jp/mwimgs/f/e/200/img_fead23bd00a7f492c0adb33e9822d1c4212991.jpg)
賢い主催者なら、望ましい行動を引き出し、望ましくない行動を抑えるような会場を選ぶ。この「古城の法則」を知らなかったある銀行家は、大金を儲け損なった。そのうえ古城を貸切にするために莫大なお金を使うことになってしまった。
「死ぬ日までずっと、あの場所のせいで案件が流れたことを悔やみ続けるだろう」と言うのは、今はベイエリアに住む投資家のクリス・ヴァレラスだ。2001年、ヴァレラスはシティグループのマネージングディレクターとして、テクノロジーグループを率いていた。ヴァレラスのチームは、ニュージャージーに本社のある通信会社、ルーセントのアドバイザーとなり、フランスの巨大企業アルカテルとの合併交渉に臨むことになった。200億ドルを超える超大型案件だ。
■表向きは「対等合併」だったが…
合併の条件は複雑で、交渉はおよそ一年にわたり、ようやく合意にこぎつけそうだった。しかし、最後の顔合わせが残っていた。両社の経営陣が面と向かって、最終的な確認作業を行うことになった。この会談の前までは、両社ともに納得できる筋書きが表向きには保たれていた。
この案件は「対等合併のはずだった」とヴァレラスは言うが、アルカテルの方が圧倒的に規模が大きく「力が強い」ことは、誰の目にもあきらかだった。ヴァレラスによると、この会談の前までは、両社ともに対等なパートナーという体裁で交渉が進められてきた。
ようやく合意というとろこまでたどりつけたのも、対等合併の立場が尊重されていたからだ。しかし、この流れに水を差したのが、会場の選択だった。
もともとは、ニュージャージーの空港そばの目立たないホテルで最終の顔合わせを行う予定だった。この場所なら「会談が誰にも知られることはない」はずだった。メディアに詳細を嗅ぎつけられないことが何より優先された。
それは、案件が流れた場合にどちらかが恥をかかないためでもあり、また「情報が市場に漏れて、株価に悪影響が出ることを避ける」ためでもあった。それなのに、最後の最後で、アルカテルの経営陣の一人が病気になり、フランスで会談を行いたいと申し出があった。そこで、パリから西に車で一時間ほどのメニュル城に会場が変更になる。
メニュル城はアルカテルの子会社が所有していた。「アルカテルはこの城を研修や会合でよく使っていたし、社内の戦略会議や経営会議にはもってこいだった。でも、合併交渉となると話は別だ」とヴァレラスは言う。
■3日間の交渉の末に相手は立ち去った
ルイ13世時代に建てられたこの城には55の部屋があり、ペルシャ絨毯(じゅうたん)が敷かれ、部屋は金で縁取られ、シャンデリアが下がり、有名なフランス人将校の肖像画が飾られていた。描かれた人物の一人は、思い上がったアングロサクソン人を罠(わな)にはめたフランス将校らしい。
経営陣、取締役、銀行家、会計士、弁護士など数十人が両社から参加して、一日18時間、3日続けてこの城で交渉し、最終合意を詰めた。そして、ウォール・ストリート・ジャーナルが買収価格も含めた合併のニュースを報道した後になって、最後の最後でルーセントの会長だったヘンリー・シャハトは合併を断り、交渉の場から立ち去った。
当時の報道によると、交渉中止は戦略上の理由からということになっている。取締役の割合で合意に至らなかったのが、理由とされていた。しかし、そこには感情的な要因もあった。
「アルカテルがルーセントの買収に失敗した本当の原因は、相手のプライドを傷つけたからだ」とニューヨーク・タイムズは報じた。「ルーセントの経営陣は怒鳴り声を上げていた」とBBCは報道している。「それは、アルカテルが自分たちを対等な合併相手として見ていないと感じたからだった」。
■古城がフランス人の「鼻もちならない面」を引き出した
それまで一年間ずっと相手の立場を尊重してきたアルカテルが、なぜ急に態度を変えたのだろう? 本当のところはわからない。しかし、ヴァレラスに言わせると、「古城がフランス人の鼻持ちならない面を引き出したから」らしい。
「わたしたちは宴会場で交渉していた。そこでは、アルカテルの幹部の尊大さと傲慢さがぷんぷん漂っていたんだ。ニュージャージーだったら絶対に見せないような、偉そうな態度でこちらを支配しようとしていた」
アルカテルの経営陣は、「われわれが買収したあかつきには」などと言いはじめ、そんな言葉に「ルーセントの経営陣はカチンときた」とヴァレラスは言う。
ルーセント側はアルカテルの振る舞いに我慢ならなかった。そして、とうとうルーセントの会長が「これまでだ」と城をあとにした。それで合併はご破算になった。それから17年後、数々の合併案件を成立させてきたヴァレラスは「古城の法則」は絶対だと言う。
「会談の場所が、心の底にあった感情を引き出してしまったし、その感情を強めてしまったことはほぼ間違いないと思ってるよ。対等合併なんてただの幻想だったってことがバレたんだ。
■目的から逆算して場所を選ぶ
アルカテルの経営陣が巨額買収案件の交渉に限らず、「古城の法則」はどんな集まりにもあてはまる。人間は環境に左右されるものだ。だからこそ、目的に合った場所と文脈で集まりを開かなければならない。
もちろん、古城が集まりの目的にかなっている場合もあるだろう。だが、ルーセントとアルカテルの交渉では、もう一日だけフランス側が謙虚な態度を続ければうまくいっていたはずなのに、会場選びをまちがったばかりに獲物を取り逃がしてしまった。
その5年後、ルーセントとアルカテルは合併した。ルーセントのCEOは交替し、新任のCEOのもとでの合併だった。今回の交渉場所は古城を避けたにちがいない。
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MITで組織デザイン、ハーバード大学ケネディスクールで公共政策、バージニア大学で政治・社会思想を学ぶ。15年以上、人種問題や紛争解決など複雑な対話のファシリテーションを行ってきた。著書『最高の集い方(The Art of Gathering)』は、2018年にアマゾン、フィナンシャルタイムズなどでベストビジネスブックオブザイヤーに選ばれた。世界経済フォーラムのグローバルアジェンダ委員会のメンバー。TEDメインステージのスピーカーでもあり、TEDxの動画の再生回数は100万回以上。ニューヨーク在住
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(プロフェショナルファシリテーター/戦略アドバイザー プリヤ・パーカー)
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