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わざわざ「文化財」の中に出店するスタバの狙い

プレジデントオンライン / 2019年11月2日 11時15分

オープンから4年半を迎えた「スターバックス コーヒー ジャパン弘前公園前店」 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

大手コーヒーチェーンのスターバックスが、地域文化に根差した店を増やしている。そのうち青森県弘前市の店舗は、「登録有形文化財」の中にある。建物の保護が前提なので、店は手狭で、商売がしやすいとはいえない。狙いはどこにあるのか。経済ジャーナリストの高井尚之氏が現地を取材した――。

■陸軍の官舎跡に生まれた“レトロ”なスタバ

江戸時代、旧津軽藩の城下町として栄えた青森県弘前市(人口約17万人)――。明治31年から昭和20年(1898~1945年)までは陸軍第8師団が置かれ「軍都」となった。

映画にもなった「八甲田山雪中行軍」(1902年、死者199人を出した行軍訓練)もこの第8師団だ。市内に現存する長官官舎(1917年建築。建物は当時の3分の1に縮小)は、切妻破風(きりづまはふ)の三角屋根が特徴で、戦後は米軍接収後に日本へ返還。弘前市が払い下げを受け、1951年からは市長公舎としても使われた。

そんな歴史的建造物が保存修理工事を終え、桜の名所として全国的に名高い弘前公園の前に移転。2015年4月、建物内に「スターバックス コーヒー ジャパン弘前公園前店」が開業した。スターバックスにとっては、神戸北野異人館に次いで国内2店舗目となる「登録有形文化財」への出店だった。

それ以来、新たな観光名所となり、特に桜の季節には店の外に長い行列ができる。弘前公園で行われる「弘前さくらまつり」は、2019年には約289万人(4月20日から5月6日までの17日間)の来園者数を集めたほどだ。

なぜ、弘前市とスターバックスは“文化財カフェ”をつくり、運営するのか? 現地取材を踏まえてその実情を紹介したい。

■唯一の条件は「建物をなるべく残してほしい」

「開業の前年、2014年9月にコンペ(建築の競技設計)があり、当社の提案が採用されました。弘前市からの要望は『建物をなるべくそのまま残してほしい』でした」

こう話すのは、スターバックス コーヒー ジャパンの柳和宏さん(店舗設計部建築&サスティナブルデザインチーム チームマネージャー)だ。弘前公園前店の設計を担当し、京都市や神戸市などの「景観に合った店舗」出店にも多く携わってきた。

撮影=プレジデントオンライン編集部
店舗設計部建築&サスティナブルデザインチーム チームマネージャーの柳和宏さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

一方、弘前市の担当者はこう説明する。

「建物を再活用する際、『カフェが望ましいだろう』という話になり、カフェ事業者を公募しました。応募されたのはスターバックスさん1社で、2014年11月27日に『協定』を結び、翌年春に開業となりました。冬期は積雪がある地域ですが、市としても1年中、お客さまにお越しいただく通年観光を目指しています」(広聴広報課・古川(こがわ)開(かい)さん)

現地の企業経営者からは、「結果的にスタバの単独入札となったが、市としては最も集客効果が期待できる店でよかったのではないか」という話も聞いた。

全国的に有名な「弘前城の桜並木」が店内からも見渡せ、満開の季節はもちろん、春から秋にかけては人気スポットだ。取材時は平日の朝で落ち着いていたが、入れ替わりにお客が来店していた。残された課題は、冬の集客をどう工夫するかだろう。それは後述したい。

■“景観に溶け込む店”を増やしている理由

スターバックスにとって、この建物は「当社の世界観とも強い親和性があるという意味で、面白いと思いました」と柳さんは振り返る。もともと同社は、店を自宅や職場や学校ではない「サードプレイス」(第3の居場所)と位置付けており、現在は基本思想に近いコンセプトを踏まえて、それぞれの立地に合わせて店を展開する。

近年は、日本の各地域の象徴となり、地域文化を発信する店「リージョナル ランドマーク ストア」を地道に広げる取り組みにも力を注ぐ。2005年の「鎌倉御成町店」(神奈川県鎌倉市)が1号店で、全国に25店(2019年9月30日現在)ある。国内総店舗数1497店(同9月30日現在)の中では数少ないが、同社にとって重視する取り組みだ。

歴史や文化の色づく地域の象徴として、例えば「京都二寧坂ヤサカ茶屋店」(京都府・京都市東山区)、「神戸メリケンパーク店」(兵庫県神戸市中央区)、「鹿児島仙巌園店」(鹿児島県鹿児島市)など各地に展開する。開業までじっくり取り組み、京都のように構想から実現まで約10年かかった店もある。ただし定義付けがされたのは2016年で、前記の3店もすべて2017年にオープンした。

「弘前の地域性は意識していましたが、2014年当時は、景観への思いは現在ほどなかった。でも地域の歴史を学ぶうちに、弘前ならではの店舗にしたい、という気持ちが強まったのです(柳さん)

■地元の伝統工芸を取り入れるのも欠かさない

古い建物とはいえ、前述のように保存修理工事を終えており、構造的な心配はなかった。ただし大幅な改築はできない。「例えば今回は立派な木組みの天井があったので、それを台無しにしないよう、細長いスリットを設けて吹き出し口を目立たないように入れています。細かなところで建物の意匠をくずさないよう工夫を凝らしました。改装や備品調達などを通じて地域文化を残すという作業は、担当していて楽しかったです」(柳さん)。

ソファの張り地には伝統工芸の「こぎん刺し」を用いた。麻布(あさぬの)に木綿糸を刺す、江戸時代から津軽地方に伝わる刺し子技法で、近くにある「弘前こぎん研究所」に制作を依頼した。郷土文化も主張しすぎずポイント使いにとどめ、全体調和を保っている。

撮影=プレジデントオンライン編集部
津軽地方の伝統工芸「こぎん刺し」があしらわれたソファ - 撮影=プレジデントオンライン編集部

店舗パートナー(従業員)は実際の使い勝手をどう感じているのだろう。

「他の店に比べて棚が狭かったり、冷蔵庫が小さかったりする問題はありますが、建物の価値を尊重して使っています」と話すのは、アシスタント ストアマネージャー(副店長)の原麻沙美さんだ。今年6月に「青森ELM(エルム)店」(五所川原市)から異動した。

「ショッピングセンター内にあるエルムは、買い物ついでに立ち寄る方が目立ちますが、弘前公園前店は、ここに来るのが目的の方も多い。季節によって、お店から見える風景も違い、ゆったりと過ごしていただける接客を心がけています」(原さん)

撮影=プレジデントオンライン編集部
アシスタント ストアマネージャーの原麻沙美さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

過去には、パートナーが開発した独自商品「エスプレッソ抹茶フラペチーノ」のプロモーションも行った。別名「津軽富士」と呼ばれる初夏の岩木山(標高1625メートル)をイメージし、新緑の一方で山頂にまだ雪が残る姿を、抹茶×クリームで体現したという。同プロモーションは既に終了しているが、「抹茶 クリーム フラペチーノ」にエスプレッソをワンショット追加すると、今でも同じ味わいを楽しめる。

■特産リンゴを使ったメニューで地域を盛り上げ

10月18日から11月10日まで「弘前城 菊と紅葉まつり」が開催されている。会場は弘前公園前店から目と鼻の先にある、弘前公園内・弘前城植物園だ。

この時季はリンゴの収穫の最盛期でもある。一般には、青森県は長野県と並ぶリンゴ王国と思われているが、実は圧倒的首位だ。2018年産の生産量は、青森県が約44万5500トンと2位の長野県(約14万2200トン)の3倍以上。中でも弘前市の生産量は日本一で、記録が残る2006年の生産量では、2位の長野市に4.5倍もの差をつけていた。

取材当時、スターバックス コーヒー ジャパン弘前公園前店の入口には、手書き文字とイラストで「アップル クランブル パイ*」(480円+税)の黒板が置かれていた。店内には手書き文字・イラスト・写真で「おいしいアップルパイが届けられるまで…」の板書もあった。

*現在は販売終了

撮影=プレジデントオンライン編集部
「アップル クランブル パイ」の黒板。現在は販売を終了している - 撮影=プレジデントオンライン編集部

「アップル クランブル パイが発売されたのは8月31日で、『全店舗の中で販売数日本一になろう』と事前にチラシを配布するなど、パートナー全員で盛り上げました。そのかいもあり、初日の販売数は目標を大幅達成。全国1位になれました」(原さん)

原さんは「弘前では多くのカフェがアップルパイを出しており、お店ごとに違う味も楽しめます」と教えてくれた。弘前観光コンベンション協会が作成する「ガイドマップ」もある。スターバックスの「点」の活動を、「線」や「面」に広げると面白そうだ。

■閑散期の冬こそ「もっと、もっと弘前」

弘前市の冬は厳しい。過去の年間気象情報によれば、平均して「弘前城 菊と紅葉まつり」終了直後の11月中旬から降雪が始まり、3月下旬まで降る日が多いようだ。

地元関係者は「また大変な季節が来たな」と思い、備えを進めるという。厳寒期の降雪の状況次第では外出も難しいが、一方でクリスマスや年末にかけて華やぐ時期でもある。

冬の季節は、カフェ関係者や観光業者が「のれそれ弘前」を考えてはいかがだろう。

「のれそれ」は津軽弁で「もっと、もっと」の意味もある。筆者は11年前、青森県三沢市にある「星野リゾート青森屋」(取材当時は「古牧温泉青森屋」)の記念式典を取材した際に、この言葉を知った。当時から星野リゾートは、破綻した施設の再生のために「のれそれ」というキーワードを掲げていた。この言葉を借りて、弘前流に活動をアレンジするのだ。

「冬だから」「寒いから」の思い込みが、必ずしも通じない時代でもある。例えば家庭用アイスクリームの売上高は、メーカーによっては「夏アイス65%:冬アイス35%」となり、年々「冬のアイスクリーム」の比率が高まっている。

最強カフェ・スタバとも連携して、本州最北端の青森県でさらに活性化すれば、日本の他の地方も勇気づけられるだろう。

撮影=プレジデントオンライン編集部
店内の様子 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

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高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。

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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)

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