「朝食抜き夜型人間」が活躍できない科学的理由
プレジデントオンライン / 2019年11月1日 6時15分
■2017年のノーベル賞にも選ばれた「体内時計」の仕組み
休み明けの月曜日に、何となく体がだるい、頭がボーッとするなど仕事効率が悪くなることがないだろうか。
実はこれは「社会的時差ボケ」といわれる現象で、「体内時計」の針がずれている可能性が高い。仕事に集中できないばかりか、健康にも短期的・長期的に悪影響を及ぼしてしまう。
2017年のノーベル医学生理学賞の受賞理由にもなった「体内時計」は、身体のさまざまな機能調節を行っている。その仕組みについて簡単に説明しよう。
「哺乳類の時計遺伝子」が発見されたのは1997年。体内の臓器、皮膚、血液などのあらゆる細胞の中に時計遺伝子が存在し、時を刻んでいることがわかったのだ。十数個の時計遺伝子が次々に見つかったが、代表的な時計遺伝子であるPeriod(ピリオド)、Bmal1(ビーマルワン)などの発見には日本の研究者が大きく貢献した。
この時計遺伝子が作り出す体内時計によって、私たちはたとえ外からの時刻情報がなくてもリズムを作ることができる。人だけでなく、地球上に暮らすほぼすべての生物は体内時計を持ち、それぞれのリズムを刻んでいる。地球の自転や公転、潮の満ち引きなど、天体活動によって生じるリズムにうまく同調すれば、生存が有利になるためだ。
■時計の針をリセットする重要な要素は「光」
生体リズムに詳しい明治大学農学部の中村孝博准教授によると、「野生のネズミを捕まえて体内時計を壊す実験をすると、エサを得られなくなったり捕食されたりして死んでしまう」という。
「体内時計を持たない生物は地球上から淘汰され、生き残ることができません。睡眠や月経周期などさまざまなリズムがありますが、その中で最も研究が盛んで、よく知られているのが二十四時間周期の概日(サーカディアン)リズムです」
朝になると体温や血圧が上がって活動の態勢に入り、消化器官が活発に働いて栄養素を吸収し、暗くなると睡眠ホルモンが分泌されて眠りに誘われる。私たちが必要な時間にベストパフォーマンスを発揮できるように、体内時計は調整してくれているのだ。
しかし、時計遺伝子が作り出す体内時計はいつも正確に時を刻んでいるわけではない。体内時計の司令塔(中枢時計)が生み出す周期は、人では平均して24時間よりも少し長くなる。そのため毎日、時計の針をリセットしなければ正確な時間が刻めなくなるわけだが、リセットに欠かせないのが「光」だ。
■遺伝子のリズムが狂えば、太りやすくなる
「中枢時計が光を感じて時計を合わせると、臓器などに存在する時計遺伝子(末梢時計)へ、神経やホルモンを介して“時刻情報”を伝えます。末梢時計も自ら時間を刻む力はありますが、原則として中枢時計からの時刻情報を受け、さらに朝食や身体活動などの刺激によって正しくリセットされ、24時間のカウントを始めます」(中村准教授)
体内時計をオーケストラにたとえると、中枢時計が指揮者、末梢時計が楽器演奏者のようなもの。朝に光を感じて、そのあとすぐに食事を取れば、きれいな“演奏”になる。しかし、夜にたくさんの食事をしたり、スマートフォンやパソコンから発せられるブルーライトを見続けると、時計の針が狂い、演奏の足並みもそろわなくなる。これが冒頭で述べた、目は開いているが体は寝ている状態=「社会的時差ボケ」だ。特に現代では常時光を浴びやすく、体内時計が狂いやすいのだという。
体内時計が正しく働かないと、臓器の働きやホルモン分泌に悪影響を及ぼす。
「血糖値を下げるホルモン『インスリン』の働きが悪くなって糖尿病のリスクが高まったり、代謝システムをコントロールする遺伝子のリズムが狂えば、高脂肪食をとらなくても太りやすくなってしまいます」
■夜にパソコンを使う場合は「ブルーライトカット」を
ハーバード大学の研究で夜に100ルクス(一般的な居間の明るさが300ルクス)の光を浴びただけで睡眠ホルモン「メラトニン」が88%減少したという報告もある。体内時計がしっかり働かないと、眠りにもつきにくいということだ。
リズムを整えるためにできることは、夜に「光を浴びない」こと。自宅にいるなら使用する部屋のみ照明を使うなど、夜はできる限り照明を絞ろう。また夕方以降は「暖色系の光」にしたほうが体内時計を動かしにくいことが証明されている。昼も夜も使うリビングなどでは、一つの照明で光の強さや色を変えられるツーウエイタイプにするのもいい。1万円くらいから購入できる。
そして夜にどうしてもパソコンなどの電子機器を使用する場合は、ブルーライトカットを使用したい。ブルーライトカットの電球も販売されているし、そういった効果のあるものをパソコンに貼ってもOKだ。中村准教授らの研究でブルーライトカットを施した照明は、体内時計に与える影響が半分程度であることがマウスを使った実験で示されている。
■正しいリズムが刻めないと仕事のパフォーマンスも落ちる
一方で日中の照明は“明るい”ものを。明るく感じる光には基本的にブルーライトが多く含まれる。その青い光は夜に浴びれば毒になるが、日中に浴びれば薬となって、体内時計がきれいなリズムを描きやすくなる。
目の奥にブルーライトが透過する率を20代で100とすると、40代ではその半分といわれる。そのため、年をとるほど体内時計の活性が弱まりリズムが乱れやすい。日中はブルーライトを浴びる、夜は浴びない(もしくは暖色系の光かブルーライトカット)と区別し、メリハリのある生活を送ろう。さらに青い光とは照明ではなく、「外の太陽光(に含まれるブルーライト)」が、最も効果がある。
正しいリズムが刻めないと、不健康になるだけでなく、パフォーマンスも確実に落ちる。興味深い研究を紹介しよう。少し古いが1995年に科学雑誌『Nature』に掲載された論文である。
※グラフはそれぞれの照明環境(照明なし、10ルクスの白色LED、10ルクスのブルーライトカットLED)に30分間、マウスをおき、その後、3時間後、6時間後に視交叉上核における時計遺伝子発現量を計測した結果。3時間後をみるとブルーライトカットLEDは照明なしと同じレベルにしか時計遺伝子が上昇しない。すなわち、ブルーライトカットは体内時計の針を動かしにくい。
■東向きと西向きの「時差旅行」では成績が大きく変わる
マサチューセッツ大学医学部のシュワルツ博士らがメジャーリーグベースボール(MLB)の「成績」と「時差旅行」に関して調べたものだ。
MLBの19チームを対象に、その勝敗とスコア、時差旅行の有無、その方向についての関連の調査を3シーズンに渡って行った。ちなみにMLBがある北米地域は4つのタイムゾーンに分かれ、太平洋時間帯と東部時間帯では3時間の時差がある。
その結果、ホームチームの勝率は平均して55.9%だったが、相手チームが直前に西向きの時差旅行をしていた場合、ホームチームの勝率は56.2%と、平均を上回った。ところが、相手が東向きの時差旅行をしていた場合、勝率が62.9%まで上がる結果だったのだ。相手チームの側に立つと、西向きの時差旅行直後のほうが成績が良いことになる。なぜだろうか。
「体内時計は時刻の進み方が“遅れる”ほうが体になじみやすいのです」
■体内時計は前後ともに「1日約1時間」しか動かせない
8時間の時差がある東向き、西向き飛行をしたとしよう。たとえば今が午前11時だとして、東向き地域への飛行なら8時間後の午後7時。西向き飛行なら8時間前の午前3時になる。東向き飛行ではこれから活動したい時間に夜になってしまうが、
一方で西向き飛行ならいつもより我慢して起きていれば、ぐっすりと眠りにつきやすい。つまり東向き地域へは体内時計を前へ、西は後ろにずらすことになるのだ。中村准教授がこうアドバイスする。
「海外出張に行く時に数日程度の短期間であれば、現地での光をあまり浴びないようにして、体内時計は日本時刻のままにしておくといいでしょう。一方で数週間に渡るような長期の出張なら、現地での光(できれば太陽光)をしっかり浴びて、早く現地の環境にあった体内時計にしたほうがいい。
体内時計は前にも後ろにも1日1時間くらいしか動かせません。日本にいる時に、出張先の地域に合わせて毎日少しずつ早起き、もしくは夜更かしして、事前にずらしておくというのも一案です」
■「うまく眠れない、どうも調子が上がらない」の対策
これは国内での受験や大切な商談など「特別な早起き」が必要な時にも応用できる。その日に向けて少しずつ体内時計を調節していったほうが、肝心な時に頭がさえるのだ。また、夜勤が多い人なら一般的な夜がその人の「朝」になるから、日中に光を浴びない工夫をしたい。
要は自分なりの「朝」や「夜」を設定し、メリハリのあるリズムが描ければいいのだ。
「うまく眠れない、どうも調子が上がらないという時は体内時計の乱れが潜んでいると考えてほしい。睡眠障害や日中の眠気、疲労感、食欲低下、ぼんやりといった症状で現れます」
“自分の中の時計”を大切にすると、体内で必要なときに必要な機能がきちんと働き、能力を最大限発揮できる。
リズムを整えるのに食事や身体活動も影響するが、最も効果的なものは「光」であることをまずは理解しよう。光の浴び方や照明の使い方を体内時計のリズムに沿って使い分けることが、能率を高める第一歩といえる。
照明を含め職場の「環境」が、仕事の質に大きな影響を与えることが国内外のさまざまな研究でわかっている。10月25日発売の『プレジデント』誌の特集「できる人の仕事場の作り方」では、研究結果を基に職場に適した換気量や温度、湿度、色などについて詳しく解説した。合わせて参照してほしい。
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ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経てフリーランスに。著書に『不可能とは、可能性だ パラリンピック金メダリスト新田佳浩の挑戦』(金の星社)、『週刊文春 老けない最強食』『週刊文春 温かい家は寿命を延ばす』(ともに文藝春秋)『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)がある。
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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)
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