「ISリーダー殺害」でもテロの脅威が続く理由

プレジデントオンライン / 2019年11月1日 19時15分

アメリカによる軍事作戦で殺害された、イスラム国(IS)の指導者アブバクル・バグダティ。とはいえ、カリスマ的リーダーの死がテロ活動の収束につながるといえるほど物事は単純ではない―― - 写真=U.S. Department of Defense/ロイター/アフロ

10月27日、トランプ米大統領は米軍による軍事作戦で「イスラム国(IS)」の指導者アブバクル・バグダディが死亡したと発表。「世界はずっと安全な場所になった」と成果を誇った。だが国際安全保障やテロ情勢に詳しい和田大樹氏は、「イスラム過激派組織やその支持者のネットワークという全体から見れば、バグダディの死はその一部にすぎない」と指摘する——。

■現場でのDNA鑑定で本人と確認

トランプ大統領は27日、米軍がシリア北西部イドリブ県で行った軍事作戦の結果、イスラム国(IS)の指導者であるアブバクル・バグダディが死亡したと発表した。

バグダディ容疑者の死亡は、これまでも何度か発表されたことから、筆者は一体何人バグダディがいるのかと思っていたが、殺害現場でDNA鑑定も行われ、バグダディ本人と確認されたということから、今回は事実だと信じたい。

トランプ大統領は、「世界はずっと安全な場所になった」と軍事作戦の意義を強調したが、心の中では来年11月の大統領選に向けていいアピールになったと満足していることだろう。また、クルド人主体のシリア民主軍(SDF)の司令官は同日、米軍との共同作戦の結果、バグダディ容疑者の側近でISのスポークスマンを務めていたアブ・ハッサン・ムハージルを殺害したと発表した。

そして先月31日、イスラム国(IS)のメディアは、バグダディ容疑者の死亡を公式に認め、アブイブラヒム・ハシミ・クラシ(Abu Ibrahim al-Hashim al-Quraishi)という人物が新たな後継者になったと明らかにした。また、ISは米国への報復を示唆し、今後ISの地域支部や支持者たちから忠誠を誓うなどの動きが出てくることだろう。

■世界各地で活動を続ける系列組織

では、バグダディ後の国際テロ情勢はどうなるのか。今回の殺害を受けて、筆者は以下3つの点を指摘したい。

まず、トランプ大統領が強調するように、世界は安全な場所になったのか。結論を先に言うと、バグダディの殺害によって安全になったわけではなく、今後も同じような状況が続くことだろう。“領域支配のIS”が終わっても、バグダディが殺害されても、フィリピンやインドネシア、パキスタンやアフガニスタン、イエメンやエジプト、ナイジェリアなどでIS系組織は活動を続け、数としては減少傾向にあるものの、ISの暴力的過激思想の影響・刺激を受ける個人の脅威も依然として残っている。

また、アラビア半島のアルカイダ(AQAP)やマグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)、ソマリアのアルシャバブ(Al Shabaab)、マリを中心にサハラ地域を拠点とするイスラムとムスリムの支援団(JNIM)、シリアのフッラース・アル・ディーン(Hurras al-Deen)など、ISと対立関係にあるアルカイダ(最終的な目標は同じだが、それに至る戦略や手段で両者は争っている)系組織も各地で活動している。

米国の戦略国際問題研究所(CSIS)は去年11月、ISやアルカイダなどグローバルジハードを標榜するイスラム過激派は、世界に67組織(9.11時から約1.8倍増加)存在し、そういった組織に参加する戦闘員は、中東やアフリカ、南アジア、東南アジアなど各地域に合計で10万~23万人いるとする報告書を発表した。

バグダディの殺害は、近年その組織力とブランド力が落ち込んでいたISにとって、さらなるボディブローとなったことは確かだろう。しかし、サラフィー・ジハード組織(編集部注:ISやアルカイダなどなど、イスラム初期の時代へ回帰すべく、厳格なイスラム法による国家建設を武力を用いて実現しようとする組織)やその支持者のネットワークという全体から見れば、バグダディの死はその一部であり、世界がより安全な場所になったことにはならない。同じような主義主張を掲げる組織や個人は今でも存在する。

■後継者問題はアルカイダより苦しいか

次に、ISの後継者を巡る問題だ。10月27日には、バグダディだけでなく側近のムハージルも殺害されたという。外国の一部メディアでは、後継者候補として複数の人物の名前が挙がっていたが、今回発表された新たな後継者に、どこまで知名度とカリスマ性があるのだろうか。

これは2011年5月、パキスタンでオサマ・ビンラディンが殺害された時と比較すると分かりやすいが、その後、長年副官を務めていたアルカイダのナンバー2のアイマン・ザワヒリが後継者となった。1988年のアルカイダ設立以降、ザワヒリはアルカイダの中で地位を築き、国際社会での知名度も高い。しかし、ポストビンラディンのアルカイダにおいて、ザワヒリの指導者としてのカリスマ性の問題は常に指摘され、現在に至るまで何か大きなことを達成したわけではない。

そう考えると、ISが置かれている現状は当時のアルカイダよりも深刻かもしれない。ザワヒリのような後継者がいたわけではなく、例え後継者を発表し、その人物の正当性をアピールしたとしても、どこまで既存の組織や個人から支持を集められるかは大きな問題だろう。

27日にトランプがバグダディ殺害を表明してからしばらく、ISはバグダディの死亡について、それを認める声明や否定する証拠などを何も示さなかった。ISが一定の組織力を維持しているのであれば、弱みを見せないためにも何か発表したであろう。時間がたつほどISにとっては不利な状況になっており、さらなる求心力の低下を招くだけである。

31日に後継者と発表されたブイブラヒム・ハシミ・クラシという人物も、知名度は高くなく、どこまでカリスマ性があるかも分からない。ISは米国への報復を示唆したが、筆者にはアルカイダのようになるISの姿(指導者にテロを実行する組織力・指導力はないが、欧米への攻撃を呼び掛ける姿)が目に映る。

■「対立」ばかりではないアルカイダとの関係

そして、3点目は、今回の現場がシリア北西部イドリブ県という点だ。筆者は、バグダディはイラク国境に近いシリア東部で逃亡生活を続けていると思っていたが、彼がいたのはアルカイダ系勢力をはじめ多くの反政府勢力が集中するイドリブ県だった。なぜだろうか。

一部では、イドリブ県を拠点とするアルカイダ系組織「フッラース・アル・ディーン」とバグダディの接近があったとの見方もあるが、詳細については明らかになっていない。だが、テロリズム研究の視点からは、その可能性を示唆する専門家もいる。

2018年2月に台頭したフッラース・アル・ディーンは、ハヤート・タハリール・シャーム(HTS)から分派した組織で、アルカイダを強く支持している。フッラース・アル・ディーンの戦闘員は1500人から2000人程度で、その約半数近くが他の中東諸国や北アフリカ、中央アジアなどからやってきた外国人戦闘員で占められ、エジプト人やヨルダン人の戦闘員が幹部として組織を主導している。

米国は、このフッラース・アル・ディーンを今年9月に国際テロ組織に指定し、シリア北西部にある同組織の拠点を空爆するなど攻勢を強めている。

一口にISといっても、それに参加する戦闘員の国籍や目的、士気はさまざまだ。ISの戦略や残虐性、内部の腐敗などからこれまでに多くの離反者が出ており、その中にはフッラース・アル・ディーンなど他の勢力に流れた者も少なくない。

ISとアルカイダは対立状態と表立っては言われるが、末端兵士のレベルではいくつもの離反や加入が生じていると考えるのが自然だろう。領域支配を失う中、ISに同じような統率力があったとは考えにくい。

また、イスラム過激派の動向を監視する米国の「サイトインテリジェンス(SITE Intelligence GROUP)」が29日に配信した情報によると、アルカイダの信奉者たちはバグダディの死亡を事実と認め、ISの戦闘員たちに自らの立場を再考するよう求めたという。再考するよう求めるとは、文字通りの意味を取れば、アルカイダ信奉者たちはISの戦闘員を真っ向から否定しているわけではないということが想定される。

近年、テロリズム研究者たちの世界では、ISとアルカイダの関係の行方を模索する研究が行われている。それらには、現在のグローバルジハードの主導権を巡る争いが続くという意味での“対立”、対立状態の中でも密かに協力関係が生じるという“接近”、組織としては別であるが、両者が協力関係を宣言して戦いを続けるという“共闘”、そして現在では最も考えにくいが、一方が片方を吸収する、もしくは合わさって新たな名前を冠した組織が台頭するという“合併”などがある。

■より大きなネットワークに目を向けよ

例えば、ジョージタウン大学のブルース・ホフマン教授は、テロ研究の専門誌『CTC Sentinel』(2016年11月/12月号)の中で、バグダディが死亡した場合におけるISとアルカイダの接近・和解について言及した。

また、2017年2月、シンガポール・南洋工科大学のBilveer Singh博士は、同大学のテロ研究機関ICPVTR(International Centre for Political Violence and Terrorism Research)が発表するコメンタリーの中で、ISとアルカイダの合併による「メガ・ジハード・グループ(Mega Jihad group)」誕生の可能性について言及した。

ISはイラクのアルカイダ(AQI)を由来とする。両者の対立は方法論の違いであり、最終的な目標が違うわけではない。また、ISが台頭すると、一定期間のうちに、アルカイダ系組織の中からISへ流れる組織(離反者たち)が各地で見られたが、それは支持者たちにとって両者がそれほど違うものではないことの示す裏付けとなる。

以上、今回のバグダディの殺害を巡る情勢から3点を指摘した。しかし、重要なのはバグダディが殺害されたことではない。これを踏まえ、国際的なテロ情勢が中長期的にどう変化し、今後の世界情勢にどんな影響を及ぼす可能性があるのかを真剣に考えることだ。バグダディの殺害は1つの通過点にしかすぎない。

そして最後に、ISやアルカイダは1つの組織/ネットワーク/ブランドであり、サラフィー・ジハード主義を掲げる組織や個人を束ねたより大きなネットワーク全体の前衛でしかない。確かに、前衛があることで全体が勢いづくことはあるが、ISやアルカイダの名前を意識しすぎると、脅威の本質を見失う。要はもっと広い視野で、多角的に、中長期的にリスクを考える必要があり(ISには外国から多くの女性や子供も加わっており、人権問題でもある)、このリスクは、SNSやドローン、5Gや3Dプリンタなど技術革新の問題とも密接に関係しているのである。

※参考資料
“AQ Ideologues See Baghdadi's Death as Retribution for IS Criminality, Urge its Fighters to Repent”, SITE Intelligence Group, October 28, 2019.(有料記事)
https://news.siteintelgroup.com/Jihadist-News/aq-ideologues-see-baghdadis-death-as-retribution-for-is-criminality-urge-its-fighters-to-repent.html
“The Global Terror Threat and Counterterrorism Challenges Facing the Next Administration”, CTC Sentinel, November/December 2016, Volume 9, Issue 11.
https://ctc.usma.edu/the-global-terror-threat-and-counterterrorism-challenges-facing-the-next-administration/
“The Jihadist Threat in Southeast Asia: An Al Qaeda and IS-centric Architecture?”, Bilveer Singh, RSIS Commentary, 08 February 2017.
https://www.rsis.edu.sg/rsis-publication/cens/co17025-the-jihadist-threat-in-southeast-asia-an-al-qaeda-and-is-centric-architecture/#.Xbhf5Uu6coc

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和田 大樹(わだ・だいじゅ)
オオコシセキュリティコンサルタンツ アドバイザー/清和大学 非常勤講師
1982年生まれ。岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員、日本安全保障戦略研究所(SSRI)研究員、日本安全保障・危機管理学会主任研究員などを兼務。専門分野は国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論。2014年5月、日本安全保障・危機管理学会奨励賞を受賞。共著に『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』(同文館)、『技術が変える戦争と平和』(芙蓉書房)など。

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(オオコシセキュリティコンサルタンツ アドバイザー/清和大学 非常勤講師 和田 大樹)

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