なぜ孫正義はWeWorkの投資失敗を認めないのか
プレジデントオンライン / 2019年11月1日 17時15分
■狂気の投資を支えてきた孫氏の「眼力」
孫正義氏率いるソフトバンクグループ(SBG)の先行きに不透明感が強まっている。海外では米シェアオフィス「WeWork(ウィーワーク)」を運営するウィーカンパニーに約1兆円の追加支援を余儀なくされ、国内では子会社のヤフーがショッピング・サイト「LOHACO(ロハコ)」を運営するアスクルの社長と社外取締役を解任、ほぼ同時に前澤友作氏の持ち株を買い取ってファッション・サイトのZOZO(ゾゾ)を傘下に収めた。
ここ半年の出来事は一言で説明できる。「成長神話の限界」だ。
SBGの成長神話の源泉は、何と言っても孫正義氏の「眼力」である。1994年にソフトバンクの株式上場でキャピタル・ゲインを得た孫氏は、その金で米国のコンピューター展示会会社、コムデックスとコンピューター雑誌を得意とする出版社のジフデービスを買収する。2社の買収総額は3100億円で当時のソフトバンクの株式時価総額2700億円を超えていた。
金額的に狂気の投資であり、そもそもなぜ展示会会社と出版社なのか。インタビューで尋ねると、孫氏は不敵に笑ってこう言った。
「コムデックスとジフデービスはアメリカにおける僕の目であり耳なんですよ」
私がこの言葉の意味を理解したのは10年近く後だった。
■社員5、6人の会社にポンっと100億円を出資
孫氏はスタンフォード大学の学生だったジェリー・ヤン氏とデビッド・ファイロ氏が設立した米Yahoo!が上場した1996年、社員5、6人のこの会社にポンっと100億円を出資している。ヤン氏は「今資金は潤沢だから金はいらない」と孫氏の出資を断ったが「あって困るものではない」と金を置いて帰ったという。
2000年には中国の名も無い英語教師が立ち上げた会社に20億円を出資した。その会社「アリババ」は中国のインターネット・ショッピング市場を席巻し、SBGは8兆円の含み益を手に入れた。
孫氏は業界通の間に情報網を持つコムデックスとジフデービスを通じて「掘り出し物」のベンチャーを見つけていた。それらの会社が大化けすることで、SBGは10兆円を超える含み益を手に入れ、その信用力で米携帯大手のスプリントや英半導体のARMを買収した。
投資家の脳裏には今もこの神話が焼き付いている。この1年半のSBGの株価を見れば、投資家の迷いがよく分かる。
SBGが2018年3月期決算を発表した同年5月から9月にかけて、同社の株価は3800円から5700円に上昇した。だがその後、同社が計上した巨額利益の多くが、国際会計基準に基づく未公開企業の評価益であることが嫌気され、再び3500円まで下降する。
■UberやWeWorkが「大化け」することはなさそう
ところが投資先の配車アプリ大手、ウーバー・テクノロジーズがニューヨーク証券取引所の上場が目前に迫り、ウィーワークの上場日程も決まった2018年12月から19年4月にかけて再び6000円まで上昇する。ウーバーやウィーが第2、第3のYahoo!、アリババになる可能性が出てきたからだ。
しかし公開価格が45ドルだったウーバー株は20ドル台まで下落、ウィーは自分が所有する不動産をウィーにリースしていた自己取引などの疑惑で創業者のアダム・ニューマン氏が辞任。2019年9月としていた新規株式公開(IPO)も延期となり、その後IPOの目論見書に誤りや抜けがあったことも明らかになった。ウーバーとウィーの変調でSBG株は10月末時点で4000円近辺まで落ち込んでいる。
分かってきたのは、ウーバーやウィーが「Yahoo!やアリババのように大化けすることはなさそうだ」ということだ。
ウーバーの創業者、トラヴィス・カラニック氏は2017年、社内でのパワハラ、セクハラや会社がグーグルの自動運転技術を盗用していた問題など、さまざまなトラブルを起こして辞任した。ウィーのニューマン氏は自己取引のほか、自社株の売却や自社株を担保にした借入で7億ドルを調達し、その金でプライベート・ジェットを乗り回していたことなどが投資家の不興を買った。
両者とも器の小ささを感じさせ、ジェリー・ヤン氏やアリババ創業者のジャック・マー氏とは比べるべくもない。会社や経営者の可能性を見抜くことでは定評のあった孫氏の千里眼に衰えが見える。
■損切りはできない、ならば立て直すしかない
これらの投資は「失敗」と言わざるを得ないが、SBGは見捨てない。10月、SBGはウィー株の追加取得や融資などで最大95億ドル(約1兆円)の支援を実施すると発表した。これにより発行済み株式の過半は取得するが、議決権ベースでは過半数はあえて握らず、連結子会社にはしない。
ウィーは、直近の2019年1月の資金調達ラウンドで470億ドルだった自社の評価額を、IPOにあたって100億ドルまで切り下げた。通常のベンチャー・キャピタルならこの手の失敗案件はサンクコストと割り切って株を売却する局面だ。しかしすでにウィーに72億ドル(7720億円)を出資してしまっているSBGがウィーを損切りすれば、巨額損失の計上を迫られる。
損切りはできないなら、立て直すしかない。ならば出資に見合った議決権を握って経営に介入すべきだが、ウィーは今の所、赤字会社であり、子会社化して連結対象になれば、その赤字がSBGの決算に反映される。それも困るから、今回のような「出資額は巨額なのに経営権は握らない」という中途半端な支援になったのではないだろうか。
■短期かつ確実に「日銭」を稼ぐ会社が必要だ
Yahoo!やアリババのような「打ち出の小槌(こづち)」が現れないとなると、マーケットの目は俄然、SBGが抱える15兆円の有利子負債に向く。低金利で調達した資金を成長分野に投資して利益が生み出せるなら、借金の大きさは問題にならない。しかし投資先が成長せず、利益が出ないとなると、話は別だ。一攫千金の夢物語に酔っていた投資家が、にわかに足元のキャッシュフローを気にし始める。
そこで問題になるのが、SBGの「日銭を稼ぐ力」である。
海外に目をやると、2016年に3兆4000億円で買収した半導体設計のARMはスマホで圧倒的なシェアを持つ。しかしSBG傘下になってからは開発投資を先行させ赤字が続いているとされる。
2013年に216億ドルで買収した米携帯4位のスプリントは3位Tモバイルとの合併が認められ、売却の目処がついた。売却で得られる資金は1兆3000億円と見られる。泥沼化していたスプリントから足抜けできるのは明るいニュースだが、海外で確実に期間利益を稼ぐ会社は見当たらない。
世界中で派手な投資を繰り広げるSBGだが、実は「日銭」という意味で頼りになるのは携帯電話事業の「ソフトバンク」と、ネット事業の「ヤフー」。いずれも国内の事業なのだ。
■孫氏の資金繰りを阻む「携帯料金の値下げ」
3メガキャリアの一角を占めるソフトバンクは2018年度に7195億円の営業利益を稼ぎ出した優等生。ヤフーを子会社化した2019年度は8900億円の営業利益を見込んでいる。投資家から見れば、孫氏が繰り広げる兆円単位の投資の結果は「神のみぞ知る」だが、年間9000億円近くを稼ぎ出す国内の携帯電話とインターネット事業は大きな安心材料だ。
だがここにも不安がある。政府は日本の携帯電話料金が高すぎるとして、3メガキャリアに「4割程度の値下げ」(菅義偉官房長官)を求めている。その実現を早めるため、楽天に第一種通信事業者免許を与えて4番目のキャリアを登場させ、競争促進に躍起だ。
今のところ楽天も技術的な問題で10月としていた本格的なサービス開始を来春に延ばすなど、スタートダッシュには成功していない。しかしこうした問題は時間が解決する。インフラを整えた楽天が格安な料金設置で暴れれば、携帯電話事業の収益低下は避けられない。
そこで急いでいるのが「通話」以外の収益拡大だが、頼みのヤフーの2019年第一四半期は営業利益が前年同期比24%減の361億円と落ち込んだ。広告収益の伸びが頭打ちになっていることと、ネット決済「PayPay(ペイペイ)」への投資が嵩(かさ)んだためである。
■ヤフーを「日本版アリババ」にする狙い
ヤフーがPayPayへの投資を加速しているのには理由がある。本家、米国のYahoo!はGAFAに広告収入を奪われて経営難に陥り、2016年に米通信大手ベライゾン・コミュニケーションズに買収され、傘下のAOLと統合した。ポータル(玄関サイト)としていまだに人気がある日本のヤフーは例外的に生き残ったが、こうした経緯から海外で「Yahoo!」ブランドを使えない。このまま放置すれば、遅かれ早かれ日本のヤフーも米国と同じようにGAFAに飲まれることは想像に難くない。
そうなる前に孫氏はヤフーを「日本版アリババ」にしようと急いでる。その切り札が電子決済サービスのPayPayであり、ヤフー・ショッピングとのカニバリ(共食い)を覚悟の上で10月にオープンしたネット・ショッピングの「PayPayモール」である。そしてPayPayモールの集約力を上げるために実行したかったのが、ヤフーが出資しているアスクルの個人向けネット・ショッピング「ロハコ」と若者に人気がある「ZOZOTOWN」の取り込みだ。
ロハコの件は、アスクルの実質的な創業者である岩田彰一郎社長と社外取締役が「アスクルからロハコを奪うのはアスクルの(ヤフー以外の)少数株主の利益を踏みにじる行為」と反発し、ヤフーが大株主の権限で岩田氏と社外取締役を事実上「解任」する騒動に発展した。
■「チャンスをつなぐためのヒットが欲しい」
これで、おおっぴらにロハコを取り込めなくなったヤフーは、返す刀で資金繰りに困っていた前澤友作氏(本人は否定)から、ZOZO株を買い取った。ヤフーがロハコとZOZOを強引に飲み込もうとしたのは、PayPayモールをアマゾンドットコムや楽天に負けないEC(仮想ショッピングモール)にするためだ。その裏には「一日も早く携帯電話事業の落ち込みを穴埋めする収益源を育てないと投資家をつなぎとめられない」というSBGの切羽詰まった事情がある。
だが投資家の間には、SBGへの大いなる懐疑と裏腹に、絶体絶命のピンチを何度も乗り越えてきた孫氏への少なからぬ期待がある。
「Yahoo!やアリババのような満塁ホームランでなくていい。チャンスをつなぐためのヒットが欲しい」
それが孫氏の偽らざる心境ではないだろうか。
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ジャーナリスト
1965年生まれ。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。産業部記者、欧州総局(ロンドン駐在)編集委員、「日経ビジネス」編集委員などを経て、2016年に独立。近著に『ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正』(新潮社)がある。
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(ジャーナリスト 大西 康之)
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