神様・手塚治虫を動かした「若い才能」と嫉妬心
プレジデントオンライン / 2020年1月5日 11時15分
■20代で「神」。だが、誰かを妬み続けた
手塚治虫さんは20代の後半にはすでに「漫画の神様」と呼ばれていました。その一方で、自分の後から出てきた新しい才能に対し、たくさんの嫉妬をしてきました。
1950年代、福井英一さんの柔道漫画「イガグリくん」が大ヒットしました。手塚さんは戦後、ストーリー漫画を得意としてきましたが、イガグリくんのような武道(スポーツ)漫画は苦手でした。それに嫉妬したのか、とある雑誌でこの漫画のコマ割りを「悪い見本」と紹介したので、福井さんが激高したそうです。その後、手塚さんが謝って解決したとのこと。
60年代には白土三平さんが現れ、少年雑誌に漫画の連載を始めました。その漫画が手塚さんの過去の漫画にそっくりで、手塚さんが問題視して、ひと悶着ありました。しかし、その後白土さんは歴史大作の「カムイ伝」が大ヒットします。自分の作品を真似た漫画家がマニアックな雑誌で毎回100ページくらい連載していたことに相当嫉妬したようです。数年後、悩んだすえに手塚さんが発表したのが「火の鳥」です。カムイ伝をかなり意識した作品となっています。
■ジレンマに陥り、ノイローゼにかかった
60年代では、さいとう・たかをさんや辰巳ヨシヒロさんなどによる劇画が大はやりしたことにも、苦悩したようです。自分の漫画とは全く異質で、手塚さんは劇画のような絵が描けず、絵柄が古いと言われたのです。ジレンマに陥り、ノイローゼにかかったともいわれています。
漫画もだんだん不安定な画風になっていきました。それでどうしたかというと、生活を変えていくんですね。小説を書き出したり、医学博士号を取ったり、結婚したり。でもどうにもならなくて、結局流行している劇画を真似ていった。悩みの末、生み出したのが名作「ブラック・ジャック」でした。
70年代に入ってからは、石ノ森章太郎さんに嫉妬しました。石ノ森さんは「ジュン」という漫画を連載していました。それまでは何らかのテーマのもと、起承転結があるのが漫画でしたが、ジュンは詩的な雰囲気を持っていた。手塚さんは石ノ森さんのこの漫画を評価しなかった。
手塚さんはあるとき、ファンから「石ノ森さんの作品も好きだ」という手紙をもらったのです。それに対し「石ノ森の『ジュン』など、漫画ではない」という内容をそのファンに返信してしまった。それを伝え聞いた石ノ森さんは「連載をやめる」と出版社に言いだし、最終的に手塚さんが石ノ森さん宅まで「悪かった」と謝りに行きました。
手塚さんは激情しやすい方ですが、すぐ後悔します。嫉妬心が内面の根深いものになるよりも、感情を発散して終わることが多かった。パイオニアの自負心があったのだと思いますが、とにかく一番にならないと気が済まない人だったのです。
手塚さんは異質な漫画が出たとき、拒絶のポーズをしただけで「何が面白いのか」を必死に探りました。手塚さんの激しい嫉妬心は彼のバイタリティの裏返しだった。なぜその漫画が読者にうけているかを学び、次の創作への原動力にしたのです。
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漫画家
1928~89年。大阪府生まれ。戦後日本においてストーリー漫画の第一人者として、存命中から「漫画の神様」と呼ばれた。代表作に『ジャングル大帝』『鉄腕アトム』『ブラック・ジャック』など。
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1951年、大阪府生まれ。専門分野は、漫画史および児童文学。大阪教育大学教育学部修士課程修了。大阪国際女子大学を経て、現職。漫画家「おさ・たけし」としても活動している。ペンネームは手塚治虫がつけた。
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(同志社大学社会学部教授 竹内 オサム)
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