P&G「男が気づかない」根強いバイアスとは
プレジデントオンライン / 2019年11月8日 6時15分
■女性管理職36%でも満足しない理由
【白河】P&Gジャパンでは正社員に占める女性比率が約6割、管理職に占める女性比率も約36%と、女性活躍において非常に高い数値を達成されていますね。まず、この数値についてはどう捉えていらっしゃいますか?
【ベセラ】確かに、数値だけ見れば達成と言えるかもしれません。しかし、私たちが「こうなりたい」と思っている姿にはまだ到達していないのです。目標は、役員や管理職において日本の男女人口比を鏡として映し出すこと、つまり50対50です。少しずつ進展はしていますが、まだまだ満足はしていません。
【白河】さらに高い目標を掲げられているのですね。女性の活躍やエンパワーメントはダイバーシティ推進の一環かと思いますが、御社ではどのように位置づけていますか。
【ベセラ】今おっしゃった2点は、当社にとって経営戦略そのものです。ただ、その成果を数字だけで測るのは危険だと思っています。真に重要なのは、全社員が本当に自分らしく働けているかどうか、そして最高のパフォーマンスを発揮できているかどうかです。そのため、当社ではダイバーシティではなく「ダイバーシティ&インクルージョン」の推進に力を注いでいます。
【白河】数字ではなく全員が最高のパフォーマンスを発揮することに力を入れてらっしゃる……。その点で、日本特有の課題は何でしょうか。
【ベセラ】互いを理解し生かし合う「インクルージョン」の部分ですね。これは、制度をつくっただけではうまくいきません。組織風土が大きく関わってくる問題であり、だからこそ追求し続けなければならないと思っています。
■育休を取る人が増えても回る秘密
【白河】例えば育休は、制度だけでなくとりやすい風土も重要だと言われています。P&Gジャパンは女性社員が多いですから、5人のチームが一定期間4人になるといったことが頻発すると、経営的課題にもなり得ると思うのですが、どう対応されているのでしょうか。
【ベセラ】育休はすばらしい制度です。その考え方の下、当社では誰かが育休に入っても現場がスムーズに回るシステムを構築してきました。育休をとりたいという人がいたら、まずどれぐらいの期間をとりたいのか話し合い、その上で後任を置くかどうかを考えます。同時に、誰もがいつでも後任を務められるよう、普段から社員育成にも力を入れています。これがシステムとしてうまく回っているので、当社では育休が経営上のダメージになることはありません。
【白河】育休を前提としたローテーションができているのですね。でも、日本は育休が原則1年で法的には2年と比較的長いですよね。せっかく女性の活躍を推進しても、いずれ長期離脱するのでは困るという経営者も少なくありません。
【ベセラ】私の出身地であるチェコ共和国では、男性も女性も育休は3年です。もちろん日本より短い国もありますが、日本の育休が特段長いというわけではありません。私自身、子どもが生まれたらいったん仕事を離れて、家庭に時間を費やすのが自然なことだと思っていますから、長期離脱は困るという考え方自体に違和感を覚えます。
【白河】社長がそうした認識を持っていらっしゃると、社員の意識、引いては会社全体の風土にもよい影響がありますね。部下は社長が望まないことはしないですから。では、育休後はどうでしょうか。日本では、復帰後の働き方によって、職位が下がったり、重要な仕事を任されなくなったりするケースもあります。
【ベセラ】当社では、誰もがキャリアを継続しやすいよう多様な働き方を用意しています。加えて、産休に入る前と育休中には、復帰後に希望する働き方について本人と話し合います。ちなみに、チェコでは育休前と同じ仕事に戻るのが普通で、会社側が職位を下げたりすると法律違反になるんですよ。
■制度をつくっただけでは機能しない
【白河】そうした産休前からの施策が育休とセットになっていると、復帰後への不安を感じずに済みますね。
【ベセラ】育休制度に限らず、システムはただつくっただけではうまく機能しません。組織にそれを受け入れ活用するカルチャーがあること、個々の社員がシステムとカルチャーを機能させるスキルを持つことが大事なのです。これは、ダイバーシティ&インクルージョンの施策すべてにおいて言えると思います。
【白河】システム、カルチャー、スキルの3つが同時に回って初めてうまくいくのだということですね。実現には組織や個人の意識が重要で、制度と数値目標だけあっても目指す姿には近づけないと。
【ベセラ】その通りです。しかし実際は、制度と数値目標をつくって社内外に広めればうまくいくと考えている企業も少なくありません。それでは、単に人事ポリシーを掲げただけに終わる可能性が高いと思います。
■管理職との対話で見えたこれからの課題
【白河】カルチャーの醸成やスキルの獲得に向けて、御社ではどんな取り組みをされているのでしょうか。
【ベセラ】当社では、管理職クラスの社員には、システムとカルチャーを両輪で回せるだけのスキルを求めています。また、そのスキルを生かして、部下たちが正しいカルチャーとスキルを持てるよう導くことを奨励しています。
【白河】そうすると、マネジャーは経営戦略への深い理解や多様な部下の育成など、かなり高いダイバーシティマネジメントの能力を身につけておく必要がありますね。管理職を対象としたセミナーなども実施しているのでしょうか。
【ベセラ】ダイバーシティ&インクルージョンは経営戦略の一環ですから、個別のセミナーよりも、日々の中でアクションを起こしていくことを重視しています。対話はよく行っていて、先日は25人のリーダーたちと、ダイバーシティ&インクルージョンにどんなバイアスを持っているか話し合いました。
【白河】その対話の中で、社長が特に驚いたバイアスは何でしょうか。
【ベセラ】一部のバイアスは女性にはよく知られているけれども、男性はまったく気づいていないこと、様々な家族の形の選択(子どもをもたない、独身でいる、離婚する等)への理解不足、チームの結束力を高める目的で開かれた飲み会が、ワーママを孤立(除外)させてしまっていたこと、文化に関係なく、幼少期に男性的・女性的であるべきと言われて育ってきていることなど、たくさんありました。これらは当社の今後の課題と言えるでしょう。ダイバーシティ&インクルージョンを性別を超えた枠組みで考えていくために、今後もさまざまなグループに本音を聞いていく必要があると思いました。
■ワーパパも成功する会社
【白河】バイアスを崩す取り組みも始まっているのですね。女性活躍が進んでいるからこそ課題になる育休への対応も、すでに仕組みが出来上がっているようです。P&Gジャパンでは今後も、子育てしながら仕事でも成功する女性が増えていきそうですね。
【ベセラ】当社はよく「働くママが成功している会社」ということで注目されますが、実は「働くパパ」もいるんですよ。他社に勤務している妻を支え、子育てをして、仕事でも成功している男性ですね。これも、当社が目指すダイバーシティ&インクルージョンの成果の一つだと思っています。
【白河】すばらしいことですね。男性が子育てに関わるという視点は、日本企業ではほとんどこれからの課題です。他の企業でも、男性と女性の双方が家庭でも仕事でも力を発揮できるようになれば、日本のダイバーシティ&インクルージョンは大きく前進するように思います。では最後に、女性活躍に関して“覚悟の一言”をお願いします。
【ベセラ】冒頭に言ったように、私たちは女性活躍という面でもまだまだ満足はしていません。引き続き、経営戦略の一環としてダイバーシティ&インクルージョンを推進し、自社の目標達成だけでなく、他社や社会にも影響を与えられるよう取り組んでいきます。
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P&Gジャパン代表取締役社長
1969年、チェコ共和国生まれ。91年P&G入社。チェコ共和国をはじめ米国、ハンガリー、シンガポール、南アフリカ共和国などでセールス・マネジャーや営業本部長、ジェネラルマネジャーなどを歴任。2011年にヴァイスプレジデント就任、2015年より現職。
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相模女子大学、昭和女子大学客員教授
慶應義塾大学卒。 働き方改革、ダイバーシティ、女性活躍、ジェンダーなどがテーマ。『御社の働き方改革、ここが間違ってます!』など著書多数。「働き方改革実現会議」有識者議員など政府の委員を多数務める。
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(P&Gジャパン代表取締役社長 Stanislav Vecera、相模女子大学、昭和女子大学客員教授 白河 桃子 構成=辻村洋子)
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