ロシア人が「独裁者プーチン愛」にひた走るワケ
プレジデントオンライン / 2019年11月7日 18時15分
■反体制派に対する締め付けを強化するプーチン政権
プーチン政権が反体制派に対する締め付けを厳しくしている。ロシアの捜査当局は10月15日、弁護士出身で有力な政治活動家でもあるアレクセイ・ナワリヌイ氏の支持団体に対して、資金洗浄の疑いがあるとして強制捜査に乗り出したと明らかにした。当然、ナワリヌイ氏は事実無根として政権の対応を批判した。
ナワリヌイ氏はこの夏、プーチン政権に抗議する集会やデモを呼びかけ、8月の集会には5万人以上が参加した。長期化する景気の低迷や強まる社会の閉塞感を受けて、プーチン政権に対するロシアの有権者の不満は日に日に溜まっている。政権側は警戒感を強めており、それが反体制派に対する引き締めの強化につながっている。
これまでプーチン政権を支えてきた農村部の保守派の支持離れも懸念されている。マンネリズムの広がりに加えて、景気低迷下でも都市部と農村部の所得格差が着実に拡大しているためだ。これまで反体制派は都市部の中間所得者層を中心としていたが、その動きが農村部まで広がる可能性があることを政権は警戒しているわけである。
プーチン大統領は、2000年の大統領就任以降、途中で首相に転じた時期もあるが、一貫してロシアの最高権力者の座に君臨している。その政権運営は権威主義的に行われており、プーチン大統領に協力的な政治家や企業家は富を得ることができる。一方で批判的な立場を取れば容赦なく排除されてしまうシステムがロシアでは形成されている。
■非民主的でも優秀なリーダー、プーチン大統領
プーチン大統領による権威主義的な政権運営は確かに非民主的である。もっともそうした強いリーダーでないと、ロシアという複雑な国はまとまらないという事実もある。その広大な国土にはさまざまな民族が存在し、多くの国境紛争も抱えている。そういう非常に特異な国を治めることができるリーダーが民主的なプロセスで選ばれるとは限らない。
筆者は10月初旬、ロシアの首都モスクワを訪問し、複数の有識者とロシア経済に関する意見を交換した。主な関心は、ロシア景気の将来的な腰折れリスクになりかねない家計の債務問題に関する現地での評価を聞くことだった。しかしそうした中で図らずも浮かび上がった事実が、プーチン大統領に関する相反する2つの評価であった。
1つが、プーチン大統領は近年のロシアでは最もまともな指導者であるという評価だ。確かに旧ソ連崩壊(1991年12月)のトリガーを引いたゴルバチョフ元大統領、その後を継いだエリツィン元大統領の両リーダーは、ロシアの経済の再建に立て続けに失敗し、社会を長い混乱に陥らせてしまったきらいが否めない。
そうしたロシアの経済的・社会的混乱をはじめて鎮めたのがプーチン大統領であることは誰もが認めるところだ。プーチン大統領は権威主義的な政権運営に努める一方で、原油価格の上昇を追い風に好景気を演出し、ロシアの生活水準を一気に引き上げることに成功した。これは紛れもなくプーチン大統領の実績である。
■景気低迷の長期化で有権者の支持離れが加速
首都モスクワを歩けば、その都市インフラは西欧の先進国と遜色ないレベルであることがわかる。街並みはロンドンやパリよりもむしろ整然としており、快適かもしれない。旧ソ連末期から長らく続いた社会的な混乱からかけ離れた良好な都市環境が広がっている。モスクワ以外の主要都市でもインフラの改善は進んでいるようだ。
ただ権威主義的な政権運営が長期化するにつれて、プーチン大統領に権力が集中し過ぎてしまうという弊害が深刻化した。景気が好調なうちはそれでもよかったが、2010年代半ばに景気が原油価格の急落や欧米からの経済制裁で悪化すると、プーチン大統領に対する有権者の不満が抑えられなくなってきたのである。
こうした中でもう1つの評価、つまりプーチン退陣論が盛り上がりを見せるようになった。もともと都市部の中間所得者層を中心にプーチン人気には陰りが見られたが、先に述べたように景気低迷の長期化で従来の支持者層である地方の保守層の支持離れも進んでいるため、プーチン政権は焦燥感を露わにしているのである。
低迷が続く景気を打破したいプーチン大統領は2018年5月、19年から24年までの5年間を対象とする13分野にわたる「国家プロジェクト」を発表したが、その際も支持者層が多い地方都市の開発を進める内容を多く盛り込んでいる。もっとも計画の進捗は資金不足もあって遅れており、農村部の生活の質の向上にはつながっていない。
■スムーズな権力の移行が望み難いロシアの苦境
2018年5月に再選したプーチン大統領の任期は6年、次期大統領選まで時間はある。憲法の多選規定が不変である限り、プーチン大統領は今回の任期が最後となる。与党党首への就任や下院議長への転出なども取りざたされているが、プーチン政権に協力的な政治家や企業家にとっては、現在の体制ができるだけ保たれることが望ましい。
また反プーチンの機運が高まっているとはいえ、対抗馬になり得る野党議員や活動家は今のところ見当たらない。消去法的に考えていくと、プーチン大統領が事実上の院政を敷く形で、側近の政治家の中から次の指導者が誕生することになりそうだ。つまりプーチン大統領にとって残りの任期は、後継のバトンを手渡せる政治家を見定める時間となる。
しかしその目に適う有能な人材がいなければ、プーチン大統領は憲法改正して再選を狙うかもしれない。続投となれば当面の政治的な安定が確保できても、権力の移行という課題は先送りされる。そのことがかえってロシア社会の不安定につながる可能性も否定できないため、プーチン大統領の続投は最終手段といえる。
それに権力の移行をスムーズに行うためには、所得の増加といった経済的な成果を有権者に還元し、反プーチンの機運を鎮めなければならない。とはいえ、財政再建が急務なロシアの事情を考えると、バラマキ政策の実施も難しい。このようにスムーズな権力の移行が望み難い点に、現在のロシアの苦境がうかがえる。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員 土田 陽介)
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