トランプは米国分断の「原因」ではなく「結果」だ
プレジデントオンライン / 2019年11月15日 9時15分
※本稿は、田中均『見えない戦争 インビジブルウォー』(中公新書ラクレ)の一部を、再編集したものです。
■二国間交渉では課題は解決しない
現在アメリカは社会保障制度やインフラ再建を含め大きな問題をいくつも抱えている。2018年の中間選挙で下院の多数を民主党に奪われ、内政面ではトランプ流の政策が動きにくい。ロシアゲートについてはモラー特別検察官(元FBI長官)による捜査は終了したが、大統領を訴追する証拠がないだけで無罪と断定しているわけではない。
トランプ大統領は国内面では受け身とならざるを得ず、再選を勝ちとるためには外交面での成果が必要だと考えても不思議ではない。現在のアメリカの対外政策は、オバマ大統領の成果の否定と「アメリカ・ファースト」の名の下での短期的成果を求める姿勢が明確となってきた。
まず、グローバルな課題について、トランプは多国間協議を否定し、それぞれ二国間での交渉を主張している。それでは物事は解決に進まない。たとえば環境改善に向けたCO2排出規制に対し、アメリカがいくら多国間協議に抵抗したとしても、現実の危機は迫ってくる。そうなるとやはり多国間でという方向にどこかで必ず戻るはずだ。
■高まり続ける米国とイランの緊張
北朝鮮非核化問題については、オバマ大統領ができなかったことをするという意味でトランプ大統領の独自色が強い。
これまでアメリカを苦しめてきた中東問題については、アメリカ・ファーストに従ったトランプ流の対外政策の基本が如実に見える。まずアメリカ自身が中東で戦争をおこなうつもりはなく、同盟国の軍事力を強化し、アメリカが中東最大の脅威と考えるイランのイスラム体制に抗する体制を整えようとする。サウジアラビアに対する膨大な武器の売却やイスラエルへの軍事支援を強化している。
さらにイスラエルには、中東和平プロセスを成功させるため長く凍結されてきたエルサレムへの大使館の移転を実行し、占領地ゴラン高原をイスラエル領として承認するなどきわめてイスラエル寄りの政策を進めている。
さらに、オバマ大統領の下で国連常任理事国5カ国(米英仏ロ中)プラス独でイランと合意した2015年の核合意をアメリカは一方的に廃棄し、「最大限の圧力」政策として制裁を復活した。アメリカの制裁再導入により、本来核合意を維持し制裁を解除していた諸国の企業もアメリカ国内での取引ができなくなることを恐れ、イランとの取引を控えることとなり、中国やロシア以外にイランとの取引(特に石油)をおこなう国は少なくなった。
この結果イラン経済は大きな打撃を受けた。米イラン双方の無人偵察ドローンの撃墜やタンカーへの攻撃・拿捕などホルムズ海峡の安全が脅かされ、米イランの緊張は高まっている。
■独りよがりな政策のツケが回ってくる
また今年9月にはサウジアラビアの石油施設がドローンにより攻撃を受け、アメリカはイランの行動であるとして制裁のさらなる強化に向かっている。
中東にトランプのアメリカ・ファースト政策の限界を見、アメリカのさらなる威信の失墜を見る。アメリカはペルシャ湾、ホルムズ海峡地域の航行の安全を監視するための有志連合構想を提起したが、これは一層の緊張を喚起することになるだろうし、まかり間違えばイランとの軍事衝突につながっていく懸念もある。
確かに自国のタンカーは自国が守れ、というトランプのツイートは正しい問題指摘かもしれない。しかしホルムズ海峡をめぐる緊張はアメリカがイランとの核合意から一方的に撤退したところから始まっており、果たしてアメリカの呼びかけに応えて有志連合に加わる国がどれほどあるのだろうか。独りよがりな政策のつけは、アメリカの指導者としての一層の威信低下につながりそうだ。
そして、米中関係の悪化、米中貿易戦争の長期化は、これまでアメリカを中心に構築されてきたリベラルな国際秩序の崩壊につながる契機にもなる。
■シリコンバレーで見た「力の根源」
これからアメリカはどうなってしまうのか。このまま世界のリーダーの座を失うことになるのか。外交官時代、これまでも何度もアメリカは終わった、もう駄目だと思う時代があった。しかし、鉄鋼が下火になれば自動車産業が、自動車が衰退すればITや金融産業が成長し、いまはAI(人工知能)の時代だと言われている。こういった技術革新で危機を乗り越えてきたのがアメリカだ。
私は総領事としてサンフランシスコに駐在したとき、シリコンバレーに何度も足を運んだ。シリコンバレーは、アメリカの経済から一歩先を行く場所だ。シリコンバレーに行けば、アメリカの未来が見えてくる。街に勢いを感じたこともあるし、瀕死のように思えたときもあった。しかしシリコンバレーは、何度も画期的な技術革新によってダイナミックに回復してきた。トランプの政策が進めば、アメリカという国が持つこういった力の根源を失うことになりかねない。
■移民を排除すると、アメリカは「終わる」
アメリカが何度でも立ち上がることができるのは、彼らが常に競争のなかで生きてきたからだ。中国は膨大な人口のなかから優秀な人材を見つけ出す。だが、アメリカでは厳しい競争のなかから人材が頭角をあらわす。移民がどんどん押し寄せるアメリカでは、国民は常に競争にさらされ、そこを勝ち抜くための教育を受ける。そのためのシステムが出来上がっているのだ。
移民を排除すれば、アメリカ国民は競争を経ることなく職や収入を得られるようになるだろう。だが、同時にアメリカのアイデンティティー、力の根源を失うことになりかねない。そうなると本当に「アメリカは終わった」という時代が訪れるようになるのかもしれない。
私は、トランプのような政権が長続きするとはとても思えない。いずれ揺り戻しはくるだろう。今後、トランプが弾劾されたり、再選ができなかったりという可能性は大いにある。だが注意しなければならないのは、トランプに代わって出てくる新しい大統領が、いまの大きな流れを引き戻せるか、再びアメリカが“持ち出し”をしてでも世界の統治にあたるような世界に戻そうとするかどうか、という点である。
■「見えない戦争」はもう発生している
答えはノーだ。トランプは「原因」ではなく、アメリカの分断の「結果」に過ぎない。多少の揺り戻しはあるかもしれないが、おそらく次の大統領もトランプほど極端ではないにせよ、アメリカ・ファースト的な政策をおこなうことになるだろう。
このままアメリカがリーダーシップを失う状況が続けば、それぞれの国が自国の事情で動く、そんな世界がやってくるだろう。国際社会において協調して、人の移動を受け入れ、より平和な世界をつくっていこうというリベラルの理念は、崩壊していくことになるだろう。
歴史を見れば、国家間の根強い対立や社会・政情不安を背景に、各国が交渉や話し合いではなく、武力で主張を通してきたのがかつての大戦だった。今現在そういった危険性がすぐそこにあるとは言えないが、すでに“見えない戦争(インビジブルウォー)”はさまざまな場所で発生している。これがいつか目に見える戦争にならないことを願うばかりだ。
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日本総研国際戦略研究所理事長
京都市生まれ。日本国際交流センターシニア・フェロー。1969年京都大学法学部卒業。外務省に入省後、72年にオックスフォード大学修士課程(哲学・政治・経済)修了。北米局北米第二課長、アジア局北東アジア課長、在英大使館公使、総合外交政策局総務課長、北米局審議官、在サンフランシスコ総領事、経済局長、アジア大洋州局長を経て、2002年より外務審議官(政務担当)を務め、05年退官。東京大学公共政策大学院客員教授(2006-18年)。著書に『外交の力』(日本経済新聞出版社)、『プロフェッショナルの交渉力』(講談社)、『日本外交の挑戦』(角川新書)などがある。
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(日本総研国際戦略研究所理事長 田中 均)
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