ハメを外せない人は記憶力と集中力が低くなる
プレジデントオンライン / 2019年11月12日 11時15分
※本稿は、奥村歩『「朝ドラ」を観なくなった人は、なぜ認知症になりやすいのか?』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
■もの忘れ外来を受診する人の共通点
この世の中に「ボケやすい職業」があるのかどうかは意見が分かれるところでしょう。ただ、脳が疲弊しやすい職業はたしかに存在します。
脳が疲弊すると、記憶力や意欲、集中力、感情抑制力が落ち、「ひょっとしたら自分は認知症なのかも」と思ってしまうような症状が現れがちです。
脳が疲弊しやすい職業は、たとえば学校の先生です。私のクリニックにはとても大勢の先生方が受診にお見えになります。新任の先生、ベテランの先生、校長先生や副校長先生、小学校・中学校から大学まで、年齢、性別、キャリアにかかわらず、たいへん多くの教職員の方々がいらっしゃるのです。
ほとんどの方々は、脳疲労・脳過労、もしくはうつ病です。私は診察中によく話を伺っているのですが、近頃の先生は働きすぎです。どの先生方も疲労をどっさりため込み、ストレスもこれでもかというくらいため込んで、精神的・肉体的にギリギリのところまで追い詰められています。
毎日、授業のためにかなりの仕事量、勉強量をこなさなくてはならないのはもちろんのこと、いじめや暴力などの問題に神経を尖らせ、モンスター・ペアレントの相手もして、ちょっとでも生徒を叱るとパワハラだ、モラハラだと騒がれ……。
なかには、「あれやこれやと忙しすぎて、魂が休まる暇もない」とおっしゃる先生もいます。これだけストレスフルな日々を送っていれば、心身が悲鳴を上げるのも当然でしょう。
■お坊さんや地元の名士も脳が疲れやすい
それと、学校の先生以外では、お寺のお坊さん、官公庁の役人の方々、あと、地元ではちょっと名の知られた名士のような立場の方にも、脳疲労・脳過労やうつ病が多い傾向があります。
みなさん、これらの職業・肩書きの共通項はいったい何だと思いますか?
それは「社会の範となるべき職業」である点です。学校の先生も、お坊さんや役人も、地域社会の中では人々から尊敬される立場であり、日々モラルと規律をしっかり守り、人々の模範となって行動していかなくてはならない職業ですよね。
言わば、常に周りから聖人君子であることを求められるポジション。こうした立場だと、当の本人も「先生たるもの○○でなければならない」「公務員たるもの○○でなければならない」といった考えに縛られがちになります。
すなわち、自分の思考や行動を「身動きのしにくい窮屈な状態」に縛りつけてしまうようになる。これにより、いっそうストレスをため込みやすくなってしまうわけです。
■ハメをはずしにくいので、よりストレスがたまる
しかも、こうした立場の方々にたいへん不利なのは、ハメをはずすことがしにくい点です。
普通のサラリーマンなら、ストレスがたまればパーッと飲んだりカラオケで歌いまくったりして発散しようとするのでしょうが、学校の先生やお坊さんなどの「尊敬される職業」の人は、周りの人の目を気にしてしまってなかなかハメをはずすことができません。とくに地方の場合、「○○先生、繁華街のスナックで酔っぱらってたよ」なんていう噂(うわさ)がすぐに広まりかねないのです。
そのため、あれこれのストレスを発散することもできず、問題を自分ひとりで抱え込んだまま心身を疲弊させて、どんどん追い詰められていってしまうわけですね。
だから、学校の先生、お坊さん、お役人などの「ハメをはずせない職業」「社会の範でなければならない職業」の人は、ストレスで脳を疲弊させてしまわないようにご用心ください。もちろん、これらの職業ではなくても、自分を縛りがちでなおかつストレス発散がヘタな人は、十分注意する必要があるでしょう。
■グチには自己カウンセリング効果がある
なお、こうした方々におすすめのストレスマネジメントのコツをひとつご紹介しておきましょう。
私のおすすめは「グチをこぼすこと」。学校の先生やお坊さんも、グチをこぼしたくらいでは叱られません。いや、むしろ積極的にグチを言ったほうがいいのです。
そもそも、他人にグチをこぼす行為にはストレス解消効果があります。みなさんも経験があると思いますが、「いかに嫌な思いをしたか」とか「どんなに理不尽な目に遭ったか」といったことを親しい友人や家族などにグチっていると、頭の中に巣食っていたもやもやが吐き出されてすっきりした気持ちになります。
グチる前は塞ぎ込んでいたのに、話しているうちにもうどうでもいいような気分になってくることも少なくありません。
それに、グチっていると、自分が受けたストレスの状況を筋道立ててまとめながら話すことになるため、頭の中が整理整頓されてきます。話しているうちに「ああ、こう考えればよかったのか」「そうか、こういう見方もできるな」といった気づきが得られることも多く、グチったことによって問題をうまく解決する糸口が見えてくることもあるのです。
言わば、一種の自己カウンセリング効果が期待できるわけですね。
ですから、ハメをはずしたり発散したりするのが苦手な人ほど「グチのストレス解消効果」を活用してたまったうっ憤を晴らしていくべきです。ただ、同じ職場の仲間にグチってしまうと、日頃の人間関係でなにかと角が立つことが多いので、なるべくなら仕事とは無関係の人を選んでグチるといいでしょう。
■相互扶助の「グチ会」でストレスをコントロールする
もちろん、家族にグチるのでも構いませんが、できれば家族と職場関係以外で、3人くらいは「グチのこぼし先」を確保しておきたいところ。それも、こちらがグチをこぼしてばかりではなく、相手のグチもちゃんと聞いてあげて、定期的に相互扶助の「グチ会」を開くような関係を築いていくのが理想です。
私は、グチをこぼすことは「逃げ場をつくる」ようなものだと考えています。
結局、学校の先生もお坊さんも役人も、自分の逃げ場がないからどんどん追い詰められてしまうのです。不満や不安などの感情のはけ口もなく、SОSすら出せないような逃げ場のない環境は、精神衛生上たいへん不健康です。
そんな息苦しい環境の中で自分を抑えつけ、来る日も来る日も激務に追いまくられていたら、先生やお坊さんならずとも、どんなに偉い人でも脳疲労やうつになって心身を病んでしまうことでしょう。
だから、とにかく自分から意識して逃げ場をつくっていくことが大切。グチのこぼし先という「脱出口」をしっかりキープしておいて、もやもやがたまってきたら、いつでもそこに緊急避難できるようにしておくといいのです。きっと、その避難所があるというだけで、心と体の風通しがだいぶ違ってくるのではないでしょうか。
■認知症患者の過去の職業は公務員が多い
「お役所の公務員はボケやすい」——世間ではよくそう言われているようです。
たしかに、長年もの忘れ外来を続けてきて、認知症と診断された方々に過去に就いていた職業を訊くと、「公務員」という答えが返ってくるケースが少なくありません。あくまで私の経験による見立てですが、やはり公務員は「ボケやすい職業」のひとつと言っていいでしょう。
では、いったいなぜ、役所の公務員はボケやすいのか。
これについて、昔から言われているのが「仕事がマンネリで、脳に対する刺激が少ないから」という理由です。
つまり、役所の公務員は、毎日決められた仕事ばかりをいつも通りにやっていることが多い。日々の仕事の進め方で大事なのは、「前例があるかないか」「マニュアルに沿っているかどうか」であり、もしそれに当てはまらなければ、他のセクションに丸投げする。
個人で判断をしたり自分の意見を述べたりする機会はほとんどなく、むしろ、組織の論理を優先して9時から5時まで淡々と仕事をこなす姿勢が奨励される――そんなふうにマンネリ作業ばかりで刺激が乏しい日々を送っているから、認知症になりやすくなってしまうんだ、というわけですね。
もちろん、全員が全員こんなマンネリ公務員というわけではないでしょう。ただ、たしかに脳への刺激が乏しいのはよくありません。なぜなら、刺激が乏しいと脳回路が成長しなくなり、脳の働きが全体的に停滞してしまうからです。
■脳の“道路網”は刺激を受けることで太くなる
これについて少し説明しておきましょう。
みなさんご存じのように、脳の神経細胞はシナプスを通じてつながり合い、複雑な網目状のネットワーク、すなわち脳回路を形成しています。そして、何か新しいことを覚えたり経験したりすると、その刺激によってシナプスが伸びていき、神経と神経がつながって新たな脳回路ができていく。これが「刺激によって脳回路が成長する」ということです。
この脳回路ネットワークは「道路網」に似ています。
脳回路の道路は、刺激を受けることで太くなります。最初は細くて狭い道だったとしても、刺激が増えるにつれ、舗装され、拡幅されて、交通量の多い大通りとなっていく。だから、日々多くの学習や経験を重ねて脳に刺激を送っていれば、脳内では日夜さかんに道路工事が行なわれて道がつくられ、たいへんつながりのいい道路網ができあがっていくのです。
よく発達した道路網では、何かの問題を解決しようというときにも近道をしたりバイパスを使ったりしてスムーズに答えにたどり着きやすくなるでしょう。つまり刺激が多いほど、問題解決力が高くて使い勝手のいい脳回路ネットワークができあがっていくことになるわけです。
■脳回路のつながりが悪いと問題解決ができなくなる
しかし、毎日マニュアル通りに決められたことばかりやっていたらどうなるでしょうか。当然、刺激が少なくては脳内の道路工事も行なわれません。新しい道もできず、いつもと同じ道をいつも通りに通ってばかりで、道路網は不便なままずっと変わらないことになります。
そういう道路網では、問題を解決しようというときに、道がなくて答えにたどり着けなかったり、道があっても答えに行き着くまでにとんでもない遠回りをしなくてはならなかったりします。そして、このように脳回路ネットワークのつながりが悪いと、融通や応用がきかず、回路を効率よく使えないまま、脳活動が停滞しがちになってしまうのです。
要するに、役所の公務員の場合、この停滞パターンに該当しているのではないかというわけですね。もちろん人によりけりだとは思いますが、よく役人が「いつも型通りの対応ばかりで融通がきかない」とか「自分の担当のことしかやってくれず、あとは全部タライ回しにする」とか言われてしまうのも、このあたりに原因があるのかもしれません。
■「若いうちの苦労は買ってでもしろ」は脳科学的にも正しい
別に役所の公務員でなくても、“最近、自分もマンネリ気味で刺激の少ない毎日を送っちゃってるなあ”という方は多いのではないでしょうか。そういう方は、将来ボケないためにも、「脱マンネリ」をはかっていかなくてはダメ。日々心がけて脳がよろこぶ刺激を入れ、どんどん新たな道をつくって道路網のつながりをよくしていかなくてはならないのです。
それと、あまりに歳をとってしまうと、新しい道をつくるのはけっこうしんどくなってくるので、なるべく若いうちにさまざまなことにチャレンジして刺激をインプットしていくことをおすすめします。アクセスのいい脳の道路網ネットワークをつくっていくには、若いうちからせっせと道路工事をしてたくさんの道路をつくっておくほうがいいのです。「若いうちの苦労は買ってでもしろ」と言いますが、これは脳科学的にも正しいことなんですね。(続く)
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医学博士
1961年生まれ。おくむらメモリークリニック院長。岐阜大学医学部卒業、同大学大学院博士課程修了。2008年に「おくむらクリニック」を開院し、設置した「もの忘れ外来」ではこれまでに10万人以上の脳を診断した。著書に『脳の老化を99%遅らせる方法』(幻冬舎)、『あなたの脳は一生あきらめない!』(永岡書店)など。
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(医学博士 奥村 歩)
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