全国最年少の30代知事がつくる「新しい北海道」
プレジデントオンライン / 2019年11月26日 9時15分
■なぜ東京都職員が夕張市長に?
【田原】北海道知事選、圧勝でしたね。どうして圧勝できたんだろう?
【鈴木】ありがとうございます。理由はよくわからないんです。私は道産子ではなく、26歳のときに単身で夕張に来ました。それから12年しか経っていないのですが、見てくれていた人がいたのかもしれません。今回の選挙戦では、北海道179市町村のうち165市町村を回り、約5万人の方と会いました。その中で、「夕張のころから応援しているよ」と声をかけてくださる方はけっこういました。
【田原】鈴木さんは夕張市長を2期8年務めた。3期目をやる選択肢もあったと思うけど、どうして知事になろうとしたのですか?
■借金ゼロになる見通しが立ちました
【鈴木】じつは支援者たちは「3期目に出れば」と言ってくれていたんです。ご存じのとおり、夕張は借金で大変でしたが、私の2期8年で再生計画を抜本的に見直して、2026年に借金ゼロになる見通しが立ちました。それに合わせて、減らしていた市長の給料と退職金も3期目からは元に戻す予定でした。だから支援者も「2期も年収250万円でやってきたのだから、3期目に出て、ちゃんともらえば」と。
【田原】じゃ支援者たちを振り切って知事選に?
【鈴木】逆なんです。知事選が近づいてくると、「自民党公認候補として鈴木があがっている」とマスコミで報道されるようになりました。それに対して、別の候補を推す人の筋の話として、「鈴木はたかだか夕張市長。小さな町の破綻を再生しただけ」という記事も多くあがるようになりました。私としてはまだ何も考えていなかったのですが、そうした論調が増えてきて、支援者たちが怒っちゃったんです。「鈴木はそんなタマじゃない。堂々と戦え」と。
【田原】支援者たちが態度を変えて、むしろ知事になれと。
【鈴木】そうですね。北海道は税収6000億円に対して、借金が5兆8000億円あります。この状況は、税収8億円に対して353億円の借金があった夕張と重なります。夕張は何とか再生への道筋がつきましたが、北海道が潰れたら、またダメになりかねない。支援者にそう指摘されて、たしかにそうだなと。私も日本唯一の再生団体の首長を務める中で経験したことを活かせると考え、挑戦を決めました。
【田原】北海道の前に、夕張の話を聞きましょう。鈴木さんはもともと東京都庁の職員だった。なぜ夕張とかかわりを持つようになったのですか。
【鈴木】財政破綻で夕張が抱えた問題の1つは、多くの職員が辞めたことでした。給与40%カットになり、260人いた職員が約100人になったのです。一方、都の職員は16万人。そこで当時の猪瀬直樹副知事が「生きのいいやつを応援で派遣しろ」と構想をぶちあげて、私は「行かせてください」と手を挙げた。そこからの縁です。
【田原】なぜ鈴木さんが選ばれたの?
【鈴木】私は都庁に勤めながら大学に通って、部活動でボクシングもやっていました。当時の石原慎太郎都知事はボクシングが好きで、猪瀬さんも若くて生きのいいやつを求めていたのだと思います。
【田原】鈴木さんは夕張でどんな仕事をしたのですか?
【鈴木】医療費や保険証の窓口の業務を市役所の1階でやってました。
【田原】働いてみて、明るい展望は描けた?
■年間に26億円ずつ返済する計画
【鈴木】難しかったですね。当時、夕張は年間収入8億円で、年間に26億円ずつ返済する計画でした。数字を見たら、どう考えてもミッションインポッシブル。毎年乾いた雑巾を絞るようにして返済しているのに、これを繰り返すと、さらに地域が厳しくなって結果として返済できなくなります。お金を返すことと地域を再生することが両立できるような計画に見直すべきだと考えていました。
【田原】鈴木さんはいったん任務を終えて東京に戻りました。ところが11年に夕張市長に立候補した。東京都の職員から市長になれば、どれくらい年収が下がる?
【鈴木】年収は200万円くらいです。それ以上に大きいのは退職金。公務員は退職金が出ますが、夕張市長になると何年やっても退職金ゼロでした。
【田原】鈴木さんは婚約されていたそうですね。婚約者はよくOKしたね。
【鈴木】当時は入籍直前で、ちょうど家を買って住み始めたタイミングでした。いまならまだバツがつかないけど、ついてきてほしいと言ったら、「私はアラサー。ほかに交際している人がいれば比べて選ぶかもしれないけど、交際している人はあなたしかいないから、ついていく」と。
【田原】彼女の決断はすごいですね。
【鈴木】はい。私以上にすごい。
【田原】もちろん鈴木さんの決断もすごい。選挙で勝つために必要な地盤、看板、鞄を何も持ってない。よく挑戦する気になりましたね。
【鈴木】そういう政治的なことが何もわからなかったから決断ができたのかもしれません。当時、背中を押してくれたのはチャーチルの「お金を失うことは小さく失うことだが、名誉を失うことは大きく失うことだ。しかし、勇気を失うことはすべてを失うことだ」という言葉。ここで勇気を持たないと、一生後悔すると思いました。
【田原】石原慎太郎に「とんでもない勘違い野郎だ」と言われたそうですね。
【鈴木】悪意の言葉じゃないんですよ。その後、石原さんは「そういう男を、俺は殺しはしない」と続けました。当時、自民党の幹事長は息子さんの伸晃さん。私は自民党と戦うことになりましたが、石原さんは夕張に来て応援演説までやってくれたんです。「俺は自分の都知事選で期間中2回しか演説していないのに、なんでおまえの選挙で3回も演説しなきゃいけないのか」と言っていましたが、選挙カーの上で裕次郎さんの歌まで歌ってくれるサービスぶりでした。
【田原】石原慎太郎は面白い男でね。
【鈴木】稀有な方ですよね。あれだけ尖った発言をしても辞任にならなかったというすごい人です。
【田原】実際に選挙を戦ってみてどうでしたか?
■誰も私のことは知らない
【鈴木】最初はみなさんのお宅を訪問しても、「そういう商品は要りません」と言われました。派遣で夕張に2年2カ月いたとはいえ、誰も私のことは知らない。どこかの営業が来たと思われたみたいです(笑)。それでも地道に、自分がなぜ裸一つで夕張に帰ってきたのかを伝えていたら、少しずつ応援してくださる方が増えました。「商売上の都合で表立って言えないけど、応援してるから」という方が多かったですね。
【田原】その結果、当選して全国最年少市長が誕生する。勝因は何ですか。
【鈴木】私なりに振り返ると、思い当たることがあります。まず、主な候補者の中で夕張で暮らしたことがあるのは私だけだったこと。もう1つは、「夕張を何年で再生するか」という質問に対する答えです。公開討論会で議論になったのですが、ほかの候補者は「5年」とか「1、2年」と回答。一方、私は「夕張の問題は簡単じゃないから、この場で何年とは言えません。根拠なく短い期間をいうのは無責任だ」と答えました。それまで夕張の人たちは、その場しのぎでいいことを言う政治に振り回されてきたので、正直にお話ししたことが共感を得たのかもしれません。
【田原】ただ、市長になれば再生に取り組まないといけない。鈴木さんは具体的に何をやったのですか?
【鈴木】夕張はピークの12万人から7000人台まで人口が減りました。ところが、町の構造が人口10万人のときと同じだった。たとえば浄水場やし尿処理場も昔のままです。単身世帯なのに大家族用の家具を使っているようなもの。これを変えるため、人口規模に合わせて都市機能を集約化するコンパクトシティー化を進めました。施設を統合して集約すれば、お金が安くなるだけでなく、生活の環境も改善していく。そういう投資をしながら借金を返していく計画をつくりました。
【田原】それは画期的だ。いまでも地方自治体は、成長発展の夢を捨てられず、人口は減るに決まってるのに増やすことを考えてる、だから何もできない。
【鈴木】みんなそれはわかっているのですが、増えると言ったほうが選挙で有利。だから人口減少を前提とした政策はタブーになっていました。
【田原】具体的にはどんな政策を?
■借金がゼロになる計画
【鈴木】日本一高かった税率を下げました。税率を高くして得られる税収よりマイナスイメージのほうが大きかったので、税収効果のないものに関しては下げてもいいだろうと。それからコンパクトシティー化のために100億円の事業をやりました。この投資をすれば、その先の費用が抑えられます。さらに国とかけ合って年5億円あった利子の支払いをなくして、元金のみの返済に。当時マイナス金利になっていたので、特別交付税措置と合わせて実質的な負担をゼロにしてもらいました。こういった取り組みをして、26年に借金がゼロになる計画の道筋を立てることができました。
【田原】借金は目途がついた。でも、それはマイナスをゼロにするだけ。夕張自身のエネルギーはどうやってつくっていったのですか。
【鈴木】夕張は夕張メロンで有名です。残念ながら生産が若干減っているので、海外に輸出したり、加工用の品種改良に挑戦しています。贈答用は丸くないと売れないので、規格外のものが加工用に回るのですが、規格外ゆえに加工用は供給が安定しません。そこで最初から加工用に最適な大きくて日持ちがする品種をつくって、安定供給しようとしています。ほかにもツムラを誘致して、いま中国から輸入している生薬を夕張で生産して逆に輸出しようとしています。日本の野菜は中国で人気なので、日本の生薬もそうなる可能性があると考えています。
【田原】夕張では結果を出した。北海道はどうでしょうか。僕は北海道振興のシンポジウムに何度も出ていますが、問題の1つとして、観光客が1、2泊しかしないことだという指摘があった。長期滞在してもらうには、どうすればいい?
【鈴木】北海道のポテンシャルを活かすための政策を、30年までのロードマップとして整理しました。まず20年から北海道の7空港が一括で民間委託されます。いま7空港は国、道、基礎自治体と所有者が違って、それぞれ管理もばらばらです。これらの管理を一括して民間に任せたら、エアラインの誘致や観光プロモーションを効率的に行えるようになります。あと、20年4月には国立アイヌ民族博物館がオープンします。
それに合わせて、21年に予定されているアドベンチャートラベルの世界サミットの誘致を行います。アドベンチャートラベルは体験型観光のことで、アクティビティ、異文化交流、自然の3つがテーマ。アイヌ文化のある北海道は、そのサミットを行うのにぴったりです。開催できればアジア圏初です。
【田原】それから?
■冬季オリンピックをやりたい
【鈴木】23年に北広島市に、北海道日本ハムのボールパークができます。そして30年には札幌でもう一回、冬季オリンピックをやりたいなと。この10年で、北海道の食と観光を新たな段階に押し上げます。
【田原】いまインバウンドで北海道に来るのは何人くらいですか。
【鈴木】312万人です。これをまずは20年度末に500万人にしたいですね。いまはアジアに集中していますが、それに加えて欧米市場も開拓していきたい。アドベンチャートラベルは欧米で49兆円の市場があるといわれているので、期待しています。
【田原】観光はわかりました。北海道のビジネスのポテンシャルはどう?
【鈴木】働くこととバケーションを掛けた「ワーケーション」という概念が最近話題になっていますが、北海道はワーケーションに最適です。たとえば五輪期間中は東京がものすごく混みますから、その期間だけでも北海道に長期滞在して、涼しいところで美味しいものを楽しみながら、テレワークで仕事もやってもらう。そうした潜在需要はものすごく高いはず。これから新幹線は札幌まで延びるし、飛行機なら東京から1時間半です。移動の価格の問題さえ解消できれば、ポテンシャルを発揮できると思っています。
鈴木さんへのメッセージ:少子高齢化対策の成功例を北海道発でつくれ!
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ジャーナリスト
1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所へ入社。テレビ東京を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。著書に『起業家のように考える。』ほか。
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北海道知事
1981年、埼玉県生まれ。高校卒業後、東京都庁に入庁。2000年法政大学第二部法学部に入学。大学時代は体育会ボクシング部主将を務めた。11年夕張市長選に出馬し初当選。19年4月北海道知事選で当選し、全国最年少知事に。
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(ジャーナリスト 田原 総一朗、北海道知事 鈴木 直道 構成=村上 敬 撮影=本田 匡)
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