横浜の運動会が「シウマイ弁当一色」になる理由
プレジデントオンライン / 2019年11月15日 9時15分
■全国マーケットを捨てて守った「価値」
崎陽軒はシウマイとシウマイ弁当で知られる横浜の食品企業だ。年間の売り上げは245億円(2018年度)、従業員は1962名(2018年3月末)。
ただ、こうした数字よりも、崎陽軒の実力はみんなに愛されている味にある。崎陽軒という文字を見ると、食べたことのある人は豚ひき肉とホタテの入った、冷めてもおいしいシウマイの味をつい思い出してしまうだろう。
そんな崎陽軒の経営理念は次の3つである。
1. 崎陽軒はナショナルブランドをめざしません。真に優れた「ローカルブランド」をめざします。
2. 崎陽軒が作るものはシウマイや料理だけではありません。常に挑戦し「名物名所」を創りつづけます。
3. 崎陽軒は皆さまのお腹だけを満たしません。食をとおして「心」も満たすことをめざします。
同社は一時期、各地のスーパーでシウマイを売っていたことがある。しかし、「真に優れたローカルブランドになる」ために全国マーケットから撤退した。10億円ほど売り上げていた全国マーケットを捨ててまでローカルブランドの価値を守ったのである。
■「アルゼンチンタンゴで行こう」と決めた
さて、同社に関して世に知られる情報の9割以上はシウマイやシウマイ弁当の味、もしくは工場見学が大人気であることについてであろう。
しかし、同社が成長している原動力とはローカルブランドを守ったこと、そして、あとで述べる、シウマイ弁当のキャンセルポリシーだとわたしは考える。
では、まず、なぜローカルブランドをめざしたのか。答えるのは同社3代目社長の野並直文だ。
「私が専務時代ですから、ずいぶんと昔です。社長だった親父から示唆されました。
『直文、崎陽軒の進む道として、シウマイを全国に売るナショナルブランドか、それとも横浜を中心とする地域にこだわって、結婚式場なども含んだ総合サービス業をめざすべきなのか。おまえはどっちだと思う?』」
野並は考え続けた。そして1985年、彼は当時、「一村一品運動」で知られた大分県知事の平松守彦に会う機会を得た。
「私は知事から一村一品運動の基本理念の話を聞きました。『真にローカルなものこそがインターナショナルになりうる』と。知事はいい例が、アルゼンチンタンゴだって言ったんです。タンゴはブエノスアイレス地区の民族舞踊でしかなかった。しかし、真にすぐれた音楽性を持っているから、いまでは世界中の人が楽しんでいる。
そのときに決心しました。よし、うちもそれで行こう。アルゼンチンタンゴで行こうと決めました」
■20年かけて、全国展開をやめた
ただ、決心を実行に移すには時間がかかった。全国の流通に流していれば10億円程の売り上げになる。また、生産現場だって売れているのに減産したくはない。加えて、バブルが崩壊し、日本経済が低成長になっていたから、みすみす売り上げを減らすような施策を断行することは難しかったのである。
そんな折、彼はある場所で自社の「シウマイ」と出会った。
「姫路に姫路城を見に行ったことがあって、近くのデパートにトイレを借りに行ったんですよ。そうしたら、トイレの入り口近くのワゴンに、うちのシウマイが山のように積まれていたんだ……。トイレの前じゃ、シウマイがかわいそうだなあと思ったんだよ。横浜のブランドだ、大切な商品だと思って一生懸命、作っていたのに、ねえ。結局、全国的に商品をばらまくと、どうしても、目が行き届かなくなる。
よし、今度こそ決めた。目先の数字よりもブランドだ。シウマイを大切にしようと決めた。ただ、取引先がいますからね。や〜めたっていうわけにいかない。そこで、話し合いを重ねて、3年計画で撤退することにしました。全国展開をやめたのは2010年頃でしたね。私が社長になったのが91年でしたから、やめるまでに20年はかかったわけです」
■シウマイは「横浜の人のソウルフード」
野並はまったくの成算もなく撤退したわけではない。
当時、シウマイの売り上げだけでなく、シウマイ弁当のそれが伸びてきたこともあった。かつては売り上げの大半がシウマイだったのが今は5:5。弁当類が着実に伸びてきたので、全国のマーケットから撤退しても売り上げの減少は一時的なものと考えることができたのだった。
1996年に崎陽軒本店ビルをオープンし、結婚式、イベントなどの売り上げも計算に入れられるようになった。
こうしてシウマイ以外の売り上げが計算できたので、計画的に全国販売をやめたのである。
野並は語る。
「埼玉出身の社員が入社してきて、びっくりしたと言ったことがあります。
『社長、横浜の人は運動会があるとシウマイ弁当を頼んで食べるんですね』って。彼女は『埼玉では特定の弁当ばかり食べることはありえない』って。
確かに、シウマイとシウマイ弁当は横浜の人のソウルフードになっているんです。データを見るとわかりますよ。総務省統計局が家計調査をやっていますが、しゅうまいの消費量は毎年、横浜がダントツの1位。餃子は浜松と宇都宮が争っているけれど、しゅうまいは横浜。全国平均が1世帯で1000円強なのに横浜は2000円強(2018年調査、2人以上の世帯)。
また、餃子としゅうまいの消費量を比べてみると、全国どこでも餃子が多い。ただ、唯一の例外が横浜。横浜だけはしゅうまいが餃子を圧倒している。それだけ地元の人たちが好きなのがしゅうまいなんです。さらに言えば、この統計のしゅうまい、うちのシウマイ弁当に入っているシウマイはカウントされていない。弁当というジャンルに入っている。ですから、数字以上に地元の人たちはしゅうまいを食べているんです」
■運動会用の注文が取れる「トーク」の中身
同社の新入社員が驚いたのも当然だ。神奈川県で運動会などのイベントがあると、横浜だけでなく、川崎でも同社のシウマイ弁当が並ぶ。
食べ慣れていて、しかも、おいしいから、みんなシウマイ弁当を選ぶ。しかし、意外と知られていないけれど、同社はシウマイ弁当に関して特別のキャンセルポリシーを持っている。
「運動会のように天候に左右される催しの場合、事前に中止の可能性を伝えてもらっていれば、昔から、うちは当日のキャンセルOKなんです。朝、雨が降ったから運動会は中止。そのとき、幹事さんが当社に連絡してくれれば、キャンセル料を払わなくてもキャンセルできます。
当社では、シウマイ弁当を昭和29(1954)年に売り出してから、ずっとそうです。シウマイ弁当は売れる母数が大きいので、キャンセルされたシウマイ弁当をほかの店舗に回せば売れるんですよ。ただ、ほかの弁当はダメですよ。シウマイ弁当だけです」
同社の営業マンは「雨が降っても、当日キャンセルできます」とトークをして、運動会用の弁当の注文を取ってくるという。
そして、これはわたしが地元の友人から聞いた話だが、「雨が降って、運動会が中止になっても、シウマイ弁当を食べる気持ちになっているからキャンセルしない」とのこと。シウマイ弁当が同地区の運動会需要で独走しているのは、ほかの弁当メーカーが真似のできない「当日キャンセルOK」という施策を取っていることがある。
■ウェディングケーキの代わりに「シウマイカット」
さて、同社の経営理念の2番目は「シウマイだけに頼らない」という意味のものだ。
野並はなぜ、主力商品に頼ってはいけないかを話す。
「主力商品が成熟期となり、衰退期になる前に次の成長商品を開発するのは経営としては当たり前のこと。いまはシウマイやシウマイ弁当がよく売れている。けれども、果たして将来的にも売れ続けるのかどうかはわかりません。だから、その間に次の商品を開発し続けなくてはならない」
同社にも、「崎陽軒はシウマイ屋なんだから、シウマイの関連商品を売るのが一番だ」という社員はいる。
それでも、野並は手を緩めない。事業分野を5つに増やし、それぞれの分野に目を配っている。
「私が社長になったときの事業分野はシウマイ類・弁当類・レストランの3つだった。社長として事業の柱をあと2つ加えると決めました。
ひとつは本店事業。レストランとしてだけでなく、結婚式など宴会需要を掘り起こす。披露宴で『シウマイカット』と言って、ウェディングケーキの代わりにシウマイにナイフを入れるイベントをやっていて、結婚式以外の宴会での利用も増えています。
ふたつめの新事業は点心。春巻きや中華饅頭だけでなく月餅のような菓子も入ります。私は思うのですが、これまで日本人の口に合う中華菓子はなかった。だから、日本人に合う中華菓子を作ろう、と。たとえば月餅のあんこを和風のさっぱりしたものに変えたり、月餅の大きさをひと口大にしたり……。いろいろ工夫してやっているんですよ」
■サントリーのビール事業進出を思い出した
崎陽軒の野並の話を聞いていて、わたしはサントリーの2代目社長、佐治敬三の話を思い出した。彼はサントリーウイスキーが市場を寡占していたとき、ビールに進出した。
「ウイスキーの売れ行きにあぐらをかいてはいけない。社内の緊張感を高めるために、おいしいビールを造る」
サントリービールはなかなか売れなかった。プレミアムモルツが出て、ビール事業が黒字化したのは参入してからなんと45年目である。
今、崎陽軒は点心の開発に力を注いでいる。しかし、あきらめなければ、いつか日本人の口に合うものができる。そうすれば次の事業の柱になる。シウマイの売れ行きにあぐらをかいてはいけないというのが彼の本意だろう。
最後にわたしは訊ねた。
「社長、昔、シウマイ娘というPR女子が横浜駅でシウマイを売っていました。月餅娘というのをやればいいのでは?」
野並はにやりと笑った。
「月餅娘。いいね、それ。あなた、いいこと言うね」(敬称略)
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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