男性公務員の育休1カ月は日本の男を変えるか
プレジデントオンライン / 2019年11月20日 6時15分
■挑戦的な目標設定
先日、安倍首相が、男性の国家公務員による育児休業の取得を促進する制度の検討を大臣に指示したというニュースが流れました。1カ月以上の取得を原則とするとのこと、世間では賛否両論かまびすしいようです。
厚生労働省の『平成30年度雇用均等基本調査』によると、男性の育児休業取得者の割合は平成24年度の1.89%から年々上昇を続け、平成30年度には6.16%に達しています。ただし期間別の内訳を見ると、7割超が2週間未満であり、そのうち半数以上は5日未満しか取得していません。国家公務員に限って言えば、男性の取得率は12.4%と民間よりもはるかに上ですが、それにしても、この割合を100%にして、かつ全員が1カ月以上を取得するというのは、なかなか挑戦的な目標設定だと思います。
■男性が育休3カ月取得するようになった理由
男性の育児休業といえば、厚生労働省が実施している「イクメンプロジェクト」からお声がけをいただき、昨年の北欧研修の際に、私のゼミの学生たちが、現地の「イクメン」たちの調査を行いました(「北欧イクメン調査inスウェーデン」)。
ちなみにスウェーデンには、「取得者の割合」としての取得率のデータは見当たりませんでしたが、これは男女を問わず育児休業を取得しない人がいないためのようです。取得期間については、まずスウェーデンの男性は、パートナーの出産後2週間は必ず休むものとされており、これは「育児休業」ともみなされていません(もちろんこの間も育児休業給付と同水準の手当が支給されます)。そして統計によれば、その最初の2週間を除いても、男性は子どもが1歳半になるまでの時期に、平均して60日(週5日勤務として12週間=約3カ月)の育児休業を取得しています。
ただし、スウェーデンでこのように多くの男性が育児休業を取得するようになったのは、そう昔のことではありません。スウェーデンでは現在、子どもに対して育児休業日数が付与され、その日数を父母で分け合うという形になっていますが、1995年に法律が改正され、父親も30日間取得しないと全ての日数を取得できないようにするまでは、母親が大部分を取得するというケースがほとんどでした。
逆に言うと、この1995年の改正という政治のイニシアティブによって、父親の育児休業取得が進んでいったわけで、その意味では、今回のように、安倍首相が音頭を取って進めようとするやり方は、あながち間違いではないと思います。
■スウェーデン男性が語る育休のメリット3つ
ただし、現在のスウェーデンのパパたちの多くは、もはや制度があるからというよりも、取得すること自体に様々なメリットがあると感じているから取得しているようなのです。彼らが挙げるメリットは、主に3つあります。
メリット1 子どもの教育に良い効果がある
第1は、子どもの教育にもたらすメリットです。「子どもたちにとって面倒を見てくれる人が複数人いるのは、いろんな変化に対応するためにはいいことだと思います。母親か父親のどちらかだけがずっと面倒を見ていたら、変化への対応はとても難しい気がします」というのは、あるパパからのコメントですが、似たようなことはインタビューに応じたほぼ全てのパパが言っていました。
近年、企業のダイバーシティを高めると、ビジネスの見方が多様化し、より豊かな発想が生まれて業績の向上につながるということがよく言われますが、それと同じ理屈で、家庭のダイバーシティを高めれば、子どもの対応力や発想力も高まるということだと思います。おそらくこのことは、核家族化が進み、兄弟姉妹の数が少なくなっている現代の日本社会において、より重要な意味を持ちうるものと思います。
メリット2 夫婦関係が良好に
第2のメリットは、夫婦の関係にもたらすメリットです。あるパパは、自分が育児休業を取得したことで「妻との絆も深まったと思います。子どもと過ごす機会ができて、幼稚園とか小学校のこととか、すごく話しやすくなりましたね。」と言っていましたが、やはり同じように育児に関わることで相手の気持ちも分かるし、意見も言いやすい(相手に聞いてもらいやすい)ということなのだと思います。
実際、「子育ての方針は誰が決めるか」という国際世論調査においては、図表1に示すとおり、「2人で決める」という割合の高さに、日本とスウェーデンでは大きな開きが見られます。
![](https://president.jp/mwimgs/9/8/670/img_98db74f038b048086deaaf363d1702a4258083.jpg)
メリット3 父親が成長できる
第3に挙げられるメリットは、男性自身にもたらすメリットです。「育児休業を取ることが自分のリフレッシュになるし、子どもと一緒に過ごすことで、自分が子どもからインスパイアされて、新しいビジネスのアイデアが浮かぶこともあるよ」と述べてくれたパパがいましたが、ある程度の長期の育児休業を取得した男性たちは、その新たな経験が自分自身の成長の糧になったと感ずることが多いようです。
■スウェーデンでは育休経験が採用で有利になる
私は本稿で育児休「暇」ではなく、育児休「業」という言葉を使っていますが、それは育児が決して暇を持て余すようなものではないと思っているからです。私のように家事が苦手だった者にとっては、育児とそれに伴う家事は、大変な「業務」でした。そもそも、赤ちゃんには言葉が通じません。大人の世界でも、ワガママで話の通じない人はたくさんいますが、言葉が理解できるだけマシなのです。
現にスウェーデンでは、育児休業の取得経験を本人の資質として評価する企業が多いのです。図表2はスウェーデンの社会保険庁が2014年に実施したアンケートの結果ですが、これによると、育児休業を取得した経験が採用の際に有利になるかという質問に対して、実に45%の企業が「必ず」もしくは「非常に」有利になると回答しているのです。
![](https://president.jp/mwimgs/e/b/550/img_eb85198968021f8cc487c1d74dddce7c130405.jpg)
このように育児が社員の資質を向上させる経験であると考えれば、企業は育児休業に伴う臨時雇用や配置転換にともなう手間や費用を、人材育成のためのコストとみなして、前向きに捉えることができるようになるのではないでしょうか。
■「イクメン」がなくなる日を目指して
以上は、「育児休業を取得されても、うちのダンナはどうせ子どもを放ったらかしで何もしない」とボヤいている女性にとっては、遠い国の楽観的な絵空事に過ぎないかもしれません。けれどもスウェーデンでは、もはやそういう男は女性から相手にされない時代が来ています。
今回の施策によって、日本の多くの公務員パパが育児休業のメリットを認識し、それがやがて民間企業の動きへと波及していってほしいです。そして、いつか父親が育児休業を取って育児を行うのがごく普通のこととなり、「イクメン」という言葉が消えてなくなる日が来ることを、切に願っています。
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明治大学国際日本学部教授・学部長
1992年東京大学法学部卒。英国ウォーリック大学で博士号(PhD)。97年から10年間、ストックホルム商科大学欧州日本研究所勤務。日本と北欧を中心とした比較社会システムを研究する。
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(明治大学国際日本学部教授・学部長 鈴木 賢志 写真=iStock.com)
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