青森の「最後のイタコ」が巫術を続ける理由
プレジデントオンライン / 2019年11月12日 9時15分
■女性の霊媒師「イタコ」が消滅の危機に直面している
岩肌からシュー、シューと火山ガスが吹き出している。湖を吹き渡る風が、赤い風車をカラカラカラ……と鳴らす。湖岸に風車を立て、一心に手を合わせる中年の夫婦がいた。わが子を亡くしたのだろうか。夫婦が去った後には、線香とヤクルトが3本、供えてあった。
青森県下北半島、恐山。そこは死者の魂が集う場所である。荒涼とした風景は地獄にも例えられてきた。東北には古くから、生と死は地続きだとする死生観が根付いている。「彼岸」に踏み入れることのできる場所のひとつが恐山なのである。私は10月三連休の秋大祭の折、恐山に参拝するとともに、青森各地に足を向けた。
目的はイタコに会いにいくためである。
■最盛期の明治初期には約500人いたが今は6人
イタコとは東北に息づく伝統的な女性の霊媒師だ。死者の魂を自身に憑依させ、死者の言葉を伝える「口寄せ」を生業にしている。
その起源は江戸時代にまでさかのぼる。山で活動する修験者(山伏)の妻が、呪術を身につけ、その後、弟子に巫術(ふじゅつ)の伝承をつないできた。イタコは最盛期の明治初期には南部地方(青森県東部、岩手県北中部)を中心に500人ほどいたとされる。
前回、私がイタコの取材に入ったのは2016年冬。この3年の間に2人のイタコが、高齢で引退したり、亡くなったりしている。私はこの機会を逃しては、二度とイタコに会えなくなるとの危機感を抱いていた。
「恐山といえばイタコ」。そんなイメージもあるが、彼女らは恐山に常にいるわけではない。イタコは普段は八戸などの集落に暮らしていて、地域の中で活動をしている。恐山には春と秋の大祭の時にだけ、出張してくる。恐山がイタコの代名詞になったのは、1974年に寺山修司監督の映画『田園に死す』で、恐山でのイタコの口寄せが取り上げられたことがきっかけという。
■6人のうち70代以上が5人、最年長は88歳
この日、恐山の山門脇でイタコの看板が出ていた。口寄せをしていたのはわずか1人のイタコ。5組が順番を待っていた。そのうちのひとり、県内の女性(65)は30年以上前から毎年、イタコに会いに来ているという。口寄せが終わった後、感想を聞いた。
「義理の弟が今年で13回忌を迎えるので口寄せしてもらいました。とても懐かしい思いで胸が一杯になりました。私にとって口寄せは、お墓参りと同じく欠かせない習慣です。昔は、イタコは大変な人気で、順番を待つのも一苦労でした。早朝から並んで夕刻になり、いよいよ私の番という時に『今日はこれでおしまい』となって悔しい思いをしたこともありました。最近では随分、イタコが少なくなりました」
女性が言うようにいま、イタコは消滅の危機に直面している。
近年、恐山に出張してくる正統なイタコは、1人か2人。県内で活動するイタコも全部で6人だけになっているという。うち5人が、最年長88歳の中村たけさん(八戸市)を含む70代以上の高齢者だ。「消滅」は時間の問題と思われる。
イタコ文化に詳しい郷土史家の江刺家(えさしか)均さんは説明する。
「平成の初め、恐山で口寄せをするイタコは30人ほどいました。当時は南部イタコのほかに、秋田からもイタコが集まってきた。群雄割拠のなかでイタコも生活していかねばならないため、顧客の獲得に必死です。弟子をとれば、将来顧客を奪い合うライバルになる。そうして、半世紀くらい前から弟子の養成がなおざりになり、いよいよイタコが高齢化してきて消滅寸前になっているのです」
■イタコ減少の背景にある「弟子養成問題」と「公衆衛生改善」
イタコの減少は弟子養成問題だけが原因ではない。近年、公衆衛生が改善されてきたことにも起因する。昭和初期まで東北は衛生状態が悪く、たびたび伝染病が蔓延した。とくに、はしか(麻疹)は子供にとっての脅威であった。
罹患すると一命をとりとめても、失明する場合がある。光を失った女児の職業のひとつがイタコだった。ちなみに、失明した男児の職業のひとつが「津軽三味線の奏者」である。
1970年代以降は、麻疹ワクチンの定期接種がはじまり、麻疹の罹患率が劇的に減少。「イタコになる条件」を備えた女児の絶対数が減った。これもイタコが後継難にあえぐ原因となっている。
しかしながら、イタコの神秘性は盲目に起因しているともいえる。依頼者は、イタコの聴覚や嗅覚、そして感性の鋭さに驚かされる。
「降ろしてほしいのは誰かな」
依頼者はイタコに口寄せしてもらいたい故人の名前や命日を伝える。すると、にわかにイタコは呪文を唱えはじめる。そして、軽いトランス状態に入るや、イタコに亡者の魂が「憑依」して語り出す。
いかに無念に死んでいったか。今、「あの世」で何をしているか。自分の魂を降ろしてくれてうれしく思っている。みんな健康に気をつけて仲良く暮らしてほしい――。
■30分程度の「口寄せ料金」は3000円
依頼者の多くは、死に別れた肉親との“対話”を通じて、涙を流す。30分程度の口寄せで料金は3000円(自宅で口寄せしてもらった場合)。本当に「故人の霊魂」がイタコに乗り移っているのか、真偽のほどを問いただすのは「野暮」というものだろう。
東日本大震災後は津波に流された肉親の「声」を聞きに、大勢がイタコを訪ねた。非業の死は、遺族には受け入れ難いものだ。そうした時、死の原因を探りたくなり、イタコにすがる。
「極楽にいて成仏しているから心配するなよ」
イタコの口から発せられる言葉を聞いて、胸のつかえが取れる遺族がいるのは確かだ。イタコは伝統仏教をはじめとする既存の宗教ではすくい取れない悲しみを、癒やす存在であり続けた。
■47歳「最後のイタコ」が巫術の技術を残そうと試みる
「私は地域によりそう相談者でありたい」
「最後のイタコ」と呼ばれている、最年少の47歳の松田広子さんはいう。松田さんは盲目ではないが、幼い頃から地域のイタコと接し、憧れを募らせて、師匠に弟子入りが認められた。そして、19歳で正統イタコの証しである神札「オダイジ」と数珠を継承した。ほかの5人のイタコと比べて極端に若い。
だからこそ、東北の貴重な民俗文化を守ろうと、松田さんは奮闘する。郷土史家の江刺家さんとともに巫術の技術を記録として残そうと試みている。
イタコは盲目であるため、巫術は口伝で承継されてきた。そのため伝書が残っていないのだ。イタコの資料を体系だてて整理した資料館も存在しない。よって、ひとたびイタコが途絶えてしまうと、二度と巫術が再現できなくなる。
松田さんと江刺家さんはさらに、「オシラサマアソバセ」という伝統儀式を復活させようという試みも始めている。オシラサマとは、桑の木を人型に彫った一家の守り神のことである。桑の木が使われているのは、桑の葉を食べる蚕の、繭を生産する能力に「家の繁栄」をなぞらえた、とする説が有力である。オシラサマは一見、「こけし」のような姿をしているが、基本的に男女の対になっていて、衣装が着せてある。
オシラサマを年に数回、南部地方の一族の女性たちだけで「遊ばせる(供養する)」神事がオシラサマアソバセである。江刺家さんの調査によれば、20年以上も前からイタコによるオシラサマアソバセが行われた事例は見当たらないという。このオシラサマアソバセの祭司を担ってきたのがイタコであった。
■人々の「悲しみの受け皿」であるイタコは滅びゆくのか
松田さんが実演してくれた。
オシラサマを両手に持ちつつ、上下左右に振りながら、「神様」を降ろしていく。そうして、イタコとオシラサマ、そして地域の女性たちが一体となって、「遊ぶ」のだ。このオシラサマアソバセによって、一族の無病息災、家内安全、家業繁盛などが祈願されるのである。
松田さんはいう。
「ご本人の悩みや悲しみの相談に乗ってあげるのがイタコの仕事。心理カウンセラーなどとはまた違う、別の糸口から、その原因を手繰り寄せてあげるのが私の役割でしょうか。イタコが消えてしまう? 時代の流れですから、それはそれで仕方のないことかもしれませんね」
とくに都会では、即物主義が拡大し、目に見えるものしか信じられない社会になっている。しかし、この世が無常である限り、いつ何時、災害死や事故死、自殺など愛する人との突然の別れが訪れないとも限らない。そんな時、「悲しみの受け皿」が必要だ。滅びゆくイタコにしばし、思いをはせた時間であった。
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浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学文芸学部卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)など。近著に『仏教抹殺 なぜ明治維新は寺院を破壊したのか』(文春新書、12月20日発売)。一般社団法人良いお寺研究会代表理事。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)
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