「女は男より競争に弱い」はどこまで真実か
プレジデントオンライン / 2019年11月19日 6時15分
※本稿は大竹文雄『行動経済学の使い方』(岩波新書)の一部を再編集したものです。
■なぜ女性管理職は増えないのか
人口減少社会で女性の活躍が期待されるなか、まだまだ労働市場には男女間格差が存在する。特に、日本では女性の管理職が少ない。この理由として、女性が家庭での家事労働を担うという伝統的価値観のもとで、長時間労働が重視される日本企業では十分に活躍できないという問題が大きい。また、日本企業は従業員の訓練を企業負担で行うことが多いので、その訓練費を回収するために長期勤続が期待できる男性に訓練を集中させているということも考えられる。
一方で、男女間の昇進格差の原因に、危険回避度や競争選好についての男女差があるのではないか、という行動経済学的な仮説が近年注目を集めている。つまり、昇進競争に参加することを嫌う程度が、男女で違うことが昇進格差の原因ではないかという仮説である。競争に対する嗜好に男女差があることが、高賃金所得を得る職業に就く比率に男女差を生みだす原因となっているというものである。
■男は女より競争好きなのか
この仮説によれば、男性の方が、女性よりも競争に参加すること自体が好きだったり、競争でより実力を発揮できたりすることが、昇進競争での勝者の数の男女差につながる。このような競争に対する男女の嗜好の差がそもそも存在しているのか、存在しているとすればそれは生まれつきの差なのか、教育や文化によって形成されるものなのだろうか。
競争的報酬の生産性上昇効果や競争的環境についての好みについては、コンピュータ上で迷路や足し算などの問題を学生に解かせ、その正解に応じて報酬を支払う実験を行って研究することが多い。ある研究者たちは報酬の支払い方法が出来高給のグループとトーナメント制による報酬のグループの2つを作り、その報酬形態による成績の差を男女で比較した。出来高給は、本人の正解数だけで報酬が決まり、トーナメント制はグループの中で一番の時だけ高い報酬がもらえるものである。その結果、女性の成績はどちらのグループでも同じであるのに対し、男性はトーナメント制の方でよりよい成績をあげることが示された。
■男性は女性より自信過剰
競争環境下での成績には、子どもの頃から男女差があるという研究もある。9歳から10歳の子どもたちに徒競走させるという実験だ。子どもたちは、最初に1人で走り、次にペアで走り、それぞれの場合で時間を計測する。女子は1人で走っても、2人で走ってもかかった時間に変化はなかったが、男子は1人で走るよりも競走して走った時の方が速く走ることができるという結果が得られている。
競争的な報酬制度への選好そのものに男女差があるかもしれない。このことを調べた有名な研究では、2桁の数字5つの足し算を5分という制限時間内でできるだけ多く解いてもらう課題を実験参加者にさせた。最初に、参加者には、出来高制とトーナメント制の両方の報酬体系のもとで作業をしてもらう。その上で、もう一度、どちらかの報酬体系を選んで、作業をしてもらう。
この方法で、競争への選好を分析した。この実験の結果は、男性の方が女性よりも競争(出来高払いよりもトーナメント制)が好きであり、男性の方が女性よりも自信過剰であることを示している。日本で行われた実験結果も、アメリカをはじめ先進国で行われた実験とほぼ同じ結論を示している。
■競争選好の男女差はどこからくるか
では、このような競争に対する態度の男女差は、遺伝的なものだろうか、それとも文化的なものだろうか。それを明らかにするために、マサイ族という父系的社会とカシ族という母系的社会で競争選好の男女差を明らかにする経済実験が行われた。その結果、母系社会のカシ族では、マサイ族やアメリカでの実験とは逆に、女性の方が男性よりも競争が好きであることが明らかにされている。この結果から、競争に対する選好の男女差は、遺伝的というよりも、文化や教育によって形成されるのではないか、と研究者たちは推測している。
この文化仮説と整合的な実験結果は、女子校と共学校の生徒を実験参加者にした研究でも得られている。イギリスの中学生に被験者になってもらって、競争選好を計測する実験を行った。その結果、女子校の生徒は、共学の女生徒よりも競争的報酬体系を選ぶ傾向があると報告されている。共学では性別役割分担の意識から女性が競争的な報酬体系を選ばなくなるが、女子校であれば性別役割分担の意識が少なくなり、競争的報酬体系を選ぶことに抵抗がなくなるのかもしれない。トルコの小学生を対象に行われた実験でも、成功するためには努力の役割が重要であること、忍耐強さを奨励するような価値観にさらされた子どもたちの間では、競争選好に対する男女差がなくなったことが示されている。
■性別役割分担意識の影響は大きい
日本で行われた実験でも、女性は女性ばかりのグループであれば競争的報酬体系を選ぶ比率が高くなること、自信過剰の程度も高くなることが示されている。女性が男性よりも競争が好きではないという生まれつきの傾向はあるのかもしれないが、性別役割分担の意識の存在の方がやはり大きな影響を与えていると考えられる。
競争に対する態度や競争で実力を発揮できるかどうか、というのは、経済的な格差にもつながってくる。単に、男女間格差だけでなく、文化的な差が経済的パフォーマンスの差にも結び付く可能性がある。
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大阪大学大学院経済学研究科教授
編著書に『医療現場の行動経済学』(東洋経済新報社)、著書に『行動経済学の使い方』(岩波新書)、『経済学的思考のセンス』『競争と公平感』『競争社会の歩き方』(いずれも中公新書)ほか多数。
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(大阪大学大学院経済学研究科教授 大竹 文雄 写真=iStock.com)
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