日本が「アメリカの核の傘」を出る方法はあるか
プレジデントオンライン / 2019年11月21日 9時15分
※本稿は、田中均著『見えない戦争 インビジブルウォー』(中公新書ラクレ)の一部を、再編集したものです。
■常に「アメリカ追随」をしてきた最大の理由
トランプ的アメリカと日本はどのように付き合っていけばいいのか。トランプ大統領が日本との関係で提起してきた課題は決して一過性のものではなく、ポスト・トランプの時代においてもアメリカの指導力が低下していく限り、引き続き課題として残るだろう。
トランプ大統領が事あるごとに提起しているのは、日米安全保障条約が不公平だということだ。「アメリカには日本防衛の義務があるのに、日本にはアメリカ防衛の義務がないというのはおかしいではないか」と。じつはこの点が戦後の日米関係の根幹にあり、日本が常にアメリカに追随していくように見えた最大の理由だった。
日本国憲法の下、日本は専守防衛に徹し、集団的自衛権の行使は認められないと解釈されてきたが、周辺にロシア、中国という核大国や、北朝鮮という核開発を進める国交のない国が存在する以上、核を持つアメリカの安全保障の傘で護ってもらう以外の方法はないではないか。吉田茂総理の「軽武装、経済優先」の方針は今日まで変わらない。
■国民の理解には「沖縄の基地縮小」が必須
そして日米安保条約6条では日本の安全並びに極東の平和および安全に寄与するためとして、日本がアメリカに対し基地の提供を定めている。この基地提供義務により安保条約の双務性が担保されていると解釈されてきた。これが今日、日本全体のわずか0.6%の面積しかない沖縄に全体の70.27%もの面積にあたる米軍専用施設が存在し、基地の縮小が遅々として進まない背景にある。
戦後の日本の安全保障体制がアメリカ頼みである一方、日本の周辺の安全保障環境が悪化していったとき、私を含め外務省に勤務する多くの人々は明快な認識を持っていた。それは日米関係の信頼性を高めることであり、日本としての安全保障上の役割を強化することであり、沖縄の基地縮小を実現することだった。これら三つのことは相互に関連している。日米の信頼性を高めるためには、日本としての安全保障上の役割を強化することは必須だ。日米安保体制についての国民の理解を得るためには沖縄の基地縮小は必須と思われた。
■2015年の安保新法制につながる一連の流れ
私は橋本内閣が成立すると同時に外務省で日米安保を担当する北米局審議官に就任した。橋本総理のところに頻繁に通い、アメリカのカウンターパートだったカート・キャンベル国防副次官補と水面下での折衝を繰り返した。
私が一番重要だと思ったのは包括的な絵を描くことだった。沖縄の基地整理・統合・縮小に向けて、まず象徴的な基地の返還を決めること、その上で冷戦終結後の東アジアの国際安全保障環境のなかで日米安保体制の果たす役割を橋本―クリントン首脳宣言で打ち出すこと、そして日米防衛協力ガイドラインで日本の安全保障上の役割の拡大を図ること。
これは1996年4月の普天間海兵隊基地返還合意、日米安保共同宣言、1997年9月の日米防衛協力ガイドライン改定、そしてその後の周辺事態法などの国内法制措置につながり、さらにはインド洋での自衛隊の給油活動や人道支援・復興のための自衛隊イラク派遣へと向かった。日本の安保上の役割を拡大する流れは安倍内閣の下、2015年の安保新法制で集団的自衛権行使の一部容認へとつながっていった。
■重層的多角的な安保体制を考える必要がある
アメリカが自由世界の指導者としての旗を降ろし、大統領が「自分は自分で護れ」と喧伝しているときにまで日本は従来通りアメリカに安保を依存していくのか、またそうできると考えるべきなのか。早晩無理が来るだろう。
私はアメリカ一辺倒を離れ、重層的多角的な安保体制を考えるべきだと思う。まず、日本が核保有をするハードルはきわめて高く、やはりアメリカの核の傘に依存するべきなのだろう。しかし在日米軍については沖縄と現状のような政治的対立を続けたまま安保体制を維持するのは現実的ではない。嘉手納基地などを残しできるだけスリムな体制とするべく有事来援の体制を含め抜本的な整理・統合・縮小を米側と検討すべきだろう。
自衛隊については安保新法制の下での習熟訓練を重ね、効率的な自衛隊を目指すとともに、豪州、インド、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国、欧州との安全保障パートナーシップの強化に努めるべきだろう。同時に周辺諸国との安保環境を改善していくための外交を機能させねばならない。
そして究極的には、日米が相互に防衛義務を持つ相互安全保障条約に条約改正をおこなうべきなのだろう。その場合には集団的自衛権の全面的行使を可能とする憲法解釈をおこなわなければならないし、場合によっては憲法改正も必要となるのだろう。ただそのような行動をいま起こすべきとは思わない。その前に十分な議論を尽くすべきだ。
■“見えない戦争”に巻き込まれる日本
少なくともこれからの世界においてもしばらくは、アメリカが圧倒的な力を持ち続けることは疑いようがない。日本は引き続きアメリカとの関係強化に努めていかなければならないが、果たして現在のような“抱きつき作戦”のままでよいとも思われない。安倍総理がトランプ大統領と懇親を深めるのは結構なことであるが、それ自体が目的ではないだろうし、アメリカにどう影響力を行使できるかが重要だ。
このままアメリカがリーダーシップをとらない世界、秩序を失い、さまざまな問題が解決しない世界が訪れることは、アメリカはもちろん日本や他の世界各国にとっても望ましいとは言えない。日本は西側先進民主主義国のなかでもアメリカの首脳に影響を与えることができる数少ない存在だ。アメリカがリーダーシップをとらない場合、国際社会の秩序はどのように保たれうるか。日本はその秩序のなかにアメリカを巻き込み、リーダーシップ不在の世界にならないようにと真剣に考え、影響力を行使していくべきだろう。
だが、日本がいまそういった方向に向かっているかと言えば、残念ながらそうは思えない。日本もまた“見えない戦争(インビジブルウォー)”の真っただ中に巻き込まれている。いたずらに「主張する外交」や「ジャパン・ファースト」を唱える人々の声が大きく、“世界のなかの日本”であることは忘れられつつあるように思える。トランプほどわかりやすくなくとも、トランプ的な人物が日本でも登場することもあるだろう。そのときに賢明な選択ができるか。国民の知性が試されるときは、それほど遠い未来ではないだろう。
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日本総研国際戦略研究所理事長
京都市生まれ。日本国際交流センターシニア・フェロー。1969年京都大学法学部卒業。外務省に入省後、72年にオックスフォード大学修士課程(哲学・政治・経済)修了。北米局北米第二課長、アジア局北東アジア課長、在英大使館公使、総合外交政策局総務課長、北米局審議官、在サンフランシスコ総領事、経済局長、アジア大洋州局長を経て、2002年より外務審議官(政務担当)を務め、05年退官。東京大学公共政策大学院客員教授(2006-18年)。著書に『外交の力』(日本経済新聞出版社)、『プロフェッショナルの交渉力』(講談社)、『日本外交の挑戦』(角川新書)などがある。
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(日本総研国際戦略研究所理事長 田中 均)
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