「情報源は本より人」だと言い切る図書館の価値
プレジデントオンライン / 2019年11月19日 15時15分
■日常と非日常が切り替わるライブラリー
明るく開放的でありながら、とても静かな空間のなかにゆったりと書棚が並ぶ。紙箱に入った古典的名著もあれば、最先端の情報を紹介する本もある。「蔵書は1万2000冊です。新しい本を入れたら、古いものは処分する。増やさないと決めています」と、六本木ヒルズライブラリーの中を歩きながら熊田さんが教えてくれた。
選書の基準は、知的ワクワク感を感じられるかどうか。「人が成長するときに、こういう本があったらいいよね」というものをそろえている。独自のルールで並べられた本は、タイトルを眺めているだけでも少し心が高揚する。熊田さん自身もアイデアが出てこないときなどは、館内を一周するそうだ。
2005年にこのライブラリーの運営を担当することになって以来、熊田さんたちが大切にしているのは「六本木ヒルズの中にある会員制のライブラリーである」ということだ。他のどんな図書館とも違う、唯一無二のものでありたい。
「森ビルという会社には、街づくりは人づくりだという大きなビジョンがあります。場所が人をつくる。じゃあ、ヒルズはどんな場所であるべきか? “ヒルズらしい”ということが何を決めるときにも大きな柱になっています」。
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熊田さんの考える「ヒルズらしさ」、それはライブラリーの本の選書基準と同じ「知的ワクワク感」だ。
「49階までエレベーターで上がる間に、日常と非日常が切り替わる。ピンと背筋が伸びて、今よりもっと素敵(すてき)になりたいと思えるような空間であってほしいんです。そしてそこで素敵な人に会えた、知らないことを知った、新しい自分を発見した、という成長につながる喜びを感じてほしい」
人は、場所や周りの人たちに感化されて変化していく。だからこそ、六本木ヒルズライブラリーは人の持つ素直な向上心を応援する場所でありたいと願っている。
■AIとラーメンを同列に語る場
人は何歳になっても今より成長できる。それが、熊田さんの持論だ。
通常、セミナーや講演は質疑応答を含めても90分間ほどだが、その短い時間の「前と後で、ちょっと違う自分になれた。ひとつ何かを得ることができた。みんなにそう思ってもらいたいんです」。
みんなというのは、参加者だけを指すのではない。セミナーの講師や登壇者もその対象だ。だから、熊田さんは、異なる分野の人同士のトークセッションを企画することがある。たとえば後述する六本木アートカレッジセミナーで行われたトークセッションのテーマは「AIとラーメン」。人工知能研究の専門家、東京大学の松尾豊教授とラーメン店チェーン一風堂を率いる清宮俊之社長という異色の組み合わせが実現した。
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奇をてらったわけではなく、松尾教授との打ち合わせの中で生まれたアイデアだという。大いに盛り上がり、松尾教授は「世界的に人気の日本のラーメン界からAI化のプラットフォーム企業が出てくることを期待したい」と締めくくった。
「お招きする登壇者の方たちは他でもたくさん講演をしているような方が多いのですが、定番のテーマではなくて、ここでしか聞けない、話せないテーマをお願いするようにしています」
ユニークなアイデアを思いついたときは本当に嬉(うれ)しいとニッコリ笑う熊田さんだが、いったいどんなふうにアイデアの種を育てているのだろうか。
「情報や人を、全体ではなくキーワードでインプットしています。そのキーワード同士、点と点がつながったときに発見があります。情報源はやっぱり、人から入るものがいちばんです」
テキストの情報はそれ以上に広がってはいかないが、人からの情報には常にプラスアルファがある。
■準備は最大のリスクマネジメント
熊田さんが手がけるイベントやセミナーの成功の裏にはいつも「考えられる限り最大限の準備」がある。
「企画したイベントが成功するように当日までに準備に最善をつくします。準備は最大のリスクマネジメントですから」
かつて、準備不足から手痛い失敗をした経験もある。
それは、海外から大物のゲストを招いてのトークイベントでのことだった。
「知人の推薦でお願いしたファシリテーターときちんと打ち合わせをすることなく当日を迎えたら、まったく話が盛り上がらなかったんです。ゲストの方もなんだか不機嫌になってしまって、会場も凍り付いたようなムードに包まれ……身が縮む思いでした。」
そんな失敗も糧にして、これまでの数々の経験から準備に手をかければかけるほどいいものができるという手ごたえを感じている。
「運よく、手をかけなくてもうまくいくことはたまにはあるかもしれませんが、手をかけて悪くなることは絶対にありません」
自分にできることは、とことん手をかけて、うまくいく確率を高めておくことだと熊田さんは考えている。
「例えば革製品は手入れをすればするほど素敵な色になるでしょう? 新しいものよりももっと内からにじみ出るような深みのある色になる。そんなイメージを抱いて準備に臨んでいます」
■「私はこれが好き」と言える人を増やしたい
アカデミーヒルズとして何を発信したいのかを考え続けるなかで生まれたのが2011年にスタートした六本木アートカレッジだ。社会人を対象に「自分にとっての『アートはなにか』を考える機会を提供すべく、アート、音楽、ファッション、デザイン、伝統芸能、その他さまざまなジャンルの講座を同時開催する一日がかりのお祭り「スペシャル1DAY」と、それにつながる1年間のセミナーシリーズで構成される。毎回700人の受講者を集める大イベントだ。
顔となるディレクターは毎年外部の識者にお願いしている。2019年は『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』の著者、山口周さん。アートと冠していながら、セミナーのテーマはビジネスやサイエンスまでカバーする幅広さだ。それには理由がある。
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「美術館のイベントではなく、アカデミーヒルズでしかできないやり方でアートとの関わり方を提示していきたいという考えがベースにあります」
アートの面白さは、正解がないこと、と熊田さんは語る。「仕事の場合は、答えが決まっていることも多い。でも、アートの世界は自由です」。だが、その自由ゆえに、アートに対して身構えてしまう人が多い。何が好きか嫌いかは、人それぞれのはずなのに、圧倒的な自由の中で「私はこれが好き」と言える人はまだまだ少数だ。
「堂々とこれが好きですと言える人が増えたら、人生は、もっと楽しく豊かになっていくと思うんです」
日常のなかで、自分の心のままに好きなものを選ぶ。それが、生活を変えていく。
「マグカップひとつだって、好きなもので飲むと味わいが違う。もっともっと、みんなに『自分の好き』にこだわってもらいたい」
「どう働くのか?」「どう生きるのか?」も同様だ。「自分の人生を、私はこれが好きという自分なりの価値観で決められるようになるといいですよね」。
■安心感がある場でこそ人は意見を言うことができる
参加者が登壇者の話を聞くだけでなく、自分の考えを発信できる場をつくりたい。そんな想いから今年の3月にはじまったのが、「みんなで語ろうフライデーナイト」だ。毎週金曜の夜、ファシリテーターと最大15人限定の参加者がブレストをしながら互いの知恵を深めていく。これまでにファシリテーターとして登場した方々の顔ぶれは放送作家、元財務省関税局長、人形文化研究者など多彩だ。
熊田さんたち事務局は、ファシリテーターと一緒にブレストのためのテーマを考える。ただし、当日の進行は「おまかせしている」という。「毎回、その人ならではの色が出るのが面白いんです。そのやり方に良い・悪いという判断はなくていいと思っています」。
参加者は与えられた事前課題についての意見を持ってその場に臨むというのが条件だ。知らない人同士ではあるが、その日の課題となっているテーマに関心があるという共通点が安心材料となる。また、集いとしてのクオリティを担保するために、参加費は有料にしている。
「セキュアな空間であるということがすごく重要なんです」
守られているという安心感があるからこそ、人は自分の意見を話すことができるのだ。ある夜のテーマは「あなたはどんなB面を持っていますか? それをA面にどう結び付けていますか?」。ファシリテーターは電通Bチーム代表のクリエイティブ・ディレクター、倉成英俊さん。簡単な自己紹介の後、互いに質問し合いながらブレストを重ねていくというスタイルの進行で大いに盛り上がった。
「リアルな場である必然性は、インタラクティブ性に尽きると思います。お互いの顔が見えて、声が聞こえる小さな集いの中で生まれる価値を、もっと高めていけたらいいなと思います」
■人は人に感動する
「会場を出るときに、みんなが笑顔になっていてほしい」
イベントやセミナーの規模の大小にかかわらず、熊田さんはいつもそう願っている。何かに気づく、新しい発見をする、成長した自分に出会う。すべてが笑顔に結び付く。感動も、人を笑顔に変える。「人が感動するのは講演の内容やテーマではなく、登壇者という『人』そのものへの感動なんです」。
参加者を笑顔にするために、できることは全部やっていきたいというフレーズが何度も口をついて出る熊田さん。その心意気はたくさんの人を魅了し続けている。
▼アカデミーヒルズのイベントカレンダーはこちら
森ビル・森アーツセンター・アカデミーヒルズ ライブラリー事務局課長
広島県生まれ。お茶の水女子大卒。大手通信会社、外資系アパレルを経て2002年に森ビル入社。アカデミーヒルズ事業の運営を担当する。筑波大学大学院博士課程(ビジネス科学研究科)在籍。
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ライター・放送作家
リクルートコスモス(現・コスモスイニシア)、ベンチャー企業の経営者をサポートするコンサルティング会社を経て、現在はビジネス書を中心にライターとして活躍。京都市出身。
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(ライター・放送作家 白鳥 美子)
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