食品ロスを減らすには「量」を売ってはいけない
プレジデントオンライン / 2019年12月22日 11時15分
■食品ロスが発生する経済的メカニズム
近年、食べられずに捨てられてしまう食品、いわゆる「食品ロス」への関心が高まっています。日本でも2019年10月1日から、「食品ロスの削減の推進に関する法律」が施行されました。メディアでは、栄養不足で苦しむ人々がこの地球上に10億人もいる中で、まだ食べられる食品を廃棄するなんてとんでもないといった道義的観点からの議論が中心で、一般の方々の関心もそこに集中しているように思われます。
とはいえ、実際に食品ロスが発生するメカニズムは、単に食品流通にかかわる人々の道義的怠慢で片付けられないほど、複雑かつ錯綜しています。その仕組みを丁寧に調査・分析してみると、食品のサプライチェーンを構成する食品メーカー、卸売業者、小売業者や外食産業のそれぞれが、消費者の要望に応えつつ相応の経営努力を行うプロセスの中で、恒常的に食品の廃棄が起きてしまう状況が見えてくるのです。
サプライチェーンの中で食品ロスが発生する根本的な原因は、各プレーヤーが「リスクを回避する行動」をとることです。そのリスクは、大きく分けて3つあります。1つ目は、店頭に商品が並ばない欠品により販売機会を失う「在庫リスク」。2つ目は、見切り販売を繰り返すことで値下げが常態化する「価格リスク」。そして、いわゆる「賞味期限」や「消費期限」にかかわる「鮮度リスク」です。
■メーカーに対して「欠品ペナルティ」も
まず、「在庫リスク」について見てみましょう。現代の小売の主力は、スーパーやコンビニに見られるセルフ販売が主流です。そして、昔の個人商店のような対面販売との大きな違いは、セルフ販売における品揃えの重要性です。
対面販売ならお店の人に品揃えが少ない理由を聞いて納得することもあるでしょうが、自分で選ぶセルフ販売では品揃えにバリエーションがあるかどうか、そのとき欲しい品がピンポイントで商品棚にあるかどうかが、お客からの店の評価にダイレクトにつながります。欲しい商品がない、品揃えにバリエーションがない、商品の補充が一時的にせよ追いつかずに棚がスカスカしている――。
これらは店舗にとって販売機会の喪失であると同時に、自店のお客が他店に逃げてしまうことにもつながります。小売店にとって欠品とはこのように恐ろしいもので、卸売業者やメーカーには欠品を起こさないよう強く求めることになりますし、もし起きた場合は「欠品ペナルティ」と称して罰金を支払わせるようなケースさえあります。
次に「価格リスク」です。先述のように小売店は欠品を嫌いますが、仕入れすぎた商品が余るのも困ります。処分価格で安売りする手段を選ぶと、利益率は下がりますし、適正価格で自社商品を売りたいメーカーにとってもうれしくありません。そこで、小売店には多めに仕入れてもらい、そのかわり返品を認めるという慣行ができており、これは当然、サプライチェーン全体の過剰在庫の増加を招きます。マサチューセッツ工科大学(MIT)で1960年代に考案された生産流通システムのシミュレーション、通称「ビールゲーム」では、一般にサプライチェーンの上流に行くほど過剰在庫が溜まる傾向にあることが確認できます。
そして3番目の「鮮度リスク」。日本では一般に、製造日から賞味期限までの期間の3分の1を過ぎるとメーカーや卸売業者からの出荷はできません(「3分の1ルール」)。さらに3分の2を過ぎると、小売店はその商品を自動的に返品してしまいます。そのタイミングで返品されたものはもう出荷できませんから、基本的には廃棄することになるわけです。店頭に並ぶ製品より1日でも製造年月日が早い製品も、基本的に小売店は受け付けてくれず、これも食品ロスにつながります。
セルフ販売という現在主流の小売形式のなかで、顧客ニーズに応えて品揃えを充実させつつ欠品をなくし、過度の安売りを防ぐために返品を認め、「2分の1ルール」のアメリカなどよりシビアに賞味期限による出荷管理を行う。その結果、サプライチェーンにおける過剰在庫が常態化し、大きな食品ロスを生み出しているのです。アメリカのスーパーに比べると日本の店舗の棚はすばらしい、といった話もよく聞きます。しかし、一方でその商品価格にはロス分を廃棄する費用も乗せられていることに留意しなくてはなりません。
このような状況は、輸入も含め食料品の生産力が向上した現代ならではのものといえるかもしれません。経済学の「需要と供給」の均衡理論は、比較的少ないモノを無駄なくみんなで分け合う状況のもとでは有効なツールでしたが、モノの過剰性と向き合う現代においては、うまく当てはまらない場面も出てきました。
多種の商品が棚いっぱいに並ぶ店で買い物をすると満たされるとか、チラシに載っていた商品を買えてうれしいといった「コト消費」的な楽しみを、現代の消費者は日々の買い物の中に求めています。そして売る側も、そうした欲求に応えることで実際の商品の購買をうながしています。「消費者は神様です」というマーケットインな方向で最適化が進められた結果、日本の食品のサプライチェーンでは、過剰在庫と大量廃棄を伴う「均衡状態」が成立してしまっているのです。
■高品質の商品は、簡単に捨てられない
こうした状況の中、食品ロスを減らすにはどんな手を打てばよいのでしょうか。すでに一部の大手スーパーや地方自治体が、アメリカ並みの「2分の1ルール」を導入するなど、サプライチェーン内でのリスク低減に取り組む動きも出ています。しかし最も必要とされているのは「ゲームチェンジ」。ルールを変えることだと私は考えます。
具体的には、マーケットに合わせるのではなく供給側から働きかける「プロダクトアウト」によって、これまで「神様」だった消費者をサプライチェーンの努力に巻き込んでいく。つまり消費者を単に商品を消費する存在としてではなく、市場で共に価値を創造する「価値共創」プロセスのパートナーとして位置づけるという方向性です。
たとえば、廃棄費用を上乗せされた価格で消費者はモノを買っている、という話をすると、それなら多少欠品しても安いほうがいいという人は必ずいます。ドリンク類や菓子類など、製造日が多少前後しても品質に差がない商品もありますから、賞味期限についてもう少し柔軟な考え方を提案していくのもいいでしょう。
多少見た目が悪い野菜や果物も消費者が買ってくれれば、規格外として捨てられる分は減り、それを見越して余分に作付けをしている日本の農業の生産性向上にも役立つかもしれません。余った食品を生活に苦しんでいる人に活用してもらうフードバンクにしても、エコだとか社会的というより、「楽しく美味しいものをみんなで共有しよう」というマーケティングをすれば、より参加してくれる人が増えると思います。
■原価の低い商品ほど廃棄率は高い
さらに本質的には、これまでの「量」を売っていくためのマーケティングから、「質」のマーケティングへの変換も必要でしょう。今でも原価の安い商品をたくさんつくり、欠品がないように過剰に供給しつつ、宣伝広告費をかけて売り切るというのは1つのモデルですが、私が調べたところでは、原価の低い商品ほど廃棄率は高い。美味しいもの、体にいいもの、ニーズが高いものは、多少高くても捨てられずに消費されるのです。
人口が減少していく日本で、今後売り上げの「量」が増えていくことは期待できません。一方で、質はプライスレスで、高級レストランの例をあげるまでもなく、楽しい食事にはどのようにでも値段が付く可能性がありえます。生産者も含め、食品のサプライチェーン全体が「いいものを適正な値段で楽しんでもらう」方向に向かうこと。それが、食品ロスを減らす唯一の道ではないかと考えます。
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愛知工業大学経営学部教授
1973年、富山県生まれ。2003年名古屋大学大学院生命農学研究科博士後期課程修了。生鮮食品商社、民間シンクタンクを経て、15年名古屋市立大学大学院経済学研究科博士後期課程(短期履修コース)修了。著書に『食品ロスの経済学』(農林統計出版)。
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(愛知工業大学経営学部教授 小林 富雄 構成=川口昌人 写真=時事通信フォト)
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