「ブラインド閉めっぱなし」の職場は効率が悪い
プレジデントオンライン / 2019年11月19日 9時15分
■オフィスの「性能」がいいと、社員もいい影響を受ける
国土交通省は今年度から、労働者の健康増進、知的生産性が向上するオフィスを「ウェルネスオフィス」として認証する取り組みをスタートした。来年早々に認証された企業が順次発表されていく予定だ。
認証事業に関わるスマートウェルネスオフィス研究委員会委員長で東京大学名誉教授の村上周三氏(IBEC理事長)はこう話す。
「今後は、働く人のために快適な執務環境を整えることが企業の競争力・ブランド価値につながります。そこに関心を払わない企業は、人材確保を含めて競争から脱落していくでしょう」
今日、企業の長期的成長のためにはESG投資が必要、というのが世界的潮流である。ESGとはE=環境(Environment)、S=社会(Social)、G=企業統治(Governance)の略。もはやオフィスは単なる“働く場の供給”だけではなく、“投資対象”としてその「質」も問われているのだ。不動産そのものの環境負荷の低減、健康性・快適性に優れたオフィスへの注目が高まっている。
それでは本当に性能のいいオフィスに入所している社員は、良い影響を受けているのだろうか。
■「心身ともに健康で、作業効率が有意に高い」
慶應義塾大学理工学部教授の伊香賀俊治氏は昨年、さまざまな企業で働く社員3500人の「オフィス」「社員の自宅」「社員が住む自宅周辺の街並み」の3つを調査した。その結果「オフィス、自宅、自宅周辺の街並みが良い社員は心身ともに健康で、作業効率が有意に高い」ことがたしかめられた。
「良いオフィスとは、たとえば天井が高く空間がゆったりしていること、室内に緑があったり外の景色が見えること、リフレッシュスペースが充実しているなどですね。いい街並みとはゴミ置き場などの衛生状態が良く、遊歩道、公園といった体を動かせる場所があることなどが一例として挙げられます。自宅は断熱効果が高く、ゆったり眠れて疲れがとれやすい環境が大切でしょう」
■オフィス環境で「心身の健康状態」をグラフ化すると…
図1の左上の図を見てほしい。オフィス環境の質によって4つのグループに分け、それぞれの社員の心身の健康状態をグラフ化したものだ。産業医科大学公衆衛生学教室が開発した7つの質問項目に答えると、その人の労働機能障害(「働く力」を阻害する身体的あるいは精神的な病)が評価できるとされ、総得点数が高いほど心身の状態が悪いことになる。
「向かって右側に向かうほどオフィス健康チェックリストの得点が高い、良質なオフィスになるのですが、それに伴って社員の心身の状態を表す点数が低い、つまり社員の健康状態が良くなっているのが一目瞭然です。すべての群間において、有意差が出ている。
黄色のゾーンは軽度労働機能障害で、オレンジは中等度、赤は産業医の介入が必要とされるほど状態が悪いのですが、最もオフィス環境の悪いところで働く人は(向かって左側の棒グラフ)、その平均値がすでにオレンジに差し掛かっている。一方でオフィス環境が良いと、ほとんどの人が『問題なし』の白色ゾーンにいることがわかります」(同)
■「閉めっぱなしのブラインド」を開けるだけでも効果アリ
心身の健康だけでなく、「主観作業効率」という指標もある(図1の右上)。自分の最大パフォーマンスを100とした時、今、「どれくらいの能力を発揮できているか」という問いに各社員が答えるものだ。これも、オフィスの環境が良いほど、有意に主観的作業能率が良いという結果が出ている。
良いオフィス環境を具体的に解説しよう。
国土交通省のホームページによれば、「天井高さを確保した開放的な執務空間」「自然光を積極的に取り入れた執務室」「自然光を取り込み清潔感のあるトイレ・パウダールーム」「執務室内に設けられたカフェテリア」「屋外でくつろぐことができる緑化された空間」など、建物として健康性・快適性に優れていることを評価基準としている。
「ブラインドを閉めっぱなしという企業が日本では多いのですが、日中に日光を取り入れられないのは心身の健康に良くないですね。しかし自然光を取り入れるには、同時に日よけ対策などもしなければなりません。
また、社食を含めたリフレッシュスペースの充実や、ほかの部署とのコミュニケーションが活発になるような建築的な仕掛けがしてあると、オフィスの高評価につながります」(同)
具体的には他部署へアクセスしやすい階段、廊下や階段近くで社員同士が気軽に打ち合わせできる空間などが挙げられる。
■「執務環境が悪いと、企業のブランドを落とす」
どれもコストや手間がかかることではあるが、良質な職場環境を社員に提供することが企業の発展につながり、また優秀な社員を集めることになる。今後は「社食・リフレッシュスペースあり」のように、企業の求人広告の“ウリ文句”の一つに、「ウェルネスオフィス認証」という言葉が入ってくるだろう。村上氏は「執務環境が悪いと、企業のブランドを落とす」と強調する。
しかし、すでに勤務先は決まっており、管理職でもない自分には執務環境などどうしようもないと思う人もいるだろう。雑誌『プレジデント』(11月15日号)では自らの手で改善できる「仕事場の環境」を記したのでぜひ参考にしてほしい。同時に自分一人でもすぐにできること——たとえばブラインドを開ける、休憩時間には緑が見える場所で過ごすなどから始めよう。
■室温9.2度の「寒い幼稚園」では、園児が顕著に“不活発”
また、オフィスのような認証制度はないものの、実は「幼稚園」でも室内環境が幼児の発達に影響をおよぼすという興味深い報告がある。小さな子供のいる家庭は幼稚園内の「冬場の室温」に注目したい。
「暖かい幼稚園にいる園児は活発で、運動能力が高く、低体温の児童が少なくなることがわかっています」(伊香賀教授)
人の出入りの多い幼稚園は、断熱性の低い建物であると、いくら暖房をかけても室内が暖かくなりにくい。伊香賀教授が調査した中で室温が9.2度と明らかに寒い幼稚園では園児が顕著に“不活発”であったという。
ここで注意したいのは、幼児は身長が低いため、床上1.1mで計測する一般的な「室温」では意味がない。大人でいう“足元”が暖かくないと、幼児にとって快適な環境にならないということだ。
そして「幼稚園」と「自宅の寝室」の両方の室温が、園児の「登園率」にも関わってくるという。
■「暖かい環境」を用意すれば、子供の病欠は確実に減る
幼稚園と自宅寝室の「両方が暖かい環境」であるケースと比べて、幼稚園か自宅かの「どちらかが寒い」ケースは1.62倍、両方が寒い場合は2.6倍も病欠率が高かったのだ。
「幼少期を暖かい環境で過ごさせてあげることで、お子さんの病欠が確実に減ります。もし選択が可能なら、足元が暖かい幼稚園のほうが、幼児の活動時間が男女ともに有意に長く、病欠が減るでしょう」(同)
広いスペースで天井が高く、床暖房も入れた暖かい保育室では、園児の中強度の活動が1日12分増えるという結果もある。幼少期の運動能力や体温、病欠にも影響する室内環境——幼稚園を選ぶ際の参考にしたい。
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ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経てフリーランスに。著書に『不可能とは、可能性だ パラリンピック金メダリスト新田佳浩の挑戦』(金の星社)、『週刊文春 老けない最強食』『週刊文春 温かい家は寿命を延ばす』(ともに文藝春秋)『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)がある。
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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)
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