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イオンを創った女が「お金儲け」を考えないワケ

プレジデントオンライン / 2019年11月25日 15時15分

「弟を日本一にする」。イオングループ創業者・岡田卓也の実姉・小嶋千鶴子は、その言葉通り、家業の岡田屋呉服店を日本最大の流通企業に育てた。『イオンを創った女の仕事学校』(プレジデント社)の著者・東海友和氏は「小嶋は“お金儲け“という考えがまったくない経営者だった。そして、公私の区別にこだわった」という——。

■軽トラで銀行へ行く「ふつうの田舎のおばあさん」

小嶋は質素倹約を旨とし、ふだんから伊勢木綿のスーツで、髪なども特に染めたりしないし、化粧などもしない。一見、ごくふつうの田舎のおばあさんである。

以前、小嶋の私設美術館パラミタミュージアム(現在は公益財団法人岡田文化財団)で、ともに作業をしていたとき、「東海くん、銀行へ行きたいんで連れていってくれんか?」と言われたことがある。

「いいですけど、私、軽トラですよ」と言ったら「それでかまわん」と、まったく体面を気にするふうもなく、いそいそと軽トラの助手席に乗り込んできた(そんな様子で銀行へ行き、何千万というお金を下ろすものだから、こちらのほうが気が引けるのだが……)。

日常の生活においても、家事全般の費用は「これでやりくりしてや」と前もってお手伝いさんに定額を渡し、特別な出費は別に予定をして自分なりにコントロールをしている。

小嶋も岡田もお金に関して身ぎれいである。必要以上の余分な報酬は採らないことで一貫している。自分の蓄財には無頓着で、贅沢(ぜいたく)をしない。

■「お金儲け」という考えがまったくない経営者

「小嶋さん、お金がたまる方法はありますか?」と聞いたら、その答えは「使わんことやな」というほど、お金儲けという考えがそもそもない。

経営者向けの講演会の冒頭では、「ここにお集まりの皆さん、私の話を聞いてお金儲けをしたいと思われる方には全く参考になりません。私の話はお金儲けの話ではありません」と、枕言葉のように言い、それどころか小嶋は常々「経営者は自分のお金のことがアタマにいったら失格や」とさえ言っていた。

つまり、それが投資家・金儲け屋と経営者との違いにほかならないからである。

呉服屋であった岡田屋では、小嶋の祖父の時代である明治20年、商家で一般的であった大福帳方式に代えて“見競べ勘定”という、和式の複式簿記をつけていたという。

明治25年には店規則、いまで言うところの就業規則もつくられた。

なかには、「従業員男女は同床するべからず、万一見つけし場合は解雇すべし。ただし、情状によりてはこれを許すこともあるばし」とか「毎朝起こし係を一人設置すべし。三度呼びて起きざる場合は夜具を片付けるべし」などと、人情味のある記述もあったが、しっかりとした主人と従業員の決まりごとがあった。

■大正時代に「インセンティブ制度」まで導入

明治30年には、当時は商店では相手を見て値段を高くしたり安くしたりするのが常識だった中、正札販売を開始。同じ商品にもかかわらず、相手によって値段が違うという不公平さは長い目で見れば店の信用に関わるということで、正札販売に踏み切ったという。

小嶋の父はさらに近代化を進め、見競べ勘定帳を洋式に改革し、貸借対照表を備えた本格的な会計制度にした。決算や棚卸し、利益配分の方法など、すべてこの会計制度に則(のっと)って実施した。大正15年には株式会社にし、従業員役員もおり、昇給制度、持ち株制度もできていたというから驚きである。

さらに、当時としては珍しく成文化した就業規則、給与規定までつくっている。現代風にいえば、歩合給制度や利益配分制度に近い、インセンティブ(奨励金)制度まで導入している。

このようなことは三井高利など伊勢商人が古くから培ってきた伝統や流儀であり、伊勢商人の流れである岡田屋もそれを受け継ぎ、規則や制度を当然のこととして受け入れてきた。

その結果、岡田屋はかなり進歩的な会社ではあった。

■家業からの脱皮を成功させた「公私の区別」

そういった自身の生家の環境に加え、その後の見聞を広めるにつれ、小嶋は「会社の財産と家族の財産が密接に結びついているということは、会社発展の足枷(あしかせ)になる」、さらには「会社は社会の公器であり、その公の場所で生じた利益については、経営者の身勝手にしてはならず、公のものとすべし」との考えを強めていったように思う。

かつて、小嶋がとある会社を訪れた帰りの車の中で、

「あのなあ、東海君。ようけ会社があるが、つまらんことをしている会社が多いなあ」

と言ったあとに、次のようなことを話した。

「会社を税金対策として考え、自宅を寮にしたり、ガスや水道、電気、食べ物まで会社経費で処理をする。さらには、奥さんを経理部長、おじいちゃんやおばあちゃんまで従業員にして給与を支給したりして蓄財をする人がいる。事業を家人だけでしているならともかく、従業員を一人でも雇用したら、これではいかんわな。事業を大きくしようということを経営者自らが放棄しているわな」

と言うのである。

「うちは私が子供の時分から『奥(私)』と『店』の区別がはっきりしていたし、今でいう就業規則があった。特に『公私の区別』は厳しかった」と。

家業から事業への実質的な脱皮を、公と私の区別を経営者がしていないことにより、自らその成長・拡大を放棄しているというのである。

■資金繰りに苦しむ会社に放った「一言」

実際に相当の規模になった会社でも「公私の区別」ができていないことがある。

『あしあと』(※)の中で、ある小売店の店主の方から経営についての相談を受けたことを書いている。相談の主目的が資金繰りで苦しくなっているということで、内容を詳しく聞いたところ、売り上げから抜かれた現金が、個人資産として預金されていた。

※小嶋千鶴子自身が、81歳の時に刊行した自伝。一般には販売されず、イオングループ現役社員に配布される。

会社の借り入れの担保には個人の不動産と個人名義の預金が提供されており、担保があるから借り入れができているものの、会社の資金繰りや会社の損益勘定は赤信号が灯っている。

それに対し、小嶋は問題の所在は明らかであるとして「公私のけじめがついていないことがそのまま数字に表れている」ときっぱりと言った。その後、その会社は経理の制度整備を断行し、業績が回復したという。

■「衰退する商家」に共通すること

小嶋は、その後、また同じような事例で相談を受けた。

その会社は店数が増えているために増収にはなっているものの利益が落ちていた。売り上げに比較して借入金が過大になっており、その借り入れの相手先は大部分が社長の一族。それも一般の金融機関より高い利率で、会社にとっては、利息の支払いと、一族に支払われている給与が大きな負担になっていたという。

社長一族の生活は派手になっており、要は商売の儲けを個人の贅沢に向けていたのである。

いずれも、会社の内容に比較して個人資産が異常に膨張しており、それはもとはといえば、「公と私のけじめのなさが原因」と小嶋は言う。

経営者の方は自らを商売熱心と自認し、また実際によく働いているのだが、その目的が個人資産の増加になっている。

「公私のけじめが失われることは、衰退する商家の図式」と小嶋は言い切る。

業種や規模の大小、個人事業か法人かの別に関係なく、どこでも起こりうる問題で、つまるところ経営者が事業をどのように考えているか、経営哲学が問われているのだ。

公私の区別は従業員より経営者、あるいはその一族が明確に守らなければならない。

東海 友和『イオンを創った女の仕事学校 小嶋千鶴子の教え』(プレジデント社)

経営者が、自分の店、自分の会社を自己の所有物のように考え、自分や家族、そして子供のためのお金儲けの道具として考えてしまったら、その時点で経営者として失格である。金儲けを考えるときには経営者を降りろとさえ言う。

そうならないためには、経営者が、1.自らに厳しく2.絶対無私であり、3.己より会社、組織を優先させることが必要であると、小嶋は多くの経営者に説く。

「公平」という考えを自分を含めた会社全体に徹底し、一生懸命働く人、能率を上げる人、あるいは業績に貢献した人には、それに応じた待遇なり処遇をせよという。

この公平さや公正さは、経営者側からだけでなく、従業員の側から見ても納得できるものであらねばならない。

何を公とし、何を私とするかは経営者の経営哲学そのものであり、それこそが企業が真に発展、拡大できるかどうかの最初の一歩なのである。

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東海 友和(とうかい・ともかず)
東和コンサルティング代表
三重県生まれ。岡田屋(現イオン株式会社)にて人事教育を中心に総務・営業・店舗開発・新規事業・経営監査などを経て、創業者小嶋千鶴子氏の私設美術館の設立にかかわる。美術館の運営責任者として数々の企画展をプロデュース、後に公益財団法人岡田文化財団の事務局長を務める。その後独立して現在、株式会社東和コンサルティングの代表取締役、公益法人・一般企業のマネジメントと人と組織を中心にコンサル活動をしている。著書に『イオンを創った女』(プレジデント社)、『イオン人本主義の成長経営哲学』(ソニー・マガジンズ)、『商業基礎講座』(全5巻)(非売品、中小企業庁所管の株式会社全国商店街支援センターからの依頼で執筆した商店経営者のためのテキスト)がある。

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(東和コンサルティング代表 東海 友和)

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