仕事のデキる人が「アート思考」を学ぶべき理由
プレジデントオンライン / 2019年11月20日 15時15分
※本稿は、秋元雄史『アート思考』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■アートを通じて、自分とは違う世界のありようを想像する
なぜビジネスパーソンは、アートを学んだほうがいいのでしょうか?
本稿をお読みいただくことで、アートとビジネスの驚くべき関係性がわかると思います。
アートは、アーティストたちの自由な発想により無限に拡大してきました。それと同様に私たちが生きる社会も産業や科学の発展により無限に拡大しています。我々人間にとってアートも社会も、時代の発展とともに変化し、広がっているのです。
アートはビジネスの世界から見れば遠い存在に思えますが、人間の営みという高みから俯瞰して見れば、少なからず共通点が浮かび上がってきます。
特に今のような不透明な時代においては、常識にとらわれないアートからのアプローチによって物事を捉え、ときに見直すことで、思わぬ解決策や新たな道が開かれるでしょう。
また、そこまでいかないまでも、幅広くアートの知識を得ることで、これまでと違う見方で社会の状況や人間の内面の変化について、学ぶことができるはずです。同時に私たちはアートを通じて、自分とは違う世界のありようを想像できるようにもなります。
■課題は何かを探っていくための思考法
ビジネスの世界では、これまで「ロジカル・シンキング(論理的思考)」や「クリティカル・シンキング(批判的思考)」がもっとも重視されてきましたが、それだけでは解決できない問題が増え続けています。例えば、資本主義自体のあり方や環境破壊、人種差別や民族紛争など、社会が進化し、テクノロジーが発達しても、社会を覆う問題は山積みです。
このように多くの社会問題を漠然と抱えながら、何が原因で、何が課題なのかも見つけづらい状況が増えています。
事業を通じて社会の課題に答え、問題を解決していくビジネスの世界も、こういった社会問題から無関係でいることはできません。これまで以上に、広い視野が求められ、社会正義に則ったビジネスへの姿勢が求められるでしょう。私のもとにも、アーティストが思考する方法に興味を持つ方々から、講演や取材などのお声がかかることが多くなっています。
本稿でお伝えするのは、単なる問題解決にとどまりません。アーティストのように思考し、イノベ―ティブな発想を得るための感性を鍛える具体的な方法をお伝えします。
つまり、旧来の思考法とは異なるオルタナティブな発想としての「アート思考」を身につけていくための方法論です。
「今、何が問われているのか?」「課題は何なのか?」を探っていくための思考法をアートから得ていくためには、どうすればいいでしょうか。
■求められるのは「正しい問い」を立てること
私が館長を務めた、直島の地中美術館と金沢21世紀美術館の両方に作品が展示されているアメリカ人アーティスト、ジェームズ・タレルは「アーティストとは、答えを示すのではなく、問いを発する人である」と述べています。
これからの時代に求められるのは、答えを引き出す力以上に「正しい問いを立てることができる洞察力とユニークな視点」です。
今後、人工知能やロボット、あるいはブロックチェーンといった最新のデジタル・テクノロジーが私たちの働き方や生活を大きく変えていくでしょう。
そのような時代だからこそ、改めて人間のあり方を根本から考えて、将来に向けていかにあるべきかを構想してビジネスを組み立てていくことが求められています。
特に、現代アートは、「現在の人間像について多角的に考えて、未来に向けて、さらなる可能性を持つ新たな人間像を求め、人間の概念を拡大することに挑戦する試み」であるということができます。そう考えると現代アートの思考法には、新しいことに挑戦し、クリエイティブな発想を展開したいと考えるビジネスパーソンにとっても非常に可能性があると思われます。
今日のアートは、旧来のような人間の内面世界を表現するだけのものでなく、テクノロジーやデザインと結びつき社会的な課題に新たな提案を行う、あるいは、現代思想と結びつき次の時代の社会のあり方を構想するといった思考実験の場所でもあるのです。感性に訴えかけると同時に、ロジカルに伝えるコミュニケーション・ツールとして、実社会においても、新たな価値の創造に寄与する存在でもあります。
その出発点となるアート思考は、現状を打開するため、従来とは異なるステージで活躍するために、必要不可欠な視点となります。
■ビジネスとアートは大きく異なる
最近のアート教養ブームで、オフィスにアート作品を飾り、美術館やギャラリーに足を運ぶ経営者やビジネスパーソンが多くなったように思います。この流れは、アートの魅力を再確認するいい機会にもなっています。実際、知識、教養としてのアート以上に、アートを通じて自分を磨き、本来、人間が持つ感性や感覚といった自身のポテンシャルを引き出すことが大切で、自らの未知の可能性を引き出す方法につながります。
しかしながら、注意しておくべき点があります。アートやアーティストから学びを得られることは数多くありますが、基本的には、ビジネスとアートは大きく異なっているのです。
アーティストは経済的に成功したからといって、アートが成功したとは、考えません。ビジネスであれば、売上金額や利益、時価総額などの指標を目安にしなければ、会社経営はできないでしょう。つまりビジネスにおいては、「儲かることが成功である」という基準が成り立ちます。
しかし、アートに求められるのは、経済的・社会的成功ではなく、やむことなき自己探求をし続けることです。社会に対する問題提起、つまり新たな価値を提案し、歴史に残るような価値を残していけるかどうかという姿勢を極限まで追求することが、アーティストの願望なのです。
このように、到達地点が異なるビジネスとアートは一見、まったく異なる世界ですが、ビジネスに関わる人にとって、なぜアートを学ぶべき価値があるといえるのでしょうか。
■それでもアートを学ぶべき理由
それは、人間社会の課題が広く、深くなっていく時代において、ビジネスの課題の立て方(ビジネスモデル)も広く、深いものでなければ、息の長いビジネスとして存続できないのではないかと、私は考えるからです。
昨今、アーティストのように思考する「アート思考」が注目を浴びていますが、正直なところアート思考の本来の意味が間違って解釈されているために、アーティストの本来の能力が低く見積もられていることに強い懸念を感じています。
本稿において、アーティストとは何なのか? アートとは何なのか? をひもときながら、ビジネスパーソンが学ぶべき「アート思考」の本質をお伝えできればと思います。
決して、正解が存在するわけではありませんが、私が直島時代からお付き合いしてきた世界的アーティストたちに共通する見方やアートに対する姿勢も含めて、ご紹介することで、世界の第一線で活躍し続けるアーティストの思考を少しでもお伝えできればと考えています。
■イノベーションは「常識からの逸脱行為」から生まれる
ビジネスパーソンが、アーティストの創造性やものの見方を学んだからといって、すぐに彼らのような感性や思考法が身につくわけではありませんが、人生のどこかで行き詰まったとき、常識的ではない別の観点・視点で考えたいときに、アートはきっと役に立ちます。
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なぜなら絵を描くことや見ることといった芸術体験は、一種の「常識からの逸脱行為」だからです。アートはどこか常識を破ったところにあるものであり、その時代の合理性や論理だけでは測ることができないものです。我々は知らず知らずのうちに、常識にとらわれていますが、アーティストはそれらを軽々と乗り越えていきます。
ビジネスにおけるイノベーションもまた、そのような「常識からの逸脱行為」によって、生まれてくるものではないでしょうか。
そもそも「アートはビジネスにとって有用なのか?」といった問いが投げかけられる時点で、日本におけるアートの位置づけが、いかに特殊なものなのかがわかります。対照的に、欧米ではビジネスエリートたちにとって、アートはきわめて身近にある存在です。
単に文化的な教養としてのアートというだけの領域にとどまりません。ある経営者にとっては、経営哲学を学ぶ場所であったり、自らの創造性を飛翔させ、さらに磨きをかけるための対象であったりするのです。
イノベーティブな発想をするビジネスパーソンであれば、アートとの相性はいいはずです。ビジネスパーソンもアーティストと同様にクリエイティブな発想で仕事をすることが、仕事における新たな領域を切り開いていく上では必要だからです。
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東京藝術大学大学美術館館長・教授/練馬区美術館館長
1955年東京生まれ。東京藝術大学美術学部絵画科卒。1991年、福武書店(現ベネッセコーポレーション)に入社。瀬戸内海の直島で展開される「ベネッセアートサイト直島」を担当し地中美術館館長、アーティスティックディレクターなどを歴任。2007年から10年にわたって金沢21世紀美術館館長を務めたのち、現職。
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(東京藝術大学大学美術館館長・教授/練馬区美術館館長 秋元 雄史)
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