ヤフトピよ、なぜ統合の話をとりあげない?
プレジデントオンライン / 2019年11月19日 18時15分
経営統合に関する共同記者会見で握手するヤフー親会社Zホールディングス(HD)の川邊健太郎社長(左)とLINEの出沢剛社長=2019年11月18日、東京都港区のグランドプリンスホテル高輪 - 写真=時事通信フォト
■96年の誕生時から「ヤフー」の海外展開はできなかった
私は『2050年のメディア』を次のように終えている。
ヤフー・ジャパンが、創業時の進取の気性をもって、ソフトバンクグループとともにグローバル化に挑むとすれば、それはそれで、また新たな心躍る物語の誕生ということになるだろう。
11月18日、ヤフーとラインの統合が正式発表され、川邊健太郎ヤフー社長と、出澤剛ライン社長の記者会見が行われた。ヤフーとラインの統合については、13日夜からニュースが流れ始め、14日の各紙朝刊はこぞってこれを書いた。多くの記事は、ペイペイとラインペイの統合シナジーなどに目を向けていた。が、私は、このニュースを最初に聞いた時に、ああ、いよいよ、日本のヤフーがグローバル化に挑もうとしているのだな、と思ったのだった。
というのは、ネットというボーダーレスの空間で興隆してきた企業でありながら、ヤフー・ジャパンは、96年の誕生時から米国ヤフーとの契約によって、ヤフーの商標をつかった海外展開ができなかったからだ。
■「コンテンツをつくりたい」という社内の声を抑えてきた
米国のヤフーは、記者やプロデューサーを雇い、自らコンテンツをつくってメディア企業になろうとした。一方、日本のヤフーは、月間224億PV(2004年当時)というガリバーになっても、「自分たちでコンテンツをつくりたい」という社内の声を抑えて、あくまでもプラットフォーマーに徹した。
その結果、米国ヤフーは、さまざまな経営者に変わったあと、事業体としてその寿命を終え、通信会社のベライゾンに売却された。ヤフー・ジャパンの株をもっていた後継会社のアルタバが、ヤフー・ジャパンの全ての株を売却したのは2018年の9月。
このとき、ソフトバンクの孫正義は、初めて米国からの縛りから逃れ、ヤフーを完全に自由にできることになったのだった。そして、最初の一手として、ヤフーの株を買収、ソフトバンクが45パーセントの株を持つ親会社になった。これが、2019年6月27日。
その次の手が、子会社となったヤフーと日本のラインの経営統合だった。
■目的は、GAFA、BATHに対抗する「第三極」になること
今年6月の株主総会でヤフーの会長を退任し、完全にヤフーから離れた宮坂学と飲んでいた時、ヤフーの国際化の話になったことがある。
宮坂は「今、世界の人々は、GAFA陣営かBATH陣営のどちらの経済圏に入るかということになりつつある。しかし、その中でアジアの国々でそれなりのプレゼンスをもって出ていっているのがラインだ」と語っていた。
そのことがあったので、私はすぐに、この統合の本当の狙いは、ヤフーのグローバル化にある、と踏んだのだった。
実際、11月18日の記者会見で、川邊健太郎ヤフー社長と出澤剛ライン社長の二人は、はっきりと今回の統合の目的を、「日本・アジアから世界をリードするAIテックカンパニー」になることとした。ラインがすでに進出し優勢となっているアジアのタイや台湾、マレーシアのような国々を足掛かりに、米国勢のGAFA(グーグル・アマゾン・フェイスブック・アップル)、中国勢のBATH(バイドゥー、アリババ、テンセント、ファーウェイ)に対抗する第三極としてのグローバル展開が目的と言明したのだった。
■学生全員は「ニュースはラインで見ている」と答えた
川邊社長は、今回の統合は弱いところをお互いに補う、シナジーの効果が高いとも言った。
確かに、SNSを出発点にコマースや決済サービスに広がってきたラインは若年層に強く、パソコン時代からのヤフーは中高齢層に強い。
だが、その中で気になるのは、両社のシナジーが効かず、ほぼ同じ事業を行っている分野だ。
そのひとつにニュースがある。
ヤフー・ニュースは後発のライン・ニュースを常に気にかけていた。私は、慶應SFCで調査型の講座「2050年のメディア」を持っているが、その中でヤフー・ニュースの幹部の取材に立ち会ったことがあった。そのとき、幹部は学生たちに、「ニュースはどのアプリで得ているのか?」と聞いたが、全員が「ライン」と答えた。
「まずラインでメッセージをチェックしてそのまま画面の下にいって、右に指を動かしニュースをタップ、ニュースをチェックする。そう手がもう覚えてしまっている」
こう学生が答えたとき、その幹部は明らかにショックをうけていたように見えた。
■ヤフーからラインに経験ある編集者が次々と移籍
そして、ヤフー・ニュースから次々に経験のある編集者がラインに移籍していっていた。東奥日報からヤフーに転職し、ヤフトピの見出し2万本をつくった編集者の葛西耕は2018年10月末で退社、ラインへ。同じく北国新聞からヤフーに転職した杉本良博も、2019年5月にラインへ移籍した。
彼らは、ヤフーが川邊健太郎体制のもと、メディア企業からデータ企業にはっきりと舵をきったことを見越して移籍していっていた。
そのラインがヤフーと統合する。記者会見の同日開かれた投資家への説明の中で、川邊健太郎は、補完する分野として、フィンテックやコマースを挙げていたが、現在競合している分野についてはとくに分野を示さず「合理化する」と答えていたから、ニュース部門はまさにその対象になるだろう。
■「公共性」のないニュースサイトは長期的な価値をつくれない
ヤフー・ニュースがここまで大きくなった理由のひとつに、「公共性」という創設以来のDNAがある。ヤフー・ニュース・トピックス(ヤフトピ)は今知るべき8本のニュースを表示するキラーコンテンツだが、このヤフトピは、誰が世界のどこでアクセスしようと、同じ8本が並んでいる。
競合する「スマートニュース」や「グノシー」の場合は、ユーザーのログをAIが分析して、そのユーザーが好むニュースが表示されるようになっている。だから私が見ているスマートニュースはあなたが見ているスマートニュースとは違うのだ。
しかも、ヤフトピの場合、8本のうち上に表示される4本は、どんなときでも、政治、経済、国際の硬いニュースが並び、エンタメや芸能はかならず下の4本に配置される。
その理由を、宮坂学は「知らせるべきニュースを知らせる。自分は人々に間違いのない選択をしてほしいと考えていた」と答えていた。スマートニュースやグノシーのようなやりかただと短期のPVはあがるかもしれないが、長期的な価値には結びつかないとヤフーはよくわかっていたのだった。
■ヤフトピに「ライン・ヤフー統合」のニュースが1本もない
映画『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』でメリル・ストリープ演じるワシントン・ポスト社主のキャサリン・グラハムの言葉を借りれば、「質(クオリティ)が利益(プロフィッタビリティ)をつれてくる」ことをよく知っていたということになる。
統合後のヤフー・ニュースは、川邊健太郎構想の要、「さまざまなシナジーを効かしていく」という方針の中では、難しい局面を迎えることになる。たとえば、位置情報とペイペイがあわさって店に誘導する、そこまではいい。しかし、これにニュースが連動することになれば当然、ニュースの信頼性や倫理の問題に触れてくる。
何よりもヤフーが創業以来、大切にしてきた「ヤフー・ニュース」の公共性が揺らぐことにならないように、経営陣がしっかりとしたグリップを効かせることが必要だ。
たとえば、現在までのところ、ヤフトピに、ライン・ヤフーの統合のニュースが1本もあげられていないのはどうしたことだろう。
ヤフトピの創設者である奥村倫弘は、かつてニュース部門を率いていた宮坂学に、「ヤフトピはヤフーやスポンサーにとって悪いニュースこそをむしろとりあげる。それが最終的には両者の利益になる」と言い、宮坂は感動していた。
そうした創業のDNAを忘れてはならない。
■ヤフーから抜けられるのは「電子有料版」だけ
新聞社や出版社などのコンテンツを提供している側は、これまでも広告料の7割から9割をヤフーにとられてきたが、ヤフーとラインの統合でこのプラットフォームが大きくなることで、情報提供料などの価格交渉でさらに劣勢に立たされることになるだろう。
多くの新聞社や出版社は、経営者がプラットフォーマーの意味を理解せず、ヤフーに記事を出し続けてきたことで抜けられなくなっている。組織が年功序列であり、和をもって貴しとなすので、デジタル部門の収益が一気に下がるような、ヤフーからの引き上げはこれまでできなかった。
読売グループ現社長の山口寿一も、社長室長時代の2000年代後半に、日経、朝日との共同のポータル「あらたにす」の開設に挑んだが、結局、読売をヤフーから抜けさせることは、全社的な理解が得られずできなかった。
こうした中、抜けでていくメディアは、ニューヨーク・タイムズやエコノミスト、そして日本経済新聞のように、そこだけでしか読めない調査型の記事を電子有料版でだすメディアだけだろう。日本の出版社では東洋経済新報社、ダイヤモンド社は早い段階でそのことに気がついて2011年ころから社の組織自体を変えてきている。
■川邊ヤフー社長にとって「新たな心踊る物語の誕生」
川邊健太郎は『2050年のメディア』が見本が送られてくるとすぐに読んでいる。
その感想は、「懐かしい」というものだった。川邊健太郎は2000年代半ば以降、新聞社に包囲網をしかれたヤフー・ニュースの舵取りをしたが、そのすさまじい駆け引きも、どこか遠景の過去のフィルムを見ているようだったのだ。
すでにヤフー・ニュースを中心としたメディア企業としての段階は終わり、データ企業として世界にうってでようとする川邊にとっては、今起こっていることが、まさに「新たな心踊る物語の誕生」なのだった。(文中敬称略)
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慶應義塾大学総合政策学部 特別招聘教授
1986年、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。同年、文藝春秋に入社。編集者として、一貫してノンフィクション畑を歩き、河北新報社『河北新報のいちばん長い日』、ケン・オーレッタ『グーグル秘録』、船橋洋一『カウントダウン・メルトダウン』、ジリアン・テット『サイロ・エフェクト』などを手がけた。19年3月、同社退社。2018年4月より前期は慶應義塾大学SFC、後期は上智大学新聞学科で、「今後繁栄するメディアの条件」を探る講座「2050年のメディア」を開講している。 著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善ライブラリー)、『勝負の分かれ目』(角川文庫)。最新刊は『2050年のメディア』(文藝春秋)。
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(慶應義塾大学総合政策学部 特別招聘教授 下山 進)
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