サイゼでミラノ風ドリアを頼むのはトクなのか
プレジデントオンライン / 2019年11月27日 11時15分
※本稿は、稲田俊輔『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■あくまでイタリア料理中心の異色チェーン
サイゼリヤは今や全国で1000店舗を超え、日本人で知らない人はいないであろう、まさにチェーンレストランの代表格です。また、ハンバーグを中心に日本人にすっかりなじみのある洋食系メニューをメインに据えることの多いファミリーレストラン(以下、ファミレス)業界にあって「イタリアンワイン&カフェレストラン」を標榜し、パスタなどのあくまでイタリア料理を中心に展開する異色のファミレスチェーンでもあります。
そうでありながら、ファミレスチェーンの国内店舗数ランキングではガストに次いで2位、老舗であるロイヤルホストやデニーズなどを大きく引き離しています。その人気は、低価格に支えられているようにも見えますが、価格以上に料理やサービスに多くの人が価値を感じているからこその大躍進であることは言うまでもありません。
もっとも私は、サイゼリヤがビジネス的にどうこうという話をするつもりはありません。一消費者として徹底的にどう楽しむかを多くの方と共有できればと思っています。
■「おいしさの上げ底」をせず「おいしすぎないおいしさ」を守る
サイゼリヤにはさまざまな魅力があり、その根幹を私は「おいしすぎないおいしさ」であると考えています。「ちょっと待って、おいしすぎないってことはつまりおいしくないってことなんじゃ!?」と思うかもしれませんが、ちょっと違います。
チェーン店に限らず飲食店で安い料理を提供しようとしたら、当たり前ですがコストを削らなければいけません。コストを削れば料理は味気ないものになってしまいがちです。
なので、安さを追求するレストランは(あるいはコンビニやファストフードなんかでもそうですが)味気なくなった部分を別の何らかの方法で補おうと躍起になるのが普通です。
例えばコストの高い食材である肉を減らせば、それを単価の安い肉エキスのようなもので補う、みたいなことです。実際はそんな単純なものではないのですが、あくまで一つのわかりやすいたとえとしてはそういうことになります。
もちろんそういう類いの企業努力は大事なことでもあるのですが、その結果として安い外食はなんだか押し付けがましい、少しうんざりするような味になってしまうことが往々にしてあるのです。
サイゼリヤが独特なのは、そういう「おいしさの上げ底」みたいなことをあえてやらないというスタンスを、頑なに守っているところにあります。そしてその頑なさの根幹を成しているのは、サイゼリヤの素材に対する強烈な自信であると言えるかもしれません。
■自由に使える卓上調味料のクオリティが高い
素材の良さに関して、もっとも目についてわかりやすい例としてはフロアに置いてあって自由に使える卓上調味料があります。具体的には、まずオリーブオイルです。
ナポリの老舗メーカーと提携して徹底した品質管理の下に直輸入されるそれは、香りの豊かさ、スパイシーさを感じるその風味、さらりとした口当たり、「こんないいオリーブオイルを自由に使っていいなんて!」と歓喜せずにはいられない素晴らしいおいしさ。
もう一つ、最近置かれるようになった粉チーズのグランモラビア。以前の粉チーズは、大衆的な店でよく見かけるタイプの紙筒入りの半乾燥製品が置かれていましたが、今はこちらに切り替わっています。
これがまた素晴らしいのです。熟成感のある硬質チーズならではの深いうまみとフレッシュな風味、塩味も丸く素材の相性を選ばないクセのなさ、よくある工業生産的な粉チーズとはまったく別物です。
■素材が良いからこそ「最低限の足し算」で済む
あくまで仮の話なのですが、もしもサイゼリヤで「ただ茹でただけのパスタ」が出てきたとしましょう。そこに前述のオリーブオイルをたっぷりとかけ回し、グランモラビアチーズをたっぷり振りかけて、調味料コーナーにあるブラックペッパーをガリリとひきます。するとそれは瞬く間に絶品のパスタ料理になるのです。
もちろんサイゼリヤはレストランですから、茹でただけのパスタをそのままお客に提供することはありませんが、厨房の中ではそういうミニマルな最低限の足し算だけが施された状態で商品として提供されるわけです。そこには、素材さえ良ければ無理な底上げは必要ないという強烈な自負があります。
人によってはそれだけでは物足りないでしょう。そういう人はサイゼリヤに対し「確かに安いけど安いなりの味」という評価だけを下してしまうのかもしれません。でも普段安い外食のうんざりする押しつけがましい味に辟易しているような人々にとっては、サイゼリヤは数少ない安寧の場になっているのではないかと思います。
■ゆったりしたソファでフルサービスを受けられる場所
サイゼリヤというお店に対して皆さんはどういうイメージを持っていますか?
真っ先に思い浮かぶのは「低価格」ではないでしょうか。一般的にファミレスは安いというイメージもありますが、実際のところ世の中のファミレスは極端に安いわけでもないです。路地裏に佇む大衆的な定食屋とか、夜の集客につなげるためと割り切って異常にお得なランチを出す居酒屋など、探せば安くてお得な店はすぐに見つかります。
そもそも安さと満足感を追求するならファミレスよりも和風ファストフードに圧倒的に軍配が上がります。特に吉野家を筆頭に牛丼チェーンの安さはもはや異常ですし、カツ丼、天丼、さぬきうどんのチェーンなどもそれに続きます。
そんななか、ファストフードとは違って広いお店のゆったりしたソファに座り、券売機でもセルフでもないフルサービスでくつろげるにもかかわらず、サイゼリヤの低価格は圧倒的です。パスタやドリアは299円からあって、それだけで済ませるなら今となっては牛丼より安くて済みます。それに加えて199円からあるサイドディッシュのチョイスにも事欠きません。
■サイゼリヤではほとんどの人がパスタを食べているが…
実際サイゼリヤで店内を見渡すと、ほとんどの人がパスタを食べてますよね。ポテトを仲良くシェアする若いカップル、なんて光景もよく目にしました。名物ともいえる299円のミラノ風ドリアも、もちろん大人気です。
サイゼリヤの平均客単価は730円程度と聞きます。おそらくほとんどの人が安くて500円から高くても1000円を超えないような使い方をしているということになるでしょうか。パスタかドリアもしくはピザにドリンクバー、時にはサイドディッシュも一品つけて、みたいなのがおそらくサイゼリヤの客の基本パターンと言えるでしょう。
ところがそんな基本パターンを全否定する、いやむしろけんかを売るような爆弾発言を聞いたことがあります。昔から食に対してこだわりと造詣の深い、私の知人O氏のサイゼリヤ評はこんなものでした。
「サイゼリヤはパスタやドリアを食べる人たちの財布でうまい塩蔵肉やら気の利いた小皿をつまみに上等なワインをたらふく飲む店だね」
これは極端な言い回しであり、O氏一流の毒のあるユーモアです。しかし、飲食店経営
者の視点でこの発言を解釈すると、これは実に的を射た洞察なのです。
■パスタやドリアを頼むほどサイゼリヤは儲かる
サイゼリヤのパスタやドリアは確かに安いことは間違いありません。しかし冷静に原価を推定して計算してみると、ちゃんと儲かるようにできているのです。これはむしろ当たり前といえば当たり前。一番売れる主力商品が儲からなければ店としての経営が成り立ちません。
それに比べるとO氏が言うところの塩蔵肉、つまり生ハムやサラミ、意外とそのすごさに気づいている人の少ない粗挽きソーセージなんかは、原価だけを考えるとずいぶん無理をしているように見えます。ワインはさらにそうです。
サイゼリヤは大規模チェーンであり、生ハムやワインも含めてスケールメリットを生かした安い調達をして、パスタと変わらないような利益を出している可能性もなくはないのですが、企業内部の話で、お客さん側が享受する価値の話とはまた別です。
サイゼリヤのパスタは確かに安い。でも生ハムなどのアペタイザーやワインはもっと安い。言い換えると、サイゼリヤはパスタやドリアでしっかり利益を出しているからこそ、高品質なアペタイザーやワインを常識外れの価格で提供することができるということなんです。
■「柔らか青豆の温サラダ」は隠れた人気メニュー
先ほどは「極端な言い回し」と書きましたが、私個人としても実はO氏の発言におおむね同意です。実際サイゼリヤに行ってドリアを頼むことはありませんが、アペタイザーは必ず何品か頼みます。スープも外せません。歴代のメニューで見ると、ミネストローネなどの「季節のスープ」かマッシュルームスープがお気に入りです。
状況とタイミングが許せばワインも飲みます。そのうえでおなかに余裕があればパスタも追加しますが、サイゼリヤではデザートを外せないのでパスタを諦めることが多いかもしれません。
数年前、サイゼリヤのこういう使い方を紹介するブログ記事を書いたら盛大にバズったことがあります。そのときに「わたしも普段からそういう使い方をしています!」という報告を思った以上にたくさんいただきました。
またその記事を参考に同じように試して以来それにハマったという嬉しい報告も続々といただいています。それらのなかで特に支持を得たメニューに「柔らか青豆の温サラダ」(199円)がありました。パスタやドリアを中心に食事しているお客さんがこれをオーダーしているのはあまり見たことがありませんが、実はこういう使い方をする人々には超人気メニューなのです。
■安いからこそTPOに合わせて自由な楽しみ方ができる
こうした使い方をすると、総額もさすがに1500円くらいはいってしまいますし、パターンによってはもっとになります。告白すると私は一人で3000円を超えてしまったことがあります。明らかに食べすぎですし酒も飲みすぎです。3000円はともかく、こうなるともはやファミレスとして安いとは言ってられなくなるかもしれません。
そのかわり満足感は圧倒的です。もちろんたくさん食べたという満腹感だけの話ではなく、ちゃんとおいしいものをバランスよくいろいろ食べられた! という充足感です。例えばこれだけの満足感のある食事を普通のイタリアンレストランで食べたら金額は倍どころでは済みません。それはやっぱり安いと言い切っていいのではないかと思います。
確実に言えることは、730円でパスタやドリアを中心に食事をするマジョリティ層にとっても、1500円で本格イタリアンレストランばりのフルコースを楽しむこだわり層にとっても、それに加えてビールやワインを飲む人々にとっても、サイゼリヤは間違いのない価値を、いつだって提供している素晴らしいレストランである、ということなのだと思います。
一品一品が低価格だからこそTPOに合わせて自由にさまざまな楽しみ方が工夫できる、それこそがサイゼリヤにおける安さの本質と言えるのではないでしょうか。
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円相フードサービス専務
鹿児島県生まれ。関東・東海圏を中心に和食店、ビストロ、インド料理など幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)を経営する円相フードサービス専務。メニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛ける。イナダシュンスケ名義で記事をグルメニュースに執筆することも。ツイッター:@inadashunsuke
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(円相フードサービス専務 稲田 俊輔)
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