一流アーティストだけが持つ「野生の眼」の正体
プレジデントオンライン / 2019年11月25日 15時15分
※本稿は、秋元雄史『アート思考』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■時代の変化をいち早く嗅ぎ分ける直感力
世界中のアーティストたちと接していて実際に驚くのは、彼らが鋭い嗅覚で時代を捉え、思いもよらない発想でアートとして表現しているということです。
私が仕事を一緒にした現代アーティストの中には、そのような作家が数多くいます。その一人、日本の柳幸典は、世界が政治、経済、文化など、様々なレベルでグローバル化し、流動化した90年代から2000年代の国際社会のイメージを視覚化しています。
柳の「ザ・ワールド・フラッグ・アント・ファーム」という作品は、当時の100カ国あまりの国々の国旗をモチーフにしています。それぞれの国旗は色のついた砂でつくられ、そこに生きたアリが生息するというものでした。無数のアリは日々巣づくりを繰り返します。
しかしながら、そのたびに国旗は形を変え、中には原型を留めないほどに変形した国旗も出てきますが、働くアリたちはそれにはまったく気づかずに動き回ります。この作品を俯瞰して眺める私たちには、国家が崩壊し世界が流動化していくさまが、ユーモアを交えた生きた出来事として映るのです。
現代は、アフリカ諸国のように内戦で国の姿がなくなり大量の難民が生まれる時代でもあれば、グローバリゼーションで国境を越えて人やものが大量に移動する大物流時代にもなっています。柳は、社会変化として実感のなかった時代に、いち早くグローバル化の孕む危うさや緊張を視覚化し、作品化していたのです。
これはほんの一例ですが、柳の時代の変化をいち早く嗅ぎ分けていく直感力とそれらをイメージにしていく力には、驚かされます。今後、ビジネスの世界で重要視されるイノベーションも、そうした常人には思いもよらない発想から生み出されるのではないでしょうか。
■現代アートの力で再生した「直島」
私はアーティストのことをよく「炭鉱のカナリア」に喩えますが、彼らはまだ多くの人が見えていないものをいち早くその目で見て、聞こえていないことを聞きながら、言語としては表現しようのないものを形やイメージに置き換えて伝えているのです。
実際に優れたアーティストは、感度のいい野生動物のように時代の変化を肌で感じています。そうしたアーティストの時代感覚は、数十年先取りしていたり早すぎる傾向もありますが、さじ加減を考えればビジネスにもうまく活用することができると思います。
今後はそうしたアーティストのような思考法が、新たな価値を生み出し世界を変えていく原動力になるのではないでしょうか。
新たな価値の創造ということでいえば、まさしく香川県における「直島」がそうでした。直島は三菱マテリアルの製錬所以外とりたてて特徴のない島でしたが、アーティストたちはそれまで価値がないといわれてきた島の風景や町並みに価値を見いだし、それを現代アートの力で前面に押し出すことでさらに価値を高めていったのです。
直島が海外から受け入れられている評価のポイントは、まさに美的・文化的価値を生み出した点にあり、海外の文化人はそのオリジナリティと創造性を評価しているのです。
このように「人が見えていない世界」を先取りすることが、オリジナリティを生む発想の原点になっているといえるのではないでしょうか。
■アートとサイエンスの驚くべき関係
アートとサイエンスの驚くべき関係性もお伝えしたいと思います。水と油のような世界と思われがちなアートとサイエンスについて、お互いにどう共鳴させていくかという事例です。
まず、サイエンスから。ニュートンの万有引力の法則のもとになる「木からリンゴが落ちた」というエピソードは、多くの人にとっては既知の話でしょう。ニュートンは「そもそもなぜ物体が木から落ちるのだろう」と、それまで当然と見なされてきた常識を疑うことで「常識」を「驚くべき新事実」に変換したのです。
コペルニクスの地動説も、その当時としてはありえない発想でした。しかし、コペルニクスは何かのきっかけで、古代ギリシャのピタゴラス派が唱えていた地動説の事実に気づいた。さらに、地球が太陽の周りを周回しているとする仮説に従い、様々なことを検証していったのです。その結果、地動説ですべて証明できることがわかったのです。
実際のところ、一流の科学者の思考回路は、一流のアーティストのそれと、とても似ています。以前、私は、最先端の科学者とアーティストを引き合わせる会合に出席したことがありましたが、そこで見た光景は、驚くべきものでした。
一見、直感や感性を活かすアーティストと、論理とデータを活かす科学者では、水と油のような関係に見えますが、両者はすぐに意気投合したのです。科学者が言うには、自分たちが普段、当たり前に考えていることをどんなに丁寧に話しても、なかなか一般の人には理解されないが、アーティストは彼らの思考をすぐに理解してくれるというのです。
逆に一般的にわかりにくいアーティストの言葉であっても科学者には理解できるのも、両者でイメージを媒介にしたコミュニケーションが存在するからです。
■レオナルド・ダ・ヴィンチは、優れた科学者
(モナ・リザ)で知られるレオナルド・ダ・ヴィンチは、優れた科学者でもありました。科学とアートには「直感」や「ひらめき」「ビジョン」といった、同じような思考が求められ、それらはイメージを媒介することが多いのです。
アートと科学の親和性が高いという事実は、アメリカで実際にアートを利用して科学を視覚的に捉え、共感してもらえるような形で伝える試みが始まっていることからもわかります。鑑賞者に直感的、感情的な反応をもたらして、言葉では説明しきれないアイデアでもアートを使うことで言葉よりも正しく伝達できるだけでなく、記憶にも残りやすいことがわかったためです。
創造性の研究を専門とする心理学者ミハイ・チクセントミハイの著書『クリエイティヴィティ――フロー体験と創造性の心理学』(世界思想社)の中に次のような記述を見つけました。
「私たちの多くは、音楽家、作家、詩人、画家といった芸術家たちは空想的な側面が強く、科学者、政治家、経営者たちは現実主義者であると、当然のように思っている。日常的な活動に関しては、これが真実なのかもしれない。しかし、人が創造的な仕事を始めると、すべてが白紙に戻ってしまう――芸術家は物理学者と同じくらい現実主義者となり、物理学者は芸術家と同じくらい創造的になり得るのである」
科学者には芸術家のような創造的な才能が必要で、芸術家にもまた科学者のような現実主義的な視点が必要なのです。この両方を使えるのが、真の科学者であり、真のアーティストであるといえます。
■「問い」を見つけるセンスの養い方
では、「問い」を見つけるセンスは、どう養っていけばいいのか。
最初にするべきことは、あなたの曇った目を取り除くことです。
私たちは自らを取り巻く外界を正しく理解していると思っていますが、まずそれが間違いであると気づく必要があります。それは、あなたが「見ている」と思い込んでいるものは、「本当に見ているもの」ではない可能性が高いからです。少なくとも何物にも影響を受けていない裸眼で見ているわけではないのです。
例えば、美術史を学ぶと、人類は目に見える世界を捉えるために様々な認識パターンを「発明」してきたことがわかります。点、線、面、円、四角形、三角形は、人間が発明した幾何学的な図形で、人はこれらを利用して世界を視覚的に把握しているのです。
また輪郭線、陰影法、遠近法という技法を使い、本物らしく物や人を写し出しています。空間把握を行うための概念も同様で、すべて視覚認識のために人間が発明した認識パターンなのです。それは「実際に自然界において、これらの形態が存在していない」ことからも理解できます。
■視覚器官は影響を受けやすい
「え? ほんと?」と思われるかもしれませんが、真実です。線など存在しませんし、輪郭線も遠近法も人間がつくり出した架空のアイデアです。
その証拠に、コンピュータのグラフィック用のソフトを使えば、現実に存在しない場所をいくらでもそれらしく、三次元的な表現で描き出すことができます。表現が難しいと言われる人物もゼロからつくり出すことができるでしょう。
実際の現実世界との対応関係がなくても、架空の風景や人物をこれまでの視覚造形上の認識を活用すればいくらでもつくり出すことができます。このように、視覚認識パターンは解明され、絵画的な技法としてプログラム化されてアニメーションなどに活用されています。
これは生まれ持った視覚機能による認識とは異なる、人が成長する過程で教育された認識で、“文化的な眼”とでもいうべきものです。この架空のものを本物らしく認識してしまうメカニズムが、人間に視覚的な様々なイメージを呼び覚まし「認識の跳躍(誤謬)」をもたらしています。
ここでお伝えしたいのは、視覚器官がいかに教育されやすい器官か、また文化的な影響を受けやすい器官か、そして、だからこそイメージを自由に飛翔させることができるのかということを知っていただきたかったのです。
■「なぜ、それができているのだろうか?」
私たちは普段、文化という、人間がつくり出した衣に包まれて暮らしていますが、それらを意識することはまずありません。文化は空気のように私たちを取り囲んでいるだけでなく、すでに身についているので、意識しないのです。
ただ、これはときとしてものごとを考える上では常識という壁になるのです。特に新しくものを見たり考えたりする場合は、知らず知らずのうちに常識という殻から抜け出せずにその中に留まってしまいます。
なぜなら、すでに既存の文化が刷り込まれているために、それを自分の意識から引き剥がして対象化して疑うことが困難だからです。普段から、無意識にできる行動が、かえって「なぜ、それができているのだろうか?」と疑うことを許さないからです。
こういった習慣化された文化が悪いことのように言いましたが、実際は一方的に悪いわけではなく、習慣化した常識があるからこそ、社会の中で難なく生きていくこともできます。そういった保守性がないと、人は社会の中で価値観を共有することも、社会生活をスムーズに営むこともできないのです。
■視覚世界にイノベーションを起こすこと
文化というものは、基本的にはそれまでつくり上げてきた価値や因習を守るという方向に働く保守的な傾向を持つものですから、一定の社会を維持することができるのです。しかしながら、一方で新しい発想やイノベーションを起こそうとするときには、それらが邪魔をする障壁にもなるのです。
前述の視覚との関係ですが、この人間の文化的な営みの発展に、最も貢献した器官が視覚なのです。人間がつくり出した“本当らしさ”を介して多くの人と価値やイメージを共有し、文化をつくり上げる役割の多くを視覚が担ってきたのです。
私たちは架空の線や面などでできた絵画やアニメーションをそれらしいものとして認識して共通のイメージを抱きます。視覚は、最も文化と相性がよい器官です。だからこそ視覚世界にイノベーションを起こすことが、文化にイノベーションを起こすことにつながるのです。
■優れたアーティストの多くが持つ野生の「眼」
現代アーティストがなぜ視覚世界にイノベーションを起こすことができるのか。またそれがなぜ新しいイメージとして共有されていくのか。
現代アーティストの役割は、これまでの古いしきたりに囚われない見方を創造して、イノベーションを起こすことにあるのです。並大抵の「懐疑」では常識の壁は打ち破れないわけです。
これらを打ち破るためには、教育されていない、因習化されていない裸眼のような眼が必要になります。別のいい方をすれば野生の眼ともいえますが、優れたアーティストの多くは、野生の「眼」を持ち、イノベーションを起こしているのです。
現代アーティストは、様々なものに懐疑の目を向けて常に自問自答し、曇ったガラスを磨くように「見る力」を刷新しています。
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東京藝術大学大学美術館館長・教授/練馬区美術館館長
1955年東京生まれ。東京藝術大学美術学部絵画科卒。1991年、福武書店(現ベネッセコーポレーション)に入社。瀬戸内海の直島で展開される「ベネッセアートサイト直島」を担当し地中美術館館長、アーティスティックディレクターなどを歴任。2007年から10年にわたって金沢21世紀美術館館長を務めたのち、現職。
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(東京藝術大学大学美術館館長・教授/練馬区美術館館長 秋元 雄史)
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