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ANAが社員に「アートの鑑賞法」を学ばせるワケ

プレジデントオンライン / 2019年11月29日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ivanastar

組織にアートを採り入れる日本企業が増えてきた。そのうちANAは2017年から社員を対象に「西洋美術の楽しみ」というセミナーを開いている。『アート思考』(プレジデント社)の著者で東京藝大美術館長の秋元雄史氏は「アートとビジネスは深部で響き合う」という――。(第3回/全5回)

※本稿は、秋元雄史『アート思考』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■アートを学んだアップル、Airbnb、スクエアの創業者

アメリカのビジネスシーンでアートに注目が集まった理由は、シリコンバレーなどで新たなビジネスを生み出して、成功を遂げてきた人々の多くがアートの素養を持ち合わせていたことと無関係ではありません。

アップルの創業者スティーブ・ジョブズは、文字のアート、カリグラフィーを学んでいたことで知られています。旧米ヤフー(現アルタバ)の元CEO、マリッサ・メイヤーが影響を受けたのは、画家である母親でした。

Airbnb(エアービーアンドビー)の創業者の一人、ジョー・ゲビアも学生時代にアートを勉強し、アクションカメラをヒットさせたGoPro(ゴープロ)の創業者、ニック・ウッドマンも視覚芸術を学んでいました。

スクエアを2009年の創業からわずか10年で時価総額200億ドル超に成長させたジム・マッケルビーにいたっては、自らがガラス工芸などを手がけるアーティストでもあり、彼のデザインしたスクエア・リーダーはMoMA(ニューヨーク近代美術館)にも展示されています。

そうしたイノベーターたちが共通してアートをたしなんでいたため、アートとビジネスの関係が指摘されるようになったのです。

■数学、工学、アートに詳しい複合的な人材の価値

実際、アートとビジネスは、深いところで響き合っています。

例えば「アートとは、ゼロから価値を生み出す創造的活動であり、ビジョンと、それを実現させるための内なる情熱が必要」なものですが、この「アート」を「アントレプレナーシップ」に置き換えてみましょう。

すると「アントレプレナーシップとは、ゼロから価値を生み出す創造的活動であり、ビジョンと、それを実現させるための内なる情熱が必要」となります。ビジネスに関わっている人にとってもまったく違和感はないでしょう。先に挙げた世界のイノベーターたちは、ビジネスの世界で成功を収めたアーティストでもあるのです。

アーティストが作品を創作するときは、常にゼロベースでものを考えますが、ビジネスの世界においても、既成概念にとらわれることなくゼロから創造してきた人々がいました。それが先ほどのスティーブ・ジョブズであり、ジョー・ゲビア、ニック・ウッドマンであり、ジム・マッケルビーだったのです。

この社会に新たな価値をもたらし、社会に影響を与えてきた人々は、数学や工学からアートまで、横断的な知識を身につけていました。

今後そうした複合的な人材は、ますます多方面で必要となってくるはずです。

■ウォールアートで埋め尽くされたフェイスブック本社

アートとビジネスの関連性が知られるようになり、日本企業の中にも、組織にアートを採り入れようとする動きが出てきています。

化粧品会社のポーラは、2016年から、新入社員向け研修で名画鑑賞を行うようになり、全日本空輸でも社員を対象に行ってきたグローバル教養力を習得するためのセミナーに2017年度から、西洋美術の鑑賞法を加えています。

海外では、フェイスブックの本社がウォールアートで埋め尽くされ、世界各国のオフィスにアートが飾られていることは、あまりに有名です。そのことについてフェイスブックは、「プロダクトやコミュニティは常に成長している=完成されておらず、発展途上であるのと同じように、オフィスも制作過程にあるアート作品のように感じられるべきだ」という同社CEOマーク・ザッカーバーグの思いが込められている、と説明しています。

実際にザッカーバーグのコレクションは、アーティストによって表現方法は様々ですが、どれも創造力が掻き立てられるものばかりです。

マイクロソフトも企業コレクションを持ち、社内に絵画を展示することが生産力向上につながると公表しています。

また日本でもマネックスグループが、10年以上前から「Art in the office(アート・イン・ザ・オフィス)」と名付けて、公募で選ばれたアーティストの作品を一年間展示するプログラムを続けています。

■ゼロからなにかを生み出すアーティストの思考法

私が以前勤めていたベネッセでも、直島でのアートプロジェクト以外にも岡山本社や東京本部に多くの現代アートを展示していて、普段から社員が現代アートに接することができる環境をつくっていました。展示替えをしてオフィスのイメージを大胆に変化させていたのです。

一回に100点を超える美術館のような展示替えをして、社員に驚かれたこともあります。担当していた私本人が言うのですから間違いありません。これらはあくまで社員教育の一環ですが、今後は企業のトップにもアート的発想が求められる時代がくるでしょう。

経営理念の刷新や新たなビジョンの策定の場面も想定されます。そうした部分にこそアート的な発想によるパラダイムシフトが必要となるからです。

単なる「改善」ではなく、既存のものとはまったく異なる発想を行うときに求められるのが、ゼロからなにかを生み出すアーティストの思考法なのです。

アーティストの思考法というとハードルが高いように感じるかもしれませんが、日常でアートに触れる機会を増やしていくだけでも身についてくるものです。

■アートに触れることで、自分自身が変わっていく

最近はビジネス系のメディアで「アート」について語る記事が増えています。教養として美術史を学んだり、美術品の鑑賞法を解説する講座に通ったりと、アートに注目するビジネスパーソンは、確実に増えているようです。

秋元雄史『アート思考』(プレジデント社)

ただし、ここで勘違いしてほしくないのは、アートとビジネスは、実利的に直結するものではないということです。得た知識をすぐに自分の仕事の成果につなげようとする発想は、アートからはほど遠い考え方です。

アートが示唆するものは、ある種の哲学のようなものであり、安直なハウツーに関するたぐいのものではありません。作品の解説にしても、評論家により解釈は実に様々です。解説者によって主張がかなり異なるような分野も珍しいと思われます。

アートは、視点や生き方など、包括的に私たちに影響をもたらすものなので、それを体系化したり言語化したりするのは、決してたやすいことではありません。

それらを表面的に捉え企画書に採り入れようとしても、コンセプトの上っ面をなぞるだけの中身がないものになってしまいがちです。

確かに作品の鑑賞を通して、アートが歩んできた破壊と創造の歴史を知ることで、様々な気づきもあるでしょう。

しかし、アートに触れることにより、自分自身が変わっていくような体験は、もしかすると5年後、10年後にストックされてきた知識が、ふと何かと結びつくことでようやく実感できるレベルなのかもしれないのです。

アートと接して得られる効果は、いわばあなたという人間の中に澱のようにたまっていき思考や人格に深く影響を与えるものです。それは、即効性こそないものの、あなたを確実に人間的な成長へと導くでしょう。

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秋元 雄史(あきもと・ゆうじ)
東京藝術大学大学美術館館長・教授/練馬区美術館館長
1955年東京生まれ。東京藝術大学美術学部絵画科卒。1991年、福武書店(現ベネッセコーポレーション)に入社。瀬戸内海の直島で展開される「ベネッセアートサイト直島」を担当し地中美術館館長、アーティスティックディレクターなどを歴任。2007年から10年にわたって金沢21世紀美術館館長を務めたのち、現職。

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(東京藝術大学大学美術館館長・教授/練馬区美術館館長 秋元 雄史)

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