「ネットが社会を分断している」論は誤りである
プレジデントオンライン / 2019年11月29日 11時15分
※本稿は、田中辰雄・浜屋敏『ネットは社会を分断しない』(角川新書)の一部を再編集したものです。
■ネット情報の「選択的接触」はリアルより強いか
選択的接触は人間なら誰でもある程度は起こりうることである。わざわざ自分と異なる意見ばかりと接したがるのは、へそ曲がりか特別に戦闘的な人であり、普通の人は自分と似た意見の人のまわりに集まろうとする。それはリアルでもネットでも変わらない。
言い換えると選択的接触はネットだけでなく、リアルでも起こりうる。すなわち選択的接触は、新聞やテレビ番組の選択あるいは友人の選択でも起こりうる。リベラルの人は朝日新聞を読むのが大勢であり、わざわざ産経新聞を読もうとする人は少ない。
したがって、問題なのはネットでの選択的接触が、リアルよりも強いかどうかである。例えばいくつかの実証的研究(*1、*2)は、確かにネットでの行動が選択的であることを示しているが、その程度がリアル世界よりも大きいかどうかまでは示されていない。選択的接触は程度問題なのであり、有るか無いかではなく、その度合いまで測る必要がある。そして、ネットでの選択的接触の度合いまで踏み込んだ実証はそれほど多くは無い。本稿ではこれを試みよう。
あらかじめ結論を述べておくと、ソーシャルメディアでの選択的接触は実は強くない。調べてみるとツイッターとフェイスブックで接する論客の4割程度は自分と反対意見の人であり、決して自分と同じ意見の人ばかりではない。接する論客の9割以上が同じ意見の人という偏った人は1割程度しかいない。
比較の仕方が難しいが、単純比較すると、新聞・テレビよりソーシャルメディアの方がむしろ選択的接触が弱い。2017年に日本居住者10万人に対して行った我々の調査では、「ネットを使うと穏健化する」「若年層ほど分極化していない」ということがデータで示される結果となり、『ネットは社会を分断しない』の第4章でその詳細を述べている。
ネットでの方が選択的接触が少なく、自分と異なる意見に接しているのなら、そうなるのも自然である。ネットではリアルより多様な意見に接しているため、人々が分極化せずむしろ穏健化しているというのは通説に反しており、注目に値する。
■保守・リベラルの一方だけの意見に接する人は5%以下
選択的接触の程度を測る方法を考えよう。ネット上のすべての接触を網羅的に測ることは難しいので、まず、代表的ソーシャルメディアであるツイッターとフェイスブックに集中することにする。特にツイッターは、先に述べた2017年の我々の調査において分極化の可能性が出た唯一のメディアであり、さらに踏み込んで調査する価値がある。またツイッターはフォロー関係が外部からわかるので実態をつかみやすいという利点もある。
計測方法としては、具体的人名を挙げてその人をフォローしているかどうかを聞く方法をとった。選択的接触をしているかどうかは当人も気づいていないことが多いので、当人に直接にフォロー相手が選択的かどうかを聞いても意味がない。
たとえば、フォロー相手は自分と同じ意見の人が多いですかと当人に問うことは無意味である。当人としては自分と異なる意見の人を多くフォローしているつもりでも、客観的に見るとほとんど同じ意見の人ばかりということは十分に起こりうるからである。そこで、具体的な人名を挙げてその人をフォローしているかどうかで見ていくことにする。
そのために、まずネット上でよく話題にされている論客を選んだ。下記がその論客一覧である。
【山本 太郎】【宮台 真司】【江川 紹子】
【有田 芳生】【茂木 健一郎】【上杉 隆】
【蓮舫】【古市 憲寿】【津田 大介】
【原口 一博】【田原 総一朗】【東 浩紀】
【小泉 進次郎】【池田 信夫】【やまもといちろう】
【橋下 徹】【田母神 俊雄】【高須 克弥】
【岸田 文雄】【石平 太郎】【百田 尚樹】
【山本 一太】【西村 幸祐】【安倍 晋三】
選択基準はツイッターのフォロー数ランキングの上位者の中から、政治問題、社会問題について発言している人を選んだ。結果として芸能関係者などは除かれている。
アンケート調査で、ツイッターとフェイスブックのユーザに対し、これらの人名を示して、次の4項目から選んでもらった。
(2)フォローはしていないがツイッターのタイムラインに出てくる
(3)フェイスブックで時々出てくる
(4)フェイスブックとツイッターで発言に接することはない
注:(4)以外は複数回答を許す
(1)(2)(3)のどれかを選んだ人はソーシャルメディアでその人の意見に接していることになる。(4)はその人の意見に触れることはない。
■論客をフォローしている人々の政治傾向を計算する
選択的接触の度合いは、回答者が自分と同じ政治傾向の人ばかりに接しているかどうかで測られる。それを知るためにはこれら論客が保守かリベラルかを決める必要がある。論客リストの人の言動を知る人からすれば、普段の言動からその人が保守かリベラルかは自明とも思える。
しかし、客観性を確保するために、これら論客をフォローしている人の政治傾向を計算してみよう。選択的接触が行われているなら、保守論客には保守の人が、リベラル論客の人にはリベラルの人がフォローに入るはずである。上記の選択肢で(1)のフォローしていると答えた人の政治傾向の平均値を求め、大きさの順に並べ直したのが図表1である。
図表1で、たとえば上から6番目の安倍晋三(563)の値が0.84となっているのは、安倍晋三氏をフォローしている人が563人おり、それらの人の政治傾向の平均値が0.84であることを示す。値が正であると保守傾向、負であるとリベラル傾向なので、この図表は上から下へ、保守傾向の強い人からリベラル傾向の強い人の順に並んでいることになる。
■論客をひとまずリベラルと保守に分ける
より正確に言えば、ここでの値はその人自身の政治傾向ではなく、その人をフォローしている人の政治傾向である(その人自身の政治傾向は当人にアンケートに答えてもらわなければ知りようがない)。さらにフォローする人の政治傾向であるがゆえのバイアスも生じうる。たとえば実際に政治権力を持っている人の場合、その人を批判するために反対意見の人がフォローするということが起こるので、値の絶対値が小さくなり、結果としては穏健な値になる。図表1で安倍晋三氏や橋下徹氏の政治傾向の値が小さいのはこのためで、リベラルの人が批判のためにフォローしていると考えられる。
またテレビ等で知名度が高いと幅広い範囲の人がフォローするため、やはり絶対値が小さくなり穏健な値になるだろう。小泉進次郎氏や田原総一朗氏の値が小さいのはこのためと考えられる。このように、この図表での政治傾向はその人自身の政治傾向そのものではなく、ずれが生じうる。
しかし、それにもかかわらず、図表1の結果には一定の説得力がある。この図表にそって上下の半分に分類し、プラスの値の論客を保守陣営に、マイナスの値の論客をリベラル陣営に分類すると違和感はないだろう。人が自分に近い考えの人の意見を聞こうとする選択的接触は確かに働いている。ただ、いま述べた例からわかるように値それ自体にはあまり信頼性は無いので、以下では個々の値は無視し、プラスの値が出た論客はすべて保守論客、マイナスの値はすべてリベラル論客と見なして一括して分析を進めることにしよう。
■保守論客に数多く接する人は、リベラル論客にも数多く接している
選択的接触の強さは、接する相手がどれくらい偏るかで測れる。たとえば10人の論客に接しているとして、そのうち9人が保守論客、1人がリベラル論客だとするとかなり偏っており、これが6人対4人ならそれほど偏っておらずバランスがとれている。
そこで、接している保守論客、リベラル論客の人数を測り、その組み合わせの分布を見よう。なお、ここで接しているというのは、ツイッターでのフォローだけではなく、タイムラインも含み、さらにフェイスブックでのタイムラインも含むとする。すなわち、アンケート調査項目の(1)(2)(3)のどれかに該当すればその論客に接していると見なす。直接にフォローしていなくても、タイムラインにその人の発言がリツイートされて流れてくれば、その人の意見に接することになる。フェイスブックで直接の友人では無くても、その人の記事が流れてくれば結果として接することになる。
図表2は、保守とリベラル別で見た接している人の数の分布である。縦軸は接している保守論客の人数、横軸は接しているリベラル論客の人数である。数値はそこに該当する回答者の数である。たとえば左下方の408という数値は、保守論客2人とリベラル論客1人に接する人が408人いたことを表している。
この表からまずわかることは、分布が右上がりなことである。したがって、保守論客に数多く接する人は、リベラル論客にも数多く接している。片方だけに偏る人は左上、右下に位置するがそのような人は多くはない。ちなみに、この図表から、論客4人以上に接している人の中で、その9割以上が保守あるいはリベラル論客になる人を求めると9.4%である。保守論客ばかり、リベラル論客ばかりの声を聞いている人は多くはない。
■エコーチェンバーに陥る人は限られている?
この9.4%という比率は接する人の総数にも依存するので、それを変化させて描いたのが図表3である。グラフを見ると4人以上の時の9.4%から、接する人が5人以上、6人以上と増えるにつれて、比率が下がっている。比率が下がるのは、接する人が2~3人程度と少ない時は、すべてがリベラルあるいは保守論客になりやすいためで、これは総数が少ないことによる効果なのであまり意味はない。ここで挙げた27人は調査のためのサンプルであり、実際には保守側・リベラル側ともにもっと多数の無名論客がいるはずである。
人々が平均してどれくらいの論客に接しているかについての情報はないので、この曲線上のどこをもって全体の平均値とすべきかはわからない。しかし、図表の曲線の下がり具合から考えて、保守論客あるいはリベラル論客のどちらかに9割以上偏って接している人は5%以下と見積もっても良いのではないかと思われる。
ここで観察された事実は、選択的接触をめぐる一般的な認識と、だいぶ様相が異なることに注意されたい。人々はサイバーカスケードに分かれて自分と同じ意見の人ばかりに接し、エコーチェンバーが起こるというのが、「ネットが社会を分断している」論の基本的な論拠だった。しかし、この図表を見ると、そのような人は例外的である。
接する相手の9割以上が一方的な意見になってしまう人は、全体の5%以下しかいない。どれくらい偏ればエコーチェンバーが起こるかは知られていないため、確かなことはわからないが、この結果から見るとエコーチェンバーに陥る人は限られているように思える。
(*1)Shanto Iyengar Kyu S Hahn, 2009, “Red Media, Blue Media: Evidence of Ideological Selectivity in Media Use”, Journal of Communication, vol.59, Issue 1, pp.19-39, Figure 1
(*2)稲増 一憲, 三浦 麻子, 2016,「『自由』なメディアの陥穽 有権者の選好に基づくもうひとつの選択的接触」『社会心理学研究』31巻3号,pp172-183
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慶應義塾大学経済学部教授
1957年、東京都生まれ。東京大学大学院経済学研究科単位取得退学。コロンビア大学客員研究員などを経て、現職。専攻は計量経済学。近著に山口真一との共著『ネット炎上の研究』(勁草書房)、浜屋敏との共著『ネットは社会を分断しない』(角川新書)などがある。
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富士通総研 経済研究所 研究主幹
1963年、石川県生まれ。京都大学法学部卒、米ロチェスター大学経営大学院卒(MBA)。専門は経営情報システム。早稲田大学大学院商学研究科や立教大学理学部で非常勤講師も務める。著書に『プラットフォームビジネス最前線』(共編、翔泳社)、『テクノロジーロードマップ 2016-2025[ICT融合新産業編]』(共著、日経BP社)など。
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(慶應義塾大学経済学部教授 田中 辰雄、富士通総研 経済研究所 研究主幹 浜屋 敏)
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