湾岸タワマン民が大注目「新地下鉄計画」の中身
プレジデントオンライン / 2019年11月27日 11時15分
■「14番目の地下鉄」が臨海部にできる背景
現在、東京メトロと都営地下鉄の地下鉄13路線が走る東京都心。既存路線の延伸や支線の整備計画を除けば、これまでは2008年に開業した「副都心線」をもって新線建設を終了する予定だったが、今年に入って14番目の地下鉄を整備しようという動きが加速しつつある。
地下鉄計画が急浮上したのは、東京オリンピック・パラリンピックを来年に控え、各所で工事が進む臨海部だ。江東区、港区にまたがる臨海副都心は東京駅から半径6km、ちょうど新宿や渋谷と同じくらいの距離にあるが、都心と新宿・渋谷の間に何本もの路線が整備されているのに対し、臨海部は有楽町線が地域をかすめている程度。
2000年代初頭に都営地下鉄大江戸線や東京臨海高速鉄道りんかい線が整備されたが、都心に直結する路線がない鉄道空白地帯となっており、都心に極めて近い立地条件にも関わらず、広大な未利用地が残っていた。
ところが今や都心と臨海副都心を結ぶ直線上、特に中央区の臨海部では築地市場跡地に国際展示場等(MICE)を設置する計画や、オリンピック終了後に選手村を転用・開発する「HARUMI FLUG」の整備など、大規模開発案件が次々と浮上している。
今から地下鉄を造っても遅いのではと思うかもしれないが、国立社会保障・人口問題研究所は2018年3月、2015年から2040年にかけて中央区、千代田区、港区の人口が30%以上増加するとの地域別将来推計人口を公表している。今後数十年は増加が見込まれる一帯を、国際競争力のあるビジネス拠点として開発するために、都心と臨海部を結ぶ新たな軸が必要になるという考えだ。
臨海部に位置する中央区の勝どき、晴海、江東区の有明などはタワーマンションが乱立しているにもかかわらず、最寄り駅までの遠さや混雑が長らく課題となっている。新線が誕生すれば湾岸一帯の住民のアクセスは格段によくなり、周辺開発がさらに進むだろう。
■小池都知事は「固まったわけではない」と言うが…
水面下ではすでに構想の具体化に向けた動きが始まっているようだ。読売新聞は11月19日、東京都が2020年度予算案に、銀座と臨海部を結ぶ地下鉄新線の事業計画策定に向けた調査費を計上する方針を固めたと報じた。
東京都は2018年4月、東京オリンピック後の鉄道整備を見据え、JR東日本の「羽田空港アクセス線」や東急電鉄の「蒲蒲線(新空港線)」、地下鉄8号線(有楽町線)の「豊洲~住吉間延伸」など、都内6路線の事業化のための財源として、「東京都鉄道新線建設等準備基金」を設置している。
ただ「臨海部地下鉄構想」は現時点では、この6路線には含まれていないため、読売新聞の報道が事実であれば、東京都の大きな方針転換を意味することになる。しかし、どうもまんざら根拠のない話ではなさそうだ。
実は読売新聞は今年4月にも、東京都が臨海部に地下鉄新線を整備する方針を固めたと報じている。直後の定例会見で記者に問われた小池都知事は、整備方針が固まったわけではないと断りつつも、「都としても臨海部のアクセス強化の重要性は認識している」とコメントした。
こうした報道への対応としては前向きな印象を受けるが、むしろこの記事は、知事周辺から観測気球としてリークされた情報だと見た方がいいだろう。
■バス、次世代路面電車、そして地下鉄へ拡大
この構想は今年になって突然出てきたものではない。2016年、有識者が今後の交通政策について審議する国土交通大臣の諮問機関「交通政策審議会」が取りまとめた答申「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について」の中で、国際競争力強化の拠点である都心と臨海副都心とのアクセス利便性向上を目的とした「都心部・臨海地域地下鉄」として既に示されている。
さらにこの答申のベースとなったのが、2014年から2015年にかけて中央区が実施した「都心部と臨海部を結ぶ地下鉄新線の整備に向けた検討調査」だ。
東京圏の鉄道整備は、各事業者が勝手に進めると収拾がつかなくなり、利用者にとっても不利益になるため、先述の交通政策審議会がおおむね15年に1度とりまとめる答申に沿って進めることになっている。答申の挙げる「整備リスト」に盛り込まなければ、向こう15年の事業化は事実上困難になるため、このタイミングにあわせて新線構想が盛り上がる。
中央区は2011年から銀座と晴海を結ぶ次世代型の路面電車LRT(軽量軌道交通)の整備の検討に着手し、2013年に「基幹的交通システム導入の基本的考え方」をまとめている。この中では、銀座と晴海を結ぶBRT(バス高速輸送システム)を導入し、利用者の増加とともに、段階的にLRTに転換していくという計画であった。ちなみにこの構想は2022年度に本格開業を予定する「東京BRT」として実現する予定だ。
ところが、オリンピック招致が決定し、晴海に選手村を整備し、大会後に住宅地に転換する計画が固まると、中央区は地下鉄整備を模索するようになる。そこで中央区は、地下鉄計画を2016年の答申に滑り込ませようと、急ぎ調査を実施したというわけだ。
■気になる新線のルートは?
中央区が行った調査検討は、まず2014年度に臨海部地下鉄単体の需要予測と事業費、収支採算性を調べた。次に2015年度に臨海部地下鉄の延伸や、さらなる新線を追加して臨海部の交通ネットワークを拡充する可能性を検討するという2段階で行われた。
地下鉄は地上の用地買収を避けるために原則として道路下に建設される。どのルートを通るかで、路線の深さや駅の設置位置など、計画の全容は大きく変わってくる。都心から臨海部に向かう道路は「環状2号線」「晴海通り」「都道473号線」などがあるが、東京BRTと経路が重複する環状2号線や、日比谷線が通る晴海通り、有楽町線が通る都道473号線の地下を全面的に活用するのは困難なので、いくつかの道路下をつなぎ合わせてトンネルを建設することになる。
有力視されているのは、銀座のみゆき通りから出発し、そのまままっすぐ築地市場跡地を通過。豊洲に入ったところで環状2号線に合流して、りんかい線国際展示場駅まで向かうルートだ。約5kmのトンネルと、新銀座駅、新築地駅、勝どき・晴海駅、新市場駅、新国際展示場駅(いずれも仮称)5駅の新設で、総事業費は約2500億円と見込まれる。
検討調査では、運賃体系は東京メトロや都営地下鉄とは別建てとなり、金額はりんかい線並み(調査当時は1~3km 206円、3~6km 267円)。運行本数はピーク時15本/時(4分間隔)、オフピーク時8本/時(7分30秒間隔)で、新銀座―新国際展示場間の所要時間を7分30秒で結ぶ想定で、1日あたりの利用者数は13.4万人を見込んでいる。
■第3の地下鉄事業者が誕生するのか
最大の問題は、この路線を誰がどのように整備するかという点にある。地下鉄新線というと、東京メトロと都営地下鉄のどちらの路線になるのかが気になるところだが、事業費を調達するために新規に設立する第三セクターが建設と運行を担う想定だ。
あくまでも中央区の調査であり決定事項ではないが、仮に想定通りに整備されると、東京メトロ、都営地下鉄に次ぐ、第3の地下鉄事業者が誕生することになる。
ただ東京の地下鉄のうち、最も利用者数が多い路線は東西線で1日当たり約130万人、最も少ない南北線でも50万人を超えていることをふまえると、臨海部地下鉄の13.4万人という想定は、あまりに少ない印象を受ける。
実際この数字は、地下鉄では横浜市営地下鉄グリーンラインや京都市営地下鉄東西線と同程度で、同じ臨海部を走るりんかい線の半分程度、ゆりかもめとほぼ同等であり、地下鉄としては物足りない数字である。
需要想定が延びない最大の要因は、既存路線との直通運転を行わず、いったん銀座駅に出てから乗り換えなければならない使い勝手の悪さにある。調査報告書は、適切な資金調達スキームを構築することで採算は確保できるとしているが、交通政策審議会の答申では「事業性に課題がある」との指摘があり、整備効果を高めるための対策が不可欠とされている。
■相互直通運転の本命はつくばエクスプレス
もちろんこの課題は中央区も理解している。2015年度の調査では臨海部地下鉄を新銀座または新国際展示場からさらに延長し、東急田園都市線、西武新宿線、東急池上線などとの相互直通運転を想定した検討がされているが、最も効果的とされているのが、つくばエクスプレスとの直通運転案だ。
2005年に秋葉原ーつくば間で開業したつくばエクスプレスは当初、東京駅を起点とする計画だったが、事業費を削減するために秋葉原―東京間の建設を先送りした経緯がある。同線の利用者は開業時の想定を大幅に上回り、営業利益も毎年過去最高を更新。来年開業15年周年を迎えるということで、沿線自治体から東京延伸実現の期待が寄せられている。
そこで臨海部地下鉄の整備区間を新銀座から東京まで延長し、つくばエクスプレスの秋葉原―東京間と一体的に整備することで、両線で相互直通運転を行おうというのである。
事業費は1100億円の増額になるが、利用者数は新銀座―新国際展示場間のみの整備と比較して3倍近い1日あたり36.5万人まで増加する見込みだといい、交通政策審議会の答申もこの構想を支持している。
■資金調達方法など、課題は山ほどある
事業採算性とともに鉄道事業の成立を左右するのが、資金調達スキームだ。ここでも臨海部地下鉄が頼るべきは、つくばエクスプレスという先行事例である。
同線を運行する首都圏新都市鉄道は、建設費9400億円のうち、14%を関係自治体と民間からの出資金、40%を沿線自治体からの無利子借入金として調達。建設を担当した鉄道・運輸機構が都市鉄道整備事業資金から無利子で40%、国の財政投融資から有利子で6%を借り入れて路線を整備したのである。
つくばエクスプレス成功の最大の要因は、調達した資金のほとんどが返済不要または無利子の借り入れだったことと言っても過言ではない。
臨海部地下鉄の場合は、建設費のおよそ半分に対し国と東京都の補助金(地下鉄補助)が交付されるが、その他の部分で適切な資金調達スキームを構築して、過度の金利負担を避けることができれば、20~30万人の利用者であっても経営上、大きな問題が生じることはないだろう。
読売新聞が報じた通り、来年度予算案に臨海部地下鉄の調査費が計上されれば、地下鉄をどこからどこまで整備するかと、誰がどの程度資金を負担するかという点を中心に検討が進むと思われる。
ただ、いずれにしても開業は2030年代後半になる見込みだ。その間に、つくばエクスプレスに東京延伸や相互直通運転の余裕があるのか、また同社の経営に負担を与えない事業スキームを構築できるのか、臨海部の開発は想定通りに進むのかなど、解決しなければならない課題は山積している。
果たして14番目の地下鉄は本当に実現するのか。来年度の小さくとも大きな第一歩に注目したい。
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鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年生まれ。東京メトロ勤務を経て2017年に独立。各種メディアでの執筆の他、江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」で活動中。鉄道史学会所属。
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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)
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