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博報堂1円雑誌の仕掛人「ものづくりの答え」

プレジデントオンライン / 2019年12月13日 9時15分

博報堂「広告」編集長 小野直紀氏

2019年夏、博報堂の雑誌「広告」リニューアル号が話題になった。1円で販売されて、1万部が瞬く間に完売。アマゾンのマーケットプレイスでは5,000円以上で取引されている。仕掛けたのは、大手広告代理店博報堂の社員でありながら、社外でデザインスタジオ「YOY」を立ち上げた小野直紀氏。社内でも博報堂初のモノづくりに挑戦する「monom」の代表を務める。異色のクリエーターは、世に何を問いたいのか。田原総一朗が切り込む――。

■仕事とアートを両立、博報堂「1円雑誌」の仕掛人

【田原】小野さんは博報堂でクリエーターとして活躍していた。なぜ「広告」の編集長をやることに?

【小野】ある日突然、役員から「編集長をやらないか」と電話がありました。僕は社内だけでなく社外でモノづくりの活動もしていたので、最初は時間的に難しいと思いました。でも、これまで編集長をやっていた人や役員に話を聞きに行ったところ、「この雑誌を好きに使っていい」「博報堂を背負わなくていい」と言われまして。じつはちょうどそのころ、これからの自分のモノづくりについて考え始めていたところで、自分の好きに使っていいなら、それを考えるために雑誌という情報の場を利用させてもらおうかなと。

【田原】リニューアル号のテーマは「価値」だった。

【小野】いいモノをつくることとは何なのかと自分自身に問うための雑誌にしたかったので、価値をテーマにしました。

■いいモノとは何かと考えるきっかけ

いいモノとは何かと考えるきっかけになったのは、ミニ四駆で有名なタミヤの田宮俊作会長のスピーチです。会長は若いころ米国に進出しましたが、メード・イン・ジャパンは見向きもされず、悔しい思いをして日本に帰国。そして、いいモノをつくって再挑戦するために始めたことの1つが、カスタマーセンターの充実だったとか。

小野直紀●1981年、大阪府出身。京都工芸繊維大学卒業後、2008年博報堂へ入社。15年に社内でプロダクト・イノベーション・チーム「monom(モノム)」を設立。19年7月に発売された雑誌「広告」を1円で販売し話題に。現在、2号目を出版準備中。

その話を聞いて、モノづくりは製品をつくって終わりじゃなくて、届けて、使ってもらって、クレームも含めてフィードバックしてもらい、またつくるというループそのものだと解釈しました。いずれもそれまでの自分にはなかった視点で、ちょっと悔しかったんですね。それでモノづくりに関する視点をもっと集めたくて、いいモノとは何かを問う号にしました。

【田原】1円で販売したことで話題になりましたよね。どうして1円に?

【小野】雑誌も、つくるだけでなく届けるところを大事にしたかったんです。今回はモノの価値を問う号なので、ただつくって書店に並べるより、1円という価格設定にしたらテーマが届くだろうと。

【田原】どういうこと? この雑誌は1円の価値しかないと思ったの?

【小野】というより、モノの価値をお金で測ることへの問いかけです。田原さんがいまおっしゃったように、世の中は1円のモノは価値がないと考えがちです。でも、本当にそうでしょうか。モノの価値があるから値段が高くなることはあるけど、値段が高いから価値があるとは限らない。価値と価格はイコールじゃないということを、1円という価格設定を通して問いたかったんです。

【田原】そんなのインチキだよ! 1円なら売れるに決まってる。世の中をびっくりさせたかっただけでしょう?

【小野】表層的には、そうです。これは博報堂の広報誌だから、極論すればタダで配ってもいい。そうしなかった背景には、たしかに1円にして話題をつくるという意図もありました。でも、それだけじゃないんです。むしろ、モノの価値を考えてもらうきっかけにしてほしかった。手に取ったとき、「なんで1円なんだろう?」と立ち止まって考えてもらえたら、それで成功。その疑問に回答する記事もあるので、読んで考えを深めてもらえればうれしいなと。

【田原】わからない。あなたの世の中に対する問いかけは難しすぎるよ。これ、さっきアマゾンで見たら5000円くらいで売っていました。1円のモノが5000円になったんだから、大成功だと思っているんじゃないですか?

【小野】値段が上がったこと自体は成功とは思っていません。ただ、この雑誌を気にしてくれた人が多くなったという意味でとらえれば成功です。

【田原】実際、読者の反応は?

【小野】価値を考えるきっかけになったというご意見はいただいています。逆に、1円で売るとはけしからんという反発もいただいている。ただ、そうした反発も含めて問題提起になればいいと思っています。

■人生の価値観を変えた欧州への留学

【田原】僕はまだ小野さんの考えが理解できないな。そこで小野さん自身のこれまでの歩みについても聞いてみたい。高校時代に大きな転機があったそうですね。

田原総一朗●1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所へ入社。テレビ東京を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。著書に『起業家のように考える。』ほか。

【小野】受験に失敗して行きたかった高校に行けず、ちょっとふてくされてたんです。たまたまそのタイミングで母がドイツのミュンヘンに留学することになって、一緒についていきました。よかったのは、ドイツでは高校生の留年が普通にあったこと。あと、上下関係もなくて、外国人でも仲間として接してくれるのも新鮮でした。日本とは違う価値観に触れて、レールを外れてもいいんだとわかったことは大きかったですね。

【田原】帰国して大阪大学の工学部に入る。どうしてですか?

【小野】阪大に入ったのは、もともと建築がやりたかったから。でも、阪大は1年生のときの成績で専攻が決まり、僕は成績が悪くて希望のコースに入れませんでした。それでも建築家になりたくて、建築家の事務所に勉強させてもらいに行ったりしていましたが、長続きしませんでした。

【田原】建築家への夢を諦めたわけね。

【小野】そうですね、いったん諦めて、普通の就職を考えました。でも、アイルランドに留学してまた考えが変わり、帰国して建築科のある京都工芸繊維大学に入り直しました。

【田原】どういうこと?

【小野】就職する前に、英語を勉強するためにダブリンに留学したんです。向こうで「自分は建築を諦めて英語を勉強するために来た」と話したら、友達から「なんで? 建築やりたいなら入り直せばいいじゃん。欧州だと普通だよ」と言われまして。ハッとなって、翌日には日本の親に電話。留学は1年の予定でしたが、急遽帰国して大学に入り直しました。

【田原】やっと建築家になろうとしたのに、結局は広告代理店に入る。

【小野】大学3年生のときに、就活に年齢の制限があることを初めて知りました。建築家になるつもりでいましたが、もし就職するなら僕は年齢的にギリギリ。それなら社会勉強も兼ねて就活だけはしてみようと思って始めてみたら、博報堂に受かってしまった。建築をやるために大学院に進学するかどうか迷いましたが、受かったということは何か縁があるのかなと思って就職を選びました。

【田原】博報堂では最初、どんな仕事をしていたのですか?

【小野】空間デザインをする部署で、イベントを企画したり、店舗や企業のミュージアムをつくっていました。この仕事は面白かったですが、せっかく広告代理店に入ったのだから、スキルの1つとしてコピーを書くことを身に付けたいという思いもあって、自分から希望してコピーライターになりました。

【田原】2011年に「YOY」を立ち上げた。これは何ですか?

■小さいころからモノをつくることが好きだった

【小野】コピーライターになるタイミングと同じ時期に、博報堂の外でモノづくりを始めました。僕は小さいころからモノをつくることが好きだったのですが、自分がやりたかったことと、会社に入ってからやったデザインやクリエーティブにはギャップがあった。具体的には、会社ではクライアントとか社会が抱える課題を解決するためのデザインやクリエーティブを求められます。それも大事ですが、課題解決じゃないものもやってみたい。見て面白いと感じたり、言葉にできないけどなんかいいと思えるモノをつくりたかったんです。

【田原】具体的にどういうこと?

【小野】YOYでは椅子や照明をつくっています。椅子や照明って、IKEAや無印良品に行けば使えるものがたくさん売っていますよね。課題解決という意味では、もう新しい椅子や照明は必要ないのかもしれません。でも、そのほかにインテリアとして面白いものがあってもいい。たとえば僕らがつくった「CANVAS」という椅子は、パッと見たところ、椅子を描いた絵が壁に立てかけてあるように見えます。でも、この絵の中の椅子に実際に座れる仕組みになっている。何も課題解決しませんが、部屋の中に1つこんなものがあると面白いんじゃないかと思って。

【田原】椅子は椅子だけど、いままでになくて、むしろ役に立たないものをつくりたかったんだ。小野さん、相当ひねくれてるね(笑)。

【小野】はは、そうかもしれません。会社に入ると、役に立つもの、便利なもの、効率的なものしかつくれません。そうじゃないものを別のところでつくらないと、バランスが悪くて気持ちよくなかったので。

【田原】つくったモノは商品化されているんですか?

【小野】ミラノサローネという世界最大のデザイン展示会に出品して、反響のあったものはいくつか製品化されています。なかにはニューヨーク近代美術館(MoMA)のストア部門が商品化してくれて、世界中で数十万個売れている商品もあります。

【田原】小野さんはYOYに飽き足らず、次は社内で「monom」を始めた。これも説明してください。

【小野】YOYは社外の個人的な活動で、monomは博報堂の中でやっています。当時、僕は外でプロダクトデザインをやって、自分のつくりたいモノをつくっていました。一方、社内ではコピーライターとして、世の中から求められるものをつくっていた。それを掛け合わせたら新しいものができるんじゃないかと思って、会社の中でモノづくりを始めました。

■もう会社の中でやる必要はないんじゃない

【田原】趣味と仕事を掛け合わせるとしても、もう会社の中でやる必要はないんじゃないですか。博報堂でやるのに、どんなメリットがあるの?

【小野】起業も考えました。でも、その道は一般的になり始めているから、逆に会社にいながらやるアプローチのほうが面白いことができるんじゃないかと。

【田原】なるほど。小野さんはやっぱりへそ曲がりだ。

【小野】はい。行列には並びたくないタイプです(笑)。

【田原】会社はすんなりやらせてくれたのですか?

【小野】博報堂は広告会社。普通にモノづくりをやりたいと言うと否定されると思ったので、まず開発ができる外の会社と一緒にプロジェクトを開始。すでに動いている事実ができたところで、役員に直接プレゼンをしました。提案書のタイトルは「辞表」。モノづくりができないなら会社にいても意味がないという覚悟を見せるためです。そうしたら、あっさり「やってみれば」と。応援するでもなく突き放すでもなく、生温かい感じでしたね。

【田原】そこが博報堂の面白いところだ。たぶん電通だったらノーって言うよ。それで、monomではどんな製品をつくったの?

【小野】monomとして製品化したのは「Pechat」です。スマホと連動した黄色いボタンで、ぬいぐるみにつけてスマホを操作すると、声がしておしゃべりができます。製品化前にサウス・バイ・サウス・ウエストという米国のイベントで発表したら反響があって、それをもとに社内で提案を通しました。発売元が博報堂というケースはこれまでゼロ。定款にも製造業とは書いていなかったのですが、解釈を工夫して、最終的にOKが出ました。Pechatのほかに、他社とやっているものもいくつか製品化されています。

【田原】monomとYOY、どっちかに絞らないんですか。話を聞いていると、やっぱり独立して外に出たほうが自由にできそうだけど。

【小野】うーん、これだけやっていればいいというものを自分の中でまだ見つけてないんですよね。やりたいことがたくさんあって、YOYとmonomもしっくりきているわけじゃない。もっといいモノをつくれるんじゃないかという気がしています。

【田原】小野さんは世の中に問題提起をしたいんだね。「広告」もそうだし、世の中にないモノをつくろうとしているYOYやmonomもそう。いわばお釈迦さんだ。釈迦は、人間は理性だけではダメだと言って、問題提起として仏教をつくった。それと同じことをやろうとしている。

【小野】世の中への問題提起ではあるのですが、同時に自分への問いかけでもあります。むしろ後者の思いのほうが強いかもしれませんね。

【田原】自分への問いかけを、まさに宗教って言うんですよ。釈迦でピンとこないなら、曹洞宗の道元だね。道元の本を読むと、小野さんはきっと共感できるんじゃないかな。ぜひ読んでみてください。

小野さんへのメッセージ:自分の中の“いいモノ”を作り続けろ!

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田原 総一朗(たはら・そういちろう)
ジャーナリスト
1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所へ入社。テレビ東京を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。著書に『起業家のように考える。』ほか。

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小野 直紀(おの・なおき)
博報堂「広告」編集長
1981年、大阪府出身。京都工芸繊維大学卒業後、2008年博報堂へ入社。15年に社内でプロダクト・イノベーション・チーム「monom(モノム)」を設立。19年7月に発売された雑誌「広告」を1円で販売し話題に。現在、2号目を出版準備中。

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(ジャーナリスト 田原 総一朗、博報堂「広告」編集長 小野 直紀 構成=村上 敬 撮影=宇佐美雅浩)

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