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東大医学部卒のノーベル賞受賞者が0人のワケ

プレジデントオンライン / 2019年11月27日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ranmaru_

2019年10月、旭化成名誉フェローの吉野彰氏がノーベル化学賞を受賞した。ここ数年、京都大学の吉野氏や名古屋大学の天野浩氏など地方国立大学からノーベル賞学者が出ているが、東京大学出身者は意外に少なく、さらに国内最難関の東大理Ⅲ(医学部)は1人もいない。精神科医の和田秀樹氏は「これは日本の大学全体が極めて閉鎖的で、真に自由な研究ができない土壌であることを示している」という——。

■なぜ国内最難関の東大理Ⅲからノーベル賞が1人も出ないのか

10月に旭化成名誉フェローである吉野彰氏がノーベル化学賞受賞に決まったことは、2019年を代表するグッドニュースだろう。

修士で就職した企業内研究者がノーベル賞を受賞したことは、多くの企業内研究者の励みになるという声が大きい。私も同じ日本人として大変誇らしい。

いっぽうで気になる点も出てきた。

吉野氏は京都大学出身だ。ここ数年、この京都大学や名古屋大学など地方国立大学出身の学者がノーベル賞を受賞する傾向がある。ところが、東京大学出身者のノーベル賞受賞は少なく、またわが国において入学時の偏差値が最高とされる東大理科Ⅲ類の出身者が過去に1人もノーベル賞をとっていないのはどういうことか。“偏差値秀才”はノーベル賞を取れない、などという言説も時に耳に入ってくる。

そこで今回は、「受験勉強は“偏差値”を上昇させるが、ノーベル賞を受賞するような発想を阻害するのか(賢い子をバカにするのか)」を考察してみたい。

■偏差値教育とノーベル賞との関係を考察する

最初に筆者自身の意見を述べよう。「受験勉強がノーベル賞を受賞するような発想を阻害する」ということは断じてない。

東大出身者は文学賞・平和賞を含めて7人が受賞しており、その数は京大の8人に次ぐ。また、京大に合格するにも東大と同等の努力が必要であり、受験勉強に意義がないとは言えない。むしろ少科目受験の私立大学出身者はこれまでノーベル賞を取っていないことからも、いろいろな科目を勉強することは研究のベースを作る上で必要だと考える。筆者の経験では、ハーバードのビジネス・スクールなどの欧米の名門グラデュエート・スクールなどでも日本の元受験秀才の評価はおおむね高い。

写真=iStock.com/Xavier Arnau
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Xavier Arnau

必死に“偏差値”を上昇させようとする日本の受験勉強を批判する声は以前からある。その主張の背景にあるのが、日本以上にノーベル賞を受賞している欧米ののびのびとした教育法だ。例えば、アメリカではハードな受験勉強が不要なAO型入試が多い。

だが、そうした現地の教育を受ければ才能を開花させる可能性が高まるわけではないだろう。なぜそう言えるのか。アメリカに日系人が150万人もいるのにこれまで日本人のDNAを持つ人が現地の教育を受けてノーベル賞を受賞した人がゼロだからだ(子供時代に長崎県からイギリスへ移住した文学賞受賞者のカズオ・イシグロ氏を除く)。

というふうに考えると、日本の「受験勉強」は手放しで賞賛される学習スタイルではないにしろ、ノーベル賞を受賞できるような先進的で独創的な発想を阻害するというわけではないと思うのだ。

■日本の初等教育は世界的に高評価、大学は低評価

ただ、1点、これだけは認めなくてはならない。

日本の大学あるいは大学院以降の教育はけっして芳しいものとは言えない、と。もっと言えば、大学・大学院の「教育」の質は低い。80年代以降、アメリカやイギリス、東南アジア諸国は、初等中等教育改革の手本を日本のそれとした。しかし、日本の大学を見習おうとした国はない。アジアの優秀な学生も日本を素通りしてアメリカの大学や大学院に入りたがるのは周知の事実だ。

なぜ、不評なのか。理由はさまざまだが、もっとも大きな問題は、学生や院生の成果に対する評価の方法がひどいことだ。

筆者自身の経験をもとに類推すると、日本の大学で研究することが「自由な発想」を阻害しているように思えてならない。

■凡庸な博士論文ほど認められ、新奇な内容は落とされる

現在、老年精神医学、精神分析学、集団精神療法学を専門として、クリニックを開いている筆者は、東大医学部を卒業後、アルツハイマー病患者の肺炎に関する研究論文で東北大学より博士(医学)の学位を取得した。

その前年に、不名誉なことに、3年に一度しか落とされることがないとされる(約350人に1人のペース)、同大学の博士論文に落とされた経験をしている。

自分の論文は、高齢者の精神療法でうまくいったケースを数例集めて、現代精神分析でもっとも人気のある学派の自己心理学を用いると治療する際に有用性が高い、ということを論じたものであった。旧来型の精神分析を用いなかったのがポイントだった。落とされた理由は、「統計処理されていない。これは論文でなく論説だ」。主査(審査委員長)は精神科の教授である。

この論文は、年間約15編の優秀論文を掲載するアメリカの自己心理学の国際年鑑に日本人として初めて選ばれたものである。だから言うわけではないが、日本の大学の問題のひとつは、「仮説を立てるより検証(証明)が重要だ」とする土壌にある。つまり、「仮説のみ」という論文はほとんど許されないのだ。

写真=iStock.com/SeventyFour
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SeventyFour

350人中1人しか落とされない。言い換えれば、350人中349人は落ちない。凡庸な内容であっても、検証しやすい仮説を立て、動物で実験して、統計的に有意差のあるデータを残すことができれば、普通に博士号がもらえるということだ。逆説的に述べれば、退屈で平凡な内容こそ論文に絶対必要な条件なのだろう。

■ノーベル物理学賞の湯川秀樹の論文は「仮説のみ」

これではユニークな発想が出てくるはずがない。いや、むしろ人が考えないような新奇な発想は博士論文「合格」の邪魔になる。

あの湯川秀樹が日本人で初めてノーベル物理学賞を受賞した理由は、中間子の存在を証明したからではない。その存在を仮定して、後にそれが発見されたことがノーベル賞につながった。日本でも、物理の世界では、ユニークな仮説を立てる人間を評価する気風があるようだ。だから物理学の世界では留学せずに日本で研究を続けていてもノーベル賞がいくつも取れるのである。

筆者のケースからさらにいうと、日本では心のケアのように統計に反映しづらい分野の研究をする人がどうしても少なくなってしまう。なおかつ、半ば教授の好き嫌いが、その弟子的存在である研究者の研究テーマに大きな影響を与えるということだ。

東北大学の筆者の博士論文の主査の精神科教授は16年間の任期中、薬や脳波など精神医学の生物学的な研究には学位をすべて合格にしたが、筆者の論文を含めて精神療法(カウンセリング的な心の治療)の論文に在任中学位を与えることはなかった。

■患者のためになる新説でも権威学者が受け入れないと無視される

教授の気に入るテーマでないと研究ができないのなら、その教授が、視野が広く器の広い寛容な人でないとユニークな研究や新しい分野での研究ができない。教授が専門分野とする旧来の定説がなかなか変えられない。

日本の医学の世界では、新説がいくら患者のためになるものであっても権威とされる学者が受け入れないという事例が数多くある。

写真=iStock.com/kumikomini
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kumikomini

例えば、慶應義塾大学病院でがんの放射線治療の専門家として活躍された医師の近藤誠氏だ。乳がんの場合、旧来型の治療は乳房を全部切除し、その周りの筋肉も外すというものだった。それに対して、近藤氏は「がんだけを取って放射線を当てる治療法でも5年生存率が変わらない」というアメリカの論文を雑誌『文藝春秋』で紹介したが、医学界からほぼ無視された。結局、そのような権威の医師たちがすべて引退するまでその治療法は標準治療とならなかった。それにより15年のタイムラグが生じてしまったのである。

筆者の場合も、学位審査の主査だった東北大学の教授は東北6県の精神科の教授人事にも介入したとされていた。その真偽は不明だが、以降、東北6県には精神療法を専門とする教授がいない状態となった。そのため2011年の東日本大震災の際にトラウマの治療ができる(これは薬では治らない)医師が不足して、今でも後遺症に悩む人が多い。筆者は今でもボランティアで福島の沿岸部(原発のあった地域)の心のケアに1カ月に一度通っている。

■教授に無断でテレビに出演したことが逆鱗に触れた

ここまで読んで、そうした閉鎖的な環境が所属する大学にあるのなら、いい論文を書いてよその大学で認められればいいではないかと考える読者もいるだろう。しかし、日本の学会はよその大学の教授への忖度(そんたく)が強いようだ。

例えば、眼科で教授とけんかして出ていった人間は、私の知る限りよその大学の眼科の医局では引き受けてもらうことはまずできない。

診療科を変えると、その医局に入れてもらうこと(たたし、別の大学である)はできるようなので、どうしてもがまんしなければいけないことはないようだが、それまでのキャリアをふいにすることになる。

文系の学部でも似たようなことがある。筆者の知るある優秀な女性研究者は学会新人賞を取った優秀論文を教授がどうしても認めず学位が与えられなかった。どうやら内容を問題にされたのでなく、教授に無断でテレビに出演したことが逆鱗(げきりん)に触れたらしい。

しかも、別の大学で学位を取ろうと、知り合いの別の教授に相談に行ったら、「ホテルに部屋を取ってあるので、そこで相談しよう」と言われたので断ったという。10年以上前の話なので、今でもセクハラ案件があるかどうかはわからない。ただ、その優秀な学者はいまだ学位をもらえず、ホテルを用意すると言った教授はその後も順調に出世し、その学会長になったのは事実だ。

■教授に気に入られないと博士にすらなれない土壌

結局のところ、教授に気に入られないと博士にすらなれないのでは、とても自由な研究ができるとは言えないだろう。それに比して、ノーベル賞を受賞した旭化成の吉野氏のような企業内研究者はこうした窮屈さはないのではないか。もちろん、成果を出さないと配置転換されるリスクはあるが、研究環境としては自由なのだろう。現に企業研究者の受賞は欧米の国より多いくらいだ。

企業内研究でなくても、海外に留学すれば忖度しない研究姿勢が身につく、要するに上司(=教授)に気に入られるかどうかどうかより、研究業績で勝負すればいいという発想が身につくかもしれない。

国内でも同じ東大(もしくは京大)の物理学の教室のように、自由な研究を許す土壌がある研究室もあるに違いないが、ノーベル賞の受賞者を見る限り、あるいは、私が35年間医学の世界にいて見聞きした限り、それは例外の中の例外と言っていい。

■日本の大学が賢い人をバカにする土壌がある

以上、日本の大学のネガティブな側面を書き連ねたが、どうすればこうした現状を打破できるのだろうか。最初に言えるのは、教授会で教授を決めるシステムが続く限り、その土壌に大きな変化は期待できないということだ。アメリカのようにスカウト係のような人(ディーンと呼ばれる)が教授を決める仕組みなら、いい研究をすれば上に逆らっても出世できるが、今の日本のシステムでは上に気に入られるかどうかという情実がどうしても入ってしまう。

また、一度教授になれば定年までほぼ身分が保証され、さらに医学部のように講座の主任教授が研究費もそのテーマも差配する権限をもつ制度では、教授のパーソナリティが寛容であれば自由な研究が可能だろうが、そうでない場合は、10年から20年にわたって、どんな研究をするにしても教授の顔色をうかがいながらということになってしまう。

写真=iStock.com/Yagi-Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yagi-Studio

くり返しになるが、偏差値が日本でトップの東大医学部からノーベル賞が出ないことをもって、「ハードな受験勉強によって自由な発想が阻害される」とは筆者は考えない。

東大を含めて、医学部の臨床科(基礎医学分野でない)で研究した人がノーベル賞を取ったことがないことからも推察されるように、あるいは物理学以外は何十年にもわたって日本の大学だけで研究した人がノーベル賞を取っていないことから推察されるように、あるいは、企業研究者がノーベル賞を取ることが欧米よりむしろ目立つくらいなことから推察されるように、「日本の大学が賢い人をバカにする土壌がある」と筆者は考える。国が大学の研究費を増やすとともに、こうした悪しきシステムの改革をしないと日本の科学研究はますます立ち遅れたものになることを、声を大にして警告したい。

こうした問題は、一般の企業でも同じで、「硬直化した人事制度」や「自由な発想ができない環境」は賢い人をたちまちバカにしてしまう可能性が高い。

以前、高校(灘校)の同窓会に出たことがあるが、自分と同じように東大に入学し卒業しても民間企業に入った人はびっくりするほど愛想がよくなって、私にビールなどを注いでくれるのに、官僚になった人たちは、民間企業に入った同窓生がビールを注ぐのを椅子に座って悠然と待っているのに唖然(あぜん)としたことがある。

自分が身を置く環境によって本来頭のいい人がバカになっていないか、自問自答する姿勢を忘れてはいけないだろう。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)
国際医療福祉大学大学院教授
アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化した「和田秀樹 こころと体のクリニック」院長。東京大学医学部卒業。ベストセラーとなった『受験は要領』や『「東大に入る子」は5歳で決まる』ほか著書多数。

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(国際医療福祉大学大学院教授 和田 秀樹)

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