なぜ寒い金沢市が「アイス消費量日本一」なのか
プレジデントオンライン / 2019年11月29日 11時15分
■「冬はアイスが売れない」という一般論に異変
長年消費者を取材してきて、最近感じるのが、「AだからB」という、従来の一般論が崩れてきたことだ。
例えば、全国各地のスーパーやコンビニで買える、「家庭用アイスクリーム」もそのひとつ。アイスだから「夏の嗜好品」ではなく、「冬に食べる」傾向も強まってきた。首位ブランド「エッセルスーパーカップ」(2017年度の売上高は約245億円)を持つ明治では、データによって「夏アイス65%:冬アイス35%」(※)の割合になるという。
※定番商品のほか、夏アイスは春夏向け商品、冬アイスは秋冬向け商品が中心となる。
2018年度のアイス市場全体は5186億円(メーカー出荷ベース)と過去最高を記録した(日本アイスクリーム協会調べ)。5000億円の大台を超えたのは2年連続となり、6年連続で過去最高を更新している。
この理由は大きく分けて、(1)メーカーや小売りの販促活動の成功と、(2)消費者意識の変化だ。くわしい内容は後述するが、アイスを買う地域でも興味深い傾向が見られる。
■「アイス支出額」は富山市もランクイン
総務省統計局が発表する「家計調査」というデータがある。それによれば、「1世帯当たりのアイスクリーム・シャーベット」の支出金額は、過去10年で15%増え、特に冬場の増加率が高くなっている。ここでも「冬アイス」の伸びが指摘されるが、上位の都市ランキング(都道府県庁所在地・政令指定都市)も興味深いものがある。
2011年から2017年までの7年間で、金沢市(石川県)が首位になること5回、残り2回は富山市(富山県)という北陸勢なのだ。2018年は大雪などの影響で、金沢市は首位から陥落し、浜松市が1位となっているが、過去10年の平均支出額ではトップとなっている。
今回は、石川県七尾市に本社を持ち、金沢市を含めて県内に14店舗を展開する地元スーパー「どんたく」の協力を得た。同社のアイス売り場の現状を紹介したい。
図表1 過去7年で「アイスの支出金額・日本一」は北陸勢(年間)
年 |
2011年 |
2012年 |
2013年 |
2014年 |
2015年 |
2016年 |
2017年 |
2018年 |
1位 金額 |
金沢市 9,637円 |
金沢市 10,080円 |
富山市 10,059円 |
金沢市 10,969円 |
金沢市 10,976円 |
富山市 11,395円 |
金沢市 12,475円 |
浜松市 11,493円 |
2位 金額 |
鳥取市 8,794円 |
福井市 9,090円 |
金沢市 9,855円 |
川崎市 10,095円 |
岡山市 10,928円 |
さいたま市 11,008円 |
福島市 11,361円 |
山形市 11,176円 |
※出典:総務省「家計調査」をもとにした日本アイスクリーム協会資料から抜粋
■ルーツは「加賀百万石の城下町」にあり
「よく『金沢市民はアイス好き』と言われますが、当社の売れ筋でも裏付けられます。和洋菓子も含めて、他の地域と比べて売れる。もともと加賀百万石の城下町で和菓子文化が根付き、太平洋戦争の空襲を免れた金沢には老舗店も多い。そうした複合要因もあると感じています」
どんたく商品部の責任者である坂下繁氏(執行役員・商品部統括部長)はこう話す。同社が県内に展開する14店のうち、本部ビルにある「新鮮館」を含めて6店が七尾市、金沢市には2店あり、2022年に3店目を計画中だ。石川県に縁がないと分かりにくいが、金沢市は加賀地方にあり、七尾市は能登地方の中心都市だ。
「金沢と能登では客層も違います。当社は『高質SM』(SM=食品スーパー)を掲げ、専門性・話題性・地域性の3視点での訴求を行います。金沢市内の店舗、特に西南部店は高質な商品もそろえ、専門性を訴求しやすいのですが、能登地方は高齢者の多い地域。自宅から近い店に徒歩で訪れる人も多く、昔からなじんだ食べ物を好む傾向があります」(坂下氏)
「冬アイス」についてはどうだろう。
「全体ではチョコレート系が上位に来ますが、ガリガリ君のような氷菓系も売れます。秋冬は氷菓系が売れない、ということもなくなってきました」
こう説明するのは、アイスの仕入れを担う山澤睦子氏(第二商品部 洋日配部 パン・アイス バイヤー)だ。約20年のバイヤー歴を持つ専門家でもある。
■全国では「スーパーカップ」が1位だが……
「どんたく」全体の、昨年1月から今年10月まで(22カ月間)の累計「アイス売り上げベスト20」を特別に教えてもらった(図表2と図表3)。
市場全体の売れゆきランキングと、どんたくでの売れゆきが、かなり異なるのが興味深い。
ちなみに筆者とプレジデントオンライン編集部が、今年5月に記事で紹介したベスト5は、(1)明治 エッセルスーパーカップ(明治)、(2)パピコ(江崎グリコ)、(3)パルム(森永乳業)、(4)モナカジャンボシリーズ(森永製菓)、(5)ガリガリ君(赤城乳業)の順だった。
「例えばグリコの『パピコ』『パナップ』は、近年また伸びてきました。パピコはなめらかな食感が、パナップはミルフィーユのようなパリパリ食感が、お客さまに評価されていると感じます。井村屋『あずきバー』は、夏場に売れゆき首位になる商品です」(山澤氏)
これまでの取材で「高齢者は、実はあずきバーが好き」と聞いたことがある。硬い食感が歯にやさしいとは思えないが、長年の喫食体験(同商品の発売は1973年)も大きいようで、ベスト10の多くが30年も40年も続くロングセラー商品だ。最も新しいのは「パルム」(2005年発売)で発売14年。「パピコ」は1974年から、「ピノ」は1976年から発売されている。「パナップ」(1978年発売)も含めて、“アラフォー”が4ブランドもいる。
図表2 スーパー「どんたく」の売り上げベスト10(1位~10位)
順位 |
商品名 |
容量 |
種別 |
1 |
森永乳業「ピノ チョコアソート」 |
240ミリリットル |
マルチ |
2 |
森永乳業「パルム チョコレート」 |
330ミリリットル |
マルチ |
3 |
井村屋「あずきバー」 |
390ミリリットル |
マルチ |
4 |
森永製菓「チョコモナカジャンボ」 |
150ミリリットル |
マルチ |
5 |
江崎グリコ「パナップ マルチ」 |
564ミリリットル |
マルチ |
6 |
江崎グリコ「パピコ チョココーヒー」 |
160ミリリットル |
ノベルティ |
7 |
江崎グリコ「パピコ マルチ」 |
450ミリリットル |
マルチ |
8 |
明治「エッセルスーパーカップミニ 超バニラ」 |
540ミリリットル |
マルチ |
9 |
ロッテ「モナ王 マルチバニラ」 |
500ミリリットル |
マルチ |
10 |
明治「うずまきソフト バニラ・チョコ・バニラチョコ」 |
420ミリリットル |
マルチ |
※2018年1月~2019年10月までの総計
※マルチ=箱、ノベルティ=単品
■スーパー各社が半額セールを行っている
金沢では「アイス半額セールも多い」という話も、地元の女性から聞いたことがある。今回金沢市内で、どんたく以外のスーパー店頭を回ってみたが、人気商品「パルム」の箱入りアイス(マルチ)も半額となっていた。“ハーゲンダッツ未満の自分へのごほうび”と筆者が位置付けるパルムが半額なのは、首都圏ではあまり目にしない。こうした箱×特売も、アイス購入額を押し上げているのだろう。
「石川県は食品小売りの競争が激しく、ドラッグストアも多く進出して、食品を安く取り扱います。『クスリのアオキ』本社は県内の白山市ですし、福井県本社の『ゲンキー』もある。全国でも上位を競う『マツモトキヨシ』『スギ薬局』『コスモス薬品』も進出してきました。七尾市ではシェアの高い当社も、うかうかしてはいられません」(坂下氏)
どんたくでは「半額セール」に代表される低額販売も、手法としては取るが、利益を圧迫するので、今年10月からは割引対象を箱アイスだけにした。メーカーPOPもあまり使わず、従業員の手づくりPOPで来店客に訴求するのも、同社の持ち味だ。
図表3 スーパー「どんたく」の売り上げベスト20(11位~20位)
順位 |
商品名 |
容量 |
種別 |
11 |
江崎グリコ「ジャイアントコーン アソート」 |
140ミリリットル |
マルチ |
12 |
赤城乳業「ガリガリ君ソーダ マルチ」 |
441ミリリットル |
マルチ |
13 |
森永製菓「パリパリバー」 |
384ミリリットル |
マルチ |
14 |
明治「エッセルスーパーカップ 超バニラ」 |
200ミリリットル |
ノベルティ |
15 |
森永乳業「ピノ」 |
60ミリリットル |
ノベルティ |
16 |
クラシエフーズ「ヨーロピアンシュガーコーンバニラ」 |
280ミリリットル |
マルチ |
17 |
森永乳業「パルム アーモンド&チョコレート」 |
348ミリリットル |
マルチ |
18 |
ロッテ「モナ王バニラ」 |
160ミリリットル |
ノベルティ |
19 |
赤城乳業「ガツンとみかん」 |
290ミリリットル |
マルチ |
20 |
丸永製菓「白くまバー マルチ」 |
360ミリリットル |
マルチ |
※2018年1月~2019年10月までの総計
※マルチ=箱、ノベルティ=単品
■暖房の効いた部屋で「上乗せ気分」を味わう文化
これから石川県にとっても厳しい冬に向かうが、アイスの購入上位を寒い北陸地方が占めるのは、半額以外にも理由がありそうだ。都心部に比べて「暖房を強めにして、暖かい部屋で冷たいアイスを食べる」ことも多いのではないか。山澤氏はこう説明する。
「能登と金沢を比べると、能登の家庭は今でも石油ストーブが中心で、それにファンヒーターを併用する家も目立つ。気密性の高い現代風の家屋ではなく、昔ながらの家が多いのもあるでしょう。逆に金沢は石油ストーブがほとんどなく、床暖房の家も多いという特徴があります。年金世代にとって、アイスは安くておいしいので好まれると思います」
どんたくの売れゆき上位で目立った「チョコレート味」人気を、筆者は「ささやかな上乗せ気分」ではないかと考えている。
例えば、首都圏を中心に約200店を展開する「天丼てんや」では、偶数月の15日の「年金支給日」には、高齢者の来店が増えるという。せっかくの年金受給日の外食先に、牛丼ではなく天丼を選ぶのも「上乗せ感」。これに近い消費者心理を感じるのだ。
現役世代も年金世代も、多くの人は身の丈に合った消費をせざるを得ない時代。家庭用アイスの人気を探ると、さまざまな本質が見えてくるように感じた。
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経済ジャーナリスト
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト 高井 尚之)
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