来たるべき停滞期に直面したテンセントの末路
プレジデントオンライン / 2019年11月29日 9時15分
■テンセントからの突然の講演依頼
わりと最近の話なのですが、テンセントグループの事業会社の経営者たちと会う機会がありました。
「われわれは、大きな事業会社をたくさん抱える、多角化したコングロマリットになった。グループに属する事業会社の経営者たちを連れて日本に行くので、講演とディスカッションをしてくれないか」
という内容です。つまり、テンセントが買収した企業の経営者たちを対象に、講演をしてほしいという依頼です。
私の専門は、競争戦略という分野です。これは、高度成長期にあっては相対的に意味が小さい。景気がいいときは、戦略も何も必要ない。トップライン(売り上げ)を上げてさえいけば、利益は後からついてくるからです。手の込んだ戦略ストーリーを練っているより、ガンガン攻めたほうが話が早いのです。
■中国企業にも「成熟後の戦略」という意識が?
テンセントグループの経営者との会話で、僕が「私が専攻している競争戦略という分野は、成長している経済圏で中心的な位置にいる現在のテンセントには、あまり意味がないと思いますよ」と言うと「それはそうなんだけど、いよいよわれわれにも成熟という段階が見えてきたから」という答えでした。
テンセントは、ポニー・マー(馬化騰)が27歳で立ち上げてから20年しかたっていない、若い会社です。したがって、そのグループの事業会社の経営者は完全に改革開放後に生まれたもっと若い世代です。小売業や洋服屋を自分で始めて、オポチュニティを捉えて急激に大きくなって、テンセントのグループに入った人々です。つまり、基本的にイケイケのオポチュニティ追求派です。
■高度成長期に「経営力」は要らない?
来日したテンセントグループの事業経営者たちと実際に話した印象は、やはりイケイケ軍団でした(笑)。これまでイケイケドンドンでやってきて、今現在もそれで成長しているからです。要するに、現在の売り上げは業界第何位なのか、額はいくらで、どれだけ伸びているかが大切。
私は「戦後の高度成長や明治維新期の日本の経営者もこんな感じだったのかな」と勝手に想像して、「なるほど、そういうものなんだな」と勉強になりました。
景気に勢いがあって、自分が資本を持っていて、それをオポチュニティに張っていけば、「金持ちがけんかする」という構図になります。要するに、資本を持っている者ほど強く、ますます資本を持つようになる。これは中国固有の現象ではなく、普遍的なロジックです。
個別の経済主体の優劣が問われる、言い方を変えれば個々の経営力が問題になるのは、経済全体が高度成長期を終えて、定常状態に入ったときです。中国経済の現状から極端に言えば、現在はあまり戦略を必要としないフェーズです。
現在、テンセントグループの中には、たくさんの事業があります。事業ごとに経営者がいて、競争があって、勝ったり負けたり、儲けたり儲けられなかったりしていますが、テンセント全体としては依然として成長期真っただ中にあるトップライン追求型企業です。
■やがて中国に到来する成熟がもたらすインパクト
中国は今後とも大国であり続け、いずれアメリカを抜いて世界一になるのは間違いないでしょう。それでもマクロな経済成長は、いずれ鈍化していきます。人口が文字通りひとケタ違うので市場規模は比較になりませんが、日本やほかの先進諸国と同じように、成熟期を迎えることは間違いないのです。
現在の共産党政権が、いつまで続くのかはわかりません。それなりに無理がある政治制度だと思いますが、これまで矛盾をなんとか乗り越えて、一党独裁の下でこれだけの経済成長を達成しました。この現状は、30~40年前は誰も想像できなかった成功だろうと考えます。
大変な政治力であることは間違いないので、矛盾はあるにせよ、現在の政治体制は簡単には覆らないでしょう。しかし、いつか、そういう事態が訪れるかもしれません。となれば、日本の敗戦のようなインパクトがもたらされます。中国の経済は政治との距離が近いので、影響はさらに大きいはずです。
■低成長期はアリババよりテンセントのほうが痛手が大きい?
そうなったとき、テンセントはどうなるのか。ミクロの産業レベルで見ると、小売りというリアルなオペレーションを事業主体とするアリババよりも、デジタルの分野に軸を置いているテンセントは、技術的に大きな変化や外的なイベントが起きた場合に、受けるショックがより大きいように思えます。
きっとこのままの調子で、行けるところまで行くのは間違いないでしょう。けれども、培ってきた事業の価値が、何か他のものに代替されてしまう事態に至ったとき、果たしてどうなるのか?
「どうにもならないだろう」というのが、私の答えです。オポチュニティの追い風に乗り、しかもそれを最大限にうまく捕まえて成長した企業が、基本的な経営方針を変えることは、ほぼ絶望的に難しいと考えるからです。
■高度経済成長期に経営手腕は問われない
そのとき、日本の経験がアナロジーとして使えるかもしれません。戦後の日本では、財閥解体がありました。岩崎弥太郎や渋沢栄一をルーツとする三菱や三井、あるいは住友は、資本のオーナーシップという意味での財閥ではなくなり、個別の事業会社に変わりました。三菱商事や三井物産という事業集団は残りましたが、戦前のように金融資本が横に全部並ぶ関係ではなくなったわけです。
そして、戦後復興と高度成長期を迎えます。そこでは大きな帆船が目立ちます。とても強い追い風が吹いているので、いいタイミングといい場所で、強いマストにでかい帆を上げれば、大きな船がものすごい勢いで進んでいきます。高度成長期の日本の企業は、そういう姿をしていました。皆が同じ風に乗って同じ方向へ進んでいくのですから、かじ取りの巧拙は問われませんでした。
■テンセントは巨大帆船からクルーザーの集合体に脱皮できるか
現在の日本の優れた企業は、クルーザーです。売り上げや株の時価総額は、現在のテンセントやアリババのような何十兆円という規模ではありません。規模は小さくても、推進力があるエンジンを搭載している、1000億円とか100億円の売り上げでもしっかりと稼げる会社の層の厚みが、成熟した経済の質を決めます。
時価総額が経済活動のクオリティーを決めるのであれば、テンセントやアリババやグーグルも、石油が湧いて出るサウジアラビアに太刀打ちできません。ではサウジアラビアの経営力が抜群かといえば、誰もそうは思わないはずです。
もちろん中国について、日本と同じ答えは出せません。しかし、財閥解体が外的な変化、つまり政治体制の変革によって起こり、その後に高度成長を遂げた日本の姿に重ねて考えると、見えてくる風景があるかもしれません。
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一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授
1964年生まれ。92年、一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。一橋大学商学部助教授、同イノベーション研究センター助教授などを経て現職。『ストーリーとしての競争戦略』『すべては「好き嫌い」から始まる』など著書多数。
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(一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授 楠木 建 構成=石井 謙一郎)
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