東京五輪で「高校生アスリート」人生暗転の訳
プレジデントオンライン / 2019年11月28日 9時15分
■2020東京五輪が2020インターハイを“ぶっ潰す”
開幕まで約8カ月と迫った東京五輪だが、マラソンなどの開催地が札幌へ変更になるなど、ドタバタな印象が拭えない。他にも熱中症対策、チケット問題など課題は山積みだが、もうひとつの大問題が「待ったなし」の状況に追い込まれている。
2020年の全国高等学校総合体育大会、通称「インターハイ」が“開催危機”にあるのだ。
インターハイは全国高等学校体育連盟(以下、高体連)の主催で毎年8月に行われるスポーツの総合競技大会だ。1963年(昭和38年)に第1回大会が開催されると、近年は陸上競技、バスケット、サッカー、バレーなど30競技を実施して、全国47都道府県から6000校以上、3万6000人余りの選手、監督・コーチが参加。60万人以上の観客数を数える国内有数のスポーツイベントになっている。
インターハイの開催危機については、東京五輪が大きく影響している。
■インターハイ開催地「北関東」で宿泊施設の確保困難
インターハイは2004年から地域ブロックでの持ち回り開催となっており、2019年は「感動は無限大 南部九州総体」というスローガンで主会場は鹿児島で行われた。
高体連は10年ほど先までインターハイの開催地域を決めている。本来なら来年は北関東(群馬、茨城、栃木、埼玉)で開催される予定だった。しかし、2012年に東京がオリンピックを誘致することになり、北関東から「開催年度の変更要望」が提出される。その理由は、東京五輪と開催期間が重なり、「宿泊施設」の確保が困難になるというものだった。
例年のインターハイは7月28日から8月20日というスケジュールだが、2020年だけは一部競技を除いてオリンピック閉会式翌日の8月10日からパラリンピック開会式前日の8月24日までとなっている。
インターハイは選手や監督、役員ら3万6000人が延べ20万泊するという。一方で東京五輪の開催期間前後は海外からの観光客が大量に押し寄せることが予想される。高体連が大手旅行代理店に確認をとったところ、来年8月に東京を訪れる外国人旅行者は都内のホテルだけでは収容できず、北関東まで影響が出るという回答だった。
2013年9月に東京五輪開催が決定したため、高体連は2020年のインターハイを丸ごと引き受けてくれるブロックを探したが見つからなかった。そこで高体連は北関東に「開催できる競技だけでもやってください」と再依頼。その結果、11競技は北関東地区で開催され、残り19競技が他地区で行われるという「分散開催」が決まった。すべての開催地が決定したのは今年の4月だった。
■インターハイ開催するには約7億円も不足している
問題はここからだ。
開催経費は年により差があるとはいえ、平均すると開会式を除いて約12億円かかる。そのうち7~8割を開催ブロックの自治体が担ってきたが、分散開催となったことで、北関東以外で行われる競技には自治体からの支援はない。つまり“お金”がないのだ。
なぜ12億円もかかるのか、と思われる方もいるだろう。ただ冷静に計算すると30競技あるので、1競技あたりは平均4000万円という予算になる。スタジアムなどの施設使用料と審判員などの日当・交通費などが主な経費だ。
国体に関してはスポーツ基本法で国からの補助が出るが、意外なことにインターハイは国からの補助金はほとんどない。そして、スポーツ振興くじ(toto)も教育活動の行事には助成できないという。そのため、インターハイを例年と同じように開催するには約7億円の不足となる。
高体連は2016年から「特別基金」を設置。例年は自治体が出している額を寄付で集めよう、と取り組んできた。2017年4月には、「2020年インターハイ特別基金趣意書」というチラシを各学校の運動部に1枚ずつ配布している。
しかし、現状はかなり厳しい状況だ。11月15日現在で5532万6644円しか集まっていない。「この状況をほとんど知られていないのが一番問題なんです」と高体連・西塚春義事務局長も嘆いている。呼びかけをしても、高校運動部の顧問ですら知らない人が圧倒的に多いというのだ。
■予算不足「インターハイ開催危機」が話題に上ることはない
東京五輪のマラソンコースについては多くのメディアが取り上げているが、インターハイ開催危機はなぜか話題に上ることはない。今年7月にはクラウドファンディングも実施した。著名アスリートのプッシュもあり、SNSでプロジェクトは拡散された。921万1000円が集まったものの、最低目標額の4000万円には届かなかった。
「1競技も中止しないで、どんなかたちでもいいのでインターハイを開催したいと思っています。あと3000万円あれば、なんとかギリギリ。大会だけは開催できるかなという状況です。どこかの企業さんが1億円をボンッと出してくれたら、それはすごく大きいですね」(西塚事務局長)
7億円の寄付金を集めるのは絶望的な状況のため、高体連は可能な限りの経費削減を模索している。例年は、冷房設備がない体育館には仮設の空調を入れることで対応してきたが、すでに冷房設備のある体育館を選んだ。予選と決勝を一本化するなどして試合数を減らして大会日程を短くする競技もある。
また、例年は全国の都道府県から審判員を派遣していたが、今回は近隣の自治体から審判員を集めて交通費を削減するかたちをとるという。さらにポスターやチラシの配布も抑える予定だ。
■東京五輪のせいで、24年パリ&28年ロス五輪の人材の枯渇か
万が一、インターハイが開催されないと、それは日本スポーツ界にとって大きな“損失”となる。まずは選手たちのモチベーションが変わってくる。
インターハイは高校球児でいう「夏の甲子園」と同じ。憧れの舞台が取り上げられたら、選手たちはどんな気持ちで練習に向かうのだろうか。そして現在の高校2年生は進路にも大きく響いてくる。大学のスポーツ推薦では、「全国大会出場」「全国大会で●位以内」という条件がつくことが多い。インターハイが行われなくなると、その条件を満たすことができない可能性があるからだ。
「オリンピアンのほとんどがインターハイ経験者です。そういう意味では日本のスポーツを支えてきた大会でもあるかなと思います」(西塚事務局長)
インターハイに出られるのは、全競技で平均すると運動部員の2~3%。世界中の注目を浴びる東京五輪の裏で、高校生アスリートたちの夢舞台が危機的な状況にある。
高体連は今後、競技別のクラウドファンディングを計画しているという。東京五輪のチケットに外れた方々は、そのお金の一部を未来のオリンピアン候補たちに投資してみてはいかがだろうか。
2020年のインターハイを経験した高校生の中から、2024年パリ五輪、2028年ロス五輪に羽ばたくアスリートが絶対に出てくる。東京五輪の影響で、未来ある若者が犠牲になることだけは阻止しなければいけない。大人ができることは、可能性のかたまりである高校生たちのささやか夢をかなえることではないだろうか。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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