批判が怖くて沢尻エリカを「消す」メディアの罪
プレジデントオンライン / 2019年11月27日 15時15分
映画「猫は抱くもの」完成披露試写会の舞台あいさつに登壇した女優の沢尻エリカ容疑者。上海国際映画祭に出品が決定した同作は6月23日に公開された(東京都千代田区の丸の内ピカデリー)=2018年6月5日撮影 - 写真=時事通信フォト
■薬物中毒はだいぶ前から知られていた
NHKは沢尻エリカの大河ドラマ出演シーンを撮り直す必要はなかった。私はそう考える。
これは少数意見ではない。文春オンラインでは、沢尻の部分を撮り直すべきかアンケートをしていたが、「撮り直しの必要はない」が50%を超えていた。
撮り直しをする必要がない理由はいくつかあるが、それは後にして、NHKの混乱ぶりから見ていきたい。
11月17日早朝、クラブから帰ってきた沢尻を麻薬取締法違反の容疑で逮捕したのは、マトリ(厚労省地方厚生局麻薬取締部)ではなく、警視庁組織犯罪対策5課(以下、組対5課)であった。
『週刊ポスト』(12月6日号)によると、両者は競い合う関係で、過去、酒井法子やASKAを挙げたのは組対5課で、ピエール瀧や元KAT‐TUNの田口淳之介を挙げたのはマトリだった。
組対5課は、「来年3月で5課長が定年退職する」(ポスト)ため、花道を飾ってやろうという意識も強かったそうだ。
そこに、「9月下旬に沢尻の違法薬物使用に関する確度の高い情報提供があった」(警視庁関係者)という。
一方のマトリの方も、沢尻とも接点のある人気女優Xに違法薬物使用疑惑があり、やはり9月頃から捜査を本格化させていたそうだ。その関係から、沢尻にも薬物疑惑があることを把握していたが、まずXを挙げ、その先に沢尻逮捕も視野に入れていたという。
組対5課に先を越された形になったが、マトリのほうもX逮捕を含めて、「次は大物歌手Yの内偵にシフトする」(社会部記者)といわれているようだ。
だが、後でも触れるが、沢尻の薬物中毒は、だいぶ前から知られていたことであり、『週刊文春』は何度も、その疑惑について追及していた。
それなのに、なぜ動かなかったのだろう。
■大河ドラマは「呪われているんじゃないか」
NHKも、ドラマに出演させる俳優・女優を選ぶときは「身体検査」をするといわれる。特に、このところ出演俳優たちの不祥事が頻発している大河ドラマでは、なおさら厳密な調査が行われたのだろうが、なぜ、沢尻が振るい落とされなかったのだろう。
沢尻を、来年から始まる「麒麟がくる」で、戦国大名、斎藤道三の娘・帰蝶(濃姫)という重要な役に抜擢したのである。
明智光秀と姻戚関係にあり、幼い頃からの付き合いでもあるが、政略結婚により、のちに織田信長の正妻となる女性であるが、すでに10話まで撮影を終えていたという。
慌てたNHK側は、川口春奈を代役として決定し、撮り直しするそうである。
週刊ポスト(同)は、大河ドラマで、病気や不祥事で降板した俳優・女優たちをグラビアで特集しているが、NHKの制作部局員が語るように、「呪われているんじゃないか」と思わざるを得ない。
渡哲也や萩原健一、萬屋錦之介は病気だから致し方ないが、1978年の「黄金の日日」では室田日出男が覚せい剤所持で逮捕され降板。
2006年の「功名が辻」では杉田かおるが初回の撮影をドタキャンで出演辞退。2016年の「真田丸」では、高畑裕太が強姦致傷の疑いで逮捕されて降板。
「西郷どん」では、斉藤由貴が不倫報道で出演辞退。「いだてん~東京オリムピック噺」では、ピエール瀧がコカイン使用で逮捕、降板。徳井義実の所得隠しが発覚して出演シーンを大幅に縮小した。
そして今回の沢尻エリカの逮捕である。
■“おいしい”番組をなぜ撮り直すのか
毎回、芸能人の不祥事が発覚すると、その人間が出ていた番組を中止したり、他の人間に差し替えたりという騒ぎが起きる。そして必ず、違約金は数億円になるという見出しがスポーツ紙や週刊誌に踊る。
だが、殺人犯なら致し方ないとは思うが、なぜ、警察に逮捕されると、その人間が出演しているドラマや映画を撮り直したり代役を立てたりするのだろ
視聴率的にいえば、あの沢尻エリカが逮捕前に出ていた大河ドラマへの興味は高いはずだから、新年早々放送開始の大河ドラマは、高視聴率が約束されたようなものである。そんなに“おいしい”番組をなぜ撮り直しする必要があるのだろう。
第一、その人間が逮捕されても、起訴され、裁判で有罪にならない限り「推定無罪」であることは常識である。
有罪にならない前に、メディアが有罪だと断罪しているようなものではないか。
■「逮捕即有罪」という印象を視聴者に与えてしまう
特に今回は、捜査当局からメディアに対して、沢尻の逮捕情報をリークしたのではないかという疑惑がある。
文春は、以前から沢尻の薬物疑惑を報じていたから、彼女をマークしていたのはわかるが、逮捕直前、沢尻が渋谷のクラブで薬物か何かでラリっている様子を、クラブの中で隠し撮りしていたのは、
TBSはキー局として唯一、事前に情報を入手し、逮捕前夜の沢尻の行動を撮影していた。ポスト(同)でTBS関係者が、「うちは代々組対5課とパイプが太く、16年の清原逮捕の時も、マンションからパトカーで連行される姿を独占撮影した」と自慢している。
長い時間をかけて信頼関係を築いてきたからだというのはわかるが、自分たちの「手柄」を誇示したい組対5課のために、メディアが「
そうすることで、逮捕即有罪という印象を多くの視聴者に与えてしまうことを、メディア側はどう考えているのか。
■もし不起訴になったら、どう落とし前をつけるのか
沢尻は、逮捕後の尿鑑定では「陰性」だったといわれる。さらに毛髪鑑定も行ったという報道があるが、「毛髪鑑定では『薬物の使用時期を特定できないことから、たとえ陽性反応が出ても使用目的での所持だったことを完全に裏付けることはできない』」(警察関係者)と、スポーツニッポン(11月25日付)が報じている。
起訴はされるだろうが、スポニチで法曹関係者がこう指摘している。
「本人が薬物所持を自ら申告していることから、MDMAの違法性を認識して所持していたのは間違いない。しかし、尿鑑定がシロだったことから、使用目的で薬物を所持していたという明確な答えを出せなくなってしまった」
沢尻が、「交際相手から預かった物」と主張し、それが裏付けられた場合は、「不起訴になる可能性も十分ある」(同)というのである。
不起訴=真っ白無罪ではないが、逮捕時から有罪、薬物中毒、悪女と報じてきたメディアは、どう落とし前をつけるのだろう。
さらに、CMやNHK大河ドラマへの違約金は5億円ともいわれる。不起訴になった場合も、払うことになるのだろうか。
■ベッキーは5億円の賠償金を支払った
このケースとは全く違うが、少し前にベッキーというタレントが「不倫」をしていたことが文春でスクープされ、大バッシングを受けたことがあった。
彼女が出演していた番組やCMはなくなり、賠償金は5億円といわれた。
彼女は騒動の後、テレビから姿を消したが、
最近、彼女がその当時のことをメディアに話しているが、そこで、5億円の賠償金は、事務所が払ってくれるといったが、彼女はそれを断り、自分の積み立てていたおカネを出したといっている。
5億円ものカネを払えるというのも凄いと思うが、噂されていたように、CMや番組への賠償金の話は事実だった。
沢尻も違約金を払うとなると、無一文からではなく、人生をやり直すためには、莫大な借金を抱えたところから始めなくてはならないのである。
どちらにしても、逮捕されただけで即有罪という印象を植え付け、視聴者が反発することを闇雲に恐れて、番組を放送しなかったり、代役を立てたりすることは、視聴者のためではなく、自らの保身からだということをNHKを含めたメディアは自覚したほうがいい。
■新人女優としては順調な滑り出しだったが…
しかし、沢尻エリカという女性は哀れな女である。彼女の周りには、まともな人間が少ない。それこそが彼女の最大の不幸である。
沢尻は東京生まれで、父親は日本人、母親はアルジェリア系フランス人。子供の頃は乗馬やピアノを習い、競走馬を数十頭所有していたというから裕福だったのであろう。だが、中学の時に父親を病気で亡くし、次兄も交通事故で亡くしたという。おそらく母親が一家を支えてきたのであろう。
険はあるが、類稀(たぐいまれ)な美貌に恵まれ、2002年に「フジテレビビジュアルクイーン・オブ・ザ・イヤー2002」に選出されている。彼女が16歳の時である。
その後、テレビドラマや映画に出て、2005年、井筒和幸監督の映画「パッチギ」で在日の少女を演じて、多くの賞や新人賞を受賞している。
同じ年、フジテレビ系のドラマ「1リットルの涙」で初の主演に抜擢され、第43回ゴールデンアロー賞の新人賞を受賞している。2006年にはKaoru Amaneという名で歌手デビューも果たした。
オリコンチャートで2週連続で第1位を獲得し、女性アーティストとしては初めて、初登場から5週連続TOP3入りを成し遂げている。新人女優としては稀に見る順調な滑り出しである。
だが「パッチギ」は在日朝鮮人の少女、「1リットルの涙」は脊髄小脳変性症を発症して、若くして亡くなってしまう役と、ともに陰のある女性を演じている。
起用する際、綺麗だが、どこか沢尻の引きずっている暗い陰が、監督たちの目に留まったのであろう。
■「別に」発言への謝罪は絶対にしたくなかった
2007年9月29日、自分が主演した「クローズド・ノート」の舞台挨拶で、不機嫌さを隠そうともせず、司会から、撮影中にクッキーを焼いて差し入れしたことについて聞かれ、「別に」と答えたことが、女優らしくない、不遜だと大バッシングを浴びるのである。
事務所側にいわれて、公式HPで謝罪するが、沢尻の本心ではなかった。
後に、CNNのインタビューで彼女は、「あれは間違いでした。事務所側にいわれてしたが、絶対したくなかった。これが私のやり方なんだから。結局折れたけど、でも間違っていた」という趣旨の発言をしている。
これが私のやり方、私の生き方だというところに、彼女の真骨頂があると思われるが、こういう女性が芸能界で生きていくのは至難であろう。
「別に」発言で芸能活動を休止せざるを得なくなってしまったことへの反発心からか、折れそうになる心を隠すための非難場所としてなのかは知らないが、その頃から大麻などの薬物に手を出したようである。
2009年9月30日、突然、所属事務所の「スターダストプロモーション」から、専属契約を解除されてしまう。当時から、薬物疑惑が囁(ささや)かれていたが、文春(2012年5月31日号)が、その真相を詳細に報じたのである。
■「みんなでマリファナを回しながら吸うのが好き」
文春は、スターダストが沢尻に出した「通知書」を入手した。
そこには、2009年9月10日に、「本人同意のもと薬物検査を実施したところ大麻について陽性反応が示され、本人は大麻使用の事実を認めた上で、今後大麻の使用を止めることはできない旨を表明したことなどが、専属契約の第9条(1)に該当するもの」と書かれていたという。
文春(2012年6月7日号)で、当時、沢尻と結婚していた高城剛が、その通知書が本物であることを認め、スターダストに呼ばれ、取締役とマネージャーから直接聞かされたと話している。
だが、スターダストから解雇されても、新たなCMが始まり、映画の話も進み、別のプロダクションも沢尻に触手を伸ばしてきた。
高城は、身も心もボロボロだった沢尻を連れてスペインへ飛ぶ。バルセロナの家で彼女は部屋に篭りっきりだったが、そのうち、自称「大麻インストラクター」というスペイン人と知り合い、再び薬物を使いはじめたという。
文春で、自称大麻インストラクターというセルヒオが、沢尻がマリファナパーティーに来たときの様子をこう語っている。
最初からマリファナに関してはかなり詳しかった。当然、前からやっていたと思う。たとえば『アイソレイト』っていうオランダのハシシ、これは教会の中のラベンダーのお香のような強烈な匂いがする珍しいやつなんだけど、それも知ってた」
■「ヘルタースケルター」は、彼女自身を演じた映画だった
高城と別れた沢尻が薬物中毒であることを知りながら、テレビ局や彼女と親しい映画関係者たちは、そのことを咎めたり、止めさせようとはせず、沢尻を利用し続けた。
沢尻と親密だといわれるファッションデザイナーや、沢尻が心酔しているイベンターの女性など、彼女の取り巻き連中は、クラブのVIP専用のスペースで、沢尻が薬物でハイになるのを笑って見ていただけだった。
沢尻が最高の演技を見せた映画に「ヘルタースケルター」がある。日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞したが、これは彼女自身を彼女が演じた映画だったのだから当然だった。
全身整形で完璧な美を手に入れたファッションモデル・りりこだったが、自分の美貌、作り物の美しさが失われることに対して激しい恐怖を覚えていく。
後輩の美しさに嫉妬し、彼女は自分の地位が揺らいでいくことに焦りを感じ、精神的におかしくなってドラッグに手を出していく。
会見の最中、彼女は突然ナイフを取り出し自分の右目を突き刺すのだ。
生身の彼女は目を突き刺す代わりに、逮捕されることを望んだのではないだろうか。今の弱い自分に終止符を打つには、それしかないと思いつめていたと考えるのは、彼女に甘すぎるだろうか。(文中敬称略)
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ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)などがある。
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(ジャーナリスト 元木 昌彦)
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