五木寛之「大切な友人ほど距離を置くべきワケ」
プレジデントオンライン / 2020年1月7日 11時15分
■思い出の品々から人生を振り返る喜び
現代において孤独というのは、何かよくないことのように思われているようです。すぐにSNSでつながろうとするのも、孤独を恐れているからにほかなりません。東日本大震災以降、メディアが「絆」という言葉を多用するようになったことも、孤独の負の印象を強める一要因になっているようです。
しかし、孤独は本当に振り払わなければならない忌まわしいものなのでしょうか――。そうではありません。1人で生まれ1人で死んでいく人間にとって、むしろ孤独こそが自然の姿なのだと私は思います。
誰かと一緒なら孤独を感じなくてすむというのも違うでしょう。仲間と一緒に同じ目的に向かって進んでいるのに、ふと周りを見ると自分の考え方や感じ方は、決して誰とも同じではない。そういうときに人は初めて自分の孤独に気づきます。スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットはこれを「Together&Alone」と表現しましたが、私にはどちらかといえば、『論語』の「和して同ぜず」のほうがぴったりきます。
いい合唱が人々を感動させるのは、一人ひとりが自分のパートを、それぞれ微妙に違う声で歌っているからです。全員が均一な声で同じ旋律を歌っても厚みや力強さは出ませんから、心に響かないでしょう。集団のなかで全体に融和しながら、一方で自分の個性を失わない、和して同ぜずというのは、この合唱のようなイメージです。
かつては社会問題の「3K」といえば、悪辣な労働環境である「危険」「汚い」「キツい」のことでした。私は、いまの時代の3Kは、「健康」「金銭」「孤独」ではないかと思っています。「健康で長生きしたい」「安心して暮らせるだけのお金がほしい」「孤独になりたくない」といったことが、現代人の三大関心事というわけです。
この3つはどれも大事といえば大事ですが、かといって努力すれば必ずなんとかなるというものでもないでしょう。普段から健康に気を使っていてもガンになる人はなるし、事故や大病で貯金が一気に底を突くこともある。孤独も同じで、家族や友人に囲まれているから孤独感を味わわないで済むということにはならないのです。
世の中というのはしょせん不条理。「思いどおりにいかない」と嘆くより、「どれかが足りなくても全体のバランスが取れていればいい」くらいの気持ちでいたほうが、楽に生きていける。孤独も、怯えたり無理になくそうとしたりせず、「孤独なのは当たり前なのだ」と受け入れてしまえばいいのです。
■孤独の本質は和して同ぜず
だからといって「俺は孤独に生きるのだ」と、無理やり人との間に壁を築くようなことはしないほうがいいと思います。孤独というのはあくまで自分が感じるものであって、孤立することではありません。一匹狼を気取るのは相手に対する甘えですから、組織のなかでそんなことをすれば、周囲の人が迷惑します。
群れのなかで共生しながら、自分を見失わない。この和して同ぜずの精神は、ビジネスパーソンの処世にも役立ちます。たとえば、自分は野球にまったく興味がなくても、職場で同僚が「昨日は巨人が逆転で勝ったね」と言うのを耳にしたら、「そうだね、今年は調子いいみたいだね」となごやかに話を合わせておきます。これが「和して同ぜず」ということなのです。
このとき自分はサッカーが好きだから野球の話はしないという態度では、孤立が深まるばかり。人間は本来孤独であるというのは、そういうことではないのです。組織の和を大切にする一方で、「自分は最終的に1人なのだ」ということを覚悟している。こういう生き方ができれば理想的だといえます。
それから、友情は時に孤独ゆえの寂しさを癒やしてくれますが、だからといってあまり頼りすぎないほうがいいでしょう。なぜなら、夫婦もそうですが、あまり近づきすぎると、どうしても相手の見たくない部分まで目に入ってしまう。人間は誰でもその内に悪を抱えていますから、どうしてもそうならざるをえないのです。なので、大切にしたい友人ほど、あえて距離を置いて付き合うほうがいいでしょう。
実際に私自身もそうしてきました。数十年来の友人が何人かいますが、みな、たまに手紙をやりとりするくらいで、顔を見るのは数年にせいぜい1、2回、それも約束をしてというより、講演や取材などの旅先で偶然出会うといった感じです。すでに鬼籍に入られた永六輔さんや小沢昭一さんとも、そういう付き合い方をしてきました。だから、50年以上仲間でいられたのでしょう。『荘子』にも「君子の交わりは淡きこと水のごとし」とありますが、本当にそのとおりです。蜜や油のような濃い関係というのはかえって続かないものなのです。
■人生の山を下る醍醐味を味わう
人生はよく「青春」「朱夏」「白秋」「玄冬」の4つの季節でたとえられます。そして、孤独の感じ方も、それぞれの時期で変わってくるのが普通です。まだ個が確立していない青春では、ロマンチックな孤独感が非常に強い。また、このころの孤独は実に苦しいものです。働き盛りに当たる朱夏の時期になると、今度は組織のなかや起業をする際などに孤独を意識するようになります。次の白秋は、50歳から75歳くらいまでですが、まさに人生の収穫期。それまで厳しい山道を必死の思いで登ってきた人も、ここからはようやく下山道です。
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景色を楽しみながら、安全で優雅にゆっくり人生の山を下っていく。社会的な地位や名誉といった下山に無用なものを手放すことで、どんどん身軽になり人生の自由度が増していきます。もちろん体力が衰えたり病気になったりもしますが、それも自然の流れと割り切って受け入れれば、そんなに悪いものではありません。私は「アンチエイジング」ではなく、いつも「グッドエイジング」と願っています。
ここまでくると、孤独も楽しめるようになります。そうしたなかで、私が実践してきたのが「回想」です。旅先などで柔らかな春の陽だまりのなか1人ベンチに座り、静かに目を閉じて、「あのときあの人とこんな話をしたな」だとか、「あの旅先でこんな友人と偶然出会ったな」などと、過去の楽しかったことを一つひとつ頭に浮かべてはかみしめる。これこそが人生の醍醐味だといっても過言ではありません。
白秋はそうやって後ろを向いて生きることが許される素晴らしい季節なのです。だから、思い出の品々はできるだけ多いに越したことはありません。最近は「断捨離」がブームですが、何でもかんでも捨ててしまったら、過去を振り返る貴重な「よすが」が失われてしまうので、私は断捨離には反対です。
玄冬は古代インドの区分ですと、死に場所を求めてガンジス川のほとりに旅に出る「遊行期(ゆぎょうき)」に当たります。この時期の孤独は、人生の最期をどのように締めくくるかを考えるためのものです。どんな死に方をしようと、人が死ぬときは1人。そういう意味では「誰もが孤独死なのだ」と私は覚悟しています。ただし、周囲に迷惑をかける死に方は推奨できません。看取る人がいないならアパートなどで死なず、市区町村の役所の前で行き倒れるくらいのことは、考えておいたほうがいいのではないでしょうか。
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作家
1932年、福岡県生まれ。戦後、朝鮮半島から引き揚げる。早稲田大学文学部ロシア文学科中退。67年『蒼ざめた馬を見よ』で第56回直木賞を受賞。81年から龍谷大学で仏教史を学ぶ。主な著書に『青春の門』『百寺巡礼』『孤独のすすめ』など。
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(作家 五木 寛之 構成=山口雅之 撮影=若杉憲司)
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